県内著名人訃報

 

3月13日死去

2020/3/15 日曜日

 

 弘前市社会福祉協議会会長の柳田光祥(やなぎだ・みつよし)氏が13日午後2時37分、がんのため、市内の病院で死去した。70歳。通夜は17日午後6時から、葬儀は18日午前11時から、ともに同市南城西2丁目の公益セレモニーホールで行う。喪主は三男の隼斗(はやと)さん。
 柳田氏は同市出身。県社会福祉協議会理事、市共同募金委員会会長、日本赤十字社県支部弘前市地区副地区長、県共同募金会理事、津軽広域社会福祉協議会連絡協議会会長、柳田みつよし建築設計事務所代表。
 遺族によると、柳田氏は3年ほど前に大腸がんを患い、その後肝臓がんを併発。闘病しながら仕事を続けていたが、今年2月に体調を崩し、同10日から入院していた。
 弘前地区保護司会で保護司を務めたほか、市連合PTA会長、市ボランティア連絡協議会会長なども歴任した。

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3月4日死去

2020/3/11 水曜日

 

 みちのく銀行元代表取締役会長の上杉純雄(うえすぎ・すみお)氏が4日午前6時30分、病気のため死去した71歳葬儀は自宅のある神奈川県内で、近親者のみで済ませた。
 後日、同行によるお別れの会が開かれる。
 上杉氏は神奈川県出身。旧富士銀行の常務執行役員、みずほフィナンシャルグループのユーシー(UC)カードの取締役社長などを歴任。2005年6月にみちのく銀行代表取締役会長に就任し、10年6月まで取締役会長などを務めた。

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3月6日死去

2020/3/8 日曜日

 

 元陸奥新報社浪岡支局長で、県将棋連盟名誉会長の渡辺三郎(わたなべ・さぶろう)さんが6日午前8時49分、老衰のため、青森市内の病院で死去した。83歳だった。青森市出身。自宅は同市造道1の8の3。通夜・葬儀は近親者のみで執り行い、後日お別れ会を開催する。
 1936年生まれ。同社退社後、94年に第4代同連盟会長に就き、底辺拡大や次世代の育成を中心に県将棋界の振興に尽力。政治、経済をはじめ県内各界に広く持つ人脈を大会といった事業に生かした。全国規模の大会での優勝、入賞者を多く輩出するなど、本県での将棋の社会的地位を高めた。2018年から同連盟名誉会長。1995年から行方尚史後援会の会長を務めた。
 県のタイトル戦や県代表戦での優勝経験を多く持ち、県内外で活躍する選手としても知られた。将棋アマ六段。

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1月5日死去

2020/1/8 水曜日

 

 明治期を代表する言論人・陸羯南(弘前市出身)の研究などで大きな功績を残した郷土史研究家・稲葉克夫(いなば・かつお)さんが5日午前10時55分、病気のため弘前市内の病院で死去した。88歳だった。通夜は9日午後6時から、葬儀は10日午後1時から、ともに同市南城西2丁目の公益セレモニーホールで。自宅は弘前市桜ケ丘2の5の5。喪主は長男の寛夫(ひろお)さん。
 稲葉さんは田舎館村出身。弘前大学教育学部卒、立命館大大学院修了。県内の中学、高校で教壇に立つ傍ら、郷土史研究にも力を入れ、弘前市史編さん執筆委員などを務めたほか、定年退職後の1992年には田舎館村誌編さん室事務局長を務めた。
 2007年に羯南の評伝「陸羯南の津軽」を発行。08年には発起人の一人として弘前市を拠点とする「陸羯南会」の設立に関わり、顧問として会を支えた。
 1976年から24年間、県文化財保護審議会委員を務め、2006年に県文化賞、07年に旭日双光章。著書はほかに「私の落穂拾い―昭和の庶民、そして陸羯南・安藤昌益」など。

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12月26日死去

2019/12/30 月曜日

 

 五所川原市長を通算6期務めた佐々木榮造(ささき・えいぞう)氏が26日午前3時41分、老衰のため青森市内の病院で死去した。99歳。通夜は1月4日午後6時から、葬儀は5日午後1時から、ともに青森市栄町1丁目の栄町典礼会館で。自宅は同市新町1の2の5。喪主は長男の世兒(せいじ)さん。
 佐々木氏は五所川原市出身。県議を経て、1962年の市長選に出馬し、初当選した。4期務めた後、89年に当時の市長のリコール成立に伴う市長選で当選し、2期務めた。2008年、旭日中綬章。

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