県内著名人訃報

 

7月10日死去

2017/7/11 火曜日

 

 五所川原商工会議所会頭などを務めた同相談役で五所川原市観光協会会長の寺田春一(てらだ・はるいち)氏が10日午前2時、心筋梗塞のため入院していた弘前市内の病院で死去した72歳通夜は21日午後6時から、葬儀は22日午前11時から、ともに五所川原市幾世森の市ふるさと交流圏民センターオルテンシアで。自宅は同市松島町2の90。喪主は妻の和子(かずこ)さん。
 寺田氏は同市出身。五所川原温泉ホテル代表取締役、ホテルサンルート五所川原代表取締役、社会福祉法人和晃会理事長などを務める傍ら、五所川原商工会議所議員、同常議員、副会頭を歴任。2007年に同会頭に就任し、2期6年にわたり商工会議所運営、商工業や中小企業の振興と発展に尽力した。13年からは同相談役に就いた。1998年から五所川原市観光協会会長も務めた。
 2009年には生活衛生功労者厚生労働大臣表彰、13年には日本観光振興協会表彰を受けるなど数々の受賞歴があり、16年には地域経済や観光振興への貢献が認められ市褒賞を受賞した。

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6月1日死去

2017/6/3 土曜日

 

 弘前大学名誉教授の武部和夫(たけべ・かずお)氏が1日午前8時26分、病気のため弘前市内の病院で死去した。87歳。通夜は8日午後6時から、葬儀は9日午前11時から、ともに同市泉野3丁目の公益フォレストホールで。自宅は同市北園2の8の3。喪主は妻の玲(れい)さん。
 武部氏は札幌市出身。1977年、同大医学部内科学第三講座教授として着任し、その後同大附属病院長(91年4月~94年3月)、青森市民病院長などを歴任した。リンゴ繊維に関する研究などでも多くの功績を残した。

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2月25日死去

2017/2/27 月曜日

 

 弘前警察署長などを務めた警視正の桑村弘昭(くわむら・ひろあき)氏が25日午前2時3分、仙台市内の病院で死去した。59歳。通夜は28日午後6時から、葬儀は3月1日正午から、ともに青森市堤町の平安閣本館で。自宅は同市松森2の7の19。
 桑村さんは鯵ケ沢町出身。県警鑑識課長などを経て、2012年度に五所川原署長、14年度に弘前署長を務め、地域の防犯活動に尽力した。
 県警察学校長を経て八戸署長に就任したが、体調を崩して16年8月に県警警務部付に異動。病気療養中だった。

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2月24日死去

 

 弘前市体育協会会長の佐藤眞(さとう・まこと)氏が24日午後6時15分、病気のため市内の病院で死去した。79歳。葬送・告別式は3月2日午前11時から、弘前市南城西2丁目の公益セレモニーホールで。自宅は同市御幸町3の24。喪主は妻の憲子(のりこ)さん。
 佐藤氏は佐藤外科医院院長を務める傍ら、地域のスポーツ振興に尽力。県体育協会副会長や県スポーツ少年団本部長などを歴任し、2015年には弘前市体育協会会長に就任。県武道館館長などを務めた。

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2月13日死去

2017/2/14 火曜日

 

 板柳町出身の津軽三味線奏者で青森民謡協会理事長の福士豊秋(ふくし・とよあき)さんが13日午前、東京都内の病院で死去した。63歳。通夜は20日午後6時から、告別式は21日午前10時から、ともに東京都中央区の築地本願寺で。喪主は長男の龍太(りゅうた)さん。
 福士さんは1974年、津軽民謡歌手の父豊三さん、母山内たつさんの影響で津軽三味線を始め、五錦竜二さんに師事。93年に妻で津軽民謡歌手の二代目成田雲竹女さんと福豊会を結成、会主を務めた。2007年の津軽三味線日本一決定戦で初代G1日本一。09年から同協会理事長、10年から16年まで桜花グランプリ争奪津軽五大民謡全国大会(陸奥新報社など主催)で審査員を務めるなど、本県の民謡普及に尽力した。津軽三味線奏者の豊勝さんは実兄。

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