六感で味わう自然

 

一部群落に花野の面影=12

2010/10/11 月曜日

 

ツリフネソウとキツリフネの群落。この群落は自然に消滅した(弘前市編笠林道)
やっと見つけた伝統的な花野の面影(深浦町行合崎)

 「花野」という俳句の季語がある。春の季語のように見えるが秋の季語である。
 草原に、秋の七草として知られているハギ、ススキ、クズ、ナデシコ(カワラナデシコ)、オミナエシ、フジバカマ、キキョウ、さらにノコンギク、シラヤマギクなどのノギク類、アザミ、マツムシソウ、ワレモコウ、リンドウ、センブリなど、森林の中には生えない色とりどりの草の花が咲いているありさまをいう。
 角川書店の「図説俳句大歳時記」には、「秋の草花にみちた野である。花畑のように人為的に作り上げたものでなく、自然に咲き乱れた野生の美である。はなやかなうちにまたおのずと哀れがある…(安住敦)」と解説されている。
 たしかに、見せるために作られたものではないが、「野生」には問題がある。
 花野は人の行為によってできた。日本に自然に存在したものではない。
 この連載の第6回にも述べたように、日本の地表は、ほうっておけば自然に森林に覆われる。草地は自然にはほとんどない。あるとすれば高山、海岸、湿地などに限られる。
 しかし、例えば戦前発行の5万分の1地形図を見ると、草地の面積が大変広い。この草地は、家畜の飼料、屋根材、また津軽のような多雪地では雪囲いの材料などを得るために、人工的に作られたものである。このような草地は萱場と呼ばれることが多い。毎年刈り取りがなされ、春先には枯れ草を焼く火入れがされる場合も多い。だから木が生えない。
 秋、このような草地にさきの花たちが咲き出した景観が花野なのである。決して自然のものではない。長年にわたる日本国民の生産活動と自然条件が働きかけ合ってできた「文化景観」なのである。
 例えば、白神山地・岩木山を含む津軽南西部の1939(昭和14)年発行の5万分の1地形図では、山麓(ろく)にこのような草地が広く見られる。ところが、61~62(昭和36~37)年発行の地形図には、ほとんど見られない。戦後、農耕機の普及のために家畜が飼われなくなり、トタン屋根の普及のためにかやぶき屋根が急減して、草地が不要になったからである。
 かつての草地は一部は畑や牧草地となったが、大部分はスギ・アカマツ・カラマツなどが植林されたり、放置されて天然の二次林となっていったところが大部分である。必然的に、さきの花たちの多くは生えられなくなり、花野はなくなった。そればかりではない。スミレ、オキナグサ、ホタルブクロなど春や夏の花もほぼ消滅したし、草地に依存していたヒョウモンチョウ、ヤマキチョウなどの昆虫も激減した。
 かつて、岩木山麓の草地に数多く見られたというウズラは、2001年に刊行された日本野鳥の会青森県支部編の「青森県の野鳥」には載っていない。草地の消滅とともに絶滅したのである。
 鎌倉時代から短歌や俳句にうたわれた花野も、さらにもっと古くから文芸の主題であったウズラも、少数の例外を除き日本の文化から消滅した。現在詠まれている花野の句は、ほとんどが例外的に残った国内の草地や、よく似たほかのものに取材したか、先行の作品から概念的に構成したものではないかと思う。
 わたくし個人の花野の記憶は、幼いころあるいは大学・大学院の学生だったころのものがおぼろげが残っているだけである。近年は、ちょうどこの季節に花盛りを迎えるツリフネソウとキツリフネが混生した群落に、もっとも強く花野を感じる。
 両方とも、津軽ではどこでも見られる。崖(がけ)の下、小川のほとり、道路の法(のり)面(めん)などの少し湿ったところに咲く。キツリフネは派手な黄色、ツリフネソウは落ち着いた紫色で、花の形も面白く、まじって咲くと大変美しい。熟した実に触るとパチンと弾けるのもおもしろい。お客さまに大変人気がある。
(白神マタギ舎ガイド・牧田肇)

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「食べる」と「食べない」=13

2010/10/25 月曜日

 

チチタケ。ちょうど食べごろ
ニガクリタケ。これはかなり危険な毒キノコで、本県でも死亡例があるという。先日、東京と長野でクリタケとまちがえて販売された。無事回収されたとのこと

 弘前に来たばかりだから、もう30年も前のことである。秋の一日、弘前市の南郊、座頭石の近くの山にキノコ採りにさそわれた。案内してくださったのは一野渡在住の長く山で生活してきた方である。
 歩いて行くといろいろなキノコが目に入る。めずらしいので、出てくるもの出てくるものたずねてみたい。
 ところが、返ってくる返事はほとんど、「かーね」つまり「食べない」である。「えーと、このキノコはなんというのですか?」「かーね」、「こっちは?」「かーね」。
 にべもないというかとりつく島もないというか。
 最初はがっかりした。食べるか食べないかはともかく、名前ぐらい教えてくれたっていいじゃないか…でもそのうち、なぜ「知らない」ではなくて「食べない」と言うのか、ということに思いいたって気がついた。この人のキノコの分類は、まず「食べる」と、「食べない」なのだ、と。この場合の「食べない」は、毒だったり、まずかったり、硬かったりで食べられないのと、食べられないかどうかはわからないけれど習慣的に食べることはない、の両方を含む。なあるほど、これは単純明快。
 山で生活するこの地方の人たちの、自然物に対する姿勢の、これが最初の発見だったと今にして思う。この連載の最初にも書いたように、マタギさんをはじめ山で生活し、自然物を利用してきた人々は、生活の利害に関係するものだけに呼び名をつける。そのほかは、呼ぶ必要がないのだ。
 キノコも同じ。食べるキノコに対して食べないキノコは圧倒的に多い。そのいちいちに名前なんかつける必要はない。一括(ひとくく)りして「かーね」でいいのだ。
 利害があろうとなかろうと出てくるものすべてに名前をつけ、類縁関係を明きらかにするアカデミックな分類とは、はなから違う。
 でも、この分類法には不利がある。利用しないということでひとまとめにし、知的興味を閉してしまうから、新たに利用できるものをみずから開発できない。
 たとえば、西目屋村の人たちは、原則として地面から生えるキノコは食べなかったという。地面から生えるキノコにだっておいしいものがたくさんあるのに、それらはひとまとめに「かーね」だったのである。
 写真の「チチタケ」は、典型的な地面から生えるキノコである。笠(かさ)などを傷つけると、白いミルク状の液体が出てくる。それでチチタケというらしいが、この地方では食べるキノコの範(はん)疇(ちゅう)に入っていなかったところが数年前このキノコがたくさん生えたことがあって、そのとき埼玉県から来られたお客さまが、「あ、こんなにたくさんチチタケがある!」とうれしそうにいいながら、どんどん採って行かれた。おたずねしてみると、ナスなどと煮て、うどんのつけ汁を作ったりするとおいしいとのこと。インターネットで調べると調理法がたくさん出ているではないか。実際調理して食べてみると結構いけるのである。
 その話をすると、「そったらもの食(か)ねくてもいい。ほかにうめものたくさんある」と冷たい。「かーね」の威力絶大である。
 それが、毎年秋になって、関東から来られたお客さまが、見つけるたびに採って行かれることが続くと、悔しさもあるんだろうか、「おいしいそうだよ」となり「食べてみようか」の声が聞かれるようになってきた。チチタケは食べないキノコから食べるキノコの範疇に入りそうである。
 この間約6年。固有の文化がほかの文化に触れて変化するのに要する時間を、目の当たりにすることができた。
(白神マタギ舎ガイド・牧田肇)

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ツキヨタケの中毒にご用心=14

2010/11/8 月曜日

 

ツキヨタケ。挿入写真の石づきにある黒い斑点がツキヨタケの目印。でも、古くなるとこの斑点は不明瞭になるし、かつてどう見てもツキヨタケなのに斑点のないキノコに出合ったことがある。斑点は十分条件?
ドクベニタケ

 前回に続いてキノコの話。
 今年は、全国的にキノコが大豊作だったようだ。毒キノコもたくさん出たらしく、各地で毒キノコを誤って売ってしまったり、中毒を起こした事件が報道された。
 その中に、毎年のことだがツキヨタケの中毒があった。このキノコはたくさん出るし、大きいし、色も地味だし、つい食べたくなるようである。食べてしまった人に聞くと、歯触りはシャキシャキして、味も結構いけるという。でも、食べてすぐ激しい嘔(おう)吐(と)・下痢がはじまり、場合によっては幻覚症状も出るらしい。
 しかし、これらの症状が済んでしまえば、比較的早く回復し、よほど運が悪くない限り死ぬようなことはないようである。その点、ドクツルタケや、タマゴテングタケのような猛毒のキノコとは違う。ところが、先日ガイドがお客さまに説明しているのを通りすがりに聞いたら「これツキヨタケ。猛毒」と言っている。何事によらず、物事の恐ろしさを大(おお)袈(げ)裟(さ)に言い、自分はそのことを知っているんだと偉そうに誇って見せるのは卑しくあざとい。白神にはそういうガイドはいらない。
 ツキヨタケは、塩漬けにすれば食べられるという話をいろんなところで聞く。
 「村のお寺の和尚さん(村長さん、分校の先生…)は、秋になるとツキヨタケをたくさん塩漬けにして、冬中それを酒の肴(さかな)にしているんだよ」
 あのたくさん生える大きなキノコが食べられるんなら、もうけものである。それで、「じゃ、あなたは食べたの?」とたずねると、みんな「いや。私は食べたことはないけど、直接和尚さん(村長さん、分校の先生…)に聞いたんだ。あの人はウソをつく人じゃない」というところがおかしい。自分も食べたという人に会ったことがない。
 何ごとによらず、厳密実証というのが自然科学の基礎である。私も、もう定年退職したし、歳だから今ここでどうかなったってそんなに惜しい気はしない。一度ツキヨタケを塩漬けにして食べる実験をしようかと思っている。
 手始めに、別のキノコで厳密実証をしてみた。
 夏の終わりからいたるところで出始めるキノコにドクベニタケというのがある。赤いし、茎は縦に裂けずぼろぼろに砕けるし、いかにも毒キノコ毒キノコしているので、まず食べようという人はいないだろう。
 ところが、わたくしが前に持っていた図鑑では、毒キノコみたいに見えるけれど毒キノコではない。ただし、辛い味がするのでおいしくないと書いてあった。なるほど、世の中にはいろいろなことがあるものだと感心していた。
 その図鑑がどこかに行ってしまったので、新しく図鑑を買った。その図鑑で確かめたら、なんと毒キノコと書いてある。これはいけないと思って、インターネットで検索してみた。「昔は無毒と思われていたが、最近有毒だと分かった」というのがまず出てきた。なるほどと思って次を見たら、ありゃりゃ。「むかしは有毒と思われていたが、無毒だと分かった」。その次は「有毒か無毒か決められない」。ヤッホー、世の中楽しくなっちゃう。
 ただ、どれにも「辛(から)い(あるいは苦い)味がする」と書いてある。それを確かめたい。幸い、猛毒ではないらしい。それで、少し食べてみた。じつにいやな辛さである。インターネットの記事に「無機的な辛さ」というのがあったが、その通りである。しかもかなり後まで残った。厳密実証の結果、毒の有無にかかわらずドクベニタケはまずくて食べられないと言うことが分ったのである。やれ、やれ。
(白神マタギ舎ガイド・牧田肇)

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紅葉 なかには白い「もみじ」も=15

2010/11/29 月曜日

 

ブナ林の紅葉

コシアブラの黄葉。まだ黄色味があるが、秋が深まるにつれて白っぽくなってくる

 この稿が掲載されるころは、もうその季節ではないが、紅葉の話である。
 紅葉、黄葉。どちらも音読みではこうよう、訓読みではもみじ。南の島のカメハメハ大王みたいに、おぼえやすいがややこしい。
 京都などの紅葉の写真を見ると、赤く色づいている木が多い。一方、白神のブナ林の紅葉は、黄色から、褐色、オレンジ色が主体である。もちろん赤く色づいた木もあるが、あまり多くない。ことに世界遺産地域の核心地域のような奥山ではそうで、集落の付近に出てくると、相対的に紅葉した木が多くなる。
 どうしてこうなるのか、どの木が赤く色づき、どの木が黄色く色づくのか。これがなかなかやっかいである。
 ヤマウルシ、ヌルデ、ナナカマド、コマユミなどは鮮やかな赤になる。これらに対して、紅葉の代表選手のように考えられているモミジ(この辺ではヤマモミジ)は赤くなることもあるけれど、むしろ黄色くなる方が多い。ハウチワカエデの方がオレンジから赤になることが多いけれど、黄色いままでいることも多い。
 黄色になる木の代表は、クロモジ、カツラ、イタヤカエデなどである。イタヤカエデは、ほんのり赤みをおびることがあるけれど、クロモジとカツラは赤くなることはない。
 紅葉も黄葉も、植物の葉が持っている葉緑体が寒さとともに分解されてなくなり、赤や黄色の色素が見えてくるのでおこる。色素のうち、黄色い色素(キサントフィル)が若葉のころからずっと葉に含まれているのに対して、赤い色素(アントシアン)は、秋になってから紫外線の影響で葉の中に作られていくという。だから、気温が低くなると葉は一応黄色くはなるけれど、夏の日射不足で赤い色素のもとになる糖類がうまく作られなかったり、秋になって天気が悪く、紫外線が不足したりすると紅葉しないということがおこるらしい。
 ヤマモミジやハウチワカエデ、あるいは紅葉の代表であるナナカマド、さらにヤマウルシやヌルデでも、ブナ林の中に生えると赤くならず黄色いままのことが多いのは、林の中では日射が不足するからだと考えられる。逆に、イタヤカエデの葉が赤みをおびた黄色になるのは、上に大きな木がなく日当たりがよいところである。
 中には、赤くも黄色くもならず、色が抜けたように白くなるものもある。その代表はコシアブラで、ツルアジサイやタムシバもそうなりやすい。これらの植物は葉に黄色の色素を少ししか含まず、赤い色素はぜんぜん作らないのだろう。コシアブラは低木のことが多いが、大きく育ったコシアブラの樹冠が全体白くなっているのは、幻想的な美しさがある。
 林の上層を作るブナやミズナラは、暖かみをおびた褐色になる。これはもともと葉に黄色い色素にかわって、褐色の色素を持っているからだそうだ。褐色になったブナ林の斜面いっぱいに夕日が当たるのは、秋の東北地方の山地の本当に美しい景色である。かつて弘前に職を得て赴任してくるとき、まだ東北道はできておらず、津軽街道(国道282号線)の安代から湯瀬にかけて、このような景色を見ながら車を運転してきた。なんとすばらしいところで働けるのかとうれしかったことをいまでも覚えている。
 奥山から集落の付近に出てくると紅葉した樹木が多くなるのは、奥山の自然林を主体とするブナ林と違って、二次林を主体とする里山では、ヌルデやヤマウルシといった紅葉しやすい樹種が増えると同時に、ブナやミズナラなどの大きな木が相対的に少なくなって、ヌルデ・ヤマウルシだけでなくヤマモミジ・ハウチワカエデ・ナナカマドなども十分日射を受け、赤い色素を作りやすくなるからだろう。紅葉も一つの文化景観なのである。
(白神マタギ舎ガイド・牧田肇)

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離層のでき方など関係=16

2010/12/20 月曜日

 

 
すっかり葉を落としてしまったサワグルミ林。後ろのブナ林はまだ黄葉した葉がちゃんとついている(10月、巨木ふれあいの径)
 
径を埋め尽くしたホウノキの落ち葉(10月初旬、ミニ白神、左)。カシワの紅葉。ほぼこのままの状態で春まで葉をつけている(12月初旬、ベンセ谷地、右)

 前回は、紅葉の話だった。今回は落ち葉の話。
 俳句では、落ち葉は冬の季語である。11月初めの立冬を過ぎた季節のものとなる。これは俳句に先立つ短歌の世界からそうだったらしい。多分、京都付近ではそうなんだろうと思うが、北東北ではそうはいかない。落葉は早いものでは9月の末ごろから始まる。
 落葉が早いのはクルミの仲間だ。色づき、散り始めるのが一番早いのはオニグルミ(実を食べるふつうのクルミ)だと思うけれど、どっと散り始めるのが早いのはなんといってもサワグルミである。ほかの木がまだ青いままなのにあっという間に丸坊主になってしまうことが多い。
 サワグルミは、前にも書いたように地滑り地の滑落崖(がい)の根元や沢にそって固まって生えることが多く、緑の山の中でサワグルミがまとまって生えているところだけさっさと葉を落とし、梢(こずえ)の色の灰色になってしまう。オニグルミは落ち始めるのは早いけれど、木が裸になってしまうまではもっと時間がかかるようである。
 ホウノキも落葉が早い。ホウノキは葉が大きいから、枯れ葉はゆったりと落ち、木の幹や枝にあたって大きな音を立てたりする。落ちれば地面をすっかり覆ってしまう。
 このように印象深いので、朴落葉というのは柿落ち葉や銀(い)杏(ちょう)落ち葉とならんで独立した季語とされることが多い。ただ、これも落ち葉ではあるので季語としては冬なのがくやしいところ。白神などではもっとも盛んにホウノキが葉を落とすのは、まだしっかりと秋のうち、九月末から十月にかけてなのである。句にしようとするといまいち調子が狂う。
 秋になって木の葉が落ちるのは、葉の付け根に水を通さない層(離層という)ができて、葉の本体に水が行かず枯れてしまうからである。水がないと、同時に葉緑体も破壊されるので紅葉や黄葉がおこることは前回書いたとおりである。
 離層は気温が下がってもできるけれど、土壌水分や空中の水蒸気が少なくなってもできる。だから、日本のように冬寒くなる場合は落葉は寒いときにおこるが、一年中暖かい熱帯であっても乾季と雨季の別のある場所では、乾季が来ると木が一斉に落葉する。
 寒くなって落葉する木は、夏に緑の葉をつけているので夏緑樹、乾燥季に落葉する木は雨季に緑の葉をつけているので雨緑樹という。日本では、冬に落葉する木だけを落葉樹と言うことがあるけれど、雨緑樹だって季節的に落葉するのだから、この言い方は厳密に言うと間違っている。雨緑樹については、次回に書くつもり。
 離層のでき方は、木の種類によって違う。サワグルミは、少し気温が下がるとすぐにはっきりした離層ができるので、あっと言う間に落葉してしまうのだろう。モミジなども一斉にはっきりした離層ができるので、一斉に紅葉し、そして落葉するのだと思う。
 ところが、落葉樹(夏緑樹)の代表みたいに思われているブナ科の樹木、つまりブナやナラ類はどうも離層のでき方が木によってまちまちだったり、ちゃんとできない場合があるようだ。
 ちゃんとした離層ができない代表がカシワで、カシワは冬になると褐色に紅葉するけれど、冬中葉が落ちない。新芽が出てきて初めて落葉する。新芽が出るときに落葉するのはブナ科の常緑樹、シイノキやカシノキと同様である。
 津軽で、するべきことを際限なく棚上げするのに、「柏の葉がみんな落ちたら」というフレーズがあると聞いた。身近の自然を的確にみていることに感心させられる。
(白神マタギ舎ガイド・牧田肇)

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