県内著名人訃報

 

3月11日死去

2021/3/13 土曜日

 

 元平川市議会議長の田中友彦(たなか・ともひこ)氏が11日午後5時8分、肺がんのため入院先の弘前大学医学部附属病院で死去した。68歳。通夜は15日午後6時30分から、葬儀は16日午前11時から、ともに平川市本町のシティホールこうめいで。新型コロナウイルス感染症対策として15日午後5時20分から同6時20分まで、同会場で弔問時間を設ける。自宅は平川市沖館宮崎190の1。喪主は長男の寿彦(としひこ)氏。
 田中氏は旧平賀町出身、柏木農業高校卒。1995年に同町議に初当選し3期、合併後は平川市議を4期務め、2011年8月~15年7月に市議会議長を務めた。

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2月19日死去

2021/2/20 土曜日

 

 元県議の石岡裕(いしおか・ゆたか)氏が19日午前8時43分、病気のため五所川原市内の病院で亡くなった。82歳。通夜、葬儀は21日午後4時から、同市石岡のメモリアルホールかさいで。自宅は同市野里字野岸7の2。喪主は長女で石岡石油代表取締役の綾乃(あやの)さん。
 石岡氏は同市出身。1979年の市議選で初当選し95年まで通算5期務め、93~95年には市議会議長を務めた。同年、県議選五所川原市区に挑戦し初当選、2003年まで2期8年務めた。

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2月9日死去

2021/2/19 金曜日

 

 本県と秋田県、北海道でホームセンターを展開するDCMサンワ(本社青森市、旧サンワドー)の創業者である中村勝弘(なかむら・かつひろ)氏が9日午後11時37分、病気のため青森市内の病院で死去した。75歳。黒石市出身。葬儀は近親者のみで行った。喪主は長男で現社長の泰(たい)氏。後日、お別れの会を開く予定。
 中村氏は1966年に兄弟で前身の三和部品商会を創業。72年に社長に就任した。76年には青森市に初のホームセンターを出店し、95年に金融機関を除き県内初の株式上場を果たした。2015年にDCMグループ入りし、17~20年に取締役会長を務めた。

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1月29日死去

2021/1/30 土曜日

 

 小兵の技能派力士として最高位に就いた大相撲の元横綱栃ノ海の花田茂広(はなだ・しげひろ)さんが29日未明、誤嚥(ごえん)性肺炎のため死去した。日本相撲協会が発表した。存命の元横綱では最年長の82歳だった。葬儀は家族葬で行う。
 田舎館村出身。春日野部屋から初土俵を踏み、1962年夏場所、関脇で初優勝して場所後に大関へ昇進した。177センチ、110キロほどの小兵。大型力士の大鵬、柏戸に巧みな前さばきからの速攻、出し投げ、足技などで対抗して64年初場所後、49人目の横綱に昇進した。

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1月14日死去

2021/1/17 日曜日

 

 女優で「劇団弘演」代表の秋本博子(あきもと・ひろこ)=本名・作間博子(さくま・ひろこ)=さんが14日午後10時16分、大動脈瘤破裂のため、弘前市内の病院で死去した。84歳。通夜は18日、葬儀は19日にいずれも近親者のみで執り行い、一般参列者は18日午後5時~5時50分に同市南城西2丁目の公益セレモニーホールで焼香のみ受け付ける。自宅は同市城西3の14の10。喪主は次女のまゆみさん。
 同市出身。聖愛高校卒業後、上京して劇団文化座に研究生として入団。1963年、劇団弘演の前身「弘前演劇研究会」の立ち上げに加わり、2000年に劇団弘演の代表に就任した。14年に県文化賞、19年に県褒賞。「津軽百年食堂」(11年)、「りんご農家の少女」(13年)など津軽地方を舞台にした映画にも出演した。

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