六感で味わう自然

 

白神山地を覆う森林=6

2010/7/5 月曜日

 

「巨木ふれあいの径」のサワグルミ林=地滑りの落ちて溜まった部分(地滑り移動体)のくぼ地にできた湿地の周辺に生えている
急な尾根の上に生えるキタゴヨウの林=暗門のブナ林散策路より対岸。ブナ林はすっかり葉を落としている

 前回に続いて白神の自然。今回は植生、つまり白神を覆っている植物の状態について。
 日本の国土は、基本的に森林で覆われている。これは、日本が気温の面でも降水量の面でも、植物の生育に適しているからである。
 白神山地ももちろん例外ではない。ほぼ全体が森林で覆われている。
 ただ、雪崩によって激しく削られる斜面、低温や乾燥の影響を受けやすいピークや高い尾根、雪崩斜面の下など上から絶えず大量の土砂が落ちて来る場所などは例外で、高い木が生えずに低木林や草地になったり、植物がほとんど生えていなかったりする。
 白神山地の森林の基本的なタイプは三つあり、生育場所の物の動きにかかわる環境条件に伴ってあらわれる。
 物の動きにかかわる環境条件とは、「物が奪い去られる」「物が動いて行く」そして「物が溜(た)まる」の三つである。
 この場合の「物」は、土地を作る岩石や土砂、土壌に含まれる栄養、そして水である。
 尾根やピークでは、これらのものが一方的に奪い去られる。反対に、崖(がけ)の下などの平(へい)坦(たん)地、あるいは凹(くぼ)みになっているところでは、いろいろなものが溜まる。
 これら以外の斜面では物は上から下に動く。斜面が急だと上から落ちてくるものより下に落ちて行くものの方が多くなるから、奪い去られることの多い動きとなる。斜面が緩いと、逆に溜まることが多くなる。
 繰り返すが、物とは岩石や土砂、栄養、水である。
 だから尾根やピークは、栄養が少なく乾燥した環境となり、崖の下の平坦地や凹みでは、栄養と水分に富んだ環境が生まれる。その中間の斜面には、傾斜に応じて、さまざまな栄養条件、水分条件をもった土地が広がる。
 白神山地には、八甲田や八幡平のような針葉樹林帯はない。でも、急な尾根、つまり乾燥して栄養分の乏しいところには、ヒノキの仲間のクロベ、ゴヨウマツの一種のキタゴヨウ、それにヒノキアスナロ(青森ヒバ)が狭い林を作る。これら針葉樹は、乾燥や栄養の乏しい環境では、ブナよりも有利なのである。
 一方、急な崖の下などの平坦地、たとえば地滑りが滑り落ちたあとの滑(かつ)落(らく)崖(がい)の根元や、滑り落ちた物が溜まっている移動体(これらについては前回述べた)の凹んだ部分、河川の岸など、つねに栄養分が供給され、水分にも恵まれた環境には、サワグルミ、トチノキ、カツラ、キハダなどからなる森林が成立する。
 乱暴に言えば、それ以外のところはブナ林である。
 地滑り滑落崖などのかなり急な斜面にも、ブナ林は成立する。立っているのもしんどいぐらいの急斜面にもブナ林はある。しかし、急斜面が季節風の風下側つまり東向きだと積雪量が
多く、しばしば雪崩斜面となる。その場合、斜面の上部・中部では地面が削られて、植生自体がまばらになる。
 そのような斜面の下部では絶えず落ちてきた新しい土砂が地面を覆い、落ちてきた多量の雪が遅くまで残って植物の生育期間を短くするので、森林ができず、大型の草が生える草地と
なることが多い。また、ピークや尾根の特に突出したところでは、上は低温と乾燥のために森林そのものが成立せず、低木林や草地になる。
 「急な尾根の針葉樹林、平坦地・くぼ地のサワグルミ林、そのほかの斜面のブナ林」が、白神山地の植生配列の基本である。この配列はどこでも見られるけれども、まとめて実感として観察・体験しやすいのは、暗門の滝とブナ林散策コース、それに津軽峠からアクアグリーンビレッジにいたる高倉コースだろう。
(白神マタギ舎ガイド・牧田肇)

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用途広いウダイカンバ=8

2010/8/2 月曜日

 

沿道のウダイカンバ林(県道岩崎―西目屋―弘前線、津軽峠付近)
【ウダイカンバの葉】赤い色をしたのが新葉。夏に出る新葉の表面には細かい毛がたくさん生えているので触ってみるとベルベットのような手触り(左)【皮を剥がれたウダイカンバの幹】幹の太さはだいたい40センチ、約1メートルにわたって皮が剥がれている県道岩崎―西目屋―弘前線(右)

 弘前地方では、お盆の迎え火にヒバの割り木と樺(かば)の皮を焚(た)く。お盆近くなるとスーパーなどでもお盆用具の一部としてこれらを売っている。樺の皮を焚く風習は、津軽では弘前周辺のわりと狭い範囲のものらしいが、全国的にはほかにもあるらしく、俳句の歳時記にも、迎え火の傍題に「樺火」として載っている。樺皮の燃える芳(こお)ばしい香りが夏の日暮れに漂うのはいいものだ。
 青森県で普通に見られるカンバの仲間は、ダケカンバ、シラカンバ、それにウダイカンバの3種類である。
 ダケカンバとウダイカンバは全県に見られる。一方、シラカンバは南部地方では普通だが、津軽にはほとんど無い。東北道の青森―弘前間、岩木山(さん)麓(ろく)などにわずかに見られるが、庭などに植えられた木から種子が飛んだものと思われる。白神山地では記録されていない。
 ウダイカンバは温帯の樹木、ダケカンバは亜寒帯の樹木だ。白神山地では、だいたい海抜600~700メートルを境として、それ以下にウダイカンバ、より高いところにダケカンバが見られるようだ。
 ウダイカンバは、種子が軽く羽があって飛びやすいので、伐採跡地にはどこでも見られる。ことにブナが秋に実を落とす前に皆伐されると、跡地がウダイカンバの純林となることが多いという。
 アクアグリーンビレッジから津軽峠に至る道路の両脇にある細めの白っぽい樹皮の木は、みんなブナ林伐採跡に生えたウダイカンバである。ダケカンバはより高いところに生えるので、見るのにやや手間がかかる。簡単にたくさん見られるのは、津軽岩木スカイラインの上の方である。
 3種の見分け方は、葉と樹皮の色である。ウダイカンバの葉は大きくて両手の親指と人差し指で作った丸ぐらい。葉柄の付け根が深い心臓形にくぼんでいる。ダケカンバとシラカンバの葉はずっと小さく、葉柄の付け根がくぼんでいない。ウダイカンバとダケカンバの樹皮は薄いベージュだが、白樺の樹皮は真っ白。触ると指に白い粉が付くことが多い。
 木材の価値はウダイカンバが圧倒的に高い。木材の世界ではマカンバといわれ、建材・家具材・船舶や車両の内装材などに広く使われる。ダケカンバがそれに次ぎ、シラカンバは趣味的に使われる以外に材の価値はほとんど無い(木材大事典)。
 迎え火に使うぐらいだから、カンバ類の樹皮は大変燃えやすい。これは樹皮に脂分が含まれているからである。ことに、ウダイカンバの樹皮は厚く剥(は)げて火付きがよく、雨の中でも消えない。それで鵜飼いをするときの松(たい)明(まつ)に使ったために鵜松明樺(うだいかんば)と呼んだらしい。
 マタギさんたちは、この木をガンビカバと呼ぶ。乾かした樹皮をいつも持って歩くほか、マタギ小屋の囲炉裏(いろり)の上、天井近くに作った火棚という棚には焚きつけ用にブナなどの小枝と一緒にウダイカンバの樹皮を乗せておいて、いつでも焚火ができるようにしていた。
 ところで、迎え火用の樺皮を取るためにウダイカンバの皮が違法に剥がされるのは困ったことである。これはあきらかに窃盗行為だが、数年前、大川林道の終点付近で、剥ぎまくられたことがある。販売目的だったのだろう。厚く幅広く剥がされたので枯れてしまった木も多い。
 岩木山麓の第二松代から中村川に至る県道に沿っても、組織的に剥がされたことがある。枯れないとしても、白い幹の途中に醜い黒い帯が消えることなく残る。津軽峠に至る県道岩崎―西目屋―弘前線の両脇にも、こうなった木がたくさん見られる。津軽の恥というべきであろう。
(白神マタギ舎ガイド・牧田肇)

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昆虫の産卵、寄生で形成=9

2010/8/23 月曜日

 

マルバマンサクにつく虫えい(左=マンサクメイガフシ、右=マンサクメイボフシ)このほか、葉の表面に付く虫えいもある。いずれもアブラムシの仲間がある
ブナの葉につく虫えい(左=ブナハキバツノフシ、右=ブナハマルタマフシ)これらはタマバエという小さなハエの仲間によって作られる

 植物の葉や茎に、明らかにその植物本来の姿でないこぶやできもののような突起があるのをご覧になったことがあると思う。多くは変てこな格好をしているし、色もどちらかといえば毒々しい感じ。あまり手に取ってみたいと思う代物ではない。
 このこぶのような物は、昆虫やダニが卵を産み付けたり、寄生したりした結果できることが多い。そのようなときに注入される物質の刺激によって、植物の細胞の一部が異常に増えたり膨らんだりするのである。そうしてできた突起を、虫えいという。えいは漢字では癭と書く。こぶのことである。
 数年前の冬、葉を落としたマルバマンサクの枝に、丸い物が付いているのに気づいた。1・5センチ×1センチぐらいの長円形。色は枯れ葉色で鋭いとげとげがたくさん付いている。果実でないことは明らかなので、虫えいだろうとは思ったが、どんな虫が作っているかを確かめようとは思わなかった。
 3年ほど前の夏、このとげとげが緑色をして枝に付いているのを見つけた。ウジ虫かイモ虫が入っていると思ってカッターで割ってみた。ところが、なんとなんと、中には小さな灰色のアブラムシ(ゴギブリでなく、アリマキの方)がぎっしり詰まって、うぞうぞと動いているではないか。
 びっくりしてしまった。タマバエとかタマバチという小さなハエやハチが虫えいを作ることは前から知っていたのだが、アブラムシが虫えいを作ることをうかつにも知らなかったのである。
 弘前大学名誉教授の安藤喜一先生にうかがったところ、すぐにマンサクイガフシワタムシという名を調べていただき、「日本原色虫えい図鑑」という素晴らしい本があることも教えていただいた。この虫はマンサクにも虫えいを作る。
 絶版なので、インターネットでかなり探して入手した。早速開いてみたら、あるわあるわ、タマバエ・タマバチそしてアブラムシの仲間などが原因でできる虫えいが、それこそごまんと載っている。
 マルバマンサクとマンサクには、マンサクメイボフシという棒状のとげがつく虫えいもできることも知った。マンサクイガフシワタムシが作る虫えいをマンサクメイガフシといい、マンサクメイボフシを作るアブラムシはマンサクイボフシワタムシということも知った。
 えらくややこしい。フシというのは虫えいを指す古い言葉で(字は五倍子と書く)、ワタムシはアブラムシの一つのグループの名前である。つまり、漢字で書くと金縷梅(まんさく)毬(いが)五倍子(ふし)綿虫(わたむし)
が金縷梅(まんさく)芽(め)毬(いが)五倍子(ふし)を作るということになる。虫えいとその虫えいの原因となる昆虫にそれぞれ名前が付けられているのだ。
 図鑑には、今まで何だか分からないまま見過ごしていた葉や果実の異常が、ちゃんとたくさん載っていた。多くの植物は、それぞれに特有の虫えいを作る寄生者をそれもいくつも持っているようなのである。
 しかもこの図鑑には、虫えいと昆虫の関係が詳しく解説してある。虫えいを作る昆虫の中には、クリに寄生するクリタマバチやブドウに寄生するフィロキセラのように、広く蔓(まん)延(えん)して大被害を起こす暴力的な物もあるが、大部分は宿主を枯らすことなどなく、うまく折り合いをつけて、ほどほどに寄生しているようだ。
 触るのも気が進まなかった虫えいが、植物と昆虫の間に広く見られる付き合いの仕組みの一つだったことが分かった。知るということは素晴らしいことである。
(白神マタギ舎ガイド・牧田肇)

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”白い”ギンリョウソウ

2010/9/6 月曜日

 

ギンリョウソウ
ギンリョウソウモドキ(左)とシャクジョウソウ(右)

 エコツアーガイドには、いろいろな知識が必要だ。知識の多くは文献や資料から得るので、熱心なガイドはそれぞれシコミのための使いやすいネタ本を持っている。
 わたくしの場合、一般的な植物の利用に関しては「資源植物事典」(北隆館)、マタギさんの事例と比べるためのアイヌの人々の植物利用については更科源蔵・光著「コタン生物記」(法政大学出版局)、植物の地方名に関しては「日本植物方言集成」(八坂書房)、DNAの解析によって最近大幅に変わった植物分類体系に関しては大場秀章編・著「植物分類表」(アボック社)などのお世話になることが多い。
 それらにもまして日常的にお世話になっているのが、京都大学名誉教授の河野昭一先生が監修された「ニュートン・スペシャル・イシュー 植物の世界1~4」(教育社)と、「植物生活史図鑑1~3」(北海道大学図書刊行会)である。「植物の世界」はすでに絶版で、同じ出版社から「植物の世界 草本編上・下および樹木編」として出されているようである。「植物生活史図鑑」は現在でも購入できる。
 いずれも、生活史つまりいろいろな種類の植物の生活の仕方を詳しく研究した成果で、大変おもしろい。読むと目から鱗(うろこ)がぼろぼろぼろぼろ落ちていく感じがする。カラー写真とともにすばらしいイラストがたくさん添えられている。
 「植物の世界」の第2号に、ギンリョウソウの記事が載っている。ギンリョウソウは、従来はイチヤクソウ科あるいはギンリョウソウ科とされていたが、新しい体系ではイチヤクソウ科もギンリョウソウ科もツツジ科に統合された。ちなみに、新しい体系では、カエデ科、トチノキ科がなくなり、ムクロジ科のカエデ属、トチノキ属になってしまった。油断もすきもないというか、茫(ぼう)然(ぜん)というか…。
 日本には、ギンリョウソウの仲間は、ほかにシャクジョウソウとギンリョウソウモドキ(アキノギンリョウソウ)がある。3種類とも白神山地のブナ林でみられる。
 白神山地ではギンリョウソウが最も多く、春の終わりから初夏にかけて林床に小さな群を作ってたくさん咲く。年によって、咲く数が違うようで、今年は少なかった。写真で真っ白に見えるのはまったく葉緑体を持っていないからである。漢字を当てるとすれば「銀竜草」らしい。美しい花であるが、不気味な感じもしないではなく、普通の植物離れしているので、ユウレイタケ(幽霊茸)(日本の野生植物・平凡社)とか、こけのゆーれい、ゆーれーそー、ゆーれーばな(日本植物方言集成)とか呼ばれることがある。
 ギンリョウソウモドキは、ギンリョウソウによく似ているが、8月から9月にかけて咲くところが違う。シャクジョウソウも8月から9月にかけて咲き、色は純白ではなく麦藁(わら)色をしている。熟すると茎にいくつも付いた果実が上を向いてお坊さんや修験者が持つ錫(しゃく)杖(じょう)のように見える。今年もギンリョウソウモドキが咲き出し、シャクジョウソウはすでに一部は果実になっている。
 これから先は、「植物の世界」の受け売り。ギンリョウソウの仲間は葉緑体を持たないから光合成ができない。そのかわり根には菌類が共生して「菌根」を作っている。植物は菌糸を細胞内に誘い込んで消化し、栄養を奪う。一方で、環境の厳しい夏には自分が菌根菌にむしばまれることを許して菌を養っていると考えられている。熾(し)烈(れつ)、絶妙な持ちつ持たれつの関係である。
 このような知識を、ほとんど専門用語を使わずに、お客さまにわかりやすく説明するのが、すなわちガイドの腕というものである。そのためには仕込んだ知識をとことん咀(そ)嚼(しゃく)しておかねばならない。ガイドの中には生かじりの専門用語を振り回してえらそうな顔をする者もいるが、それは三流である。
(白神マタギ舎ガイド・牧田肇)

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落ち葉が枯れると匂う=11

2010/9/27 月曜日

 

岩木川上流、鍋倉のカミナガレにあるケラオキバの大カツラ。胴回り13メートル弱。カツラの日本トップテンに入るぐらいの巨樹
カツラの黄葉。黄金色の新葉も美しく、花弁はないが濃い赤の雄しべ・雌しべの色も印象的だ

 この季節、沢に沿った遊歩道などを歩くと、ふわっと甘くていい香りに包まれることがある。カツラの葉の匂(にお)いである。。
 カツラは大きくなる木で、材は建材、家具材に広く使われるほか、木彫、板画の版木などにも使用される。日本と中国に自生する
 葉は直径3~7センチぐらいの丸くてあまり先の尖(とが)らない心臓形。生のときは匂わない。枯れると香りが出てくる。だから落葉の季節になると、木の下が甘い香りに包まれることになる。この香りは、砂糖を焦がしてつくるカラメルの香りの成分と同じなのだそうで、食品添加物としても利用されるらしい。
 ずっと前、マタギの工藤光治さんから、昔はお盆の前にカツラの枝を切ってきて枯らしておき、香りが出た葉をお寺に持っていって、抹香の代わりに焚(た)いたものだという話を伺ったことがある。同様のことを秋田の人たちもしたらしく、秋田の年配のご婦人が、この木を抹香の木と呼んだのを聞いたことがある。実際にお香の原料としても使われるようだ。
 わたくしが若かったころ、植物好きの者はたいてい故牧野富太郎先生の書かれた植物の図鑑、いわゆる「牧野図鑑」を使っていたものだ。この本の各植物の説明のおしまいの方には日本名の由来が簡単に述べられている。これが大変面白い。植物の名前の由来を知ることが、植物の名前を覚えるよい手助けになった。
 たとえば、ハスの所をみると「ハスは古名の蜂巣(ハチス)の略で、果実の入った花托(たく)の様子が蜂の巣のようであるからである」と書いてある。大変印象的である。
 ところが、カツラの日本名の記事は少しおかしい。「カツラのカツは香出(かづ)であろうと言われる。そうだとすると香気のある木でなければならない。この木に香りがあるという人もいるがどうであろうか。(以下略)」(「牧野新日本植物図鑑」北隆館、一九七〇年第二〇版)
 あれれ。牧野先生、この木の葉がいい匂いのすること、落ち葉の季節に木の下を歩くといい香りに包まれることをご存じない。上手の手から水が漏ることもあるのか…とほほ笑ましく思っていた。
 でも、この稿を考えているうちに、それでは済まないんじゃないかと思い始めた。
 植物は、基本的に押し葉(腊(さく)葉(よう)標本)にして保存する。採ってきた植物を一頁分の新聞紙を二つ折りにしたものに挟み、表に採集地、採集年月日など必要なデータを記入する。このような標本と標本の間に、吸い取り紙(別の新聞紙などを使う)を挟んで積み重ね、適当な重しをする。植物は水分を多量に含んでいるから、最初は毎日吸い取り紙を交換する。このとき標本の葉や枝の形を整える。これを形なおしと言い、この作業をくり返すうちに植物の形が頭に入り、特徴が見えてくる。分類学、形態学、生態学など多くの植物の研究家にとって、欠かせない作業なのである。カツラの標本であれば、その過程で当然香り出す。カツラの葉は採って数日するとにわかに香りがしてくる。まさに「香出」なのだ。
 牧野先生はこの大切な作業をご自身でなさらず他人任せになさっていたのだろうか。大家になられてからは、あるいはそういうこともあったかもしれないけれど、それは先生のイメージに合わない。ましてカツラのようにどこにでもある一般的な植物は、お若いころにご自身で標本を作られたはず。この作業をなさったはずだ。
 大変謎めいている。どうも釈然としない。
(白神マタギ舎ガイド・牧田肇)

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