県内著名人訃報

 

6月12日死去

2014/6/17 火曜日

 

 荒谷 光一さん(あらや・こういち=日本連珠社県支部長)12日午後8時、死去。82歳。通夜は20日午後6時から、葬儀は21日午後1時から、ともに青森市栄町の栄町典礼会館で。自宅は同市中央1の9の8。喪主は長男の隆光(たかみつ)さん。
 1987年から公益社団法人日本連珠社県支部長のほか、全日本詰将棋連盟東北支部長も務めた。長年にわたり本紙の将棋欄を担当、2007年11月からレジャー面の連珠欄を連載中だった。

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6月9日死去

2014/6/12 木曜日

 

  弘前商工会議所名誉会頭の齊藤熊五郎氏が9日午前11時3分、肺炎のため弘前市内の病院で死去した。94歳。弘前市出身。通夜は14日午後6時から、葬儀は15日午前11時から、ともに弘前市南城西2丁目の公益セレモニーホールで。喪主はビジネスサポートアシスト代表で長男の光世(こうせい)さん。
 1951年に弘前青年会議所の初代理事長に就任。82年に弘前商工会議所会頭に就任して98年までの6期16年を務めた。74年には家業の齊藤漆器店を家具店・さいくまに改組。弘前観光協会副会長、弘前地区雇用対策協議会会長、県公安委員会委員長などを歴任。81年に藍綬褒章、90年に双光旭日章を受章。

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5月6日死去

2014/5/9 金曜日

 

 千代島辰夫氏(ちよじま・たつお=元県出納長)6日午後0時2分、病気療養中の青森市内の病院で死去。93歳。通夜は10日午後6時から、葬儀は11日午前11時から、ともに同市第二問屋町1丁目の第二問屋町青森セレモニーホール眞照堂で。自宅は同市幸畑5の24の19。喪主は長男の敏夫(としお)氏。
 千代島氏は1950年に県庁入庁。企画部長などを経て北村正●元知事時代の79年から85年まで、2期にわたり出納長を務めた。退職後は青森市文化スポーツ振興公社の理事長などを歴任した。
※●は哉の「ノ」なし

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4月30日死去

2014/5/3 土曜日

 

 詩人・劇作家の故寺山修司の元妻で、三沢市寺山修司記念館名誉館長の九條今日子(くじょう・きょうこ、本名寺山映子=てらやま・えいこ)さんが4月30日、肝硬変による食道静脈瘤(りゅう)破裂のため東京都内の自宅で死去した。78歳。東京都生まれ。通夜は寺山の命日に当たる4日午後5時から、葬儀は5日午前10時から、ともに東京都新宿区南元町19の2の千日谷会堂で。寺山家とテラヤマ・ワールドの合同葬で、喪主は義弟の寺山偏陸(へんりっく)さん。
 松竹歌劇団などを経て、映画女優として活躍。62年に寺山と結婚し、劇団「天井棧敷」の創立に関わった。70年に離婚後も劇団運営に尽力。82年の最終公演「レミング:壁抜け男」まで全舞台の制作を担当した。
 寺山の死後は、三沢市寺山修司記念館の設立に力を注ぎ、寺山作品の著作権を管理。全国各地を講演で回り、2009年には弘前学院大学で講演している。13年12月、陸奥新報文化面の寺山修司没後30年企画「われに五月を」に2度寄稿した。

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4月22日死去

2014/4/26 土曜日

 

 日本空手協会県本部副会長や県空手道連盟会長などを務めた對馬利夫(つしま・としお)さんが22日午後2時57分、肺炎のため死去した。79歳だった。火葬は26日午後2時から、弘前市斎場で。通夜は5月5日午後6時から、葬儀は同6日午前11時から、ともに同市南城西2丁目の公益セレモニーホールで行う。喪主は長男の利光(としみつ)さん。葬儀委員長は日本空手協会県本部の木村太郎会長。
 對馬さんは同市境関出身1953年駒澤大学入学時に空手道を始めた。帰省後に同市大町に道場を開き、91年同市大清水1丁目に道場を移転。県内に空手道を普及させるため尽力、これまで指導してきた門下生は5000人に上るとされる。日本空手協会の段位は八段で、2011年には旭日双光章を受章。同協会弘前中央部支部長、弘前大学空手道部師範などを兼任した。
 昨年9月ごろから体調を崩し、入退院を繰り返していた。

※詳しくは本紙紙面をご覧ください。

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