県内著名人訃報

 

11月19日死去

2016/11/21 月曜日

 

 元弘前市教育長で弘前高校校長、県総合社会教育センター初代所長などを務めた佐藤圭一郎(さとう・けいいちろう)さんが19日午後9時10分、死去した。86歳。通夜は23日午後6時30分から、葬儀は24日午前11時から、ともに弘前市南城西2丁目の公益セレモニーホールで。自宅は同市桔梗野4の12の28。喪主は長男の正徳(まさのり)さん。
 佐藤さんは同市出身。現役時代は高校で生物を教えた。弘前高校校長、県総合社会教育センター初代所長を経て、1992年4月から2002年9月末まで、3期10年余り市教育長を務めた。社会教育の第一人者として市教育行政の充実に努めた功績などが認められ、2003年に県褒賞、04年秋の叙勲では瑞宝小綬章を受けた。市教育長退任後は弘前交響楽団会長や沼田面松斎顕彰会会長なども務めた。近年は施設に入所し病気療養中だった。

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11月12日死去

2016/11/15 火曜日

 

 青森市(旧浪岡町)出身の声楽家野呂妙子(のろ・たえこ)さんが12日午前10時15分、左肺腺がんのため同市内の病院で死去した。86歳。通夜は近親者で行い、葬儀・告別式は19日午前11時から、同市堤町1丁目のホテル青森で。自宅は同市堤町2の8の31、ハイガーデン第一802。喪主は八戸市在住でおいの大沢一實(おおさわ・かずみ)さん。
 野呂さんは弘前高等女学校(現弘前中央高校)、東京芸術大音楽部、イタリア・パガニーニ音楽院卒業。藤原歌劇団、日伊音楽協会などに所属し、ソプラノ歌手として東京などで数多く公演したほか、ライフワーク「よみがえる津軽のこころ」コンサートを弘前市で16年間開き、津軽の音楽文化・津軽の心を取り戻す運動を進めた。
 東京青森県人会副会長、東京浪岡会会長などを務め、県褒賞、県文化賞受賞。本紙には長年「新春随想」を寄せた。

※詳しくは本紙紙面をご覧ください。

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9月27日死去

2016/9/28 水曜日

 

 宮川克己さんみやかわ・かつみ=弘前市・下土手町商店街振興組合事務局長)が27日午前1時43分、心不全のため、青森市の県立中央病院で死去した。52歳。通夜は30日午後6時30分から、葬儀は10月1日午後1時30分から、ともに弘前市城西2丁目の公益セレモニーホールで行われる。自宅は同市千年3の5の10。喪主は妻の文子(ふみこ)さん。
 宮川さんは金沢工業大卒。弘前市密着型の情報誌「TEKUTEKU」(2003年発刊)をプロデュースした。同組合事務局長や合同会社スリーピース業務執行社員、弘前リードマンとして地域活性化、中心市街地振興、交流人口の拡大に尽力。まちづくり、地域づくりに関連したさまざまなプロジェクトの中核を担った。

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8月16日死去

2016/8/19 金曜日

 

 元弘前市議会議長の白取勇(しらとり・いさみ)氏が16日午後8時25分、死去した。94歳。通夜は22日午後6時から、葬儀は23日午前11時から、ともに弘前市扇町3丁目の弘前セレモニーホール眞照堂で。自宅は同市薬師堂字舘ノ平4の2。喪主は長女のるつ子(るつこ)さん。
 白取氏は1975年に弘前市議に初当選。87年5月から89年6月まで副議長、91年5月から93年6月まで議長を務め、96年11月に勲五等双光旭日章を受章した。

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8月7日死去

2016/8/16 火曜日

 

 県明るい選挙推進協議会長の木村良一(きむら・りょういち)氏が7日午後3時6分、青森市内の病院で肺がんのため死去した。81歳。通夜は19日午後6時から、葬儀は20日午後1時から、ともに同市栄町の栄町典礼会館で。自宅は同市桜川9の11の2。喪主は長男の良樹(よしき)さん。
 木村氏は五所川原市出身。専攻する政治学や政治学説史で多数の著書を残しており、青森大学や弘前大学では客員教授を、青森中央学院大学では名誉教授を歴任した。

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