日々燦句 (石﨑志亥)

 

海近き僅かなる田や稲雀(小野寿子)

2012/9/6 木曜日

 

 稲が熟(う)れはじめ刈り入れのころまで田に群れて稲の穂を啄(ついば)む。雀(すずめ)を稲(いな)雀(すずめ)という。鳴子の音に驚いて一斉に飛び立つが、すぐに群をなして稲を啄む。こうなると案(か)山(か)子(し)など眼中にない。この句は日本海にへばりついて暮らしている深浦あたりの景であろう。零細農家と雀の知恵の戦いが延々と続く。「全国俳誌ダイジェスト俳壇抄」の一句。

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霧のなか行けど八甲田山なほも霧(橋本タエ子)

2012/9/5 水曜日

 

 朝夕、水蒸気が冷たい空気に触れて凍結し、微小な水滴となり大気中を浮遊しているもので、煙のように見通しが悪くなる。昔は霞(かすみ)とも霧ともいっていたが、俳句では春の方を霞、秋の方を霧という。作者は霧の八甲田を詠む。どこまで行っても霧また霧。八甲田の凄(すさ)まじさを言い切ったスケールの大きな作。「青森県俳枕」の一句。

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水引草燃え燃え燃ゆる手古奈庵(神照代)

2012/9/4 火曜日

 

 増田手古奈は大鰐町生まれ。東京大学法医学教室在学中に高浜虚子の門に入り、俳誌「十和田」を創刊。ホトトギス同人として活躍。手古奈庵は師を慕って集まる俳句研(けん)鑽(さん)の場であろう。そこに咲く水引草は単なる水引草ではない。「燃え燃え燃ゆる」は水引草の燃えと同時に俳句仲間の意志の表れであろう。「文藝弘前」の一句。

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芭蕉句碑読めるか虫の声しきり(今順子)

2012/9/3 月曜日

 

 芭蕉は滑(こっ)稽(けい)の文学として誕生した俳諧に、漢詩の世界を摂取し、中世以降の伝統を踏まえつつ自然と人生への探究を目指した俳句の元祖芭蕉句碑は全国各地にある深浦町には津軽最古の芭蕉塚がある。芭蕉句碑の周辺で鳴く虫の音を聞いて、作者は虫たちでも芭蕉の句を理解したかのように、しきりに鳴くさまを一句に仕上げた。

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片足は蝦夷に触れさう秋の虹(木村泰佳子)

2012/9/2 日曜日

 

 大間町の鼻先が函館市。天気のいい日は、カラーで見える。この一帯は青森よりむしろ函館との付き合いが多く、完全に経済圏は北海道なのだ。医療機関の看板がやたらと多い地域、フェリー運航は命綱であろう。原発で函館からクレームが付くのは当然過ぎるほど深刻な問題。片足を北海道にかける虹は美の極限といえる。

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