県内著名人訃報

 

6月12日死去

2014/6/17 火曜日

 

 間宮 安子さん(まみや・やすこ=元県交通安全母の会連合会長)12日午後8時32分、病気療養のため入院中の青森市内の病院で死去。87歳。告別式は26日午後3時から、同市堤1丁目のホテル青森で。通夜、葬儀は近親者だけで執り行う。自宅は同市奥野2の24の18。喪主は夫の昭佳(あきよし)さん。
 1971年12月に県交通安全母の会連合会長に就任し、2011年4月まで務めた。89年から10年間は、全国交通安全母の会連合会長を兼任した。

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6月12日死去

 

 荒谷 光一さん(あらや・こういち=日本連珠社県支部長)12日午後8時、死去。82歳。通夜は20日午後6時から、葬儀は21日午後1時から、ともに青森市栄町の栄町典礼会館で。自宅は同市中央1の9の8。喪主は長男の隆光(たかみつ)さん。
 1987年から公益社団法人日本連珠社県支部長のほか、全日本詰将棋連盟東北支部長も務めた。長年にわたり本紙の将棋欄を担当、2007年11月からレジャー面の連珠欄を連載中だった。

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6月9日死去

2014/6/12 木曜日

 

  弘前商工会議所名誉会頭の齊藤熊五郎氏が9日午前11時3分、肺炎のため弘前市内の病院で死去した。94歳。弘前市出身。通夜は14日午後6時から、葬儀は15日午前11時から、ともに弘前市南城西2丁目の公益セレモニーホールで。喪主はビジネスサポートアシスト代表で長男の光世(こうせい)さん。
 1951年に弘前青年会議所の初代理事長に就任。82年に弘前商工会議所会頭に就任して98年までの6期16年を務めた。74年には家業の齊藤漆器店を家具店・さいくまに改組。弘前観光協会副会長、弘前地区雇用対策協議会会長、県公安委員会委員長などを歴任。81年に藍綬褒章、90年に双光旭日章を受章。

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5月6日死去

2014/5/9 金曜日

 

 千代島辰夫氏(ちよじま・たつお=元県出納長)6日午後0時2分、病気療養中の青森市内の病院で死去。93歳。通夜は10日午後6時から、葬儀は11日午前11時から、ともに同市第二問屋町1丁目の第二問屋町青森セレモニーホール眞照堂で。自宅は同市幸畑5の24の19。喪主は長男の敏夫(としお)氏。
 千代島氏は1950年に県庁入庁。企画部長などを経て北村正●元知事時代の79年から85年まで、2期にわたり出納長を務めた。退職後は青森市文化スポーツ振興公社の理事長などを歴任した。
※●は哉の「ノ」なし

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4月30日死去

2014/5/3 土曜日

 

 詩人・劇作家の故寺山修司の元妻で、三沢市寺山修司記念館名誉館長の九條今日子(くじょう・きょうこ、本名寺山映子=てらやま・えいこ)さんが4月30日、肝硬変による食道静脈瘤(りゅう)破裂のため東京都内の自宅で死去した。78歳。東京都生まれ。通夜は寺山の命日に当たる4日午後5時から、葬儀は5日午前10時から、ともに東京都新宿区南元町19の2の千日谷会堂で。寺山家とテラヤマ・ワールドの合同葬で、喪主は義弟の寺山偏陸(へんりっく)さん。
 松竹歌劇団などを経て、映画女優として活躍。62年に寺山と結婚し、劇団「天井棧敷」の創立に関わった。70年に離婚後も劇団運営に尽力。82年の最終公演「レミング:壁抜け男」まで全舞台の制作を担当した。
 寺山の死後は、三沢市寺山修司記念館の設立に力を注ぎ、寺山作品の著作権を管理。全国各地を講演で回り、2009年には弘前学院大学で講演している。13年12月、陸奥新報文化面の寺山修司没後30年企画「われに五月を」に2度寄稿した。

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