久慈市の関係者が光信の慰霊祭に参加するなど、鯵ケ沢町と久慈市の交流は深まっている=10月8日、同町・種里城址
帰って来た久慈の武将―。光信出生の地・久慈市で開かれる移動展のチラシ

   南部下久慈(現岩手県久慈市)から種里(現鯵ケ沢町種里町)に進出し、津軽統一の礎を築いた、弘前藩の始祖と仰がれる大浦右京亮光信。両自治体は鯵ケ沢町での慰霊祭に久慈市関係者が出席するなどして交流を深めているが、15~19日には光信の史料を多く保存する同町の「光信公の館」が初の移動展を同市で開くこととなった。同市で光信の功績に光が当てられるとともに、交流の絆を一層強める機会になると関係者は期待を寄せる。
 主催する「九戸歴史民俗の会」の弥藤邦義副会長は「光信に関しては、あまり久慈でも知られていない感もある。功績を伝えるのが難しい面もあったが、今回の展示がみんなに知ってもらう第一歩となるのでは」と期待。酒井久男会長も「災害で苦しい時、鯵ケ沢町から支援を頂き大変感謝している。今回の移動展でさらに交流が深まってほしい」と話した。
 移動展は同市のアンバーホールで開かれる。入場無料で、午前9時から午後5時(19日は同4時)まで。関連イベントとして、18日は久慈グランドホテルで弘前大学の斉藤利男名誉教授が「『津軽氏の誕生』、その謎を解く」と題し、午後4時30分から同5時45分まで講演する。

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