日々燦句 (石﨑志亥)

 

ふるさとは地図になき村栗の花(外川幸子)

2018/7/1 日曜日

 

 たとい地図にはなくても〈ふるさと〉がそこにある。自分の生まれ育った土地、精神的な拠(よ)り所(どころ)がどこなのかは自分自身が知っている。存在の原点のこと。〈栗の花〉は強烈な匂いを放つ。どこか原始的で男性的な匂いのように感じているが、その意識の差異は大きいのかもしれない。『新青森県句集第28集』所収。

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心音をおさえてくぐる茅の輪かな(大橋畊拓)

2018/6/30 土曜日

 

 〈茅(ち)の輪〉くぐりは、本来は陰暦六月晦日(みそか)、半年間の心身の穢(けが)れを払う神事。〈心音をおさえてくぐる〉は何となく分かる。茅の輪をくぐる時には、さしたる穢れもないはずなのに少し緊張する。神の前では誰もが色々(いろいろ)と曝(さら)け出して、神妙な面持ちになるということか。『此岸合同句集(25周年記念)』所収。

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万緑の蔦沼一つ窪みけり(比内順子)

2018/6/29 金曜日

 

 〈万緑〉は夏、見渡す限りの草木が緑なす様をいう。草田男の句〈万緑の中や吾子の歯生え初むる〉により季語として一般化され定着したと言われる。〈蔦沼一つ窪(くぼ)みけり〉の、万緑に蔦沼を窪ませるという逆説的な感覚には滅多(めった)にお目にかかれない。斯様(かよう)な表現は至難と思う。『新青森県句集第28集』所収。

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空広ければ夏帽子踊りだす(斎藤修子)

2018/6/28 木曜日

 

 これほど開放的で軽やかな句は珍しいのでは。何の屈託もなく、今にも踊り出しそうな感じだ。俳句には作者の心の動きが如実に反映する。それは、時々「創作意図」と呼ばれたりもする。何故(なぜ)、今この俳句を詠むのかということであるが、その時に作者の胸の内も少し透ける。『新青森県句集第28集』所収。

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麦秋や乾ききつたる風生れて(荻澤琴江)

2018/6/27 水曜日

 

 〈麦秋〉は津軽ではちょっと馴染(なじ)みの薄い景色だろうか。麦の刈り入れ時の一面茶褐色の景色は稲刈りとはまた違った風情がある。〈乾ききつたる風生れて〉の把握は何にもまして得難い。小津安二郎の「麦秋」とも重なる。「ばくしゅう」「むぎあき」とも読む。「麦の秋」とも。『新青森県句集第28集』所収。

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