20日に逝去した作家太宰治の長女・津島園子さん。生前は父親に関する調査や研究に積極的に協力する一方、自身も画家として個展を開くなど芸術面でも才能を発揮し、文豪の娘らしく多彩な活動を行ってきた。交流のあった県内の文学関係者らは、突然の訃報に衝撃を受けつつも「にこやかな姿が目に浮かぶ」などと温厚な人柄をしのぶ声が相次いだ。
 太宰の出身地・五所川原市金木町。同所にある櫻庭利弘美術館の櫻庭利弘館長(85)は1990年代後半、園子さんらと桜桃忌(現・生誕祭)の時期に3人展を催していた。櫻庭館長は、絵画に取り組む姿を思い起こし「にこにこしていた。公的な場で話す機会が多く、いつも気が張り詰めていたから、オープンに何でも話せる場だったのかも」と当時を振り返った。
 太宰研究を続ける金木太宰会の木下巽会長(88)=旧金木町教育長=は、太宰の命日に合わせて開催していた桜桃忌を、誕生を祝う生誕祭に切り替えた経緯について「園子さんが『(太宰が亡くなった日は)私たち遺族にとって悲しみの日』と訴えておられたこともあり、小野正文先生(故人)たちと相談した上で、誕生祭の方が明るい雰囲気になりますから―と当時の町長に進言した。実現した後の園子さんは、とてもご機嫌がうるわしく見えた」と述懐した。
 「太宰の功績を語り継ぐ活動の中で園子さんと(園子さんの妹で作家の)佑子さん(故人)の貢献は大きかった」とも述べ「没後70年、ようやくお父さんと天国で一緒になれるのだろう。もうお会いできず寂しくなるが、ご遺志を継いで活動を続けていきたい」と声を詰まらせた。
 太宰治記念館「斜陽館」の元館長伊藤一弘さんは、昨年6月に芦野公園で開催された「太宰治生誕110年記念祭」で園子さんと顔を合わせており「記念祭への出席は(節目のタイミングもあり)最後かもしれないと言っていたが、本当にそうなってしまった」と残念がった。
 佐々木孝昌五所川原市長は「昨年、記念祭でお会いした時は元気なお姿だったので驚いている。五所川原の文化に対する貢献は計り知れないものがあり、心よりご冥福をお祈りする」と語った。
 園子さんと長年交流のあった元示現会県支部長の張山田鶴子さん(77)=青森市=は、2011年に自身の県文化賞受賞を祝う会に東京から駆け付けてくれたことを思い出し「着ていたお洋服、にこやかにお話ししていた姿が今でも目に浮かぶ。本当に悲しい」と別れを惜しんだ。
 主宰していた「クチュール千代 アトリエ」(青森市)で、園子さんの個展を開いたことがある鷲尾千代さん(83)は「本当にショック。元気なうちにもう一度会いたかった」と涙を浮かべ「心が大きく愛情深い、本当にすてきな女性だった」と振り返った。
 弘前ペンクラブの斎藤三千政会長(72)は県近代文学館室長だった02年ごろ、園子さんから「太宰文学の研究のために、できる限りの協力はさせていただきます」といった内容の手紙を受け取ったとし「心強い思いだった。その後も仕事のアドバイスをくれた。尊敬と感謝の気持ちでいっぱい」と語った。
【写真説明】油彩画家としての個展で、来場者に絵の説明をする津島園子さん(左)=2008年4月、青森市