「そこは関(セキ)ですよ。こっちの劫(コウ)に先に打つべきです」「負けました。この隅を数えなければ」。駄目石を詰め、陣地を数える描写は実に生き生きとしている▼「源氏物語」で空蝉(うつせみ)と継娘の軒端荻(のきばのおぎ)が囲碁を打つ有名な場面である。「神曲」や「デカメロン」より300年前に書かれた日本が誇る長編小説には、囲碁に興じる人々がたびたび登場する▼平安の人々を熱中させ、変化の多さから「小宇宙」と呼ばれてきた囲碁は、超絶進化を遂げている人工知能(AI)の登場で、歴史的な岐路に立つ。世界のトッププロたちを破り、これまでの布石・定石をくつがえす-▼AIの可能性を広げるため選ばれた古典ゲームが、今春から弘前大学で正課授業に採用された。県内初、東北でも2校目の導入だ。高齢化が進み、競技人口が減る本県囲碁界を明るく照らす、大きな“一手”となった▼冒頭の空蝉と軒端荻のような掛け合いが、同大の囲碁授業履修者から聞こえてくる日も遠くないはずだ。「そこはセキだからこっちのコウに先に打ったら?」「負けました。陣地数えようっと-」