「今でもサイレンの音は苦手」。72年前、太平洋戦争下の東京は毎晩のようにアメリカの空襲を受けていた。家族5人で渋谷に住んでいた弘前医療福祉大学副学長の相澤保正さん(78)=弘前市=は当時6歳。「ウーウーウーウー」。鳴り響く空襲警報に飛び起きては、近くの防空壕(ごう)へ家族と走って逃げる日々だった。
【写真説明】東京での空襲体験を語る相澤さん

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