冬夏言

 

2019/4/30 火曜日

 

きょう、平成が終わりを告げる。毎年末、その一年が漢字で表されるが、平成という時代を振り返れば、一体どのように表されるだろうか▼平成時代は大きな災害が多かった。近年発生した東日本大震災はいまだ大きな爪痕が残り、この津軽の地では「りんご台風」が甚大な被害を及ぼした▼「新たな時代、どうあってほしいですか」。取材先でそう尋ねると「いい時代であってほしい」「平和な時代に」と願いが返ってくる。自然災害は避けられない。一方で戦争など、争いのない平和な時代をつくるかどうかは、今を生きる私たち自身に託されている▼冬夏言子自身は昭和生まれではあるが、物心ついてからの平成がほぼ人生のすべて。この約30年の間に、自分には新たに家族ができた。幼子の温かな手を握るにつけ、これからの世の中が安寧であるよう、そう心から願わずにいられない▼世界の、そして世の中の大きな流れに無力さを感じることもしばしばだが、少なくとも日本社会をつくるのは私たち。改めて問う時ではないだろうか。「新たな時代、どうつくっていきたいですか」

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2019/4/29 月曜日

 

このままでは砂浜が消える―。米国ハワイ州議会は、ワイキキビーチが地球温暖化による海面上昇で15~20年後に海に沈む恐れがあるため、対策を急ぐことを決議した。海岸沿いをかさ上げし、押し寄せる水を海に戻す排水装置を備えるほか、二酸化炭素の排出量に応じた税金導入を検討する▼ビーチの整備には億単位の費用が見込まれるという。地球温暖化が以前から指摘されていたにもかかわらず、対策の不十分さがこうした事態を招いてしまった▼日本でも将来、海面の上昇で砂浜の6割が完全に消えるとの指摘があり、対策が議論されている。身近な問題として、一人ひとりが地球温暖化防止への関心を持ちたいものだ▼少子化や地方の人口減少問題も地球温暖化と同様、以前から指摘されてきたが簡単には解決できない難題だ。子どもを産み、育てたいと願う人たちが経済的な理由などで諦めることのないよう、さらなる対応が急がれる▼30年余り続いた平成時代はあとわずかで終わる。この時代に先送りされ続けてきたさまざまな課題が、新たな時代で少しずつでも良い方向に向かうことを願う。

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2019/4/28 日曜日

 

津軽地域に伝わるくじ付き駄菓子「当物(あてもの)」。イモ当てもその一つで、今回新たに青森リンゴ味が登場した▼弘前市の佐藤製菓が手掛けるイモ当ては時代の変化とともに苦戦を強いられ、同社は手軽な土産品として新たに個数を減らしたプチシリーズを開発。このイモ当てを持ち込んだ東京や仙台では駄菓子としてのなじみがなく、通常のあんドーナツと捉えられるなど、反応がいま一つだったという。そこでリンゴあんを考案することに▼プチイモ当てはくじが同封され、大きいサイズの「親」が3個、「子」が8個の計11個入り。取材をきっかけに冬夏言子が頂戴した一箱。試しにくじを引いてみると、なんと「親」。いそいそと大きいサイズを頬張った▼幼少期、小遣いを握りしめ、妹と一緒に民家の小脇を駆け抜けて何度も通った駄菓子屋。手持ちのお金でどれだけ買えるか、いつも頭を悩ませたものだ。その店もいつの間にか閉店していた▼故郷を離れた家族、友人らに持っていく手土産・イモ当てはかつての日々を思い起こさせるはず。楽しい思い出話に花が咲くことだろう。

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2019/4/27 土曜日

 

日本一の桜を求めて観光客が行き交う弘前市一番町の交差点。「原宿通り並みの人だよね」。事務所から眺めていた時の誇らしげな笑顔を思い出す。下土手町商店街事務組合事務局長や弘前市リードマンとして地域活性化に心を砕いた宮川克己さん▼「ドン」という響きはどこか悪玉の雰囲気だが「弘前のドン」と呼ばれ、大勢に親しまれた。商店街の旗振り役はもちろんだが、人脈を生かして出会いを仲介した「ハブ」としての功績が大きい▼弘前の交流人口拡大に貢献したが、2016年秋、52歳の若さで急逝。時同じく冬夏言子も記者職を離れた。2年半を経て現場復帰したが、欠けた存在の大きさを日々感じる。取材の折々に名前が出てくるのだ▼手前はたくさんの街ネタと、それ以上の交友をもらった。心をつないだ人々は数多く、その輪は全国にも及ぶ▼桜は散るが、季節が巡れば再び花を咲かす。街に開いた見えない穴もいつか戻るだろうか。宮川さんが目指した弘前はいつか作れるだろうか。願わくば自分も、宮川さんからのバトンを手にしたランナーの一人となり街のため走りたい。

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2019/4/26 金曜日

 

こいつ、一体どこまでサービス精神旺盛なんだ? さすがはQちゃんだな。父親がまな娘を見守るような笑顔が忘れられない▼女子マラソン界で、幾多の国際大会メダリストを育て上げた小出義雄さんが死去した。80年の生涯。決して長くはないが、常識を覆す独特の指導法で一時代を駆け抜けた名伯楽は、平成の終わりに合わせて区切りをつけるかのように旅立った▼冒頭のQちゃんとは、2000年シドニー五輪女子マラソンで優勝した高橋尚子さん。同年10月、凱旋(がいせん)初参加となったあっぷるマラソンで沿道の声援に笑顔を振りまき、快走しては何度も引き返しランナーを励まし続けた▼主催者の一員として全国から殺到したメディアの対応に忙殺されたが時の人2人の笑顔に癒やされた。小出監督の「褒めて伸ばす」という哲学が結実したことは、想像に難くない▼高橋さんをはじめ高校、大学まで無名に近い選手の素質を見抜く感性に優れ、批判覚悟の厳しい指導を貫いた。互いを信じ抜く深い師弟愛があったからこそ成し得た偉業。「不世出の指導者」。そんな称号が小出さんにぴったりだ。

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