江戸時代に津軽地方の農村で生まれ、現在では全国にファンが多い伝統工芸「こぎん刺し」。明治期、東京―青森間の鉄道開通といった交通機関発達に伴う社会情勢の変化で一時衰退したが、弘前市の高橋寛子さん(1925~2015年)は、こぎん刺しの再興を刺し手として支え、県伝統工芸士にも認定された女性だ。8月に弘前市で高橋さんを特集したイベントが開かれるなど、刺し続けることでこぎんを後世に伝えた先人に今、注目が集まっている。
 高橋さんはこぎん刺しが廃れて久しい1925年に弘前市で生まれ、15歳の時に木村産業研究所に入社した。当時、同研究所ではこぎんの再興を目指しており、高橋さんの仕事はこぎんを刺すこと。その指導者の一人が後に夫となる高橋一智さん(故人)で、一智さんが描いた図案を高橋さんが刺していたという。
 一智さんは本業である陶芸の傍ら、古作こぎんの模様を研究しており、2人が結婚した70年以降も、一智さんの図案を高橋さんが刺す生活が続いた。83年に一智さんが死去した後も残された図案を刺し、作品を作るだけでなく、教室を開くなどしてこぎんの裾野を広げた。
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