県内著名人訃報

 

7月25日死去

2017/7/26 水曜日

 

 衆院本県4区選出で自民党の木村太郎衆院議員(当選7回)が25日未明、膵臓(すいぞう)がんのため、入院中の東京都内の病院で死去した。52歳。自宅は藤崎町藤越字西一本木47。
 「お別れの会」は9月12日午後1時から、自民党と木村家などとの合同で、木村氏の地元藤崎町のスポーツプラザ藤崎で開かれる。
 主催は自民党本部と同党県連、藤崎町、木村太郎各後援団体、木村家。実行委員長は安倍晋三首相・党総裁が務める。喪主は木村氏の妻真紀子(まきこ)さん。
 通夜、葬儀は近親者のみで執り行った。

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7月10日死去

2017/7/11 火曜日

 

 五所川原商工会議所会頭などを務めた同相談役で五所川原市観光協会会長の寺田春一(てらだ・はるいち)氏が10日午前2時、心筋梗塞のため入院していた弘前市内の病院で死去した72歳通夜は21日午後6時から、葬儀は22日午前11時から、ともに五所川原市幾世森の市ふるさと交流圏民センターオルテンシアで。自宅は同市松島町2の90。喪主は妻の和子(かずこ)さん。
 寺田氏は同市出身。五所川原温泉ホテル代表取締役、ホテルサンルート五所川原代表取締役、社会福祉法人和晃会理事長などを務める傍ら、五所川原商工会議所議員、同常議員、副会頭を歴任。2007年に同会頭に就任し、2期6年にわたり商工会議所運営、商工業や中小企業の振興と発展に尽力した。13年からは同相談役に就いた。1998年から五所川原市観光協会会長も務めた。
 2009年には生活衛生功労者厚生労働大臣表彰、13年には日本観光振興協会表彰を受けるなど数々の受賞歴があり、16年には地域経済や観光振興への貢献が認められ市褒賞を受賞した。

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6月1日死去

2017/6/3 土曜日

 

 弘前大学名誉教授の武部和夫(たけべ・かずお)氏が1日午前8時26分、病気のため弘前市内の病院で死去した。87歳。通夜は8日午後6時から、葬儀は9日午前11時から、ともに同市泉野3丁目の公益フォレストホールで。自宅は同市北園2の8の3。喪主は妻の玲(れい)さん。
 武部氏は札幌市出身。1977年、同大医学部内科学第三講座教授として着任し、その後同大附属病院長(91年4月~94年3月)、青森市民病院長などを歴任した。リンゴ繊維に関する研究などでも多くの功績を残した。

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2月25日死去

2017/2/27 月曜日

 

 弘前警察署長などを務めた警視正の桑村弘昭(くわむら・ひろあき)氏が25日午前2時3分、仙台市内の病院で死去した。59歳。通夜は28日午後6時から、葬儀は3月1日正午から、ともに青森市堤町の平安閣本館で。自宅は同市松森2の7の19。
 桑村さんは鯵ケ沢町出身。県警鑑識課長などを経て、2012年度に五所川原署長、14年度に弘前署長を務め、地域の防犯活動に尽力した。
 県警察学校長を経て八戸署長に就任したが、体調を崩して16年8月に県警警務部付に異動。病気療養中だった。

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2月24日死去

 

 弘前市体育協会会長の佐藤眞(さとう・まこと)氏が24日午後6時15分、病気のため市内の病院で死去した。79歳。葬送・告別式は3月2日午前11時から、弘前市南城西2丁目の公益セレモニーホールで。自宅は同市御幸町3の24。喪主は妻の憲子(のりこ)さん。
 佐藤氏は佐藤外科医院院長を務める傍ら、地域のスポーツ振興に尽力。県体育協会副会長や県スポーツ少年団本部長などを歴任し、2015年には弘前市体育協会会長に就任。県武道館館長などを務めた。

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