県内著名人訃報

 

12月26日死去

2019/12/30 月曜日

 

 五所川原市長を通算6期務めた佐々木榮造(ささき・えいぞう)氏が26日午前3時41分、老衰のため青森市内の病院で死去した。99歳。通夜は1月4日午後6時から、葬儀は5日午後1時から、ともに青森市栄町1丁目の栄町典礼会館で。自宅は同市新町1の2の5。喪主は長男の世兒(せいじ)さん。
 佐々木氏は五所川原市出身。県議を経て、1962年の市長選に出馬し、初当選した。4期務めた後、89年に当時の市長のリコール成立に伴う市長選で当選し、2期務めた。2008年、旭日中綬章。

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12月27日死去

2019/12/28 土曜日

 

 元自民党県連幹事長、元県議会議長の冨田重次郎(とみた・じゅうじろう)氏が27日午前7時58分、膵臓(すいぞう)がんのため入院先の弘大附属病院で死去した。84歳。通夜は1月11日午後6時から、葬儀は12日午前11時から、ともに鯵ケ沢町舞戸町の鯵ケ沢勤労者体育センターで執り行う。自宅は同町新町2。喪主は丸重組代表取締役で長男の名重(もりしげ)氏。
 鯵ケ沢町議4期(議長1期含む)を経て、1983年4月には県議選西郡選挙区から出馬し初当選、2007年4月に引退するまで連続6期を務めた。この間は県議会議長、自民党県連政調会長、同幹事長など県議会と党県連の重職を歴任した。
 水泳選手としても活躍し、高校時代に国体に出場。15年3月まで約30年間にわたり、県水泳連盟会長として本県水泳競技の振興に努めた。現職は同連盟名誉会長、鯵ケ沢水泳協会名誉顧問。
 同町の土建業・丸重組の元会長。07年11月には旭日中綬章を受章した。

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12月11日死去

2019/12/13 金曜日

 

  S・K・K・情報ビジネス専門学校理事長の鈴木順三(すずき・じゅんぞう、本名潤一=じゅんいち)氏が11日午前10時29分、病気のため弘前市内の病院で死去した。63歳。通夜は19日午後6時から、葬儀は20日午前11時から、ともに弘前市南城西2丁目の公益セレモニーホールでS・K・K・グループの社葬として行う。自宅は同市徳田町29の3。葬儀委員長は弘前商工会議所会頭の清藤哲夫(せいとう・てつお)さん。
 鈴木氏は弘前市出身。S・K・K・弘前予備校理事長、すずき和裁研究所代表取締役社長、S・K・K・総合研究所代表取締役社長。
 弘前商工会議所の常議員、総務企画委員長、情報・教育文化部会長、弘前ロータリークラブ会長などを歴任した。

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12月10日死去

2019/12/12 木曜日

 

 弘前市町会連合会長の阿部精一(あべ・せいいち)氏が10日午前1時10分、病気のため同市内の病院で死去した。70歳。通夜は16日午後6時30分から、葬儀は17日午前11時から、ともに弘前市南城西2丁目の公益セレモニーホールで。自宅は同市茂森町139。喪主はスカイ塗装代表取締役で長男の塁(るい)さん。
 阿部氏は弘前市出身。2016年に同連合会長に就任し、地域コミュニティーの強化や町会への加入促進に尽力。02年から茂森町町会長、09年から市社会教育協議会長、14年からは県朝野球連盟理事長をそれぞれ務めていた。

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9月29日死去

2019/10/3 木曜日

 

 元陸奥新報社常務取締役で、俳句をはじめ文芸分野でも活躍した泉嶺(いずみ・たかし)=俳号・風信子(ふうしんし)=さんが9月29日午前3時、心筋梗塞のため、弘前市桜ケ丘1の8の11の自宅で死去した。84歳だった。通夜は5日午後6時から、葬儀は6日午後1時から、ともに同市南城西2丁目の公益セレモニーホールで執り行われる。葬儀は近親者のみ。喪主は妻の良子(りょうこ)さん。
 泉さんは青森市生まれ。弘前高校卒。1956年に同社に入社し、文化部長、東京支社長、編集局長などを経て98年~2004年に常務取締役を務めた。
 句作は入社後に始めた。1991年に俳句結社「陸」に入会し、此岸俳句会を創立。清国最後の皇帝溥儀と侍従長工藤忠(板柳町出身)らを取り上げた本紙連載小説「皇帝の森」(筆名・いずみ涼、2005~09年)は後に書籍化され、第6回県文芸賞を受賞。14~17年は本紙「日々燦句」欄の第6代選者を務めた。
 現在、県現代俳句協会会長、「陸」主要同人、此岸俳句会代表、弘前ペンクラブ顧問など。主な著書に句集「熾火(おきび)」、俳文集「志功まんだら」、母校の校史「弘前高校物語」など。

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