太平洋戦争後、国策により陸軍第8師団の山田野演習場から農地への転換が図られた、鯵ケ沢町の通称山田野地区。戦後開拓の様子を記した旧「山田野開拓農協」(1974年解散)関連資料が、山田野町内会から町教委に寄贈された。演習場の中にあった山田野兵舎は1棟のみ現存しているが、残りの兵舎が解体後、他の開拓地などに資材として転用されたことを示す図面を含め、資料は約560点に及んでいる。
 資料は山田野集会所(旧鳴沢小学校山田野分校舎)に保管していたが、老朽化による2020年度末の利用停止を機に町内会が寄贈を決めた。町教委の中田書矢総括学芸員は弘前大学教育学部の高瀬雅弘教授らと16年、資料の存在を確認し調査、整理を進めてきた。
 町教委は25日、本紙などに資料を公開。旧陸軍の兵舎配置図を転用した図面には、赤字で「大森」(弘前市)、「森田」(つがる市)などの記述があり、山田野以外にも岩木山麓にあった開拓地に、兵舎を解体した資材を運び込む計画があったことが分かる。
 公開に立ち会った高瀬教授は「戦後開拓の資料が乏しい中、その歴史を明らかにできる貴重な資料」と評価。山田野町内会の島田松男会長も「開拓の歴史を物語る資料として活用してほしい」と期待を込めた。
【写真説明】山田野地区開拓に関する資料と(右から)中田、島田、高瀬の各氏

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