医療用防護服を製造する社員たち

 コロナ禍で苦境に立たされている津軽地方の縫製会社。鶴田町木筒の縫製会社・エムズメイトコーポレーション(松本タケ子社長)も、一カ月の仕事が一時はゼロになった。だが5月上旬から医療用防護服の製造に取り掛かり、販路確保が軌道に乗りつつある。「綱渡り」(松本冴子取締役)の状況から光明を見いだしたのは、松本取締役の長女(20)の発案と行動だった。
 2002年に創業しブラウス、ワンピースなど女性用衣類を製造してきた同社。例年4月は1万~1万5000着ほどを製造しているが、今年4月は3000着にまで減り、従来は繁忙期となる5月はゼロの状態に。未曾有の事態に、タケ子社長は体調を崩してしまった。
 冴子さんは、取締役となってまだ日が浅い。前例のない事態だけに、相談できる相手もあまりいなかったが、強い思いがあった。「(約20人の従業員の)首は切りたくない」。
 そうした中、苦境を相談しながら長女と散歩していた際に、一つのアイデアを持ち掛けられた。「ネットニュースを見たけど、防護服が足りないみたい」というものだ。
 早速、従業員と相談。女性用衣類とは違う医療用品製造という作業に現場には戸惑いもあったが、「やったことがないけど乗り切るため頑張ろう」と団結して取り掛かった。医療関係の仕事に携わる夫から防護服を1着調達してもらい、構造を研究した。不足している布も、知人のつてを頼って何とか確保し、制作に臨んだ。
 だが、またしても問題に直面した。医療関係者とのつながりがなく、防護服の売り先が見つからなかったのだ。状況が変わったのは5月4日、長女が「ダメもと」で試みたツイッターの投稿だった。「おばあちゃん(タケ子社長)の工場が新型コロナで大変です…助けてください」。切実な思いを訴えるツイートは、多くの利用者の目に留まった。
 以来、励ましの声とともに、中小規模の病院などから問い合わせが相次いだ。
 「私一人だと何もできなかった。周りの人あってのこと。小さな工場だが、いろいろな人が応援してくれたのがうれしい」。冴子さんは、長女やネットを通じた人々の支援に感謝している。
 長女もこう言ったという。「何もできないのがつらかった。自分にできることがあって良かった」。