冬夏言

 

2017/3/10 金曜日

 

新生活が始まる春。初めてスマートフォンを持ったり、新機種に変えたりする人も多いのでは。昨年3月の消費動向調査では、スマホの世帯当たりの普及率は67・4%となり、携帯電話(64・3%)を上回った▼「ワトソン君、ちょっと来てくれたまえ」。米国の発明家グラハム・ベルが1876年3月10日、通話実験に成功した。隣の部屋にいる助手に対しての言葉が人類史上初めての通話▼時は流れ約140年後の現代、固定電話はコードレスになり、携帯電話やスマホが登場。肌身離さず持ち歩くようになった。通話だけでなくメールや写真を送り、ニュースを見たり、ゲームを楽しんだりと何でもできる▼いつでもどこでも連絡を取り合えるのはありがたいが、たまに窮屈に感じることもある。のちにグラハム・ベルは「どうして電話を発明してしまったんだろう」とよく冗談半分に言っていたそうだ▼考えにふける書斎には電話を置かせなかったといい、その心境は「電話君、ちょっと離れてくれたまえ」といったところか。時々距離を置きたくなる心境は現代人にも通じるようだ。

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2017/3/9 木曜日

 

津軽笛奏者「佐藤ぶん太、」さんの演奏を東京・赤坂で聴いた。青森市出身で元テレビアナウンサー中村雅子さんが太宰治作品などを朗読する「津軽語り」とコラボしたイベントだった▼佐藤さんが、わざと大げさに言ったと思うのだが、「津軽の人なら簡単に横笛が吹ける」という旨の紹介をしたものだから、冬夏言子は「そうなの?」と周囲にいた先輩方の顔を思わず見てしまった▼先輩方は「当然だべ」という顔でうなずいていた。町内とか学校とかでねぷたを運行しただろう。だから大抵は笛が吹けるもんだぞ―と言わんばかり▼そういえば、子どもの頃からねぷた運行に参加してきたのに、なぜか笛を吹いてみようという気持ちにはならなかった。太鼓は随分たたいたのだが、笛は最初から難しいと諦めていたように思う。佐藤さんはその笛を世界に広め、芸術性を高めているのだ▼赤坂ではねぶた囃子(ばやし)も演奏してくれた。先輩の一人が「ラッセラー、ラッセラー」と踊り出す。津軽の人間の心も体も踊らす魂の音色だ。県人はもちろん、会場にいた聴衆全員を酔わす、魅力の響きだった。

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2017/3/8 水曜日

 

憶測だけで物事を判断するのは避けたいが、どうもふに落ちない。何か政治的に大きな力が働いたと勘繰りたくなる出来事である。1法人が役所と交渉するに当たり、短期間に要望が次々通ることはあり得るのだろうか▼国会で野党が追及している国有地売却問題。大阪市の学校法人が国有地を取得した経過をみると、疑問点が多く分かりにくい。地中にごみが埋まるとはいえ、市価より相当安い上に建設補助金が既に6000万円近く交付されている▼至れり尽くせりの大盤振る舞いにみえる。隣接するほぼ同規模の国有地は鑑定価格より5億円も高い14億円で大阪府豊中市に売却されている。法人側は8億円を1億円で取得しているのにである▼小学校を建設するとはいえ、この価格差はどこからくるのか。値下げの要望が簡単に、と言えるほど通った。ここに“政治家”あるいは関係者の力が働いたのではと疑ってしまう▼愛媛県今治市では36億円もの土地を県外の大学に無償譲渡したと聞く。庶民には計り知れない魑魅魍魎(ちみもうりょう)の世界と思われないように国、政治家には説明責任がある。ぜひ解明を。

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2017/3/7 火曜日

 

車座になって酒を酌み交わす者、花札やトランプに興じる者、いてつく景色を船窓から物憂げに眺める者、ひたすら眠りをむさぼる者―。これが青函連絡船内の原風景だった▼戦後、日本の高度経済成長を支える大動脈となった青函連絡船の開業は、1908年3月7日。本県と道南の小学生は修学旅行で津軽海峡を渡った。つまり大半は小6で連絡船を初めて利用した▼営業距離113キロ、片道の所要時間3時間50分の旅は楽しく、強烈なインパクトを与える。だからこそ88年の廃業から30年近く経過しようとしている今も、青函連絡船と聞くだけで郷愁を誘う▼54年の台風15号による洞爺丸座礁転覆事故を機に、世紀の海底トンネル計画が具体化。80年代に入り青函トンネルが貫通した頃は、青森駅前のホテル高層階のラウンジバーから、出港する連絡船を見送るのが若者のトレンドだった▼北海道新幹線開業から間もなく1年。新函館北斗駅までは新青森駅から1時間と近くなったが、石川さゆりの「津軽海峡冬景色」の世界観はそこにはない。古き良き時代を懐かしむのは齢(よわい)を重ねた証拠か。

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2017/3/6 月曜日

 

「金の卵」という言葉がある。高度成長期に都市部で貴重とされた若年労働者だ。本県の中卒者や高卒者も活躍した。弘前市出身の井沢八郎が歌った「あゝ上野駅」は、彼らのテーマソングといえる▼子だくさんの時代、長兄への教育費集中のあおりで、進学を断念する子がいた。彼らは地元よりは賃金の良い都会に出て慣れない仕事に汗を流した。大変な時代だった▼時は流れ2017年。県内の就職事情は活況を示す。青森労働局によると、1月の県内有効求人倍率(季節調整値)は1・23倍で過去最高を更新。本県の都道府県別順位は35位に上がり、1963年1月の統計開始以来最高▼県内企業にとって若人は現代の金の卵だが、金銭面で都市並みに処遇することは困難だ。結果、労働力が都市に流出しさらに人口減少が加速する。昔と違う意味で大変な時代といえる▼行政は高校生への地元のPRなどに注力するが、それだけで十分とも思えない。個別の企業努力が不可欠だ。給与面での厚遇は無理な場合も、時代に合った企業風土の醸成など、できることは少なくないはずだ。

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