弘前竜巻から一年

 

2013/7/3 水曜日

 

 弘前市は今年から、6~8月末を局地災害に対する防災意識向上月間と定め、取り組みを進めている。竜巻を経験し、何を学ぶのか。楢木地区の現状を取材し、今後の局地災害に向けた取り組み、課題を探った。

 

 

 

 

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住民の今=1

 

竜巻により吹き飛ばされた家屋の外壁や屋根が散乱していた楢木地区(写真上=2012年7月5日午後6時5分ごろ)。今は落ち着きを取り戻したように見える(写真下=6月30日午後1時30分ごろ)

 昨年7月5日午後5時すぎ、弘前市の楢木、鬼沢地区を竜巻が襲った。建物被害は住宅半壊9棟を含む計99棟、リンゴ園でも完全倒木が70本。引き剥がされた屋根のトタンがあちこちに散乱し、道をふさぐなど、地区内には混乱が広がっていた。発生から間もなく1年。被害の大きかった現地を歩いてみると新築の住宅が数件建つ。屋根の多くは修繕され、被害があったリンゴ畑には新しい苗木が。他方で家主が引っ越してしまった住宅は修繕されず、発生直後と変わらない。住民は1年をどう過ごし、どのような気持ちで迎えるのか。楢木地区を訪ねた。
 真新しいわい化樹の苗木が並ぶリンゴ畑。多くのわい化樹が倒木し、発生後にボランティアらが撤去を手伝っていた場所だ。所有者で前楢木町会長の角田則昭さん(77)は「春先に植え替えたばかり」と話した。
 竜巻発生後は状況の確認に訪れる関係者の案内役、避難所や相談窓口となった集会所での対応などで忙しく、自分の畑を気遣う暇がなかった。「落ち着いてから畑を見て涙が出た。倒れなかった木も葉が黄色くなったり、根が駄目になってしまって」と振り返る。
 現在の生活について「皆さんの協力もあり、それなりにやっている」と市民らから義援金が寄せられたことに感謝。自宅も玄関フードが飛ばされるなどの被害があったが修繕は終わっている。だが「植えた木は来年(実が)なるわけではない。自宅は戻っても、畑が戻るのは何年もかかる。自分は実がなるのを見られるかどうか」とつぶやいた。
 「あっという間だった。完全に元の生活には戻れない」と農業山﨑光子さん(47)。1、2階の屋根が剥がれ、建て替えるしかなかった。自宅近くに畑があり、地区内に住むことを選択。家が建つまで、家族5人が自宅の車庫に住んだという。
 「寒かったし、体にも負担がかかった」と慌ただしい日々。「作業に集中できなくて。昨年のリンゴ(の収量)は2割ほど減った」と仕事にも影響した。
 大工に頼み、12月ごろに取りあえず出来上がった部分に入居。4月に完成し、完全に移り住んだが気持ちはまだ落ち着かない。「(建て替えのために)借り入れた分の支払いもある。竜巻を思い出すこともあるし、今までと同じにはいかないが、生活していかなければ」
 かやぶき屋根の家が新築に変わっていた。「早くも1年か」と話す農業千葉徳英さん(59)、弘子さん(51)夫婦。「柱は曲がり、家自体が傾いていた。家を見たときはがくぜん。想像もできない被害だった」という。
 12月に家が完成し「突然すぎて、あまり配置も考えずに建ててしまったが、家が出来てからは落ち着いた感じ」と語る。ただ、近くのリンゴ畑で作業中に竜巻を見ていることもあり、恐怖は今でも残る。「(当時は)風が強く、作業ができないほどだった。今も強い風が吹くと怖い」
 「自分たちの立場になって、初めて災害の大変さが分かった」と1月から町会長となった高橋稔さん(65)。だが竜巻以降、町内会で防災への取り組みが進んだわけではない。「自主防災組織が良いことは分かっているが、立ち上げるのは難しい。日中動ける若い人が少ない」という。
 損壊した家も新しいトタンに替わり、1年前に幼果が吹き飛ばされたリンゴの木にも新しい実が成長。片付けられないがれきも残るなど元通りとはいかないが、地区は落ち着きを取り戻したようにも見えた。だが住民たちの心境は複雑。災害の影響力の強さを感じさせる。

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防災態勢の充実=下・完

2013/7/4 木曜日

 

竜巻災害から1年。市は防災態勢の充実を図るが、市民の防災意識が薄れているとの指摘も(市が防災意識向上月間の一環として行っている避難場所の備品点検)

 東日本大震災から約1年4カ月後の昨年7月5日、弘前市楢木、鬼沢地区を突然の竜巻が襲った。震災で直接的な被害を受けなかった弘前市は局地災害の形で自然災害の恐ろしさを目の当たりにする。竜巻から1年。弘前市は、6~8月を局地災害に対する防災意識向上月間とし、市内全ての町会や郵便局などに災害発生時に市に通報するよう協力を要請。防災行政無線の設置など震災や竜巻災害を教訓にした初動態勢の充実に取り組んでいる。自主防災組織の設立も震災前に比べ格段に進んだが、結成率はまだ低い。月日がたつにつれ、市民の間に防災への関心が薄れつつあることが課題として浮かび上がる。
 月間は6月から8月が竜巻や豪雨の発生しやすい時期となることから、市民への注意喚起などを目的に設定された。竜巻災害などを教訓により早い初動態勢の確立を目指し、取り組んだのが災害発生の迅速な情報収集だ。 市内全ての町会とコンビニエンスストア、郵便局に協力を要請し、災害時に市に連絡してもらうもので、市防災安全課に局地災害通報窓口を設置し、24時間随時受け付ける。またこれまで岩木、相馬地区だけだった防災行政無線の旧市内地域への拡大も予定。小中学校の敷地内にスピーカーを設置し、必要に応じて災害情報などを発信する。
 市防災安全課の鎌田雄課長は「配達など常に移動している郵便局の方らは情報を早く入手しやすい。市内全域にある町会の方にも協力をお願いしている」。いつ、どこで発生するか予測が難しい局地災害に備え、“目”と“耳”“口”を増やすことで初動対応と市民への周知を早めようという狙いだ。併せて市は災害が発生した地域にすぐさま必要物資を持ち運べるよう「備蓄セット」の準備も進めている。発電機や照明器具、非常食などからなるもので、供給態勢が整うまでの当座のつなぎとして活用する。
 防災への取り組みは自治体が担うだけでは真の効力を発揮できない。市が構築を進めるのが地域住民らで組織する自主防災組織の設置拡大。市独自の補助金制度の上限を、県の補助制度を活用することで、35万円から60万円に増額した。
 市はこうした支援策をてこに年間20団体ずつ自主防災組織を増やす目標を立てており、2012年度は新規18団体が設立。現時点で28団体と震災前の9団体に比べて3倍以上に増えたものの、組織率は9・59%と県平均の33・4%(3月時点)には及ばない。
 今年度初めての設立となった十面沢自主防災会のある十面沢地区は竜巻の発生した楢木、鬼沢地区にも近い。齋藤誠一町会長は「震災の時、住民の命が助かった理由の一つに自主防災組織があったことを知り、必要と感じた」と話す。世帯数143戸の地域は住民の交流も多く、結成まではスムーズに進んだが課題はあると齋藤町会長は話す。「世帯構成者や災害時要援護者らを把握するため、住民名簿への協力を呼び掛けているが、なかなか集まらなくて」。もともと災害の少ない地域。「防災意識は思った以上に薄れている。だが、防災組織の有り無しは災害が起こった時の差として必ず出ると思う。まずは住民に自分の身は自分で守るという意識を持ってもらいたい」
 「竜巻なんてよそ事だと思っていた」「災害のない地区と思っていたのにまさか竜巻が発生するとは」。自分の地域は安全と思っていたとの声は楢木地区でも多く聞かれた。「自分の住む町は…」。その根拠が薄いものであることは震災が、竜巻災害が私たちに示した。自治体、地域、そして何より市民が災害の記憶を風化させず、防災意識をいま一度強く持つことが求められている。

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