県内著名人訃報

 

5月4日死去

2016/5/7 土曜日

 

 鳩笛(はとぶえ)などで知られ、弘前市に藩政時代から伝わる「下川原焼」の6代目窯元・高谷信夫(たかや・のぶお)さんが4日午後9時33分、胃がんのため国立病院機構弘前病院で死去した。64歳。通夜は9日午後6時30分から、葬儀は10日正午から、ともに同市南城西2丁目の公益セレモニーホールで。自宅は同市桔梗野1の20の8。喪主は弟の高谷智二(ともじ)さん。
 高谷さんは25歳から下川原焼土人形作りに打ち込み、2002年には県伝統工芸士に認定された。高谷さんが手掛ける優しい表情の作品は、広く人気を集めた。

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4月11日死去

2016/4/13 水曜日

 

 画家で元日本水彩画会県支部長の木村秀文(きむら・ひでふみ)さんが11日午後10時、死去した。84歳。通夜は15日午後6時30分から、葬儀は16日午前11時30分から、ともに弘前市南城西2丁目の公益セレモニーホールで。自宅は同市青山3の7の5。喪主は長男の匡(ただす)さん。
 1980年と81年に日本水彩展奨励賞。2006年と11年に同展審査員を務めた。03年から14年まで日本水彩画会県支部長。1987年に示現会会員に推挙された。07年度に県芸術文化振興功労章。弘前市文化団体協議会専務理事をはじめ要職を歴任した。

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4月6日死去

2016/4/8 金曜日

 

 前弘前市社会福祉協議会会長の白取幹人(しらとり・みきと)氏が6日午後5時50分、胆管細胞がんのため、藤崎町のときわ会病院で死去した。68歳。通夜は12日午後6時30分から、葬儀は13日午前11時から、ともに弘前市南城西2丁目の公益セレモニーホールで。自宅は同市薬師堂字熊本19の2。喪主は長男の浩史(こうし)さん。
 白取氏は日大卒。弘前市に1975年採用され、管財課長、総務財政課長、企画部長、健康福祉部長などを歴任。2008年に定年退職後、市社会福祉協議会常務理事に就任。14年から同会長を務め、今年4月1日から同顧問に就いていた。

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3月16日死去

2016/3/18 金曜日

 

 元藤崎町長の佐々木弘文(ささき・ひろふみ)氏が16日午後9時41分、急病のため、弘前市内の病院で死去した。68歳。通夜は21日午後6時から、葬儀は22日午前11時から、ともに藤崎町藤崎のふれあいずーむ館で。自宅は同町西豊田2の9の6。喪主は長男の貴茂(たかしげ)さん。
 佐々木氏は弘前高校卒。旧藤崎町の役場職員、町議3期を経て、1999年の町長選で初当選し、1期4年を務めた。町村合併後の2011年には新藤崎町の出直し町長選に立候補したが、当選にならなかった。その後は同町のふじ保育園の園長として、町の未就学児の保育事業に当たっていた。

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3月14日死去

2016/3/15 火曜日

 

 元県出納長の藤川直迪(ふじかわ・なおみち)氏が14日午前7時33分、入院先の青森市内の病院で死去した。86歳。通夜は20日午後6時から、葬儀は21日午前11時から、ともに同市栄町1丁目の栄町典礼会館で。喪主は長男の幹(みき)さん。自宅は同市はまなす2の17の35。
 旧木造町(現つがる市)出身。1953年に東京大学文学部卒業後、鯵ケ沢高校の教諭となり、県教委を経て65年に県の知事部局に移り、東京事務所長、企画部長などを歴任。北村正哉知事時代の85年4月から93年3月まで、2期にわたり出納長を務めた。退任後はNPO法人「三内丸山縄文発信の会」理事長などとして活躍した。

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