県内著名人訃報

 

12月15日死去

2020/12/16 水曜日

 

 1998年から黒石市長を4期務めた鳴海広道(なるみ・ひろみち)氏が15日午後0時6分、肺がんのため入院先の黒石病院で死去した。79歳。火葬、葬儀は家族葬で執り行い、20日午後2時から同市浅瀬石のなごみホール黒石でお別れ会を開く。喪主は妻の純さん。長男は県議の恵一郎氏。
 鳴海氏は1967年から黒石市議を2期務めた後、75年の県議選で初当選。県議会議長を経て、95年に出馬した参院選では落選した。その後、98年の黒石市長選で初当選し、以降4期16年にわたり市長職を務めた。在任中は、全国市長会副会長も務めた。
 市長としては財政再建を最優先課題に掲げ「財政非常事態」を宣言し、本格的な取り組みに着手。特別職と職員、市議の給与・報酬カットや市議定数削減、津軽伝承工芸館の指定管理、市民文化会館の休館をはじめとする徹底した歳出削減を断行するなど、市の財政健全化に尽力した。2014年に、15年度までの全会計黒字化に一定の道筋が付いたことなどを理由に、市長退任と政界引退を表明。15年に地方自治功労により、旭日中綬章を受章した。

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10月25日死去

2020/10/31 土曜日

 

 元県りんご対策協議会会長の北山敏光(きたやま・としみつ)氏が25日午後0時19分、病気のため、藤崎町内の病院で死去した。76歳。通夜と葬儀は近親者のみで行い、後日お別れの会を予定している。自宅は黒石市柵ノ木1の94。喪主は妻の静枝(しずえ)さん。
 黒石市出身。2008年から10年まで県りんご対策協議会会長を務めたほか、県りんご輸出協会理事長、県りんご商業協同組合連合会副会長、黒石観光協会会長などを歴任した。

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9月29日死去

2020/10/4 日曜日

 

 俳人で県現代俳句協会の初代会長を務めた新谷ひろし(あらや・ひろし)=本名・博(ひろし)=さんが9月29日午前5時50分、病気のため、群馬県館林市内の病院で死去した。89歳。通夜、葬儀は近親者のみで済ませた。自宅は同市広内町9の39。喪主は長男の周一(しゅういち)さん。
 青森市(旧大杉村)出身。1947年に青森俳句会「暖鳥」に入会し(のち主宰)、同会を通じて、当時高校生だった寺山修司とも交流があった。県俳句懇話会の初代事務局長なども歴任し、現在雪天俳句会主宰。2003年に県文化賞、06年に県褒賞、11年に地域文化功労者文部科学大臣表彰。句集に「蛍沢」「雪天」など。寺山の俳句に関する研究でも知られた。

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9月18日死去

2020/9/20 日曜日

 

 元県議会議長の山内和夫(やまうち・かずお)氏が18日午後9時47分、リンパ腫のため入院先の県立中央病院で死去した。89歳。通夜は23日午後6時から、葬儀は24日午前11時から、ともに青森市栄町の栄町典礼会館で。自宅は同市栄町1の7の12。喪主は長男の祐司(ゆうじ)氏。
 同市出身。同市議2期を経て、1975年4月に県議選青森市区に出馬、初当選。2011年4月まで通算8期を務めた。県議会議長のほか、自民党県連幹事長や筆頭副会長、同党青森市支部長などの要職を歴任した。
 19年には高齢者叙勲・旭日中綬章を受章。現職は同市文化団体協議会会長。

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9月7日死去

2020/9/11 金曜日

 

 俳人、エッセイストの福士光生(ふくし・こうせい)=本名・三智弘(みちひろ)=さんが7日午前8時14分、老衰のため、弘前市内の介護施設で死去した。87歳。通夜、葬儀は近親者のみで済ませた。自宅は平川市尾上栄松187。喪主は妻のセイ子(せいこ)さん。
 同市(旧尾上町)出身。「ホトトギス」系の俳句結社などを経て1985年「萬緑」に入会し、2003年に萬緑賞(15年退会)。萬緑青森支部長、俳人協会県支部副支部長、俳句雑誌「月刊『俳句』」(角川学芸出版)の添削通信講座講師などを歴任し、後進の育成にも尽力。本紙「日々燦句」欄の初代選者で、弘前市で開かれる県観桜俳句大会でも長く選者を務めた。
 句集に「序幕」「福士光生物語」ほか。エッセー集は17年以降「未完、この大いなるもの」など4冊を著した。

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