県内著名人訃報

 

12月21日死去

2013/12/23 月曜日

 

 鎌田 光展さん(かまた・みつのぶ=工芸美術作家)21日午後7時36分、死去。86歳。通夜は24日午後6時から、葬儀は25日午前11時から、ともに黒石市浅瀬石のなごみホール黒石で。自宅は青森市浪岡大釈迦字山田157。喪主は長男の淳(じゅん)さん。
 こぎん刺しの技術を基にコンピューターグラフィックを用いて絵画的表現に発展させた独自の新技法を考案。県文化賞、県褒賞、文化庁の地域文化功労者表彰などを受賞した。

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9月3日死去

2013/9/5 木曜日

 

 元弘前市議の原子昭三(はらこ・しょうぞう)氏が3日午前1時17分、病気のため弘前市内の病院で死去した。86歳。通夜は7日午後6時から、葬儀は8日正午から、ともに同市南城西2丁目の公益セレモニーホールで。自宅は同市富野町12の17。喪主はおいで原子整形外科医院院長の原子健(はらこ・けん)氏。
 原子氏は1955年に旧弘前市議に初当選し、95年までの間、通算5期20年務め、副議長などを歴任した。元日本会議県本部運営委員長で、養生会や県神社総代連合会の理事も務めた。

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7月30日死去

2013/8/1 木曜日

 

  青森県初の参院副議長を務めた松尾官平(まつお・かんぺい)氏が30日午前7時46分、心原性脳塞栓病のため東京都内の病院で死去した。86歳。通夜は9日午後6時から、葬儀は10日午前11時から、ともに三戸町川守田字元木平の三戸町スポーツ文化福祉複合施設で。自宅は同町八日町12。喪主は県議会議員で長男の和彦氏。
 同町出身、中央大学法学部卒。町教育委員などを経て1963年から県議選連続5回当選。80年の参院補選で初当選し通算4期16年。95~98年に参院副議長を務めた。
 県議時代から自民党に所属していたが、93年の保守分裂で新生党(当時)に参加、94年には新進党(同)に移った。97年の新進党解党を受け、98年に政界を引退。同年に勲一等瑞宝章受章、99年には三戸町名誉町民。

※詳しくは本紙紙面をご覧ください。

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7月19日死去

2013/7/21 日曜日

 

 元弘前市収入役の坂本一郎(さかもと・いちろう)氏が19日午後7時56分、死去した。94歳。通夜は23日午後6時30分から、葬儀は24日午前11時から、ともに弘前市南城西2丁目の公益セレモニーホールで行う。自宅は同市和泉1の11の12。喪主は弘南バス監査役で、長女の夫の省三(しょうぞう)さん。
 坂本氏は旧和徳村生まれ。弘前市役所を定年退職後、弘前商工会議所専務理事を経て同市収入役を2期、弘前市議を3期務めた。また弘前市納税貯蓄組合連合会長を7期14年務めたほか、東北納税貯蓄組合連合会長、青森県納税貯蓄組合連合会長なども歴任した。

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7月17日死去

2013/7/19 金曜日

 

   元東奥義塾高校塾長の村谷秀則(むらや・ひでのり)さんが17日午後0時3分、死去した。82歳。前夜式は19日午後6時から、葬儀式は20日午前11時から、ともに弘前市元寺町の日本キリスト教団弘前教会で。自宅は同市富田町120。喪主は弘前商工会議所まちそだて課課長で長男の要(よう)さん。
 村谷さんは、東奥義塾高校が同市下白銀町から現在地の石川に移転した1987年4月、再興第9代塾長に就任、95年3月まで務めた。
 このほか県私立学校教職員退職金財団理事長、東奥義塾同窓会会長など歴任した。90年に文部省の教育者賞を受賞した。
※詳しくは本紙紙面をご覧ください。

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