世界遺産白神 登録から20年 第3部 次世代へ託す

 

環境教育=1

2013/12/17 火曜日

 

白神をどう次世代に伝えるか―。環境教育で育むのは自然や歴史の知識だけでなく、今後白神とどう関わるかという住民一人ひとりの考えだ

 東アジア最大の原生的なブナ林に豊かな自然生態系、マタギ文化―。白神山地が世界自然遺産となったことで、白神の自然と歴史的な価値が広く注目されるようになった。一方で白神の環境はこの20年で変化し、核心地域は保全と利用をめぐる入山制限の問題がいまだしこりを残す。地域住民にとっては生活から白神が遠くなり、地元でありながら知識も体験もまったくない人が増えたのもまた事実だ。こうした中、自治体や白神の関係者たちが環境教育を進める動きが広がっている。白神と生きるわれわれが、この世界の宝をどう後世に伝えるか。登録20年を迎えた今、再び白神との関わりを見つめ直す岐路に立っている。
  日本初の世界自然遺産として全国に名が知られた白神山地。入山に技術や経験が要求される核心地域に比べ、アクセスが容易で一般の人でも入りやすい緩衝地域や遺産地域外の周辺地域は観光スポットだけでなく、環境教育の場としても多用されるようになった。
 東京都出身の佐原真理子さん(20)は2011年にアルピニスト野口健さんが校長を務める環境学校に参加し、マタギ小屋を拠点に沢登りやトレッキング、野外炊事などを体験。白神の自然とマタギ文化に触れ、環境に興味を持った。
 その後もさまざまな環境学習に積極的に参加。現在、新潟県にある国際自然環境アウトドア専門学校で、登山や自然ガイドなど野外活動に必要なノウハウを学んでいる。環境教育の魅力を「自分で自分をつくるきっかけを与えられること」と話し「これからも環境教育やアウトドアに関わりたい」と将来を模索する。
 白神山地を抱える自治体では「地元の人は白神にほとんど行かず、どんな場所なのかよく知らない人がほとんど」と関係者が口をそろえる。生活の一部が遺産・観光地化したことで入山機会が減った上、物流の改善、地域外への就職など時代の変化により、山と住民の直接の結び付きが薄くなった。
 深浦町の岩崎中学校3年生が、周辺地域に当たる十二湖・青池近くのブナ林で樹幹の周囲長測定や落実・葉の数量を調べるモニタリング調査は「深浦の人に地元・十二湖に行って、古里がどういう場所なのか知ってもらいたい」という地元住民らの思いから05年に始められた。
 調査を続けることで、生徒たちの心境にも変化が訪れた。同中3年の百川神生君と竹内佑君は「自然を大切にしたい気持ちが強くなった」「実験が苦手だったけれど、関心を持って取り組めるようになった」とそれぞれ環境への興味を抱くように。
 発起人である町企画財政課町づくり戦略室の神林友広係長(44)は「十二湖は地滑りの地形やその堆積地上に発達したブナ林があるなど白神の特徴が凝縮された地域。調査を30年は続けて、その間に何人か白神に興味を持つ子が出てくれれば」と思いを語る。
 西目屋村も環境教育に力を入れる。西目屋小学校は4、5年を対象に白神学習を実施。動物の痕跡を探すアニマルトレッキングなど体験学習の他、マタギやガイドといった山と密接に関わる地域住民から話を聞き、知識を深めることに重点を置く。
 白神学習を主導する環境省西目屋自然保護官事務所の谷口哲郎自然保護官補佐(33)は「自分と白神がどうつながっていて、これからどのように守っていくべきかが授業の柱」と話す。将来を担う地元の子どもたちが白神の環境を知り、また山と暮らす人々の思いを受け止めることで、自分自身で白神の今後を考えられる力の育成を目指す。

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平行線たどる入山問題=2

2013/12/18 水曜日

 

古くから人々が生活してきた白神は、遺産登録によりさまざまな制限が生じた。保全と利用をめぐる議論はいまだ結論に至らない

 豊かな自然に恵まれた白神山地は、古くから狩猟や山菜採り、釣り、薪木(まきぎ)生産など人々の生活に利用され、マタギなど独自の文化を育んできた。だが、遺産登録に前後して自然環境保全地域や鳥獣保護区に指定。さらには本県側からの立ち入りが27指定ルートと既存歩道のみと制限され、生活の場としての白神と人の関わりは次第に薄まっている。貴重な自然を保全するという世界遺産の理念と、人々の生活の場としての自由―。その二つをめぐる議論は、登録から20年たってもいまだ平行線のままだ。
 遺産登録のきっかけとなった青秋林道反対運動の発起人である弘前市の作家根深誠さん(66)は「(入山ルートを)指定するのはおかしな話だ。雨が降れば通れなくなるルートもあり、気候によって山は変化する」と制限に疑問を投げ掛ける。
 立ち木の損傷やたき火跡など入山者のマナー違反が途絶えないことから、制限を取り払うことでさらに拡大することを懸念する声も上がっているが、根深さんは「昔から道を進むために枝を切り払ってきた。たき火にしても生死に関わる場合もあるし、ブナは保水能力が高く山火事にならない」と白神の実態が十分に把握されていない制限だと難色を示す。
 同じく反対運動をリードし、現在はひろさき環境パートナーシップ21の自然環境グループリーダーを務める弘前市の村田孝嗣さん(64)も入山ルートの指定に反対の立場を示し「自然遺産は保存が目的ではなく、そこからの学びが大事。登録20周年だからということではなく、白神と生活の関わりを理解することが大切だ」と、白神の自然や文化を後世に伝えるため、一過性ではない継続した人材育成の必要性を語る。
 県勤労者山岳登山連盟の成田茂則会長(68)は「入山規制しないと自然破壊が危惧されるというが根拠がない。指定ルートを撤廃して届け出をすれば自由に入れるようにしてほしい」と主張。加えて、核心地域は登山技術や経験が必要で、容易に入山できないため、制限をなくしても大きな変化はないと考える。
 「遺産地域になったからにはルートを決めて管理しないと。やたら道が増え過ぎても巡視員が大変になる」と一定の基準が必要だと話すのは、白神の自然とマタギ文化に魅せられ西目屋村に移住した神奈川県出身の白神マタギ舎ガイド小池幸雄さん(48)。
 基準が設けられたことでマタギ文化が薄れつつあるという指摘もあるが「その場所にはその場所の文化があるもの。それが失われていくのは仕方ないのかもしれない。それが嫌なら遺産を返上するしかないのでは」との見方を示す。
 白神山地世界遺産地域管理計画が今年10月、林野庁、環境省、文化庁青森県秋田県によって1995年度の策定以来初めて改定されたその中で、入山についてはこれまでと同様に、本県の27指定ルート以外の入山を制限すると示された。
 環境省西目屋自然保護官事務所の福地壮太自然保護官(31)は「入山を自由にすることで遺産の価値が損なわれる恐れがある」と説明。現在の保全状態は「他の遺産と比べても良い状態」とし、これまでの管理方法が機能した結果とみる。「一度荒れると戻すのに時間がかかる。管理する側としては、取りあえず制限を解除して様子を見ようという姿勢では管理できない」と語る。
 一方で「古くから地域住民に利用されてきた山なので、制限のルール自体は検討の余地がある」と理解も。
 ただ「地域の考えがまとまっていない。地域で方針を示してもらえれば、それが遺産価値を損なわないか科学委員会で検討し、考え直すこともできる」と指摘する。
 白神をどう保全し、どう利用するか―。国任せ、または白神の関係者任せではなく、世界遺産を抱える地域としての共通の認識が、今後の白神を決める上で求められている。

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識者に聞く未来=3・完

2013/12/20 金曜日

 

遺産登録から20年の節目を迎えた白神山地。管理方針や環境教育など、白神を今後どう後世に伝えるのかを判断する上で、行政と民間の連携が必要不可欠だ

 日本で初めて鹿児島県・屋久島と共に遺産登録に指定された白神山地。入山制限などの管理体制が敷かれたと同時に一躍観光スポットとなり、白神を取り巻く環境は少なからず変化した。遺産登録という光の裏で、マタギ文化が徐々に薄れ、地球温暖化やニホンジカ侵入など新たな脅威も出始めている。環境保全と地域振興、そして後世への継承は今後どのような道を進むのか。環境の専門家で青秋林道建設反対運動に参加した経験を持ち、現在白神マタギ舎のガイドとして白神の魅力を伝える弘前大学の牧田肇名誉教授(72)に話を聞いた。
 牧田さんは遺産登録されたことで、核心地域は入山制限や禁漁区指定など、人の影響を極力遠ざける管理体制が敷かれたと説明。「登録前はテントを張るために木を切っていた場所も木々が再生した」と管理の効果を評価するが「違法な釣り人が減らず、保全されなければならないイワナなどの魚も減ったようだ」と一部のマナー違反を指摘する。
 環境面では、現段階で核心地域に大きな変化はないとみるが「管理体制の範囲を超え、世界規模での環境変化が進んでいる」と警鐘を鳴らす。地球温暖化は、冷涼な気候に適したブナの生育環境減少に直結する、白神の価値を根本から揺るがす問題だが「仕方のないこと。推移を見守るのが遺産の在り方」と変化を受け入れ、必要以上の干渉を避けるべきとの見方を示す。
 ただ、防止策が必要な事案も。特に深刻なのはニホンジカとアライグマだ。今年から白神周辺でニホンジカの目撃が相次ぎ、さらにアライグマも増加。食害による生態系崩壊が危惧されている。
 ニホンジカについては白神の裸地化が危ぶまれ、国を挙げての対策が急がれるが、牧田さんは「目屋マタギの狩猟区域がほぼ鳥獣保護区に指定された。結果、マタギ文化が薄れると、山への入り方や狩猟の知識がなくなり、シカなどに対応できなくなる」と現行の管理体制の落とし穴を指摘する。
 ナラ枯れ被害の北上も懸念。ナラが枯れればマイタケが育たず、それを食べるクマの頭数減少にもつながる可能性があり、白神を取り巻く状況は多方面で刻一刻と変わりつつある。
 観光面では、大型バスが利用できる暗門の滝と十二湖が白神観光のほとんどのシェアを占める。牧田さんは「観光基盤を整備することで踏み荒らしが防がれ、誘客にもつながる」とするが、暗門の滝までの往復4時間の間にトイレがないなど、受け入れ態勢の脆弱性を指摘する。
 今後の白神の在り方を判断する上でも、白神の価値を学ぶ姿勢は観光客だけではなく、遺産を抱える地元住民に強く求められる。しかし、白神に入山したことがない地元住民も多く、環境教育を実施しても参加者がほぼ常連化、地域全体での学びの姿勢は醸成されているとは言い難い。
 牧田さんは「知識の少なさや、話し方の下手さなどガイドの質にも問題がある」と伝え手側の課題も指摘。「地元の人が白神を守っていこうと考えるには、その土地へのメリットを感じないと守ろうと思わない」とガイドの役割の重要性を説き、弘前大学と連携した講習会などでガイドのスキルアップを図るなどソフト面の強化に言及した。
 白神は林道建設反対を訴える市民の運動が国の方針を変え、遺産登録に至った経緯がある。遺産を抱える地域に住むからこそ、世界から認められた宝と今後どう向き合うか判断が問われる。
 「世界遺産を作ったのは民の力。自然保護地域になり、その民は規制すべき対象になってしまった。確かに行政がいなければ話は進まないが、民間の意見が入ってこそ」。入山問題をはじめ、民間と行政の意見がまとまっていない事案は多い。官民が同じ立ち位置で議論を深めることが、世界の宝を後世へ守り伝える一歩になる。

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