日曜随想

 

「公共事業は悪なのか」安全・安心のための事業を

2013/2/17 日曜日

 

 昨年末の衆議院総選挙で自民党が大勝し安倍内閣が誕生した。選挙戦の中でも主張されてきたことだが、安倍政権は3年3カ月に及ぶ民主党政権を厳しく批判し、日本再生を最大の政策的課題として掲げ、「金融緩和」「財政出動」「経済成長」を「3本の矢」とするいわゆる「アベノミクス」を推進しようとしている。
 これにより長期にわたるデフレからの脱却を図るとともに所得向上、雇用の増進を推し進め、わが国の経済を成長軌道に乗せようというものである。
 私もわが国は依然として潜在的な高い成長力を有していると思っており基本的にはこの政策に賛同している。ただし「金融緩和」や「財政出動」は、政権の覚悟次第で可能となるであろうが、これを「経済成長」に結び付けていくためには明確なビジョンとこれを支えるさまざまな政策が求められ、しっかりとした運営が重要だろう。
 ところで、この「財政出動」と密接に絡み合っているのが国家予算だ。安倍政権は2012年度の補正予算と13年度の予算を一体的連続的に運用する方針を立てているが、この予算案の中で、野党や一部マスコミから厳しく批判されているのが公共事業費である。
 戦後の自民党長期政権時代にはさまざまな公共事業を実施し、それに関わる業者などが自民党の集票マシーンとして活動したことがあったのは確かであろう。従って公共事業を前面に押し出した予算案について一部では「自民党の先祖返り」などとも揶揄(やゆ)されている。民主党政権の基本政策は「コンクリートから人へ」であり、公共事業を敵視し、事業費を大幅に削減した。しかし「コンクリート」、すなわち公共事業はそんなに悪いのであろうか。決してそうではなく、「コンクリートが人を守る」こともあるのだと言うのが私の意見である。
 今、わが国はさまざまな意味で危機に瀕(ひん)しているが、日常生活を送っていくことにおいて起こっている危機もある。笹子トンネルを挙げるまでもなく高度成長時期に建造された道路、鉄路や橋梁(きょうりょう)、トンネル建物校舎などが劣化しているのだ。大地震や津波の恐怖にもさらされている。人々の「安全と安心」を守るための公共事業は必要欠くべからざるものではないか。費用対効果で無駄な投資と思われるものでも必要なものもある。例えば本県の高規格道路もそうであろう。医療過疎が進んでいる中で病人を効果的に搬送するためにはなくてはならないものだ。
 公共事業を一把一絡げに悪とするのではなく安全・安心という質的な観点からみることこそが求められている。
 間もなく上程されるであろう「国土強靭化」法案もそうした点から評価していくことが必要ではないだろうか。
(青森地域社会研究所特別顧問 末永洋一)

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「年賀状の短歌」津軽40年の思い出

2013/2/10 日曜日

 

 年賀状に短歌を1首ずつ書き込むようになって久しい。世間の「失笑」は無視させていただいている。ただ、年々寄る年波と言うか、自然や情念に対する感受性が低下し、作るのに手間取るようになってきた。1年1首の作業なのに、大みそかに突入したこともある。しかし、今読み返すと、その時々の自分が思い出されて捨てがたいものもある。以下、紹介してみたい。
・ねぷたみて帰る妻の背、傍(かたわ)らで遠き太鼓に吾子(あこ)ら手を打つ(1983年)
 この頃は長女が歩けるようになっていた。二女はまだ乳飲み子で、三女はまだ授かってなかった。女房が二女を背中に背負い長女の手を取りつつ、ねぷたがはねた弘前市役所前を帰路に着く道すがらの光景である。
・吹雪く夜に雪踏み来れば暗闇に、明日新雪をはしゃぐ顔あり(1984年)
 最初に赴任した青森市は大変な雪であった。私は毎日深夜に帰宅するのが常であった。その頃三女が誕生した。
・熱に泣く子を励まして夜を経れば、雪の白さに妻の驚く(1986年)
 1歳の三女が年末に突然高熱を発し、力尽き泣けなくなった。国立病院で診ていただいたが、麻疹だった。「自分の子供も管理できないのか! お前は医者じゃない!」長崎の父親から電話口で激しく叱責された。
・林檎(りんご)剥(む)く手を頬杖の子ら見つめ、三十路(みそじ)半ばの父となりけり(1988年)
 女房から「これは嘘。リンゴをむいたこともないくせに!」と一蹴された歌である。まったくの誤解である。
・夢見れば段々畑みかん山、母住む郷里(さと)にも雪は降りけり(1992年)
 故郷長崎県多良見(たらみ)町はみかんの里である。山間(やまあい)の段々畑のたわわに実ったみかんこそ故郷の光景である。そこに雪はほとんど降らない。11月、95歳、寝たきりの母を見舞った。しかし、もう私の名前を呼ぶことはなかった。
・タクシーと語れば今も、いずこから来し旅人と問われ戸惑う(2005年)
 今でもなお長崎弁が抜けない。弘前駅でタクシーに乗ると「どこから来られましたか?」と聞かれたことは一度や二度ではない。
・雪かきの老人(ひと)のしぐさを凝視する、その若き日に思い巡らせ(2006年)
 55歳、年々感傷的になりつつあった。信号で停車するとそこで雪かきする老人に目を奪われてしまった。
・「肥えとる」と我を指さし言う父は痩せて百寿の春を迎えり(2010年)
 百歳になった父を見舞った。反応がなく、息子を認識できないのかと悲しかった。しかし、突然私を指さし「肥えとる」と一言。快哉した。
・今朝孫が声を出したと“じじ”、“ばば”は大騒ぎして夕餉(ゆうげ)賑(にぎ)わう(2013年)
 昨年10月三女が初孫を出産。生活のなにもかもが孫を中心に回っている。
(弘前大学医学研究科長 中路重之)

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「出るか残るか」仕事の選択と地域移動

2013/2/3 日曜日

 

 イギリスのサッカーチーム、マンチェスター・シティーのバロテッリがイタリアに行っちゃう、とサッカー好きの息子が悲しんでいる。あまり興味のない私はバロテッリがどんな選手かよりもシーズンの節目になると国境を越えて移動するサッカー選手という仕事も難儀だなあ、などと思うのだった。
 そんなことを考えたのは、昨今、仕事にまつわる移動の準備がそこここで始まっているからだ。私の勤務する大学でも、学部4年生が卒業研究の口頭試問に挑むかたわら、新生活への準備に余念がないし、3年生はリクルートスーツに身を包んで会社説明会に出かける準備を始めている。
 どんな職種でどこの会社に行くのか、地元に残るのか、大都市に出るのか。人生の中でも大きな選択のひとつを彼らはしようとしているのだなと思うと、その場に立ち会っていることの大切さをふと思う。地方出身者が多い地方大学の学生が大都市での就職を選ぶ場合、卒業と就職に伴う移動距離とその環境の変化は、大都市出身の学生たちよりはるかに大きいだろう。
 何年か前、仙台に初職を求めた学生がこんなことを言っていた。「東京で働いてみたいけど、いきなり行くのは恐いから、まず仙台で練習することにした」この発言では直近の大都市である仙台で都会生活の「練習をする」という発想が、なんとも微(ほほ)笑ましくて印象に残ったのだが、同時に、東京のような巨大都市に職を求めて出て行くことが、若い彼らにとって大きな冒険の決断なのだということもよくわかった。
 昨年8月に出版された『「東京」に出る若者たち』によると、現代の若者の地域移動は進学と就職に伴って顕著に見られるが、東京圏出身者は全国に移動するのに対して、東北出身者の移動先は周辺県および東京圏と宮城県の大都市に偏っているそうだ。著者たちの調査では、東京圏へ移動した東北出身者の人間関係は移動後も大きく変わらないことが示されている。その背景には、移動先が限定されるため、東京圏や宮城県の大都市への移動に際しては、友人が同時に移動したり、移動先にすでに友人知人がいたりする状況が想定できるという。
 このような人間関係は、移動先で新しい人間関係を作り出すときにも有効に機能しているらしいし、新しいスキルを身につけて地元に戻るときにも重要な「資源」になるだろう。Uターン者や他所からの移入者が、地元出身者と協同することによって、新しいアイデアを生み出した事例は数多い。
 仕事の選択に伴う地域移動は個々人の人生における大きな問題だが、それぞれの選択をした人びとがどのように出会い、人間関係を作っていくかは地域の活力や地域間格差の解消など社会全体に関わる問題でもあるといえる。
(弘前大学人文学部教授 杉山祐子)

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「健康法、医療の変化」社会の言葉と不安

2013/1/27 日曜日

 

 このあいだの年末年始はひどい風邪をひいて寝込んでいたために、ご馳走(ちそう)をあまり食べられず、新しい年を迎えたのだという実感がいつもより薄い。残念なことだ。
 うらやましいことに、世の中にはほとんど風邪をひかず、以前にいつひいたのか思い出せないという人もいる。私自身は、寝込むのは久しぶりだったが、軽い風邪は年に何回かひいてしまう。そんな時によくとる行動はショウガ、ニンニクなどを食べる、ビタミンCをとる、お風呂でよく温まる、たくさん睡眠をとるといったことである。もちろんひどい場合にはかぜ薬や病院で処方された薬を飲む。
 数年前に社会調査に関する授業で、昔の健康法について高齢者に聞き取り調査を行ったことがある。学生たちが手間をかけて持ち帰ってきた調査結果は、私や学生たちにとって興味深いものであった。
 風邪をひいた時には、ねぎを首に巻く、しょうが湯を飲む、おなかを下した時にはドクダミやゲンノショウコなどの薬草を煮詰めて飲む、つぶした梅干しにしょうがなどを入れた白湯(さゆ)を飲む、片栗(かたくり)粉をお湯で溶かして食べるなど。富山の薬売りの置き薬を飲むという回答も多かった。またお風呂は、銭湯や五右衛門風呂に多い人で3、4日に1回、平均的には1週間に1回程度であった(現在の私たちに耐えられるだろうか?)。聞き取り調査に協力していただいたのは70、80歳代の方々だったので、おおよそ60、70年前のことだろう。
 このような健康法は、若い学生たちにとってはもちろんのこと、アラフォーの私にとってもなじみが薄い。つまり私たちの社会では戦後の何十年かの間に、病気をした時の対処法、日々の健康法などといった、身体の管理法に大きな変化があったのであろう。
 テレビ、新聞、雑誌等ではたくさんの健康法や健康食品に関する情報を目にする。また薬局にいくと色とりどりの薬やサプリメントなどを目にする。このような状況を指して、人々は健康ブームに踊らされているとする見方もあるが、より根本的には、人間は自らの身体を試すこと、身体について知ることがとても好きなのだろうと思う。
 だが他方で、多くの健康情報や最先端の医学的知見を意味あるものとして理解できるだけの言葉を、私たちの社会は持ちえているだろうかとも思う。さまざまな日常的な健康法について、あるいは脳死、臓器移植、出生前診断などといった先端医療について私たちが言葉を持ちえないとき、つまりそれらがどういうものであるかということをある程度の納得感をもって理解できないとき、医療はよそよそしい存在となり、ぼんやりした不安を生み出す源になってしまうように思う。
(弘前学院大学専任講師 藤岡真之)

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授業の一コマから「ジェンダーの授業について」

2013/1/20 日曜日

 

 現在の勤務校では、ジェンダー関連の授業として、女性史を教えている。明治から戦前までの女性史に関する講義の後、数人のグループごとにテーマを選び、研究レポートを作成して発表することにしている。
 授業の中で触れるのは、女性史の内容としては一般的な事柄だが、それに関連して学生たちが関心を持つテーマは、さまざまである。たとえば幼児保育学科の学生は、「明治の子育てについて」、「平塚らいてうと与謝野晶子~母性保護論争のはじまり」のように子育てあるいは教育問題に関心を持つ傾向がある。看護学科の学生は、従軍看護婦や日本赤十字についてなど。また、結婚や装いなど、若い女子学生らしいテーマも出てくる。男子学生も受講しているが、今年度の学生たちは、女性解放運動とリンクして語られるイプセンの「人形の家」に着目した。
 最終発表は、なかなかの力作揃(ぞろ)いである。ここでは、身売りの問題についての発表を少し紹介する。授業内で説明した、マリアルーズ号事件に関連して、当時の身売り問題に関心をもったことが、このテーマを選んだきっかけだったようである。
 周知のように、マリアルーズ号事件とは、1872年にペルー船籍の船から中国人奴隷が逃げ出し、日本政府に保護を求めた事件である。この事件を裁く国際法廷の場に、ペルー側は遊女の年季証文をだし、日本でも人身売買をしていると批判したそのため当時の政府は娼妓(しょうぎ)の一斉解放を命じた。
 学生たちはこの事件を調べるうち、当時の日本では、必ずしも、「身売り=悪」という考え方ばかりではなかったことに注目する。さらにその背景や、身売り防止の運動などから、日本の公娼制度、人権意識の変化、政府による最低限度の生活保障など、さまざまな要素について理解して行く。最終的に、いろいろと調べた結果、明治時代の身売りについてどう感じたかを述べて、レポートは終わっている。
 一般に学生たちはまじめで授業中もメモをとりながら熱心に聴いている。しかし、こうした発表レポート形式を取ると、自分たちが興味を持ったテーマを追いかけることで、一方的に講義を聴くよりは、より積極的にさまざまな事柄を理解していく様子がわかる。
 大学でジェンダー関連の授業を担当するようになって7年が経過した。この間の変化として実感するのは、学生たちが男女の差別をあまり感じないまま育ってきているという事実である。男女共同参画が浸透してきているということかもしれない。それはそれで良いことなのだが、女性への差別とか抑圧があまり感じられない現状で、差別との闘いだった女性史をどう学ぶのか。教える側の見識と努力が問われるように感じている。
(青森中央短期大学教授 北原かな子)

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