弘前市やその周辺にあった軍用施設について、戦後、学校施設などに転用するため国が払い下げる際に作成されたとみられる史料を、福島県会津若松市の小島克則さん(49)が所有している。正本の下書きか写しと考えられるといい、施設内部の配置や規模など当時の軍施設の詳細を知ることができる。小島さんは「地元の史料なので、ぜひ地元で活用していただきたい」と語り、希望があれば自治体や研究者などへ譲渡する考え。
 史料は「返還国有財産調書」ならびに「連合軍接収国有財産調(しらべ)」。弘前市やその周辺にあった軍用施設に関する史料約20点が残る。他の史料などから、戦後GHQ(連合国軍総司令部)の接収終了後、国所有となってからの払い下げは1946年ごろにかけて行われたとみられており、史料自体もその頃の物の可能性が高いという。
 図面は、弘前公園内にあった「第五十七師団(太平洋戦争末期に編成された)倉庫」をはじめ、鯵ケ沢町の「山田野演習場」、旧国立弘前病院の前身である「弘前陸軍病院」、輸送を担った「輜重兵(しちょうへい)第五十七連隊」などの物が残る。
 一方で、調書リストにある「野砲兵第五十七連隊及び第五十七師団通信隊」は唯一、図面が見当たらないという。同施設の活用目的の欄には「柴田家政女学校ニ於テ校舎及宿舎トシテ」と記されている。
 このほか、調書リストにはないが図面が残るものとして、「旧大湊通信隊艫作(へなし)分遣隊及び見張書」「旧小泊防衛所」、また場所も全くの不明のものとして、相撲場の平面・断面・立体図の3点がある。
 史料はA1~A4サイズ程度と大きさはさまざま。建物は、配置のほか、面積なども細かく記載され、「一般の人が持つことのできたものではない」と小島さん。「地図と照合すれば街の成り立ちや移り変わりを知ることができるいい史料」として「関心がある方がいればぜひご連絡、ご活用いただきたい」と話す。問い合わせは小島さん(電話090-1498-6952)へ。
※詳しくは本紙紙面をご覧ください。