聖愛 甲子園への道

 

2013/7/25 木曜日

 

 創部13年目で初の栄冠に輝いた聖愛。甲子園出場までの軌跡を振り返る。

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「人間力」花開く=1

 

優勝決定の瞬間、ベンチから飛び出す聖愛ナイン

 聖愛が弘前勢として17年ぶりに県王者の座に輝き、幕を下ろした第95回全国高校野球選手権記念青森大会。息詰まる接戦となった決勝・弘前戦のほか、光星、青森山田の甲子園常連校も撃破。3年前の8強、2年前の4強、昨年の準優勝と、確実に歩みを進め、ついに初の晴れ舞台への切符を勝ち取った。「不動心」をチームのテーマに掲げ、足元を見詰め一戦必勝を期してきた聖愛。鍛え抜いた「人間力」が花開いた瞬間だった。
 昨秋の新チーム発足以降、特に打撃強化に向けトレーニングを積んだ。しかし5月の春季県大会は準々決勝で好投手・鶴飼雄喜を擁する工大一に0―1で敗北。打線の調子を上げることができずにいた。好投手が相手とはいえ、完封負けに「どんな投手からも打つことができなければならない」と、聖愛は同大会以降、さらなる打線強化に打ち込んだ。
 特に力を入れたのは素振り。多いときは打撃練習の半分以上をつぎ込み、毎週末は全国の強豪との練習試合も重ねた。夏の本番も迫った6月中旬、打撃は徐々に復調。冬季に蓄えた爆発力は、歯車がかみ合うように成果が表れ始めた。
 そして迎えた集大成の夏。シード校の聖愛は、初戦からの3連戦を全てコールド勝ち。特に4回戦で当たった十和工は、強打を誇る弘東を散発3安打、三塁を踏ませない快投を見せた川村麗を擁する難敵。聖愛は初回、2本の3ランなどで一挙10得点。1死も許さずに川村ら2人を引きずり降ろし、圧倒的な打力を見せ付けた。
 準々決勝で対峙したのは昨大会の決勝で敗れた因縁の光星。先発は昨大会同様、小野憲生。周囲の期待が重圧となり試合前にブルペンで泣いていた1年前とは違い、今回は堂々としたマウンドさばきで光星打線を1失点に抑え、逆転勝利で雪辱を果たした。
 優勝候補の呼び声高い青森山田との準決勝では、制球が乱れた小野を二枚看板の一角をなす主将の一戸将が救った。1死満塁から継投した一戸は、最少失点でしのぎ逆転を許さず、私学2強に連続で競り勝った。
 弘前との決勝は息詰まる激戦に。ここまで快投を続けてきた先発の一戸が捕まり、三回に4連打で同点とされ、なお無死一、二塁。一打勝ち越しの窮地を救ったのは、やはり“相方”の小野だった。無失点で切り抜け、四回以降は弘前に流れを渡さなかった。七回の森山裕土の勝ち越し打が決勝点となり、聖愛はついに歓喜の瞬間を迎えた。
 大会を通じ選手は常に冷静に、なおかつ笑顔でプレー。鍛え抜いた「人間力」で、どんな逆境もはねのけてきた。ついに迎える甲子園にも「足元を見て今やるべきことをやり、一戦必勝で臨む」。監督と選手の思いは一つだ。イメージし続けた舞台、さらには日本一に向け、聖愛の新たなステージが始まる。

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聖愛野球部の13年=2

2013/7/26 金曜日

 

2009年の秋季東北大会で惜しくもセンバツ初出場を逃し、10年の夏に向けて聖愛ナインを指導する原田監督(中央)=同年3月、五所川原市

 聖愛が女子校から男女共学となった翌年の2001年、野球部創立の話があり、当時弘工で外部コーチをしていた原田一範監督に監督への就任が持ち掛けられた。高校時代に主将を務めた母校・弘工で「(当時の監督で恩師の)横浜寿雄監督を甲子園に連れて行きたい」との思いで葛藤。そんな中、父の故順一さんから「監督というのは誰でもできるものではなく、誰にでもチャンスが与えられるものではない」とのアドバイスを受けて監督就任を決断。以来、聖愛を引っ張り続けている。聖愛野球部の13年は原田監督苦闘の13年でもある。
 当時、甲子園から長く遠ざかっていたものの、強豪・弘工に比べた当初の聖愛の環境について「想像を絶していた」と原田監督。部員は女子1人を含めて10人経験者は5人と実力不足は明らか。それでも「青森山田や光星を倒すチームをつくり上げる」と公言。周囲に冷ややかな目を向けられながらも、今も変わらぬ「まず立派な高校生であること。その次に野球部員」という思いを胸に、妥協せずに選手たちに厳しい練習を課した。
 同年は練習試合で初勝利を挙げたが、初めての夏は岩木に2―29で敗れるなど、公式戦は未勝利に終わった。それでも「聖愛野球部」の存在を広め、翌年からも新入生たちが入部。3年目の03年に夏の初勝利を挙げ、秋には実力校を破り弘前地区予選を突破。県大会に出場するなど、着実に成長していった。05年の夏の大会では「目標は甲子園だったが、奇跡だと思った」という4強入りを果たし、県内の高校から注目を集めるようになった。
 そして09年、夏は初戦で青森山田に敗れたものの、秋季県大会で準優勝。東北大会に出場し、勝てば春のセンバツ出場が濃厚となる準決勝に進出。しかし盛岡大附(岩手)に4―5で敗れ、目前に迫った初の甲子園を逃した。12年の夏の県大会でも決勝まで進んだが光星に惜敗。今大会の決勝の一戦は、聖愛にとって3度目の挑戦で、ようやくつかんだ悲願だった。
 「強くなるためには強いところと試合をしなければ」と、原田監督は03年以降、全国の強豪校に対戦を申し込んでいった。最初は門前払いされることも多かったが、数多くの甲子園出場経験を持つ伝統校・秋田商(秋田)などと対戦。選手たちは格上チームとの実戦経験を重ね、県内屈指の強豪チームへと成長。次第に、練習試合を引き受けてくれるチームも増えていった。
 今年のチームも遠征で横浜(神奈川)などの強豪と対戦。6月には、昨秋に日本一に輝いた仙台育英(宮城)を撃破。その後の聖愛は夏の本番はもとより、練習試合でも1敗もすることはなかった。2―29から12年、聖愛は無敗で甲子園への階段を駆け上がる。

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