県内著名人訃報

 

9月18日死去

2020/9/20 日曜日

 

 元県議会議長の山内和夫(やまうち・かずお)氏が18日午後9時47分、リンパ腫のため入院先の県立中央病院で死去した。89歳。通夜は23日午後6時から、葬儀は24日午前11時から、ともに青森市栄町の栄町典礼会館で。自宅は同市栄町1の7の12。喪主は長男の祐司(ゆうじ)氏。
 同市出身。同市議2期を経て、1975年4月に県議選青森市区に出馬、初当選。2011年4月まで通算8期を務めた。県議会議長のほか、自民党県連幹事長や筆頭副会長、同党青森市支部長などの要職を歴任した。
 19年には高齢者叙勲・旭日中綬章を受章。現職は同市文化団体協議会会長。

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9月7日死去

2020/9/11 金曜日

 

 俳人、エッセイストの福士光生(ふくし・こうせい)=本名・三智弘(みちひろ)=さんが7日午前8時14分、老衰のため、弘前市内の介護施設で死去した。87歳。通夜、葬儀は近親者のみで済ませた。自宅は平川市尾上栄松187。喪主は妻のセイ子(せいこ)さん。
 同市(旧尾上町)出身。「ホトトギス」系の俳句結社などを経て1985年「萬緑」に入会し、2003年に萬緑賞(15年退会)。萬緑青森支部長、俳人協会県支部副支部長、俳句雑誌「月刊『俳句』」(角川学芸出版)の添削通信講座講師などを歴任し、後進の育成にも尽力。本紙「日々燦句」欄の初代選者で、弘前市で開かれる県観桜俳句大会でも長く選者を務めた。
 句集に「序幕」「福士光生物語」ほか。エッセー集は17年以降「未完、この大いなるもの」など4冊を著した。

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9月8日死去

2020/9/10 木曜日

 

 旧五所川原市議会議長を務めた山口徳二(やまぐち・とくじ)氏が8日午前8時48分、老衰のためつがる市内の病院で死去した。91歳。通夜は11日午後6時から、葬儀は12日午前11時から、ともに五所川原市石岡のメモリアルホールかさいで。自宅は五所川原市柏原町64。喪主は長男で市議の孝夫(たかお)氏。
 山口氏は青森市出身、旧制市立二中卒。1967年に旧五所川原市議に初当選し、97年まで連続通算8期務めた。この間、79年11月~81年9月に副議長、89年10月~91年12月に議長を歴任した。

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7月16日死去

2020/7/27 月曜日

 

 弘前市の医師で、市体育協会長や県公安委員長を歴任した鳴海康安(なるみ・こうあん)氏が16日午後5時30分、病気のため同市栄町1の4の36の自宅で死去した。88歳。通夜、葬儀は近親者のみで執り行った。喪主は長男で康安外科内科医院長の康方(やすまさ)さん。
 鳴海氏は同市出身。1977年に市内で康安外科を開業し、院長として地域医療の発展に尽力。2012年に院長を退き、康安外科内科医院の医師として、亡くなる直前まで診療に従事した。
 学生時代に相撲部や野球部に在籍したことなどから、相撲や野球などスポーツの普及・振興にも熱心に取り組んだ。市体協会長(1990~2004年)、同顧問(04年~)を歴任し、県武道館の弘前誘致に尽力。県体協副会長も務めた。04年には県体育功労賞を受けた。
 また、県公安委員長、同市の第三セクター・弘前ウォーターフロント開発社長、母校・弘前高校の鏡ケ丘同窓会長なども務めた。
 同市出身の明治の言論人・陸羯南(くが・かつなん)の功績を伝えるため、陸羯南会の設立発起人として活動し、08年の会発足後は顧問として会の運営を支えた。

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7月7日死去

2020/7/10 金曜日

 

 元県文芸協会出版部長で郷土文学・口承文芸の記録と伝承に尽力した佐々木達司(ささき・たつじ)さんが7日午前11時42分、病気のため、五所川原市内の病院で死去した。87歳。通夜、葬儀は近親者のみで行う。自宅は同市唐笠柳字藤巻472の6。喪主は長男の信也(しんや)さん。
 つがる市(旧稲垣村)出身。学校図書館司書などを経て1969年から2014年まで青森県文芸協会出版部長を務め、雑誌「文芸あおもり」の発行などに携わった。
 口承文芸や昔話の研究に60年以上取り組み、日本口承文芸学会理事、県史編さん民俗部会専門委員を歴任。15年からは「俳人成田千空研究会」の代表を務め、資料の収集や調査、評伝の刊行などに尽力した。

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