日曜随想

 

「日本初の国民投票」21世紀の新憲法に向けて

2012/1/29 日曜日

 

 国民投票とは「民意」に決断を委ねることであり、いわば民主政治の劇薬である。近視眼的で、気まぐれで、無責任な「民意」が、はたして国家百年の大計を適切に判断できるのか。私見では、間違いなく派手に転び、社会の土台さえも動かすだろう。それでもなお、私は国民投票を早急に行うべきであると主張したい。
 私たちは国民投票をやったことがない。しかし他人(政治家)の失敗を百回観察するより、自分(国民投票)の一回の失敗から多くを学べるはずである。国民投票は、短期的には悲劇や喜劇をもたらすに違いないが、長期的には私たちの民主政治を一層成熟させるだろう。たとえ高い授業料を払おうとも、「国民投票」という必須の実習科目を修める必要があるように思う。
 本来の民主主義は、絶えざる自己犠牲と反省によって勝ち取られるべきものである。油断していれば、政治は常に「愚衆」に乗っ取られてしまう。愚衆は社会に求めるばかりで与えず、人を批判するばかりで反省しない。余談になるが、もともと東北大学で医者をめざしていた魯(ろ)迅(じん)も、母国の愚衆を見て、体を治すより頭を治す方が先決であることに気づき、『阿(あ)Q(きゅう)正(せい)伝(でん)』を著した。阿Qは惨めである。
 私たちの胸中に存在する愚衆的惰性と闘うこと、民主主義とはそうした克己の苦闘に基づく体制である。民主の二字は、一人一人の民が社会の主(あるじ)としての自覚と責任をもつという意味だ。単なる多数決主義は、少数派虐めの手続きにすぎず、それだけでは民主の名に値しない。
 さて、初めての国民投票で、いきなり憲法改正を俎(そ)上(じょう)に載せるのは無謀である。なぜならそこには、第九条(戦争放棄など)のみならず、諸々の多くの難問も含まれており、焦点を絞りにくいからである。
 焦点の明確な国民的関心事としては「原発」こそが、日本史上初の国民投票のテーマにうってつけであるように思う。もし原発の是非をめぐる投票を行えば、ほぼ確実に原発は廃止されるだろう。しかし廃止されて数年も経(た)てば、電力料金の上昇とそれに伴う経済の弱化によって、多くの国民は「参ったな」と思い始めるかもしれない。それで良かろう。こうした理想と現実のジレンマや右往左往は、民主主義の経常のコストである。
 早急に経験を積んだうえで、新たな時代にふさわしい憲法を、国民投票によって勝ち取ろう。それは天皇から与えられるのでもなければ、異邦人から与えられるのでもない。国民による国民のための憲法だ。私は日本初のこうした憲法を、21世紀を生きる将来世代への贈り物にしたいと願う。国民投票という劇薬は、わが国の閉塞を打開するための数少ない手段の1つである。
   (弘前学院大学講師 本郷亮)

∆ページの先頭へ

「石巻との絆」教え子たちから学んだもの

2012/1/22 日曜日

 

 20年以上前、石巻西高で教えた生徒たちはアラフォー世代。復興活動の中核である。その活躍ぶりをいくつか。K君は仕事の傍ら、「スコップ団」で毎週末活動している。普通のボランティアでは入れない避難区域にゲリラ的に集まって、泥を取り除き、被災した住居をきれいにする。震災から1年近い今でも、被災した時のまま、ほとんど手つかずの場所がまだたくさんあることを彼の話から知る。「スコップ団」は、参加者の自由意志による集まりである。現在では全国各地からのメンバーが2000人を超えるという。日本もまだ捨てたものではない。
 T君は寿司職人。彼のお店は地元でも有名だった。今回の津波で、店も自宅も被災した彼は、壊滅的被害を逆手に取って、石巻市内の商店街仲間と一緒に、「ZENKAI商店街」活動を始めた。「全壊から全開で商店街を全快させる」趣旨である。その発想とたくましさに、頭が下がる。畳屋を営むS君は、震災前も仕事の傍ら、地元の消防団に参加していた。震災直後から、消防団員としての彼に要請がきたのは、遺体を収容することだった。自らも被災していたのだが。この時の体験については、もの静かな彼が、さらに寡黙になる。今は、家屋再建に向かう人たちのために、朝から晩まで黙々と畳を作っている。
 声楽家のNさん。津波の中を泳いで助かった。音大卒業後、地元で音楽活動をしていた彼女は、年末、感謝の気持ちを込めて、コンサートを開いた。旧市内のホールは壊滅し、会場は商店街の一角だった。今の石巻の姿とともに音楽をしたいという、熱い気持ちを込めた歌声が響きわたった。おしゃれな雑貨店「ベリーズキッチン」を営んでいたNさん。秋の時点では、お店の継続を迷っていた。でも、先日の手紙で春の再開を伝えてくれた。待っているお客さんも多かったのだろう。再開を決意させたのは、それまでの彼女の生き方かもしれない。石巻を離れた教え子たちもそれぞれの位置で故郷への支援を続ける。中学校の壊れた楽器修復に協力する指揮者のT君。名取市図書館どんぐり子ども図書室オープンに協力したグラフィックデザイナーのS君。まだまだたくさんいる。瞬時に情報を共有できるIT社会だからこその活動も少なくない。
 それぞれの人生にドラマがあり、みないろんな思いを抱きつつ、がんばっている。どうしてこの子たちがこういう思いをしなければならないのかと思う一方で、高校時代からは想像もできなかった逞しさに感動の連続である。
 かくして今の私は、というと、教え子たちに影響され、遅まきながらフェイスブックを始めて、毎日フィードに出てくる彼らの活動から、刺激を受ける日々となっている。
(青森中央短期大学教授 北原かな子)

∆ページの先頭へ

「技術革新と雇用創出」「閉塞」した時代の中で

2012/1/15 日曜日

 

 2012年(平成24年)を迎えた。いつもなら「おめでとう」と言うべきところだが、今年はいささか違うようだ。私も素直にはそうした気分になれないでいる。最も大きな理由は「3・11」であろう。2万人近い死者・行方不明者を出し、大晦日(みそか)も行方不明者を探す大規模な捜査が行われたという。
 仮設住宅の生活がいかに厳しいものかも想像できる。時々、明るいニュースも伝えられるが、復興への取組は決定的に遅れている。「3・11」のみならず、これほどまで前途に展望を持てずに新年を迎えたのも珍しいのではないか。日本中にある種の「閉塞感」が漂っているのだ。旧聞に属するが、昨年11月の大阪市長選で橋下氏が勝利したのも、彼が「閉塞」状況を打ち破ってくれるとの期待からであっただろう。私自身は橋下氏の、敵をつくってこれを攻撃するという政治手法には一抹の不安を感じているが。
 ところで、人々が「閉塞感」を感じている最大の理由は、やはり将来への不安だろう。給与は下がる一方だし年金の支給も年齢の繰り上げや支給額の削減が噂される。必死に働いているにも拘(かかわ)らず一向に生活は楽になったという実感が持てない。それでも日本人は「自分よりもっと恵まれない人がいる」と我慢するのである。確かに年収300万円以下のワーキングプアが就労者の40%という現実がある。
 こうした状況の下で、エネルギー不足や急激な円高により企業の海外進出が増進しかねない。産業の空洞化である。円高を背景として企業が海外展開するのはグローバリゼーション社会にあっては止(や)むを得ない。しかし、産業の空洞化は雇用の空洞化を進めることになる。新卒者の就職が厳しくなっている時、これ以上雇用が減少することは防止しなければならない。その対策が急がれるのである。
 私の結論は技術革新とそれによる産業力の強化である。ハードであれソフトであれ、新しいモノをつくり新しい市場を開拓することだ。戦後の我が国は「アメリカに追いつき追い越せ」で産業を発展させたが、その中でも「長厚重大」から「軽薄短小」、先端技術革新と産業への応用を行ってきた。我が国の産業発展は技術革新・技術進歩とともに発展してきたのである。技術革新はハード面だけではない。生産方式や工程、経営の改善といったソフト面もある。日本人の「おもてなし」精神も大いに寄与しよう。こうしたハード、ソフト両面の技術革新をシステム化、パッケージ化することで市場を開拓するのだ。これにより、企業が海外展開しても重要な部分と役割は我が国でしかできないものとして残ってくる。そこに雇用を創り出すことは可能だ。その方向をしっかり示すことが政府の責任であるのは言うまでもない。
(青森大学学長 末永洋一)

∆ページの先頭へ

「今年の初夢」雪が金になったら

2012/1/8 日曜日

 

 2020年。マスコミ報道によると、弘前大学も弘前市も随分と世界的になったらしい。
 昨年、理工学部の某教授の研究グループが、雪を燃料として簡単に発電できるシステムを開発した。しかも相当な効率で発電できるという。平川市の会社が弘前大学と共同して特許を取得し、そこで開発した発電機が市販されたのがこの冬からである。おかげで、これまですっかりお荷物だった雪が突如「金のなる木」になってしまった。
 先日のドカ雪でも、「雪が降れば金になる」と、鍛冶町はまるで桜祭りのような賑わいだったそうな。
 聞けば、雪1トンが5万円で売り買いされているらしい。しかも、青森県に降るくらいの雪の温度がちょうどいい塩(あん)梅(ばい)なのだそうだ。
 昨日の新聞によると、あちこちで雪泥棒が現れ警察への電話が殺到しているらしい。ドカ雪で「これで明日の朝までには30万円」とほくそ笑んだ市民が、朝起きてみたら、庭と屋根の雪がきれいさっぱり盗まれていたという。あわてて警察に電話しても、その手の電話が殺到してなかなか実況見分には来てくれないらしい。それどころか、これまで盗まれなかった雪の被害であるから、法律的に窃盗扱いになるかどうかも定かではないらしい。
 世界のマスコミはこの話題でもちきりである。T電力や自動車のT会社をはじめ世界の企業から共同研究の申し込みで殺到しているという。あの世界的なIT産業のアメリカのM社のB社長もわざわざ弘前まで来て市長と面談したらしいが、市長は「どうせお願いに来るのなら日本語ぐらい勉強して来い!」と追い返したそうな。
 弘大は毎年国からの補助金が減らされ続けてきたが、その20倍もの外部資金を獲得できるようになった。学長は「5年後を目途に授業料をタダにする」と公言し、近隣の大学は受験生を奪われるのではと脅威を感じているとか。某大学の学長が「貧乏人に大金掴(つか)ませても使い道が分かるまい」とのたまったそうだ。地獄耳の弘大財務担当理事がそれを聞き「貧乏人はそちらの方だ」とすぐさま言い放ったらシュンとして一言も返せなかったそうな。
 来年度の弘前大学の入試の倍率・偏差値ともに全国一となり、医師も全国から青森県へと殺到している。青森県は、「医師確保対策室」を「医師選抜対策室」と名称変更した。
 国土交通省は、青森空港に対し、国内最大のハブ空港化構想をブチあげたが、そのためには滑走路が今の30倍必要だとか。「どうせなら大釈迦の山を平らにしてしまえ」と県会議員も知事と一緒になって息巻いているらしい。
 と、こんな初夢を見てしまった。はたして、今年はいい年になるものやら。
(弘前大学大学院教授 中路重之)

∆ページの先頭へ

Page: 1 ... 58 59 60 61 62

当サイトでは一部、Adobe Flash・PDFファイルを使用しております。閲覧にはAdobe Flash Player・Adobe Acrobat Readerが必要です。最新のプラグインはアドビ社のサイトより無料でダウンロード可能です。

  • Adobe Flash Player ダウンロードセンター
  • Adobe - Adobe Reader ダウンロード