六感で味わう自然

 

サルの好物コシアブラ=22

2011/3/28 月曜日

 

 

サルが折り取って樹皮を食べてしまったコシアブラの枝

 

写真中央のコシアブラは、サルが繰り返し小枝を折って食べてしまったので、枝がごつごつした形に変形している

 この連載の15回目に出てきたコシアブラは、北海道から九州までの冷温帯に広く分布する中型の夏緑樹である。ブナ林でよく見られる。あまり大きな木ではないけれど、ときには幹まわり50センチを越すものもある。巨木ふれあいの径(みち)の一番下の入り口から入って少し行った右側に大きなのがある。
 コシアブラは、白神ではアブラッコとよばれ、サルが好きな木として知られている。
 北陸から東北の多雪地では、冬季山菜類は雪の下だし広葉樹の葉はみな落葉してしまう。だから、サル、ウサギ、カモシカ、ムササビなど植物食の動物は、冬の食物を木の枝に頼ることになる。それぞれ自分に適した種類の植物の枝を食べるが、サルが好きなのはクワ(ヤマグワ)とコシアブラの枝である。
 クワの場合、まず冬芽を一つずつつまみ取って食べるので、枝に芽がむしられた跡が点々と白く残る。それでは食欲が満たされないと、枝を折ることなく樹皮をかみはがして食べるようだ。春になると白く枯れてしまった小枝がたくさん残っている。
 コシアブラも芽を食べるが、折り取った枝の樹皮をむきはがして食べることも多い。雪の上に真っ白に樹皮をはがされた小枝がたくさん落ちていることがある。サルが多いところでは、木の格好が変わってしまうほどの被害を受けることがある。毎年剪(せん)定(てい)されるプラタナスの街路樹みたいな格好である。
 コシアブラの新芽は最近山菜として人気があって皆さん採って行かれるが、マタギの人たちはサルが迷惑するからと言って、あまりいい顔をしない。
 サルの食べ物という以外、白神の人々は無用の木としてコシアブラを利用していないしかし全国的に見ると、いろいろな方面に利用をされているようだ。
 更科源三さんの「コタン生物記」には、北海道のアイヌがつくる木(い)幣(なう)についての記事がある。木幣は、木の枝の一部を細く削って「削りかけ」をとした物や、削った木の枝にヤマブドウの皮を細く裂いた物をつけて作る飾り物で、いろいろな目的で供物として神様に捧げる。ミズキ、キハダ、ヤナギなどで作るが、神様に対して失礼なことをしたときにおわびのための木幣は、コシアブラで作るという。
 郷土玩具として有名な米沢市の笹野一刀彫りは、鳥や花を、現地でアブランコと呼ぶコシアブラを削って作る(エンジュで作ることもあるらしい)。
 笹野一刀彫りの花は、花弁が細く縮れ、色もけばけばしくなく、大変繊細な印象を受ける。お値段も結構する。一方仙台地方では、「削り花」といって、花弁が太くて縮れていず、色も鮮やかな赤・朱・黄色の素朴な感じの花を作り、花のない春のお彼岸にお墓に飾る。三色の花をひとつずつ常緑のイヌツゲの枝につけ、芽の膨らんだネコヤナギの枝を添えて花束を作り、ふた束がワンセットである。値段も安い。
 さらに、コシアブラの樹液は、金(ごん)漆(ぜつ)といって漆のように使われるほか、これから採った油を刀などのさび止めに使うという。無用どころではないのである。
 さて、なぜコシアブラと呼ぶのか長く疑問だった。あるとき、秋田出身のガイドさんから聞いたところ、秋になって葉の肉が落ち葉脈だけになってしまったものを重ねて食用油をこすのに使ったのだという。彼は自分の子供の頃、そうしていたのを見たと言った。なるほど説得力のある説明だが、そうならアブラコシじゃないのかなぁ?
 この項に仙台の「削り花」の写真を添える予定だったが、東北関東大震災のために、取材ができなくなった。災害に遭われた方々に、心からお悔やみとお見舞いの気持ちを伝えたい。
(白神マタギ舎ガイド・牧田肇)

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ササの葉起き緑広がる=23

2011/4/11 月曜日

 

 
根開き
 
起きようとしているササと残雪。右隅のササはもう起きている

 3月も半ばになると、木々の根元の雪がじょうご型にくぼんでくる。日当たりのよい斜面では、木の根元の土が見えるところもある。「根(ね)開(びら)き」である。こうなることを「木の根開(あ)く」ともいう。俳句の季語だ。
 根びらきの底まだくらし山の音(水木なまこ)
 細き木の一つ一つに木の根開き(古川くるみ)
 雪国に春の到来を告げるものの中で、根開きはもっとも普通で、広く目に訴えてくるものだろう。
 木の根の雪が周りより先に解けるのは、日差しが強くなり、日の照る時間(日照時間)が長くなり、気温が高くなるからだ。
 日差し、つまり日射のエネルギーは春になって太陽の高さが高くなると強くなる、しかも日照時間が長くなるから、太陽から受け取るエネルギーは冬よりずっと大きい。
 積雪の表面は白いから、太陽から来たエネルギーの大部分は反射してしまう。木の幹は白くないから、太陽からの直接のエネルギーも雪面で反射したエネルギーも受け取る。
 一方、大陸から来る冷たい気団がだんだん弱くなって、気温が上がってくる。それによっても木の幹が温められる。もちろん上昇した気温によって積雪の表面も解かされるわけだが、それは表面全体にわたることで、木の幹の周りの雪が解かされるのは、日射のエネルギーと高まった気温によって木の幹が温められ、その熱が根元の方に伝わるからだ。
 春になると、地温が高くなって幹の周りの雪を解かすという説明があるが、それはまちがい。
 地面の深いところの温度は一年中ほとんど変わらないし、表面近くの地温が春になると上昇するのは、雪が解けて暖かい空気に直接接し、日射を直接受けるからである。地表面の温度が上がるのは、雪解けを待たなければならない。
 木の根元で「開いた」地面は、空気によって温められ、日射を直接受けるから温度が上がり、そこを中心として雪解けが進む。フキノトウやキクザキイチリンソウなど春の花はそこから咲き始め、冬でも枯れずに雪の下で耐えてきたリョウメンシダなどは、光合成を始める。
 まさしく、根開きは春の初めなのである。
 根開きの面積が広がると、雪の下で寝ていたチシマザサ(ネマガリダケ)やチマキザサ(ササタケ)が立ち上がってくる。これも俳句の季語で、「笹起きる」という。白かった山の肌は、起き上がったササで緑色になっていく。
 笹起きて笹の大いにふかれあふ(辻桃子)
 ササは茎(稈(かん)という)が細くしなやかだから、第17回のエゾユズリハやツルシキミと同様に葉に少しでも雪が積もると倒れてしまう。そして、雪の下で地面に接した最も暖かい場所を占めているのである。冬でも葉の枯れないササにとっては有利な位置である。
 チシマザサの稈の寿命はタケノコとして出てきてから、10年ぐらいらしい。その間、毎年節から枝を出し、その先に葉を開く。葉の寿命はだいたい3年。3年目の葉はよれよれで半分枯れたようになっているが、2年目の葉、つまり最初の冬を雪の下で耐えた葉はまだ新鮮で、雪から出たらすぐに光合成ができる。
 ササが起きたときには、ブナなど大きな樹の葉はまだ開いていないから、ここで光合成を稼ぐことができるのである。熱帯出身のササは稈を細く柔軟に作りかえたことで、千島や樺太といった寒い地方まで分布を広げることができた。
(白神マタギ舎ガイド・牧田肇)

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地上枯れても根茎残す=24

2011/4/25 月曜日

 

 
今年咲いたぴかぴかのフクジュソウ。交雑なんかしていない純粋津軽産
 
キクザキイチリンソウ(左)とニリンソウ(右)

  雪間にフキノトウが出てきたと思ったら、フクジュソウが咲き出した。これから春の花たちが陸続と咲き出すだろう。
 ブナ林の春の花の中には、咲いたあとすぐに種をつけ、葉や茎など地上に出ている部分が枯れてしまうものが多い。フクジュソウのほかにも、カタクリ、イチリンソウの仲間、エンゴサクの仲間、ニリンソウなどたくさんある。
 これらの植物は、雪が溶けて気温や地温が上がってきて、しかも大きな樹の葉が日をさえぎる前に、種をつけ一年分の光合成をしてしまうという巧みな戦略で生きている。
 これはヨーロッパのブナ林でも同じで、イチリンソウの仲間や黄色い花のサクラソウ(プリムローズ)などが雪が溶けたあとの林床に咲く。ヨーロッパのブナ林にはササがないし、林床の低木自体少ないので、一面花だらけという感じになり、本当に春が来たと思う。
 春開花してすぐに地上部が枯れてしまう植物を「春季短命植物」ということがある。
 短命植物と呼ばれるものには、このほかにも「砂漠短命植物」がある。こちらは、砂漠で、たまに不定期に降る雨のあと、土壌に水分が残っている間に地上部を展開、開花し種子をつけ、土壌が乾くと地上部が枯れてしまう植物をさす。
 短命というのは、英語だとエフェメラルという言葉の翻訳である。つかの間の、はかないという意味で、たとえばカゲロウなどの昆虫に対しても使われるらしいが、どちらにしても生物に対して使われると違和感をおぼえることが多い。
 カゲロウは、成虫になって飛び出してからほぼ1日しか生きられないということで、日本でもはかない命の代表とされるけれども、それは成虫になってからの期間であって、その前に卵と幼虫の期間が1年ある。1年に2度も3度も世代をくりかえす昆虫に比べたらずっと長命だ。セミも3~4日の命などといわれるけれど、これも成虫の期間のことであって、幼虫の期間が5年も6年も、長いものでは16年もある。ネズミなど小さなほ乳類よりずっとずっと長い。
 春季短命植物も、地上部はすぐに枯れてしまうけれど、球根や地下にある茎(根茎)に栄養を蓄え、その部分はずっと生き続ける。
 カタクリなどは、花をつけるまでに8年もかかり、寿命は50年にも及ぶことがわかっている。短命どころではない。一説によると江戸時代の日本人の平均寿命は30年ぐらいというから、その2倍近い長生きである。
 昆虫にせよ植物にせよ、人の目に触れる期間だけを取り上げて、短命とかはかないというのは、無知というよりむしろ傲(ごう)慢(まん)だろう。春の美しい花たちを短命植物と呼ぶのは嫌いだ。あまり広く使われていないというが、「春植物」という方がずっといい。
 ただし、砂漠の植物には乾燥している期間を種子で過ごすものも多い。雨が降るまで、長い期間種子で過ごし、雨が降ったら途端に発芽、開花、結実するわけだ。これは親植物はすっかり枯れてしまうわけだから、短命と言っても間違いではない。でも、砂漠にも地下部が生き続ける植物も多いし、地上部がカランカランになって乾燥に耐え、水分を得ると途端に生き返って開花結実するものもある。これらは決して短命ではない。
 ところで、フクジュソウは大間越が有名だが、ここに全国のフクジュソウを集めて露地に植え込んでいるのは感心しない。交雑によって、せっかくの津軽のフクジュソウの遺伝子情報がめちゃくちゃになる恐れがある。
 昨年、この欄の第1回目に春の花としてイワウチワを取り上げた。里でフクジュソウが咲いたので、山のイワウチワはどうかと探しに行ったら、あたり一面雪なのに、その一角だけ毎年と同じように雪が解けて、3輪のイワウチワが咲いていた。自然は裏切らない。
(白神マタギ舎ガイド・牧田肇)

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山菜ビジネスへの懸念=25

2011/5/9 月曜日

 

 
左は伸びた真ん中の葉を残して、まわりだけ採ったコゴミ。株へのダメージは少ない。コゴミは本来こうやって最適の長さの葉だけ採る。右は葉を全部採ってしまったコゴミ。ダメージが大きく、この株はしばらくは小さな葉しかつけない。最近のコゴミ採りはほとんどこのような採り方をする(撮影・工藤光治氏)
 
ゼンマイは、胞子をつける葉は全部残し、光合成する葉も何枚か残して採るのが正しい。このように全部採るのは「外道」の採り方である。外道の採り方で、この谷のゼンマイの資源は壊滅した

 本紙4月17日、第1面トップに西目屋村の首都圏への山菜売り込みの記事が載った。少し前に別の地元紙にも簡単な記事が載った。
 お読みになった方も多いと思うが、(1)白神山地の山菜を東京築地の特定の会社と契約を結んで供給し、(2)山菜の商品としての整形・梱(こん)包(ぽう)は村内のお年寄りが行う。この2点が計画の骨子。徳島県で行われている「葉っぱビジネス」にヒントを得たものだという。
 葉っぱビジネスとは、料理の飾りに使う木の葉などを山から採ってきて、お年寄りがきれいに整形・梱包して中央の市場に送るというもので、お年寄りに高収入をもたらすという。
 木の葉を山菜に変えたのが今回の西目屋村の計画そのためには特別のCMを制作し、村内に発注状況などを知るためのネットワークを作る計画だという。
 結構なことのように見えるけれども、わたくしはこの計画にいろいろな危惧を感じる。
 葉っぱは所詮飾りである。大量には使用されない。山菜は食べるものである。売れ出したら大量に必要だ。お皿の上の飾りと食べ物の割合を考えればすぐにわかる。
 それに、木の葉は枝につくものだから、再生が容易だが、山菜の多くは草だから、地上部をすっかり採ってしまうと光合成ができなくなる。すると根に栄養が蓄えられなくなり、株が小さくなったり枯れてしまったりする。つまり、資源の枯渇がおこりやすい。
 この計画で最も大事なこの点に、新聞の記事は触れていない。おそらく村の計画にこの点の配慮がないのだろう。能天気なことである。
 資源の枯渇を避けるために、白神山地には伝統的に山菜の巧みな採取技術がある。基本は、ひと株を全部採ることなく、かなりな部分を残すことである。
 今回の西目屋村の計画は、当初ミズ(ウワバミソウ)の売り込みから始めるそうである。
 ミズは、最も普通の山菜で、山にはたくさん生えているから、すでに昨今スーパーなどで日常的に売られている。その結果、多くの人が販売目的でミズ採りに入るようになった。
 伝統的なミズの採り方は、ひと株からほんのわずかしか採らない。どこから採ったのかわからないぐらいしか採らないしかし人のいない山中でこれが守られるのは、共同体の強い紐(じゅう)帯(たい)があった過去の話。現在これを守る者は少ない。
 だから、昨今の商業的なミズの採取者は、ほんの小さな茎がわずかしか残らないぐらいの一面根こそぎの採り方をする。それが毎日である。しかも夏の間林道にはミズ採りの軽トラがならんでいるその結果ミズを採る場所はどんどん山の奥に入りこむ。すなわち、資源の枯渇は今日もうおこっているのである。すでに、遺産地域でも採取されているという話もきいた。
 遺産地域でも緩衝地域の山菜の採取には議論のあるところだが、このような商業的・組織的な採取は大きな問題といわなくてはならない。商業的な採取者と楽しみで山菜を採る人たちとの不愉快な軋(あつ)轢(れき)も懸念される。
 村の当局は、遺産地域からは採らないように指示すると言い訳するにちがいない。でも、それは前に述べた理由で、おそらくきちんとは守られないだろう。もし守られれば、現在の採り方ではすぐに資源の枯渇をおこして、ビジネスは成り立たない。ミズがだめなら、別な山菜という風になれば、白神山地の山菜を片端から食いつぶすことになる。「世界遺産白神山地の里」を標(ひょう)榜(ぼう)する西目屋村が白神山地を食いつぶしていいわけがない。
 山菜は、日本中に売り出したりしないで白神山地を訪ねて下さったお客様に、現地で食べていただくのが最もいいと思う。大規模に商品化したいなら、弘前大学と提携して山菜の栽培技術の開発を考えるのが本筋だ。同大学の「白神山地有用資源研究センター」の利用を心からお勧めする。
(白神マタギ舎ガイド・牧田肇)

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人気あったドイツ歌曲=26

2011/5/23 月曜日

 

 
オオタチツボスミレ=白神山地でもっとも普通に見られるスミレ。林内にも開けた日当たりのいいところにも生える
 
春もみじ=夏緑広葉樹林の若葉の色はバラエティーにとんでいる。ことに、構成樹種の多い日本のブナ林の若葉は、さまざまな階調の緑のほかに、黄色、茶色、紅色などもあって美しい。春もみじと言われるゆえんである

 最近大学の必修外国語は1カ国語で、英語をとる学生が多いと思う。
 私が大学に入ったとき(なんと考えてみると52年前)は、2科目が必修。第1外国語が7単位、第2外国語が5単位で1単位は週50分だったから、なかなか大変だった。
 英語は習ってきているので、はじめて習うドイツ語なりフランス語なりを第1外国語にするものが多かった。
 初修外国語なんていう言葉もそのときおぼえたが、それを含めてドイツ語やフランス語を習うことに、恥ずかしながらエリート意識をもった。多くの学生がそうだったろう。
 理系の学生は圧倒的にドイツ語を習うものが多い。それとエリート意識もあって、友達といろんなところでドイツリートつまりドイツの歌曲を歌った。
 当時は、学生運動やうたごえ運動がさかんだったから、ロシア系の歌も多く歌われたのだけれど、なにしろロシア語は習っていないんで原語で歌えない。ドイツ語はいま習っているから危なっかしくても原語で歌える。それで、ドイツリートに人気があったんだろう。
 むずかしいのは歌えないから、簡単な歌を選んで歌う。たとえば、ウド・ユルゲンスの「夕映えの二人」(ペドロアンドカプリシャスのヒット曲「別れの朝」のもと歌)は魅力的だけど大変むずかしい。だからみんなでは歌えない。
 人気があったのは、ゲーテの詩でウェルナーやシューベルトの曲が有名な「野バラ」、それにクリスチャン・オーヴァベック作詞・モーツァルト作曲の「春への憧れ」だった。
 「春への憧れ」はドイツではむしろ「5月に(アン・デン・マイ)」という方が一般的らしいが、詞も曲も簡単でわたくしたちのお気に入りだった。(曲をお知りになりたい方は、「春への憧れで」インターネットを検索されれば、すぐ出てくる)
 来てよ。大好きな5月。
 また木々を緑にしてよ。
 わたしのために、小川の
 そばにすみれを咲かせてよ。
 小さなすみれの花をまた見たくてたまらない。
 ああ、大好きな5月。
 またお散歩に行きたいな。
 原詩に忠実に訳すとだいたいこんな風になる。
 でも、わたくしたちが歌っていた歌詞はかなり雰囲気が異なった。多少違うかもしれないけれど、次のような歌詞である。
 麗(うるわ)し五月(さつき)、緑は萌え。
 小川の岸辺すみれ花咲く。
 すみれ一(ひと)本(もと)手(た)折(お)りて行けば、野に満つ春のゆかし香り。
 原詩が春を待ち望んでいるのに対して、訳詞(どうしても訳詞者が解らなかった)が目の前の春を歌った形になっていることを別にしても、肩肘張った読み下し漢文みたいな雰囲気が、原詩の可憐な「きみ・ぼく」的雰囲気とまったく違う。
 その頃を境にドイツ歌曲は学生の愛唱歌でなくなった。わたくしたちが、訳詞にせよ原語でにせよ、ドイツ歌曲をみんなで歌った最後の年代だと思う。
 ドイツ歌曲が若い人に歌われなくなったのは、ドイツ語を習う大学生が激減したためもあろう。しかし、もっと大きな理由は、従来の訳詞の唐(から)の漢文をひねくったような、事大的上から目線と鼻につくエリート意識の雰囲気が、若い人の自由の雰囲気に合わなくなったのだと思う。歌謡曲から文語調が減っていくのもこの頃からだろう。
(白神マタギ舎ガイド・牧田肇)

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