冬夏言

 

2019/3/18 月曜日

 

最近よく「アポ電」という単語を耳にする。アポ(約束)? 電話? 何のことかと思いきや特殊詐欺の一種で、子どもや親族になりすまして電話番号が変わった旨の電話などをし、後日2度目の電話で金銭を要求するものという▼近年ではこの手口がさらに巧妙化。警察官などになりすまして資産状況を確認し、強盗に利用されている。都内で起きた高齢女性の緊縛強盗殺人事件をはじめ、今年に入りアポ電が絡んだ凶悪な事件が複数件発生している▼警視庁によると、昨年都内で確認されたアポ電は通報だけで3万4000件に上り、前年より8000件以上増、前々年の2倍以上。今年は昨年を上回るペースで増えている▼本県にとっても、人ごとではない。高齢化は全国的に深刻な問題で、2018年度の高齢社会白書(17年10月1日現在)によると本県の高齢化率は31・8%で全国10位。いつ被害に遭ってもおかしくない▼こういう状況だからこそ、地域全体で見守る態勢、近所に相談できる環境づくりが不可欠一人一人の命と財産を守るため地域コミュニティーの早期醸成は喫緊の課題だ。

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2019/3/17 日曜日

 

米国との貿易摩擦などを背景とする中国経済の減速を受け、内閣府は日本国内の景気が後退局面に入った可能性があるとし、基調判断はついに「下方への局面変化を示している」に変更された▼2012年12月から続く景気拡大は今年1月で戦後最長を更新したともされる。その矢先だ。中国経済の減速は県内企業にも影響を及ぼしており、少なくとも足踏みは感じられる。景気拡大は終わりに向かっているのだろうか▼そもそも本県では、景気回復は農林水産業、観光などの数字の伸びで感じるのみ。このまま終幕となれば、まるで実感がないまま過ぎ去ることになる▼20年の東京五輪までは景気が良く、いつか県内にも波及してくれればと思っていた。今年後半にも景気拡大が終わるとの見方を示す民間エコノミストは多い。9月には世界3大スポーツイベントの一つ、ラグビーワールドカップ日本大会が開幕するというのに▼よく聞く「景気は気から」とは、県内金融トップも発していた言葉。5月には改元も控える。新たな時代の始まりが、デフレマインドを転換させるきっかけになれば。

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2019/3/16 土曜日

 

1980年代、英国から世界に広がったダンス音楽「アシッドハウス」。アシッドとは幻覚剤の俗称で、その音が幻覚作用を思わせることから名付けられた▼ところが、これが単なる無法者の音楽かといえば、話はそう単純でない。当時の英国は手厚い福祉政策が解体され、金融の規制緩和などにより貧富の差が拡大、失業率も上昇していた▼社会に閉塞(へいそく)感が漂う中、多くの怒れる若者がアシッドハウスに自由を見いだし連帯した。反骨精神を持って生まれたロック、パンク、ヒップホップといったポピュラー音楽の系譜に連なる▼先ごろ麻薬取締法違反容疑で逮捕されたピエール瀧容疑者。所属する音楽ユニットは日本におけるアシッドハウスの先駆的存在だが、逮捕に結びつけて考えるのは拙速な判断。日本のアシッドハウスは薬物や反骨精神と無縁の「商品」として流通したからだ▼事件後、瀧容疑者と音楽ユニットを組む“盟友”石野卓球氏が、ツイッターのアイコンをアシッドハウスのシンボルマークを基調としたものに変更した。何かの決意表明とも取れるが、その胸中やいかに。

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2019/3/15 金曜日

 

久しぶりに聞いた名だった。そして波が立つ温水プールに写真を撮りに行ったことを思い出した。楽しそうにはしゃぐ子どもや家族連れカップル新聞に目を転じて現在の朽ち果てた施設の写真を見た。そのギャップが心を暗くさせる▼本紙は先月、大鰐町が、バブル期の開発失敗により廃業し、建物が放置されたままとなっているリゾート施設・旧「スパガーデン湯~とぴあ」のドーム部分の解体撤去を検討していると報じた▼冬夏言子は「湯~とぴあ」が廃業した時、大鰐町の担当だった。大手観光会社が撤退するといううわさを聞いて、慌てて担当者に話を聞きに行った。担当者は青ざめた顔をしながらも取材に応じてくれた▼閉鎖後だったと思うが、施設の中に入る機会があった。館内は温泉熱で湯気が立ち込め、大げさかもしれないが、備え付けられた植物がジャングルのように生い茂り、不気味だった▼バブル最盛期のにぎわいから、崩壊を受けての廃業。全国各地に乱立した〝夢のリゾート〟の夢の跡。結局、あの時代は何だったのだろう。朽ち果てた廃虚は、もう何も語ってくれない。

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2019/3/14 木曜日

 

どんな思いで彼は過ごしたのだろう。五所川原市金木町出身の文豪太宰治は1937年5月、1週間ほど三宅島に滞在した。同年3月に心中未遂を起こした太宰を心配する井伏鱒二らが旅に誘ったという▼太宰は島の大路池を訪れるなどして過ごしたようだが、旅の後に名作が次々と誕生したことを考えると、きっと良い旅行だったはずだ▼池のほとりでたたずむ太宰をとらえた写真があり、太宰は「小さいアルバム」の中で「私はたいへん淋しい気持でしゃがんでいたのですが、冷静に批判するならば、だらしなく居眠りをしているような姿。少しも憂愁の影が無い」などと書いた▼昨年11月、太宰の来島を示す看板が大路池そばに写真付きで設置された。島を訪れてから80年の時を経て「だらしなく居眠りしているような姿」が紹介されるとは、太宰も思っていなかっただろう▼太宰の生家「斜陽館」では12日から、外国人観光客により詳しく知ってもらおうと多言語の音声ガイドが始まった。生誕から110年、没後から70年が経過してもなお、太宰は日本、世界を魅了し続けている。

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