創作の模様を刺す黒田さん(こさじ舎で)
こぎんを始めるきっかけになったしおりを手にする黒田さん

 陸奥湾が近い青森市郊外に、毎月下旬に3日間だけオープンする「こさじ舎」がある。lite(リーテ)という名で活動している黒田美里さん(36)が自宅で、自作の布小物を販売している。
 布小物には花や蝶(ちょう)などの愛らしいモチーフがデザインされている。刺しゅうに見えるが、1目、3目、5目と奇数を拾うこぎんの技法で刺してある。ただ、津軽の言葉で呼ばれる「花こ」「てこなこ(蝶)」などの伝統模様とは形も趣も異なり、黒田さんの創作だ。昔の女性たちがそうだったように、黒田さんも身近にある風景から図案を生み出す。
 こぎん作家、と呼ばれている。こさじ舎は「こぎん刺しに新風を吹き込んでいる」(「ラ・クラ」)としてテレビや雑誌に頻繁に取り上げられ、県内外から女性たちが足を運ぶ。今春の大型連休には、京都の夫婦が自家用車で13時間かけて訪ねてきた。
 「私の作品がきっかけになってこぎんに興味を持ち、実際に刺し始めた人もいます。逆に、こぎんを続けてきた人が『こういう作風もあるのか』と比較されることも。手仕事の素晴らしさを、多くの人に知ってほしい」
 自他共に認める「青森好き」で、仙台市の洋裁学校を卒業後、Uターンした。見慣れたはずのこぎんにふと目を留めた出来事があり、人に頼まれて伝統模様を刺すことをしながら、liteとして作家活動をしている。
 黒田さんが創作した模様「森」は日本三大美林の一つ、青森ヒバを図案化したもので、県外客から「青森らしい」と人気を集めている。青森ヒバは黒田さんの生活とともにあった。
 父親が営林署に勤めていた関係でヒバ製品に囲まれて育ち、人々の暮らしに息づいてきた木の文化が置かれている厳しい現状も知った。「伝統工芸が廃れていくことを寂しいと思った」と同時に、「もう少しかっこ良ければ手にする人が増えるのでは」と、現代の使い手に訴えるデザインが必要だと考えた。

 

 「こぎん刺しがこうなるんだ」。黒田さんの作品を見た地元の女性たちは一様に驚く。菱(ひし)形模様が一定のリズムで繰り返され、布を埋め尽くす伝統のこぎんの姿はそこにはない。逆に空間を楽しむかのように、蝶(ちょう)や花やヒバの木のモチーフが自由に伸び伸びと布小物を彩っている。
 「こぎんは気持ちを伝える表現方法だと思う。悲しいときは涙型の模様、元気なときは楽しい模様になる。不思議なものです」と黒田さん。歴史やエピソードを本で学び、こぎんを好きになった。「昔の女性たちが好きな男性への思いをこぎんに託したと知り、鳥肌が立った。今と何も変わらないと思った」
 黒田さんの作風は「北欧風」と呼ばれることがある。今の女性たちが求める生活スタイルに合うようデザインする。そして「若い人に手に取ってもらうには手頃な値段がいい」。手仕事は時間と手間を惜しまないため、ともすれば高価になるが、「こぎんを知るきっかけ」と自作を位置付けている。作品は全国5店舗に卸しており、一月に100~150点ほど制作する。
 こぎんを始めたのは、古本に挟まれていた一枚のしおりがきっかけだった。既成品の生地を使った小物作りに飽きていた頃で、伝統模様が一つ刺してあるだけのしおりに興味を引かれた。「自分にもできるかも知れない」と見よう見まねで始め、奇数律で気ままに刺してみたら模様は無限にできるという特性に気付き、面白さを知った。
 「自分がこぎんを名乗ってよいのか」と悩んだ時期もある。背中を押したのはある年配の女性だった。「昔の女性も競い合って新しい模様を生み出し、今がある。あなたもどんどん変えていきなさい」と彼女は言い、その言葉が支えになった。
 最近、小学5年の長女凛さん(10)がこぎんを刺すようになった。新作に行き詰まった時、凛さんが考え、一緒に完成させたのが花の模様「うららか」。黒田さんの一番のお気に入りだ。母から娘へ針仕事を伝えていった昔の女性たちと親子の姿が重なる。「こぎんは大切な人を思って続いてきた手仕事。絶対に廃れないと思う」と黒田さんは力を込めた。