冬夏言

 

2017/5/17 水曜日

 

NHKの連続テレビ小説「ひよっこ」にはまっている。主題歌が桑田佳祐さん、主人公が有村架純さんということはもちろんだが、一番の理由は、物語の舞台が1964年東京五輪の昭和という設定だ▼きのうの放送に、姿が見えなくなった同僚を主人公らが上野駅に探しに行くシーンがあった。「昔の上野駅」ということから、石川啄木の〈ふるさとの訛りなつかし停車場の 人ごみの中にそを聴きにいく〉が浮かび、目頭が熱くなった▼東京の県人団体の会合では「あゝ上野駅」がよく歌われ、盛り上がったものだ。ドラマと同じ昭和の時代に上京し、今も首都圏に暮らす県人にとって上野駅は今なお特別な存在なのだ▼会合の会場が上野ということも少なくなかった。集まりやすいこともあるが、「上野は心の駅」という郷愁の思いが、やはり強かったのだろう▼ドラマは集団就職、トランジスタラジオ工場、喫茶店のメロンソーダなど懐かしの昭和がてんこ盛りだ。当人に言えばきっと怒るのだろうが、東京でお世話になった県人の人生を勝手に重ね、ドラマの中の昭和を楽しんでいる。

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2017/5/16 火曜日

 

休みがあったら何がしたいかと聞かれたら、旅に出たいと答える。故・永六輔さんが作詞した〈♪知らない街を歩いてみたい〉でおなじみの名曲「遠くへ行きたい」の気分になるのである▼5月16日は旅の日。1988年に「日本旅のペンクラブ」が制定したもので、松尾芭蕉が奥州へ旅立った日が由来している▼芭蕉が旅へ出たのは、今からさかのぼること300年以上前の元禄2(1689)年。約150日間かけて総距離約2400キロを歩いたといい、今では想像できないほどに果てしない、まさに“旅”である。今では首都圏などからなら日帰りで海外にも行けるようになり、芭蕉もさぞや驚くだろう▼同ペンクラブでは、毎年、旅の日川柳を募集している。昨年の第8回の大賞には「なんちゃって俳人になる旅の空」、優秀賞は「十年は生きるつもりのパスポート」「一人旅駅でいったん深呼吸」といった作品が選ばれ、各年代の特徴が出ていて面白い▼せせこましい世の中、日常を忘れられるのが旅。時は旅に適した初夏を迎えた。ふらりと出掛け、頭を真っさらにするのもいい。

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2017/5/15 月曜日

 

「山菜採りって面白いですね」。新緑の時期になると、数年前に同僚がこう話していたのを思い出す。山菜には全く興味がなかったが、知人に誘われてしぶしぶ行ったところ「はまってしまった」という▼山菜採りの楽しさを知ったのはいつ頃だったろうか。フキノトウの野性味あふれる香り、出始めのワラビを見つけた時のうれしさ。収穫が少なくても、鳥の鳴き声が響く中、緑や花を眺めながら歩けば気分爽快だ▼山菜は新鮮さが命。自分で採った山菜のおいしさは格別だ。だが、時に八百屋以外の商店で新鮮な山菜が売られていることもある。先日買い求めたネマガリダケも新しく、おいしさにうなった▼本紙に掲載された山菜の記事に「初心者にとって手を出しにくい食材」とあった。そういえば皮むきなどは手伝うが、調理はほぼ母親任せ。1人暮らしをしていた時にウドの煮物が食べたくなったが、作るまでには至らなかった▼山菜料理の作り方を覚えれば、山の恵みのありがたさをより深く感じられそうだ。レパートリーを増やし、自然豊かな津軽に住む幸せをかみしめたい。

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2017/5/14 日曜日

 

「独活(うど)きざむ白指もまた香を放ち」(木内彰志)。花が咲き新芽が育つ山からは、山菜という春の恵みが訪れている。調理する指に移るほど香り高い山菜は、今だけの贈り物。若々しい緑に輝く春が到来した▼弘前市と平川市を会場に13日、第19回津軽路ロマン国際ツーデーマーチが開幕した。県内外から訪れた大勢のウオーカーが、リンゴの花や菜の花、新緑に彩られた春の津軽路を軽快に歩き、爽やかな汗を流した▼ツーデーマーチのコースは複数あり、見られる景色の魅力はそれぞれだ。雄大な岩木山や岩木川、歴史を感じさせる街並みに文化遺産、満開のリンゴの花―。見慣れた景色でも歩いてみると、車の窓から見る景色と異なることに気付くだろう▼短命県と呼ばれ、働き盛り世代の平均寿命も短い本県。働き方や食生活など課題はさまざまだが、普段から「歩く」ことも必要だ▼ツーデーマーチはきょう14日が最終日。「花りんご散るや月夜の岩木山」(浅沼三奈子)。春の美しさは人目を気にせず盛りとなり、人知れず散っていく。今だけの魅力に満ちた津軽路を、さあ歩こう。

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2017/5/13 土曜日

 

ジョン・F・ケネディ、シャルル・ド・ゴール、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ネルソン・マンデラ、坂本龍馬―。つい最近、ここにダニエル・K・イノウエが加わった▼今年4月、ハワイ・ホノルル国際空港が「ダニエル・K・イノウエ国際空港」に改名された。世界にはこのように、著名人を冠する空港が数多くある。では、イノウエ氏とは一体? ▼イノウエという字面からも分かるように、彼は日系アメリカ人。第2次世界大戦時、日系人部隊である第442連隊戦闘団に所属し、ヨーロッパ戦線で戦った。戦争で右腕を切断する大けがを負い、医学の道を断念し政治の道へ。1962年には日系初の連邦上院議員に当選し、連続9期を務めた▼2012年に88歳で死去。追悼式典では米国の議会議事堂中央にある大広間に遺体が安置された。過去にこの場所に遺体が安置されたのはエイブラハム・リンカーン米元大統領ら、ごく少数。32人目となったイノウエ氏は日系として初めてだった▼人に歴史あり。日本人として、空港名にまで掲げられた日系人の存在を知っておきたい。

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