三浦さん(左)と成田社長(弘前こぎん研究所で)
三浦さんがサマースクールで製作し、愛用している長財布(左)など

 頭にキリリと締めた手拭いがトレードマーク。真剣なまなざしの先にあるのは製作中のこぎん刺しだ。弘前工業高校インテリア科を今年3月に卒業した三浦裕基さん(18)。津軽地方の民芸こぎん刺しを再興し、継承の中心的役割を担っている弘前市在府町の有限会社弘前こぎん研究所(成田貞治社長)に今春入社した。7人いる社員で2人目の男性。「こんなに魅力のあるものを男もやらなきゃもったいない」と、向き合う毎日を送っている。
 研究所は主にこぎん刺しを身の回り品に仕立て、販売する民間企業。商品の受注から会計業務の他、見学にやって来る観光客らの応対も必要で、三浦さんはその合間を縫って針を動かす。成田社長は「彼は(こぎん刺しの)基本ができているからね」と温かく見守っている。
 入社のきっかけは、県の中南地域県民局が高校、大学生を対象に実施した「津軽伝統工芸・クラフトサマースクール」(2012年度で終了)。学校の夏休みを利用し、集中して伝統工芸士らに学ぶ事業で、三浦さんは1年時から3年間、自ら希望して研究所で教わった。「市販のものと比べて布目が細かく、大変だと思ったが、刺し終えた時の達成感が何とも言えず、2年、3年と当然のようにお世話になりました」と三浦さんは振り返る。
 こぎん刺しとの出合いは小学5年の時。学校の近所に住む高齢の女性と知り合い、「こぎんを刺しているから見においで」と自宅に招かれた。初めて聞くこぎんに興味を引かれて訪ねると、「大胆なデザインなのに(運針は)緻密。色の配置も心に響き、『おおっ』と衝撃を受けました」。小学校の体験学習、中学校の家庭科とこぎん刺しに触れ、高校が受講を勧めたサマースクールで迷うことなく選んだ。研究所で本格的に教わり、気に入っている模様「梅の花」の図案作りにも取り組んだ。
 寺院、仏像好きが高じて僧侶になる夢を抱いていたが、家庭の経済状況を思い断念。改めて自分自身について考えた時、「こぎんとねぷたが離れなかった」。高校に入って始めたねぷた絵は続ける一方、和やかな社風に親しみを覚えた研究所に職を求め、採用が決まった。
 「友人には『古くさいところに就職するんだな』と言われたが、古くない、新しいものなんだと覆してやりたい」と三浦さん。「男のこぎん作家はいるのに、なぜか女性のものと思われている。そういうイメージも払拭(ふっしょく)したい」と話す。
 「家でスマホばかり見るんじゃなく、こぎんを刺す人が男でも女でも増えてほしい。こぎんの魅力を伝えるため、研究所の一員として頑張ります」。そう意気込む“こぎん男子”から、爽やかな笑みがこぼれた。