菅江真澄が持ち込んだとされる、白い花弁を持つタンポポ。近年、その数が減っている=9日、板柳町

 南北朝以来の名門・北畠氏が、1558(永禄元)年に浪岡城の西の守りとして築いたと伝わる古舘城(板柳町館野越)。城址(じょうし)内の庭園には江戸時代の紀行家・菅江真澄が持ち込んだとされ、東北地方では希少なシロバナタンポポが咲いているが、近年は目に見えて数が減っている。原因は不明だが、北畠氏の血を引く関係者は、何とかして白いタンポポを残せないかと頭を悩ませている。
 今月9日、城址には2株のみの白い花弁が見られた。「だいぶ縮小してしまいましたね…」。北畠家の分家に当たる清美さん(25)=同町=が表情を曇らせた。20年ほど前は20~30株程度が咲き誇っていたという。
 シロバナタンポポは在来種で、主に西日本に分布している。菅江は北畠氏の第18代顕甫(あきすけ)と親交があり、たびたび北畠家に滞在してシロバナタンポポなどを移植したと伝わる。一族は代々医者の仕事を引き継いできただけに、薬草として持ち込んだ可能性があるという。
 城址内の北畠家旧家屋などは1984年、町指定文化財第1号となり、貴重な花を保護する機運も高まったとみられる。
 だが、清美さんによると長年庭の管理に励んできた祖父の武基さん(2019年没)は、モグラに食い荒らされたとみられる跡を見つけたという。
 土壌の性質が変化した可能性もあると指摘する清美さん。「ここに文化を残したい」と種を受け継いでいく思いは強く、調査も考えているが、一民間人では難しいのも事実。「どんどん衰えるのを見るしかないのか…」と思いを語る。
 北畠家の本家に当たる、由良子(ゆらこ)さん(83)=黒石市=も思いは同じ。「自然の成り行きかもしれないが、何とかして咲かせ続けたい」。同じように白色のタンポポの種をもらい、植木鉢で育てている。花が咲けば城址へ持ち込み、新たに植えることも検討しているという。