あすへの夢 震災を越えて ― 第3部 災害に強い地域づくり

 

2012/9/2 日曜日

 

 昨年3月11日の東日本大震災を契機に、県内各地では自主防災組織の立ち上げなど防災・減災に向けた動きが広まっている。津波や集落の孤立化、大規模停電、ライフラインの寸断など、さまざまな状況に迅速かつ的確に対応し、住民の安全を確保するには、官民の連携した取り組みが強く求められている。29年前に発生した日本海中部地震をはじめ、津軽地方で近年発生している竜巻など過去の災害が教訓として生かされているかを検証しながら、「災害に強い地域づくり」について考える。

  

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津波の恐怖=1

 

 
1983年5月26日、小泊港を襲った日本海中部地震の津波(旧小泊村発行「日本海中部地震 村の災害記録」より)
「『地震が起きたら高台へ』という意識を常に持ってほしい」と話す中泊町小泊地区の成田芳明さん

 1983年5月26日の日本海中部地震による津波で17人が犠牲になった西海岸。当時は津波に対する意識がほとんどなかったという。東日本大震災を受け、住民は改めて津波の恐怖を知らされた。日本海中部地震の経験者は「いつ、巨大な地震や津波が来るか分からない。“地震が起きたらまず高台へ”という意識を常に持ってほしい」と呼び掛ける。
 「今でも鮮明に覚えている。津波で船が岸壁に打ち上げられ、陸地は地割れや家屋倒壊で土煙だらけだった」。中泊町小泊地区の漁師成田芳明さん(80)は日本海中部地震の発生時、小泊沖に漁船を出していた。「船が下からたたき付けられ、跳ねるようだった」と地震に気付いて引き返し、港近くで待機。すると少し離れた小島から助けを呼ぶ男性の声に気付いた。
 「大型船は近寄れず、小型船は自分だけだったので無我夢中で向かった」。仲間の制止を振り切って船を走らせて男性を救助した。「津波は恐かったが、目の前で助けを求めているのに黙っていられなかった。もうあんな経験はしたくない」と成田さん。「津波の恐怖は経験者しか分からない。自治体の対策はもちろんだが、一人ひとりが“地震が起きたら高台へ”という意識を持つことが重要だ」と訴える。
 五所川原市市浦地区では釣り人ら6人が犠牲になった。当時、相内保育所長を務めていた元市浦村長の高松隆三さんは「子どもたちに昼寝をさせようとしていたら、ぐらぐらっときた。両手に園児の手をがっちり握り、さらに一人背負って急いで避難した」と振り返る。
 当時、村では定期的に避難訓練していたが、「津波は全く想定していなかった」という。翌年から津波を想定して訓練が行われ、高松さんが村長になってからは気象衛星ひまわりを使った地震津波情報システムを導入するなど防災体制を強化していった。
 しかし「津波への意識は全体としてまだまだ薄い」と指摘する。「東日本大震災で津波の恐怖を改めて知ったと思うが、時とともに忘れてしまう。訓練などを通し、“地震=津波”の意識を植え付けなければ」と唱える。
 鯵ケ沢町政策推進課長の平田衛さん(52)は広報係だった当時、県からの防災行政無線を受け「大津波の恐れがあると知らされて驚いた」という。すぐに町の防災無線で知らせ、被害の様子を撮影。地震と津波で破壊された風景を思い出しながら「二度と起きないでほしい」と祈る。

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再び高まる津波意識=2

2012/9/3 月曜日

 

 
日本海中部地震と東日本大震災を教訓に、中泊町役場小泊支所に設置された海抜表示

 日本海中部地震で数々の教訓を学んだ西海岸地域。行政なども防災対策を強化しながら次世代に語り継いできてはいるが、多くの町民が津波の怖さを目の当たりにした地域であっても、やはり時とともに危機感は薄れていく。そこに発生した東日本大震災。未曽有の大災害は、風化しつつある記憶を再び思い起こさせた。目立つところに海抜を表示し、避難誘導に役立てるなどの対策が進み、住民の中に「自分の命は自分で守らなければならない」という意識が新たに芽生え始めている。
 鯵ケ沢町では2006年に町内会連絡協議会が重点課題として防災事業の推進を掲げ、防災防犯部会を設置。新潟県中越地震(04年)で甚大な被害を受けた新潟県の旧山古志村で村長を務めた長嶋忠美氏を迎えての防災講演をはじめ、自主防災訓練、小学生を対象とした防災教室など、被害を最小限にとどめるための取り組みを展開してきた。
 しかし、これらの取り組みも全住民の安全を守ることにつながるとは言い切れない。同部会委員で大和田町内会副会長の戸沼良一さん(65)は「高齢化が進み、地域の防災は限界まできている。高齢者を守るにはどうすればいいか」と頭を悩ませる。
 いざという時に、高齢者はまずどうすべきか。戸沼さんは老人クラブの会合で「地震が発生して助かりたければ、すぐ家から外に出ろ。外に出れば住民が大型自動車で高齢者を高台まで運ぶ。だから表に出ろ」と何度も繰り返し説いてきた。地域住民の目に触れることができれば、避難・救助の可能性が飛躍的に高まる。「まず屋外に出る」。これが独自の防災マニュアルだ。
 東日本大震災を受け、鯵ケ沢町は海抜を表示したシールを庁舎内に設置したほか、県とともに主要各所への海抜表示を進めている。こういった対策は西海岸の各自治体で急速に広がり、町内会には自主防災組織をつくる動きが出始めている。
 深浦町は日本海中部地震のあった5月26日を町の「防災の日」と定め、全町挙げた防災訓練を行っている。その日の出来事を風化させまいと毎年2500人前後が参加する大規模なものとして定着。さらに東日本大震災後は、今年度中の完了を目指し、町の各町内会単位に発電機、非常食などを配備しているほか、本庁舎、岩崎支所、大戸瀬支所に毛布を用意するなど、考え得る備えを急いでいる。
 中泊町小泊地区でも、小泊小学校など地区内49カ所に海抜表示板を設置し、8月末には小泊支所の外壁にも海抜を表示した。自分がどのくらいの高さにいるのか常に意識させるのが狙いだ。今年3月11日に実施した、大津波を想定した避難訓練は、今後も定期的に行うことになった。熊木敏彦小泊支所長は「(大きな被害があった)この地区はやはり津波に対する意識が高い」とし「防災計画の細かな見直しなどもしっかり行い、万が一に備えたい」と話す。
 五所川原市市浦地区では日本海中部地震の翌年(1984年)から津波を想定した避難訓練を実施してきたほか、96年には県内初となる気象衛星を利用した「地震・津波情報システム」を導入した。東日本大震災後には地区内17カ所に海抜表示板、13カ所に避難所表示看板を設置。下脇元、磯松の町内会は自主防災組織を設立して、活動を始めている。

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