県内著名人訃報

 

4月20日死去

2020/4/21 火曜日

 

 五所川原市金木町出身の作家太宰治の長女で、津島雄二元厚相の妻の津島園子さん(つしま・そのこ)が20日午前1時58分、呼吸器不全のため東京都内の病院で死去した。78歳だった。東京都出身。葬儀は24日、近親者のみで行う。喪主は夫の雄二(ゆうじ)さん。後日、お別れの会を青森市で開く予定。自民党の津島淳衆院議員の母で、2016年に亡くなった作家津島佑子さんは妹。
 1941年6月、東京・三鷹生まれ。64年早稲田大学卒。64年に雄二さんと結婚、66年に淳さん、70年に長女が生まれた。
 雄二さんが津島家を継いだ76年から青森市内に居を定め、県内各地で講演など文化活動を展開。特に趣味の油彩画は同市や東京・銀座で個展を行うほどで、2008年には「『北の街』表紙絵展」(同市)を開催した。

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4月5日死去

2020/4/8 水曜日

 

 弘前大学名誉教授の神田健策(かんだ・けんさく)氏が5日午前10時40分、急性心筋梗塞のため弘前市内の病院で死去した。71歳。葬儀は近親者のみで執り行った。後日、お別れの会を開く予定。自宅は同市松原東1の9の29。喪主は妻の富恵(とみえ)さん。
 神田氏は北海道旭川市出身。1989年に同大農学部教授に就任し、改組に伴って97年から農学生命科学部教授。2010年2月から同大理事(教育・学生担当)兼副学長、12年2月から同大理事(企画担当)兼副学長を務めた。14年3月で農学生命科学部教授を退職し、同年4月から名誉教授。
 同氏は本紙「時事随想」を執筆した。

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4月3日死去

2020/4/4 土曜日

 

 津軽三味線研究家で、津軽の文化、民俗芸能の普及にも尽力した大條和雄(だいじょう・かずお)さんが3日午前4時35分、老衰のため、弘前市内の病院で死去した。91歳だった。弘前市出身。通夜は5日午後6時から、葬儀は6日午後2時から、ともに同市泉野3丁目の公益フォレストホールで。自宅は同市富田3の11の20。喪主は長男の和仁(かずひと)さん。
 1928年生まれ。著書「ザ・ねぷた」と、本紙連載をまとめた「絃魂津軽三味線」の2作で、84年に県芸術文化報奨。じょんから節全国大会審査委員長、津軽三味線全日本競技大会審査委員長なども務めた。大條さんの原作をアニメ映画化した「NITABOH 仁太坊―津軽三味線始祖外聞」(2004年)は、国外でも高い評価を得た。13年に日本民謡文化振興協会の民謡文化功労賞。

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3月22日死去

2020/3/24 火曜日

 

 深浦町議会副議長の菊池源悦(きくち・げんえつ)氏が22日午後6時8分、病気のため死去した。69歳。通夜は25日午後6時から、葬儀は26日午前11時から、ともに同町岩崎の漁業振興センターで。自宅は同町岩崎字玉坂38。喪主は長男の大介(だいすけ)さん。
 菊池氏は2003年4月の旧岩崎村議選で初当選し、町村合併後も含めて通算5期目。昨年4月の改選後、副議長に就任した。15年2月に県町村議長会自治功労表彰、同5月に町功労褒賞、19年2月に全国町村議長会自治功労表彰をそれぞれ受けた。

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3月13日死去

2020/3/15 日曜日

 

 弘前市社会福祉協議会会長の柳田光祥(やなぎだ・みつよし)氏が13日午後2時37分、がんのため、市内の病院で死去した。70歳。通夜は17日午後6時から、葬儀は18日午前11時から、ともに同市南城西2丁目の公益セレモニーホールで行う。喪主は三男の隼斗(はやと)さん。
 柳田氏は同市出身。県社会福祉協議会理事、市共同募金委員会会長、日本赤十字社県支部弘前市地区副地区長、県共同募金会理事、津軽広域社会福祉協議会連絡協議会会長、柳田みつよし建築設計事務所代表。
 遺族によると、柳田氏は3年ほど前に大腸がんを患い、その後肝臓がんを併発。闘病しながら仕事を続けていたが、今年2月に体調を崩し、同10日から入院していた。
 弘前地区保護司会で保護司を務めたほか、市連合PTA会長、市ボランティア連絡協議会会長なども歴任した。

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