六感で味わう自然

 

山の目覚めに咲く花=1

2010/4/19 月曜日

 

イワウチワ(左)、オオイワカガミ(右)
尾根の上のイワウチワの群落

 木の葉が芽吹く前に小さな花が咲いて、春の山は目覚める。もっとも早く咲く木の花はマンサクである。雪がたくさん積もっているうちに咲く。
 草の花は、雪が解けて地面が出ないと咲かない。最も早く咲く草の花は、フキノトウだ。川岸などの雪の解けたところ、つまり「雪間」を見つけてすばやく咲く。ただ、フキノトウはなんといっても地味だ。
 花らしい花で、最も早く咲くのはイワウチワだ。あまり標高の高くない尾根などの雪が早く消えるところに咲く。尾根は雪が風に吹き飛ばされるので積雪量が少なく、ことに南に面していたりすると早く雪が消えるのである。そういうところを目当てに見て行くと、緑の葉の間にポチッとピンク色のつぼみが見える。この植物は常緑で冬でも葉が枯れないのである。花は一つの茎に一つつき、開くとかなり大きい。直径2センチはある。
 イワウチワは、中部地方から東北地方にかけてどこにでもある植物だけれども、白神山地には特に多いように感じる。周辺部のだいたい海抜600メートル以下に多い。気をつけてみると、なだらかな尾根一面に生えているところがかなりある。
 この一面に生えているイワウチワがいっせいにピンクの花を開いたらさぞ素(す)敵(てき)だろうと思った。まだほかの花が少ない雪解けのころ、「イワウチワ祭」を開いたらどうだろう。ミス・イワウチワなんか選んで…とよこしまなことを考えた。
 よこしまは、駄目である。イワウチワは、雪が解けたところでいち早く咲く。花が開いている期間、つまり花期はあまり長くない。雪はまだらに解けていくから、イワウチワもまだらに咲く。咲くそばから枯れていく。一面には咲かない。かくして「イワウチワ祭」はあえなくついえた。
 イワウチワの咲くころは、ちょうどクマが冬眠から覚めるころである。マタギさんの表芸はクマ狩り、とくに「熊の胆(い)」にする胆のうが肥大している、冬眠あけのクマの猟が、最も重要な活動である。
 仕留めたクマは現地で解体するが、腸を割いていくと、点々とイワウチワの花弁が入っていることがあるという。この連載で、これから何度も触れるつもりだが、マタギさんはじめ山で暮らす人々は、自分の生活の利害に関係するものにしか名前をつけない。
 利害のうちには、獲物の餌というのも入る。イワウチワは、自分らが食べたり薬にしたりするものではないけれど、最も重要な獲物の餌と言うことで、「ジザクラ」という名前をもらっている。
 登山者によく知られているイワカガミはイワウチワに近縁の植物である。イワカガミも白神山地にたくさんある。最近、ブナ林の中に生える比較的珍しい変種であるオオイワカガミも見つけた。両方とも美しい花を咲かせるけれど、マタギさんの生活とは関係ないので名前を付けてもらえない。
(白神マタギ舎ガイド・牧田肇)

 

牧田 肇(まきた・はじめ)=1941年東京生まれ。東北大学理学研究科修了。博士(理学)。弘前大学名誉教授。専攻は植生地理学・環境科学。東北地理学会・日本生態学会会員。現在は白神マタギ舎ガイド。

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芽吹きのブナ林彩る=2

2010/5/3 月曜日

 

左:オオカメノキの蕾と葉の芽、右:タムシバの花
ムラサキヤシオ

 地面に残雪を残したままブナが芽吹くと、低木の花が咲きだす。弘前の桜祭りのころだ。ことに目立つのが、オオカメノキ、タムシバ、ムラサキヤシオの三点セット。彼らを見ると、つくづく春の訪れを感じる。
 ▽オオカメノキ(ムシカリ)
 庭木にするオオデマリに近い低木で、日本中のブナ林に見られる。花はアジサイによく似て、純白。大きな丸い葉をつける。名前の由来はいくつかあるが、一説では、写真のように膨らんできた蕾(つぼみ)と両側の葉になる芽が海亀の頭と前足みたいだからという。ムシカリは、葉がひどく虫に食われるので「虫喰(く)われ」がなまったものらしいが、白神のオオカメノキの葉は、それほど虫に食われないようだ。
 人々の生活に直接の関係はないが、マタギさんにとっては大事な木だ。かつて重要な獲物だったニホンカモシカは、冬中いろいろな低木の枝を食べて過ごすが、とくにこの木の枝をよく食べるという。つまり大事な獲物の餌だ。これが一つ。
 もう一つは、春の熊狩りのとき、この植物の葉が丸く広がってきて、昔の2銭銅貨と同じぐらいの大きさ(直径約3センチ)になったらその場所の熊狩りはおしまいだという「暦」の役目である。
 春の熊狩りは、熊の胆(たん)嚢(のう)を手に入れるために行う。冬眠中の熊は絶食だから、胆汁が消費されず、胆嚢は肥大しているが、冬眠から覚めて餌を食い消化するようになると、胆汁が消費され、胆嚢はしぼんで価値がなくなってしまう。それがちょうどこの木の新しい葉が直径3センチぐらいになったときというわけである。この木の葉がそのくらい大きくなると、他の植物も茂ってきて、見通しが悪くなるということもあるだろう。
 そういう大事な役割を持っているから、この木は「ベラキ」という名をもらっている。大きな丸い葉をへらに見立てたのだろう。
 ▽タムシバ
 モクレンやコブシに近い植物で、日本海側のブナ林に特有。直立した幹を持たず、枝は地面から斜めに立ち上がっていて、これは多雪に適した樹形だといわれる。真っ白い花の中心に濃い紅色のおしべがあって美しい。葉や枝に爽(さわ)やかな強い香りがあるので、昔食事の後にこの木の小枝を噛(か)んで口をさっぱりさせたので「噛む柴」。それが訛(なま)ってタムシバになったのだという説がある。お客さまをご案内するときは、許される限り、葉を揉(も)み、小枝を噛んで香りを確かめていただくようにしている。おおむね好評である。
 白く膨らんだ蕾は食べることができる。ツキノワグマやニホンザルも蕾を食べる。また、この木の材は、拍子木にするとたいそう鳴りがいいといわれる。
 それで、この木は「シロザクラ」という地方名をいただいている。ちなみに、コブシは田の耕作の時期を知らせるというので、タウチザクラと呼ばれる。昨年開園した弘前大学の自然観察園では、低いところにコブシ、高いところではタムシバが見られる。
 ▽ムラサキヤシオ
 本州中北部のブナ林に広く見られる。芽吹き始めた枝に、赤紫色の大変美しい花をたくさんつける印象的な低木である。しかし、人の生活に関係がないので、土地の人々からは何の名前もつけてもらえない。気の毒。
(白神マタギ舎ガイド・牧田肇)

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緑の葉で越冬のシダ=3

2010/5/17 月曜日

 

左は雪から出たリョウメンシダ。中ほどの雪から出たばかりのものは地面に寝ているが、上方の雪から出て数日たったものは立ち上がっている(今年5月の暗門ブナ林散策路にて)。右は6月ごろに出る新芽(弘前大学自然観察園)
暗門ブナ林散策路のニネングサ原(昨年11月)

 林の中の雪がぐんぐん解けて、地面が見えてくる。地面には枯れ葉や土が見えるだけではなく、緑の葉も見える。
 雪の下から出てくる緑の葉には、チシマザサ(ネマガリタケ)や、ヒメアオキ・ツルシキミなど冬でも葉の落ちない常緑の低木(これらは後で登場する)のことが多いが、そのほかに草やシダ類もたくさんある。
 一回目に登場したイワウチワもそんな草のひとつ。シダではリョウメンシダが代表的だ。
 リョウメンシダは、葉の表側(空を向いている側)も裏側(地面を向いている側)も同じような色、質感なのでこう名付けられたらしい。このシダは、秋になっても葉が枯れない、雪の下で緑色のままで冬を越す。雪が解けると多少汚れているけれど緑の葉が立ち上がってくる。この古い葉は6月ごろ新しい芽が出てくるまで光合成を行い、新芽が出るとすぐに枯れる。
 前の年に出た葉が次の年まで残っているので、山で暮らす人々はこのシダをニネングサと呼ぶ。シダで土地の呼び名を持っているものは少ない。ワラビ、ゼンマイなど6種類だけである。
 環境省の報告書には、青森県側の白神山地から471種の種子植物(花が咲きタネをつける植物。後の調査でもう少し増えている)が記載され、そのうち115種、ほぼ25%が地方の呼び名を持っている。シダは71種が知られており、そのうち6種、9%足らずしか名を持っていない。種子植物に比べて、明らかに名前のつけられ方が少ない。つまり、前2回でも書いた地方のつけられ方からすると、シダは人々の生活への関(かか)わりが少ないということになる。
 じつは、シダには前の年の葉が次の年の春まで残っているものがかなり多い。しかし、それらは何の名前ももらっていない。では、リョウメンシダは何の役に立って名前をもらったのだろう。
 このシダはじつはブナ林のシダではない。くぼんだ地形に生えるサワグルミ・トチノキ・カツラなどが混ざった森林の林床を覆うように生える。鮮緑色で、特に秋には遠くからも目立つので、土地の人はこういうところをニネングサ原と呼ぶ。窪(くぼ)地(ち)だから、空気中の湿度が高い。そのため、ここに倒れ込んできた木にはキノコがよくつく。「ニネングサ原にはナメコが出る」というフレーズがあるぐらいだ。
 人々は、ニネングサ原を注意深く見回って、新しい倒木があればゆくゆく何年か後にはキノコが採れるということを推測する。つまり、リョウメンシダはキノコの生えるところを知らせてくれる「指標植物」なのである。これが第一の理由。
 もう一つ、このシダはほかのシダと比べて葉の切れ込みが一回多い。
 シダには、タニワタリのように葉にまったく切れ込みがないもの、シシガシラやヤマソテツのように一回切れ込みがあるもの、オシダなどのようにさらにもう一回切れ込んでつごう二回切れ込みのあるものがあるが、リョウメンシダはさらにもう一回切れ込みが増え、三回の切れ込みがある。
 葉の切れ込みが多いので、少ないものと比べて握ったときのふかふか感が違う。そこでマタギさんたちはこのシダを刈り取ってきてマタギ小屋の土間の敷きものにした。
 大切な山の恵みであるキノコの生える場所を教えてくれ、小屋の敷物にもなる。それで呼び名を獲得したというわけである。めでたし。
(白神マタギ舎ガイド・牧田肇)

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ブナ「原生林」は誤り=4

2010/5/31 月曜日

 

きわめて原生的なブナ林。赤石川流域の世界遺産核心地域。見に行くのはかなり大変である
暗門「ブナ林散策道」の二次林。切ったのはほぼ80年前。太い木だけを切ったので短期間にこんなに気持ちのよいブナ林に復旧した

 私たちガイドの仕事の季節がやってきた。
 白神山地のガイドの大多数は、エコツアーガイドとかインストラクターガイドと呼ばれる。仕事は単に道案内することではない。高度の技術を要するコースのリーダーとなることでもない。比較的安全なコースを、その土地の自然や文化についてお客さまにいろいろな説明をしながら歩くことが私たちの仕事である。
 最も大きな目的は、お客さまに楽しんでいただくことである。お別れするときに「今日は勉強になった」と言われるより、「今日は楽しかった」と言われる方がうれしい。
 しかし、私たちはお笑い芸人ではないので、駄じゃれの連発や大げさなアクションでお客さまを笑わせるのは本筋ではない。自然はいかにうまくできているか、それをいかに人はうまく利用してきたかを説明し、そこに楽しさを感じていただきたいと思う。
 そこで大切なのは、お伝えする情報の正確さである。人のすることだから間違いは避けられないけれど、口から出任せを言ったり、お客さまの気分に合わせてうそを並べることは絶対に避けなければならない。
 白神山地の有名な観光スポットのひとつに、今は変えられたが、わりと最近まで「ブナ原生林」という看板が立っていて、これが気になっていた。そもそも、白神山地にブナの「原生林」はないし、その看板の林はまったく原生林ではないのである。
 あるとき、森林管理局の関係者や、その看板のある自治体の幹部と一緒にその現場に行くことがあった。いい機会だと思って、森林管理局の関係者に「どの点から原生林と判断されたのですか?」とたずねた。その方は、苦笑しながら「大きな木があるし、最近は人手が入っていないし…」と話された。つまり本職から見ても原生林ではないのである。
 そのときの自治体の幹部のいいわけに考えさせられてしまった。「お客さまが、ブナ原生林を見たいとおっしゃるので…」と言うのである。ちょうどそのころ、リンゴジュースの産地偽装の問題があって、メーカーの社長が逮捕されたところだった。報道によると「顧客が青森県産がほしいというので、悪いと知りつつ偽装してしまった」というのが社長の言い訳だったそうだ。
 青森県産ではないけれど、顧客が青森県産をほしいと言うから、原産地を偽る。ブナ原生林ではないけれど、お客さまが原生林を見たいと望まれるから原生林と看板を出す。かわるところはない。
 食品の原産地を偽ることは、明らかに犯罪だし、道徳的にも許されることではない。けれども、その食品に衛生的な問題がなければ、消化され排せつされたあと、偽装の影響は食べた人にはほとんど残らない。一方誤った情報は聞いた者の記憶に長く残る。そればかりではない、その記憶はほかの人にも伝わって誤りが増殖されていく。怖ろしさからいったら、食品の産地の偽装の比ではない。
 白神の観光では聞こえた人の「白神山地は斧(おの)を知らない山です。ここでは木材として木が切り倒されることはありませんでした」ということばが旅行関係の宣伝印刷物に出たことがある。真っ赤な偽りである。悪質な偽装宣伝と言われても仕方ないだろう。こういううそで白神の名を汚し、価値を損ないたくないものである。
 かつて伐採された二次林を前にしたら、人とブナ林の関(かか)わりを聞いていただくのが本筋である。
(白神マタギ舎ガイド・牧田肇)

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地すべり地形の白神=5

2010/6/21 月曜日

 

地すべり地形の青鹿岳東斜面=中央上が青鹿岳(1000.2メートル)の頂上。頂上の真下の逆三角形の急斜面は、地すべりがすべり落ちた崖(がけ)で「滑落崖(かつらくがい)」とよぶ。その下方に広がる平坦な部分は、上から移動してきた山体がたまったところで「移動体(いどうたい)」とよぶ。この地すべりの移動体は「鬼の坪」とよばれ、ここにあるハイマツ群落は、本州で最も低いところにあるハイマツ群落のひとつである。世界遺産核心地域
白神山地主稜線東側(追良瀬川側)の雪崩斜面=右側のピークは、太夫峰(1163メートル)とよばれる。冬期季節風の風下側で、吹きだまりになり、それが春に雪崩となって山肌を削るため、岩壁が出ている。左側のピークの上は風当たりが強いために森林ができず、草原のお花畑となっている。世界遺産緩衝地域

 今回と次回は、白神山地の自然の成り立ちのことを書こうと思う。
 白神山地の自然は自然度の高い広大なブナ林で代表される。そこにクマゲラ、イヌワシ、ニホンカモシカをはじめとする貴重な動物たちが暮らしている。
 これら植物・動物の生活の基盤となる条件は、地形と地質つまり地面がどんな形をしているか、なんでできているか、それに気候つまり大気や水がどんな性質であるかで決まってくる。
 このような土地の条件のうち、とりわけ白神山地の自然を特徴づけるのは、地すべり地形と雪の多さだろう。
 ▽白神山地と地すべり
 白神山地は地すべりの多い山である。全体の面積の30%以上は地すべり地と言っていい。例えば、十二湖、暗門のブナ林散策路、ミニ白神はすべて地すべり地だ。津軽峠のマザーツリーも地すべり地に生えている。
 地すべりの多い第一の理由は、この山地が軟らかい岩石でできているからだ。白神山地の岩石は、大部分浅い海に堆(たい)積(せき)した土砂や火山灰などで、しかも堆積した年代が新しい。だから、硬くなるための圧力が少ないし、硬くなるための時間も足りない。
 その上、白神山地は最近になって海底から速い速度で持ち上がりはじめた。山などが持ち上がることを隆起と言うが、白神山地の隆起する速度は、高知県の室戸岬、兵庫県の六甲山、秋田県の男鹿半島と並んで、日本でも最大級といわれる。
 軟らかい岩石が急に持ち上げられる。逆のたとえになるけれど、砂をダンプで運んできてどんどん積み上げるのに似ている。積んでいくそばから崩れ落ちるだろう。白神山地は持ち上がるそばから崩れていると考えればいい。
 ▽白神山地と多雪
 白神の山中には、長年にわたって一年中気象観測をしているところはない。そこで、周辺の観測点の年間降水量を見ると、1500~2300ミリであまり多くない。
 しかし、白神山地に造られたダムへの流入量と、気温から算出した蒸発量を加えて計算すると、白神山地の降水量は3500ミリから4000ミリに達する可能性がある。これは日本でも最大級の降水量だ。この降水量の半分以上は冬に雪の形で降る。
 雪はごく狭い範囲でも、地形によって積もり方が著しく違う。冬、家の東側や北側に大きな吹きだまりができるのがそのいい例だ。
 また、いったん積もった雪が風に運ばれてさらに別なところに積もったりする。また、春になって日当たりがいいところと、悪いところでは解け方、逆に言えば残り方が違ってくる。
 風当たりが強くて、雪が少ししか積もらない山の頂や尾根の上は、春は早くから雪が解けて日が当たるようになる。しかし、厳冬期には積雪の保護がないので雪が多く積もる場所に比べて地面が低温の影響を受けやすく、土壌が凍ってしまったりする。つまり生物にとっては厳しい環境となる。
 尾根の風下側など、雪が吹きだまりとなるような斜面では、雪渓が残って植物の生育期間を短くする。一方で、雪渓は豊かな水を周りに供給する。急斜面の上部に吹きだまりができる場所では、春先に雪崩が起こって地面が削られる。
 積雪の多い山地の地面の性質は、そうでない山地に比べてはるかに場所による違いが大きい。別の言葉で言えば多様性に富むのである。
(白神マタギ舎ガイド・牧田肇)

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