日々燦句 (石﨑志亥)

 

聞き分けのない子のやうに盆の雨(島田よう子)

2019/8/14 水曜日

 

 雨はいつでも降る。〈盆の雨〉に意味があるのだ。当地方の盆はほとんどが月遅れ。盆に合わせて帰省する人たちも多い。家の中も街中も束(つか)の間賑(にぎ)わいを見せる。作者には根底に「折角(せっかく)のお盆なのにこの雨は」の思いがある。〈聞き分けのない子のやうに〉は言い得て妙。説得力がある。『青森県句集第30集』所収。

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老いてゆくところどころに夏の雲(小野いるま)

2019/8/12 月曜日

 

 〈夏の雲〉は盛夏の象徴だろう。青空に湧き立つ入道雲には夏の旺盛な生命力を感じる。だれもがいつかは老いゆく自分を認めざるを得ない。作者には自分の老いがよく見えているのだろう。老いゆく〈ところどころ〉に壮年を感じながら。「無知の知」の悟りとどこか似ているようにも。『新青森県句集第29集』所収。

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昼寝子の部屋の隅まで転がりぬ(諏訪正子)

2019/8/11 日曜日

 

 〈昼寝〉は蒸し暑い夏を過ごすための生活の知恵とも。それにしても、子どもはなぜあんなにも寝相が定まらぬのだろう。昼寝に限らず常に「ごろごろ」している。〈部屋の隅まで転がりぬ〉もあながち大袈裟(おおげさ)ではない。顔中汗だらけにして寝ていたりする。ほほえましい情景である。『新青森県句集第28集』所収。

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鬼やんま志功に似たる面構へ(成田従有)

2019/8/10 土曜日

 

 〈鬼やんま〉は秋の季語。糸蜻蛉(いととんぼ)など種類によって夏の季語の場合もある。〈志功〉は言わずと知れた棟方志功だろうが、〈志功に似たる〉は志功のどこを指してのことか。印象的な強度の眼鏡か、それとも、いかにも好々爺(こうこうや)然とした風貌か。何(いず)れにしても両者は立派な〈面構へ〉をしている。『新青森県句集第28集』所収。

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白靴や横浜よりの疎開の子(木田多聞天)

2019/8/9 金曜日

 

 8月は鎮魂と祈りの月でもある。太平洋戦争の末期、大都市の学童の農村地帯への「学童疎開」が行われた。作者の学校にも〈横浜よりの疎開の子〉が転校して来た。〈白靴〉には都会的で洒落(しゃれ)た印象があるが、見方によっては残酷で不条理な靴。多聞天少年にはどう映っていたのだろう。『新青森県句集第28集』所収。

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