県内著名人訃報

 

6月7日死去

2022/6/10 金曜日

 

 万能調味料「スタミナ源たれ(通称源たれ)」で知られる上北農産加工(本社十和田市)代表取締役社長兼CEOの成田正義(なりた・まさよし)氏が7日午後9時30分、弘前市内の病院で死去した。72歳。病気療養中だった。板柳町出身で自宅は同町三千石字合吉26の1。通夜は14日午後6時から、葬儀は15日午前11時から、ともに同町の龍淵寺で。いずれも近親者のみで行う。喪主は長男の康人(やすひと)さん。
 板柳高校卒。27歳で前身の上北農産加工農協に入組。39歳から経営に携わり、2015年に上北農産加工農協代表理事組合長。17年には全国で初めて農協を株式会社化し、代表取締役社長兼CEOに就いた。
 債務超過で破綻寸前だった組織を改革し、源たれの販路拡大のために北海道から沖縄まで、自ら営業して歩いた。経営を立て直し、源たれの知名度を全国区に押し上げた。
 近年は残さを活用した土壌改良剤や、廃棄される酒かすから抽出した「赤酢」など、循環型農業や新商品の研究・開発にも力を入れていた。

∆ページの先頭へ

5月25日死去

2022/5/27 金曜日

 

 水彩画家・ねぷた絵師の高橋憲彦(たかはし・のりひこ、雅号・翔龍=しょうりゅう)さんが25日午前10時36分、死去した。77歳。通夜は29日午後6時から、葬儀は30日午前11時から、ともに弘前市泉野3丁目の公益フォレストホールで。自宅は同市松原東5の9の22。喪主は長男の憲司(けんじ)さん。
 同市出身。日本水彩画会県支部長、日水展審査員、津軽錦絵作家協会会長などを歴任。受賞・入選歴は日本水彩画展連続12回入選、示現会阿部賞2年連続受賞など。本紙連載「びいどろ木蓮と欠落の子ら」の挿絵、「平成弘前ねぷた運行絵図」の執筆なども担当した。

∆ページの先頭へ

1月13日死去

2022/1/14 金曜日

 

 鯵ケ沢町議会議員の世永富也(よなが・とみなり)氏が13日午前0時41分、死去した。80歳。通夜は15日午後6時から、葬儀は16日午前11時から、ともに鯵ケ沢町赤石町字大和田33の自宅で。喪主は妻で世永建設代表取締役のリキヱさん。
 1996年3月に町議に初当選し、現在7期目。2004年4月から1期4年にわたり町議会議長を務めた。「白神山地と赤石渓流の観光を考える会」会長。

∆ページの先頭へ

12月12日死去

2021/12/14 火曜日

 

 元藤崎町教育長で弘前実業高校校長、県教育庁教育次長などを務めた武田登(たけだ・のぼる)さんが12日午前8時6分、すい臓がんのため自宅で死去した。73歳。通夜は19日午後6時から、葬儀は20日午後1時から、ともに弘前市南城西2丁目の公益セレモニーホールで。自宅は同市西城北2の6の24。喪主は長男の太郎(たろう)さん。
 武田さんは青森市出身。現役時代は高校で商業を教えた。県教育庁教育次長、県スポーツ振興局長、弘前実業高校校長を経て、2011年12月から19年6月末まで、3期7年半余り町教育長を務めた。アマチュア相撲の選手として活躍し、弘実高では相撲部監督として現在の関ノ戸親方(元小結岩木山)や東関親方(元小結高見盛)らを指導した。

∆ページの先頭へ

10月1日死去

2021/10/23 土曜日

 

 弘前市出身で、同市の街づくりに深く携わった造景・建築家の千葉貴司(ちば・たかし)さんが1日午前2時40分、山梨県内で死去した。70歳だった。葬儀は4日に近親者で済ませた。後日、お別れの会を開く予定。
 1995年竣工(しゅんこう)の弘前蓬莱広場や、JR弘前駅舎と東西自由通路の設計など県内の造景に携わってきた。2011年からは、自身が街づくりを手掛けた東京・浅草の商店街に弘前ねぷたを持ち込み「弘前ねぷた浅草まつり」を開催。弘前公園のライトアップなど同市の観光資源の掘り起こしにも力を注いでいた。
 ティー・シー・エー代表取締役、東京青森県人会副会長、東京鏡ケ丘同窓会事務局長、津軽ひろさき応援隊副隊長などを務めた。

∆ページの先頭へ

Page: 1 2 3 4 5 ... 19

当サイトでは一部、Adobe PDFファイルを使用しております。閲覧にはAdobe Acrobat Readerが必要です。最新のプラグインはアドビ社のサイトより無料でダウンロード可能です。

  • Adobe - Adobe Reader ダウンロード