光信公御廟所前で玉串をささげ、安全を祈る菊池理事長(左)と奈良宮司

 戦国時代の武将で弘前藩始祖・大浦光信公と重臣奈良主水の両御廟所(ごびょうしょ)=鯵ケ沢町種里町=の柵が老朽化し、津軽家ゆかりの会員でつくる津軽厚志会(菊池清二理事長)と津軽、奈良両家が主体となり30年ぶりに再建する。18日は同会主催の工事安全祈願祭が現地で開かれ、関係者が工事中の安全を願った。10月8日の光信公慰霊祭に合わせ、9月下旬に完成の見込み。
 町教委によると、1763(宝暦13)年の弘前藩の記録に「藩命によって、古来のように柴垣に戻して小松などを植え付ける」とあり御廟所は本来、柴垣で囲んだ墓所だったが、当時は柵囲いだった。その後の江戸後期の藩の記録や明治以降の写真・記録では、柵囲いが定着していたことが分かる。
 光信公御廟所は4・5メートル四方を高さ1・75メートルの柵で、主水の御廟所は2・0メートル×1・8メートルを高さ1・45メートルの柵でそれぞれ囲う。柵はともに総ヒバ。事業費は420万円で、厚志会と両家が負担するほか、町民有志による再建協力会(会長・太田正光町商工会長)が7月から募金活動を展開し協力する。柵再建に合わせて、町が1990年に設置した説明板も老朽化のため、事業費約30万円で交換する。
 祈願祭には関係者約10人が出席。主水から20代目の奈良正樹・種里八幡宮宮司が祭主を務め神事を行い、出席者が神前に玉串をささげ、安全を願った。
 菊池理事長は「無事に落成を迎えられるよう祈り、弘前藩始祖の特別な場所として、敬っていきたい」、太田会長は「私もこの場所近くの出身であり、御廟所は永久に見守られるべきと思う」とそれぞれ語った。奈良宮司は「先祖の墓が古くなったままであるのが心掛かりだったが、柵再建は良い機会」と感謝の気持ちを示した。

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