冬夏言

 

2020/1/17 金曜日

 

数年前の本紙企画で「津軽ひろさき食堂巡り」というものがあった。何本か担当したが、主に個人経営の食堂を中心に取材し、成り立ちや特徴、人気のメニューなどを取り上げた▼店の宣伝にもなるので、取材交渉は簡単だろうと高をくくっていたが、実際はそうでもなかった。繁盛店で「これ以上宣伝しても」といった理由で断る店はともかく、切なくなるのが「年も取って後継者もいないので取り上げられても」と言われた時▼「おいしくて、安いものを、腹いっぱい食べてもらいたい」。良心的な経営を心掛けようとすると、結局は自分や家族がきつい仕事を強いられることになる。外食チェーン全盛の今、個人経営の飲食店の苦境は想像がつく▼街を歩けば、この店も、あの店も、昔はうまかったと思う所にシャッターが下りている。残念と思うと同時に、自分もご無沙汰だったと反省しきりだ▼黒石支社に赴任し、2年目となったが、津軽南地域には、こうした昔ながらの“味な店”がことのほか多い。いつまでも続いてほしいと願うし、これまでの反省を踏まえ、積極的に利用したいと思っている。

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2020/1/16 木曜日

 

靴屋を営む母親が国王と再婚したことで、王女になったソフィア。王子様を待つだけの夢見るプリンセスではない。海外アニメ「ちいさなプリンセスソフィア」の主人公は元庶民だ▼「プリンセス(または女の子)はそんなことをしない」と言われても、気にしない彼女。自ら考え、時に母や義父である国王らに教えを請いながら道を切り開いていく姿に、多様な家族観や性差別について考えされられる▼性別的役割分担が色濃く残る日本。育児と仕事の両立を聞くのはたいてい女性。華々しく取り上げる内助の功。入籍と結婚を同じ意味で使うニュース(新聞は「婚姻届を出した」「結婚した」)▼性別認識にメディアが大きく関わっている。慣習が罪悪感を薄めて差別を生むだけに、表現にもっと慎重にならなければと自戒する▼「男女格差指数121位」「出生数90万人割れ」―。昨年末はショッキングな数値が報じられた。資源の少ない日本が注力すべきは「人」なのに政策は空疎だ。小泉進次郎環境相が育休取得を表明した。パフォーマンスで終わらなければいいが。政治にこれ以上失望したくない。

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2020/1/15 水曜日

 

初めてそこに足を踏み入れた時、時間が止まったような気がした。市街地にありながら、街から切り離されたような静寂に包まれ、不思議と引き付けられる場所だと思った。黒石市にある国名勝「金平成園」だ▼黒石市は新年度から同園を市直営で運営する。所有者夫妻が高齢で、今後の運営が難しい状況となったことから、市に昨秋無償譲渡した▼同園は津軽地方の政治家で実業家だった加藤宇兵衛の依頼で、大石武学流の作庭家が1882年に着手。数人の弟子に引き継がれ、20年をかけて完成した。国や県、市の補助を受けながら、総事業費約3億8000万円かけて修復し、現在は期間を限定しながら一般公開している▼一般公開が近くなると、所有者の旦那さんが金平成園のチラシを置いてもらうために毎年、数日かけて県内の観光施設のあいさつ回りをしていたことが思い出される。忙しい間を縫って黒石支社も訪ねてくださり「庭園をより多くの人に知ってもらいたい」とよく口にしていた▼春からは市の直営となる同園。どうか庭園とともに、所有者の思いも継承されることを期待したい。

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2020/1/14 火曜日

 

世の中にはさまざまな記念日があるが、きょうは「タロとジロの日」。「愛と希望と勇気の日」という別名もある。同じ事柄を指すのに二つの名称があるのも珍しい▼タロとジロは、1956年に第1次南極観測隊と共に犬ぞり隊として海を渡った。58年に観測船が氷に阻まれ第2次観測隊が南極に行けず、15匹の犬が置き去りにされたが、59年にタロとジロの生存が確認された▼この実話を基にした映画「南極物語」を見たのは数十年前か。鎖につながれて氷原に残されながらも、たくましく生き抜く姿は希望や勇気に満ちていた▼身近な動物に目を転じれば、弘前公園で長年飼育されていたコブハクチョウが5日、天寿を全うした。寄贈を受けたものが代替わりし生き残った最後の1羽名前はなかったが、市民らが思い思いに名前を付けるなど多くの人に愛されたという▼昨年秋ごろ、中濠にいたハクチョウに向かってある男児が「ハクチョウさーん」と大声で何度も呼んでいたのを思い出す。まるで「寂しさに負けないで」という声援のようだった。天へ旅立ち、今は家族と再会しただろうか。

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2020/1/13 月曜日

 

年末の帰省前、実家の家族から「御朱印をもらってきて」と頼まれた。言われた通りに有名な神社で御朱印をもらい、書かれた紙を家族に渡すと案の定、御朱印帳を見せびらかせてきた▼旅行で伊勢神宮に行った際に友人に勧められ、昨今のブームに乗っかったのだとか。一種のスタンプラリーのようなものと考えていたが、振り返ると一連の行動には多くの間違いがあった▼もともと御朱印は写経を納めた証しとして受け取るものだったが、参拝のみをした場合でも書いてもらうように変化していったという。参拝せずに証しだけを集めるのは明らかによろしくない▼冬夏言子も御朱印をもらう際、参拝することを失念していた。神社は単なる観光スポットではない。御朱印をもらう、もらわないに関わらず、まずはお参りするべきだった▼御朱印は神社仏閣によってさまざまなバリエーションがあることがブームの要因だろう。盛り上がるのは構わないが、インターネットで検索すると予想通り転売されている。冬夏言子の行動のように本来の意味に反することは控えるべきである。

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