「転校生」「時をかける少女」などで知られ、独特の映像表現で日本映画に新風を吹き込み続けた映画監督の大林宣彦(おおばやし・のぶひこ)さんが10日午後7時23分、肺がんのため東京都内の自宅で死去した。82歳だった。
 日本映画界をけん引してきた映画監督の大林宣彦さんの死去を受け、津軽地方の関係者らが故人をしのんだ。
 青森市浪岡の劇作家長谷川孝治さん(63)は、映画「この空の花 長岡花火物語」(2012年)の脚本を手掛けたほか、同作の姉妹編「野のなななのか」(14年)の原作、冒頭のナレーションを担当。大林さんからは「ハセヤン」と呼ばれていた。両作のロケに同行した際、大林さんは撮影中に座ることはなく、理由を聞くと「こんな楽しい時に寝ていられるか」と語ったという。
 「この空の花―」の脚本について大林さんから「ここの部分、直したいんだけどあすまでにお願い」と、数十ページにわたる修正を頼まれたこともあった。長谷川さんは「過酷な状況でその人の実力、才能を掘り起こす人で、映画を愛し、映画の可能性を追求していた」と話した。
 弘前市の詩人藤田晴央さん(69)は、青森放送のディレクター時代の1996年、地元企業が企画した座談会で、大林さんと古里などをテーマに話し合った。弘前市のホテルが会場で、藤田さんは「(大林さんの出身地の)尾道と似たような性格を持つ弘前にも好感を持っていた」と回想し「映画の中に独特な空気を醸し出す、詩的な作り手として、かけがえのない映画監督。訃報を知りとても残念」と語った。
【写真説明】映画「この空の花 長岡花火物語」が青森市の県立美術館で上映された際、舞台あいさつに訪れた大林さん(中央)。右が長谷川さん=2013年4月

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