県内著名人訃報

 

2月25日死去

2017/2/27 月曜日

 

 弘前警察署長などを務めた警視正の桑村弘昭(くわむら・ひろあき)氏が25日午前2時3分、仙台市内の病院で死去した。59歳。通夜は28日午後6時から、葬儀は3月1日正午から、ともに青森市堤町の平安閣本館で。自宅は同市松森2の7の19。
 桑村さんは鯵ケ沢町出身。県警鑑識課長などを経て、2012年度に五所川原署長、14年度に弘前署長を務め、地域の防犯活動に尽力した。
 県警察学校長を経て八戸署長に就任したが、体調を崩して16年8月に県警警務部付に異動。病気療養中だった。

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2月24日死去

 

 弘前市体育協会会長の佐藤眞(さとう・まこと)氏が24日午後6時15分、病気のため市内の病院で死去した。79歳。葬送・告別式は3月2日午前11時から、弘前市南城西2丁目の公益セレモニーホールで。自宅は同市御幸町3の24。喪主は妻の憲子(のりこ)さん。
 佐藤氏は佐藤外科医院院長を務める傍ら、地域のスポーツ振興に尽力。県体育協会副会長や県スポーツ少年団本部長などを歴任し、2015年には弘前市体育協会会長に就任。県武道館館長などを務めた。

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2月13日死去

2017/2/14 火曜日

 

 板柳町出身の津軽三味線奏者で青森民謡協会理事長の福士豊秋(ふくし・とよあき)さんが13日午前、東京都内の病院で死去した。63歳。通夜は20日午後6時から、告別式は21日午前10時から、ともに東京都中央区の築地本願寺で。喪主は長男の龍太(りゅうた)さん。
 福士さんは1974年、津軽民謡歌手の父豊三さん、母山内たつさんの影響で津軽三味線を始め、五錦竜二さんに師事。93年に妻で津軽民謡歌手の二代目成田雲竹女さんと福豊会を結成、会主を務めた。2007年の津軽三味線日本一決定戦で初代G1日本一。09年から同協会理事長、10年から16年まで桜花グランプリ争奪津軽五大民謡全国大会(陸奥新報社など主催)で審査員を務めるなど、本県の民謡普及に尽力した。津軽三味線奏者の豊勝さんは実兄。

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1月26日死去

2017/1/28 土曜日

 

 元副知事の工藤俊雄(くどう・としお)氏が26日午前8時47分、入院先の青森市内の病院で死去した。85歳。通夜は30日午後6時から、葬儀は31日午後1時から、ともに同市第二問屋町1丁目の青森セレモニーホール問屋町で。自宅は同市桜川6の12の3。喪主は長男の敏博(としひろ)さん。
 工藤さんは旧車力村(現つがる市)出身。北海道大学卒業後、北海道庁を経て1961年1月に県庁へ入庁。
 中南地方農林事務所長、農林部理事、同部長などを歴任。木村守男知事時代の95年5月から99年3月まで副知事を務めた。

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1月7日死去

2017/1/10 火曜日

 

 ねぷた絵師の佐藤大節(さとう・だいせつ、本名節夫=せつお=)さんが7日午後8時27分、肺がんのため療養先の弘前温泉養生医院で死去した。81歳。通夜は12日午後6時から、葬儀は13日午前11時から、ともに弘前市南城西2丁目の公益セレモニーホールで。自宅は同市前坂字赤井298の10。喪主はねぷた絵師で長男の大瀬和臣(おおせ・かずおみ)さん。
 佐藤さんは同市出身。35歳でねぷた絵師の長谷川達温氏に弟子入りし、42歳でねぷた絵師としてデビュー。同年の観光協会長賞を皮切りに、県知事賞、市長賞など受賞多数。これまで600~800台のねぷたを制作した。後進の育成にも尽力、指導に当たった約200人の弟子から25人がプロとなった。昨夏のねぷたシーズン後に体調を崩し、同院で療養していた。

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