県内著名人訃報

 

1月13日死去

2022/1/14 金曜日

 

 鯵ケ沢町議会議員の世永富也(よなが・とみなり)氏が13日午前0時41分、死去した。80歳。通夜は15日午後6時から、葬儀は16日午前11時から、ともに鯵ケ沢町赤石町字大和田33の自宅で。喪主は妻で世永建設代表取締役のリキヱさん。
 1996年3月に町議に初当選し、現在7期目。2004年4月から1期4年にわたり町議会議長を務めた。「白神山地と赤石渓流の観光を考える会」会長。

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12月12日死去

2021/12/14 火曜日

 

 元藤崎町教育長で弘前実業高校校長、県教育庁教育次長などを務めた武田登(たけだ・のぼる)さんが12日午前8時6分、すい臓がんのため自宅で死去した。73歳。通夜は19日午後6時から、葬儀は20日午後1時から、ともに弘前市南城西2丁目の公益セレモニーホールで。自宅は同市西城北2の6の24。喪主は長男の太郎(たろう)さん。
 武田さんは青森市出身。現役時代は高校で商業を教えた。県教育庁教育次長、県スポーツ振興局長、弘前実業高校校長を経て、2011年12月から19年6月末まで、3期7年半余り町教育長を務めた。アマチュア相撲の選手として活躍し、弘実高では相撲部監督として現在の関ノ戸親方(元小結岩木山)や東関親方(元小結高見盛)らを指導した。

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10月1日死去

2021/10/23 土曜日

 

 弘前市出身で、同市の街づくりに深く携わった造景・建築家の千葉貴司(ちば・たかし)さんが1日午前2時40分、山梨県内で死去した。70歳だった。葬儀は4日に近親者で済ませた。後日、お別れの会を開く予定。
 1995年竣工(しゅんこう)の弘前蓬莱広場や、JR弘前駅舎と東西自由通路の設計など県内の造景に携わってきた。2011年からは、自身が街づくりを手掛けた東京・浅草の商店街に弘前ねぷたを持ち込み「弘前ねぷた浅草まつり」を開催。弘前公園のライトアップなど同市の観光資源の掘り起こしにも力を注いでいた。
 ティー・シー・エー代表取締役、東京青森県人会副会長、東京鏡ケ丘同窓会事務局長、津軽ひろさき応援隊副隊長などを務めた。

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6月29日死去

2021/10/12 火曜日

 

 津軽民謡歌手の福士りつ(ふくし・りつ)=本名・山田リツ(やまだ・りつ)=さんが6月29日午前9時45分、閉塞性胆管炎のため、入居先の弘前市内の介護施設で死去していたことが11日までに分かった。91歳だった。通夜と葬儀は近親者のみで執り行った。自宅は同市大町1の2の4。喪主は長男の福士喜代一(ふくし・きよいち)さん。
 福士さんは鯵ケ沢町出身。1947年に津軽民謡歌手の原田栄次郎に入門し、58年に第5代民謡王座を獲得。64年に津軽三味線奏者の山田千里さん(1931~2004年)と結婚、同年開業したライブハウス「山唄」(弘前市)をともに運営しながら国内外のステージに立った。90年にNHK紅白歌合戦に出場。96年に夫妻で陸奥新報社賞を受賞。2006年に県文化賞、鯵ケ沢町文化章。

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6月8日死去

2021/6/10 木曜日

 

 鯵ケ沢町の陶芸作家で、本県でのクラフトフェアの先駆けとなった「C-POINT」を企画・主催した安田修平(やすだ・しゅうへい)さんが8日午後4時20分、すい臓がんのため死去した。62歳。告別式は12日午前10時から、黒石市の黒石福音キリスト教会にて家族葬で執り行う。自宅は同町小屋敷町字袖ケ崎192の3。喪主は陶芸作家で妻の美代(みよ)さん。
 安田さんは板柳町出身。白磁を中心としたぬくもりある作品で知られ、1986年には朝日現代クラフト展特別賞受賞。89年に美代さんと共に鯵ケ沢町に移住し「工房polepole(ポレポレ)」を設立、創作活動を展開した。

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