日曜随想

 

「荷物をはこぶ」体のつかい方にみる文化

2017/4/2 日曜日

 

 引っ越しシーズンである。今でも引越しは大仕事だが昔に比べるといたれり尽くせりのサービスがあって、ずいぶん楽になったと思う。こんな荷物を運べるのかと心配になるようなものも業者さんは手際よくトラックに積み込んでいく。引越しのアルバイトをしている若者に聞いたら荷物の形や重さを見きわめて持つためのコツがあって、それを習得すると意外に無理なく運べるのだそうだ。そういえば学生の頃、寮から近くのアパートに引っ越すとき力自慢の友人たちが手伝ってくれたが、リヤカー一台分しかない荷物運びにひどく手間どった。力まかせではない荷物の扱い方があるのだろう。
 私の祖父母はあらゆるものを風呂敷に包んで持ち運んでいたが、重い荷物を持ち上げるときには、まず軽く荷物をゆすって「荷物の言うことを聞きながら頃合いをみはからって持ち上げると、荷物も(こちらの)言うことを聞いてくれる」と祖父は言ったものだ。引越しアルバイトの若者の言と通じるような気がする。
 荷物の運び方には文化によってもちがいがある。日本では手に持ったり背負ったりするのが一般的だが、頭の上に乗せて運ぶ技法も多くの文化でみられる。私がはじめて住み込んだアフリカの村では、女性はほぼすべての荷物を頭に乗せて運んでいた。当時の村では水汲みがひと苦労だった。毎日朝と夕方に、女性たちは片道600メートルの水場に出かける。私も、自分が使う分くらい運んでみようと、皆がやっているように20リットル入りのバケツを頭にのせようとしたら、「ああ!首が折れる!」と慌てて止められた。まずはこれを運んでごらん、と頭に乗せられたのは、水が半分しか入っていない5リットル入りの小さなバケツ・・。「いっぱい入れても大丈夫なのに!」と言いながら歩き出したら、とんでもありませんでした。一歩踏み出すたびに水面がくらんくらんとゆれて、水がバケツの縁からザバザバとこぼれる。意地を張って村まで歩き通したが着いたころには全身びしょぬれ、バケツの水は四分の一も残っていないあららこれは笑うしかないわと言って皆で大笑いした楽しい思い出がある。
 この失敗で知ったのは、荷物を頭に乗せて運ぶには、頭が揺れない歩き方の習得がセットになっていることである。なるほど、村の女性たちはいつもすっと上半身を伸ばし、モデルのように腰を揺らしながら歩く。逆に、荷物を背負う文化で育った私は、歩くときに頭が揺れる歩き方を身につけた。荷物を運ぶときの身体の使い方には、その人が暮らす地域や集団の文化が染み込んでいるものなのだ。ふだん持たない荷物を運ぶ機会が少し増えるこの時期、自分の身体の「くせに染み込んだ文化」をちょっと観察してみるのもおもしろいものである。
(弘前大学人文社会科学部教授 杉山祐子)

∆ページの先頭へ

「百年を迎える観桜会」見付かるかなぁ埋もれた歴史

2017/3/26 日曜日

 

 年度末ですし、光陰矢の如しと申しますが、「少年老い易く、学成り難し」という心持ちが強くなっております。
 幼少から不断の努力を重ねる生活じゃないが、明日があるさっと、先送りしてきたばかりでもありませぬ。つまりは、「明日ありと思う心の仇桜、夜半に嵐の吹かぬものかは」程度の緊張は、忘れずに持っていたはず。でもねぇ、最近では、知ることから新たな疑問が生まれ、その謎解きに四苦八苦しているのです。
 今年は弘前公園で観桜会が始まって、記念すべき百年を迎えるという話でも、一足飛びに最初の観桜会はどうだったんだろうとは考えない。花火大会と違い、自然の花を愛でるのは、植樹して直ぐにスタートって簡単なもんじゃぁない。花が咲き誇り、ある程度の見応えがなくっちゃ、お客は来ない。そこまでに多くの歴史があったろうと、つい考えちゃう。
 廃藩以降はお城といえども、殿様がいなくては、広大なただの廃墟でしょっ。こんな場所だから、新鮮な牛乳を提供しようと、旧城を牧場にしたいとの願いが出されたほど。また明治二十八年に公園として開放されても、みんなの懐具合に余裕がなかったので、のちに石垣が崩れて曳き屋した天守は、旧位置に戻す計画すらなかったってのが事実らしい。
 こんなお荷物気味だった旧城を整備する契機は、公園での招魂祭開催が定着し、新兵や家族が訪れて賑わいが生まれて、ついに大正天皇のお出掛けがなされたからだ、と思っているのです。
 最初の来園は、皇太子だった明治四十一年の東北行啓の一環で、東宮殿下には本丸から岩木山をご展望。やがて鷹揚園と名付けいただくなど、六年越しの行啓に、市民は宿願を果たした想いでしょ。
 この年の園内の桜は、六百八十八本という議事録がありますから、それなりに見ごろかな。四十三年には、文学的な表現ながら、「鷹城千株ノ櫻花」とか、追手門から園内に入ると、土手に桜が植え足されたとの記事も見受けられます。
 ほら、園内にどのように植樹され、生長したのか、もっと知りたいでしょっ。食害で全滅した相馬地区の上皇宮の桜の例もありますし南塘の土手通りには、松と桜が交互に植えられ、旧藩時代には保護されつつも姿を消し、のちに再植樹。
 つまりは自然が相手ですからいろいろご苦労が多かったはずなんですよねぇ。
 でも旧城を桜花の名所に仕立るという先人の努力は続き、本丸東側の桜が見事に咲き揃うとか、おぼろ月夜に、芸者衆の手を引いて夜桜見物を、という楽しみも明治末年までに成就しているのです。
 石油トーチの夜間照明、芸者衆の手踊りといった、艶やかな千秋公園の観桜会に刺激され、やがて始まる弘前観桜会。
 桜の名所、日本一だと誰が決めたか?まだまだ、知りたいことが多すぎます。
(元弘前図書館長 宮川慎一郎)

∆ページの先頭へ

「桃の節句は四月」子供の豊かな感受性

2017/3/19 日曜日

 

 桃の節句といえば、一般的に三月のひな祭りをさすが、津軽では当然ながら桃がまだ咲いていない。東北の春は一度に花がほころび、そのうれしさもいや増すものだ。桃は咲かないけれど、ひな祭りは三月にすることに、驚きを覚えている。というのも、私の故郷ではひな祭り桃の節句は四月だからだ。三月では寒いからと言われていた。ひな人形を早くから出しておく分には問題がないので、三月から飾るが、お祝いをするのも、しまうのも四月が当たり前だと思っていた。子供の世界とは、そうした小さなものなのだろう。
 一方で、大人より豊かな世界も持っている。うちの子供が小さい頃、東京の高層住宅に住む姉のことを説明するのに、「お家に二階があるでしょう、そんなふうにもっと上に三階、四階って高くなっていって、十一階って高いところのお家に住んでいるんだよ。」と言ったところ、「じゃあ、まあこちゃん(姉の名)はお家の上に住んでるの?」ときかれたことがある。説明の仕方がまずかったのだが、子供の想像力の豊かさに、心から驚かされた記憶が鮮明に残っている。
 考えてみると、そうした子供の発想力や理解力は、未来を創っていく原動力なのだと、いまさらながら大切に思われる。
 青森の地域方言に向き合って早二十二年。近年は現場の先生方と協力し、子供達に方言と共通語について考える授業を提供している。その中で、「方言なんてなくていいんじゃない?通じないと不便だし、共通語だけでいいんじゃないかな?今日から方言禁止にしますっていうの、どうかな?」という先生の質問に、「だめ」、「嫌だ」と首を大きく振って全身で意思表示する子供達に出会った。「だって、ずっと前から伝わってきたものが、なくなったら困るから」とか、「自分たちが使わないと伝わっていかないから」など、まとまった意見もあったが、とにかく方言がなくなっては嫌だ・だめだと思っているということは、痛いほど伝わってきた。この気持ちがあるかぎり、豊かな文化として方言は残っていく意味を持っているだろう。しかし、文化財として(ある意味お人形のように)飾っておいては、伝えていけないのも事実である。子供の豊かな感受性は、地域の生活に根ざしたものであってほしい。
 新しい学習指導要領では、私たちが震災以来取り組んできた東北での方言の教育に関する取り組みが評価された。地域の文化に裏付けされた足腰の強い大人を育てるために、これからの時代を生きる子供達に何を残し、受け継いでいってもらうのか問われている。
 さあ、春だ。卒業式だ入学式だ、旅立ちだ。巣立っていく皆に幸多かれ。
(弘前学院大学文学部教授 今村かほる)

∆ページの先頭へ

「創業か、守成か」復活、京都老舗パン屋進々堂

2017/3/12 日曜日

 

 京都市に欧米人で一日中ごった返すベーカリーレストランがある。それは京都の老舗、進々堂三条河原町店(続木創社長)である。足しげく通う多くの常連たちのお目当てはクロワッサン。食べると自国を思い出すという。実は京都にはパン屋が多い。パンの消費量は「全国1位」。京都がいち早くパンを日常生活に取り入れたのは明治・大正のころ。そんな気風の中で創業者は本物のパンを目指して、今から100年も前に日本人のパン屋として初めてフランスに渡り堅焼きのバゲットを京都に持ち帰った。続木氏は四代目。本物のパンへのこだわりは筋金入りである。さて現在、進々堂は京都市内に12店舗の直営店と有名高級ホテルなどのパン委託製造販売を手掛けている。年商25億円。よくある老舗のサクセスストーリーに聞こえるが、その道のりは決して平たんなものではなかった。
 21世紀に入ると、多くの中小ローカルパンメーカーはコンビニ、スーパー攻勢によって倒産に追い込まれた。進々堂も例外ではない。大手商社に実質的な経営権を委ね17年間の出向社長による統治が続いた。それでも黒字化のめどが立たない進々堂を大手パンメーカーの傘下に入れることで存続を図ろうとした商社に対し続木氏は交渉を重ね、結果として工場と直営8店舗の資産と営業権を商社から買い戻すことに成功したのだ。これは商社が一度子会社としてグループ傘下に置いた会社を、再び創業家に返還した稀なケースであり、業界は大いなる驚きをもって注目した。
 続木氏を高校時代から知っている筆者が思うに、工場での修業時代、続木氏はいつも、ひたむきに、そして一生懸命に仕事に取り組んだに違いない。その時書いた報告ノートに接すると、今なお戒められ、迷いから救ってもらえるという。びっしり書かれたノートから推察できるが、修業時代はもちろん、商社統治の時代にも真摯に仕事に向かう四代目の姿にきっと周囲も心打たれ、それがこの大政奉還に結びついたのだと筆者は見る。
 2001年、続木氏が新社長となり新生進々堂がスタートした。目指すは原点回帰。毎年社員をフランスに派遣するなど本場フランスを凌ぐパン製造を目指し努力を続ける。2006年にはフランス産小麦を使ったバゲットコンクールで進々堂の「レトロバゲット1924」が日本中の有名シェフが出品した330本のバゲットの中、準グランプリを受賞した。今日進々堂のパンは、味にうるさい京都の消費者から高い評価を得て好調な業績を重ね、現在生産能力増強のため新工場の建設計画を進めている。
 創業は易く守成は難し、と言われるが二世、三世経営者には千金に値する学びがここにある。
(弘前医療福祉大学短期大学部教授 牛田泰正)

∆ページの先頭へ

「貧困・幸福・危機」数値が語る現代の問題

2017/3/5 日曜日

 

 最近、気になる数値が相次いで発表された。「世界の富豪トップ8人の資産、貧困層36億人分」「世界幸福度ランキング」そして「終末時計」である。
 「世界の富豪の資産」は、国際NGOオックスファムが発表したものであり、アメリカ人6人、メキシコ人1人、スペイン人1人、計8人の大富豪が所有する資産総額は4260億ドル(約48兆7千億円)に上り世界人口73億5千万人が所有する全資産の半分、経済的に恵まれない下位50%に当たる36億7500万人の資産額に相当するというものだ。ビル・ゲーツ氏M・ザッカーバーク氏J・ベゾス氏など、インターネット関係者が名を連ねており、世界のグローバリゼーション化の結果であろう。オックスファムは貧富の格差拡大は社会の分断を招き、貧困撲滅の取り組みを後退させるとして政府や大企業に「人道的な経済」の確立を求めるのは当然だろうが一方で経済成長の促進により世界の貧困層の状況は年々改善しているとの報告もあり、大富豪を単純に批判的に扱うのも間違いなのかも知れない。しかしユニセフが「彼らには時間がありません」と訴えるように貧困に喘ぎ明日をも知れない幼児も依然として多数存在しているのは確かな事実だ。
 同じように、考えさせられたのが「世界幸福度ランキング」である。この調査は過去3年間の平均を割り出して毎年公表されており、今回は2013~15年の平均値となる。評価対象となる指標は、国民一人当たりGDP、社会保障、健康寿命、人生選択の自由度、寛容度、汚職度、政治的自由度などで、約160ケ国・地域が調査対象で、上位は常に先進国や北欧諸国が占めており、わが国はほぼ毎年、中クラスで、今年は47位だった。
ちなみに、「幸福度」と言えば、6年ほど前、一部マスコミがブータンを「世界一幸せな国」として紹介したことがあったが、この調査では80位程度にある。先に上げた指標のみで幸福度を図ることは難しいのは当然である。しかし、一定程度の客観性も有しており、どの分野がランクを引き下げているのかを謙虚に反省することも必要だろう。
 「終末時計」は良く知られているように、世界的に著名な科学者が、人類による地球破滅までの残り時間を比喩的に示すものだ。その時計が今年初めに30秒進められ、残り2分30秒となり、過去最悪であった1953年の2分前に次ぐ危機的な状況となったのだ。1953年は米国が前年に水爆実験を行った結果だが、今回は北朝鮮の核実験地球温暖化不安定な国際情勢などとともに、トランプ政権の誕生が要因として上げられた。北朝鮮はさらに核実験を行う構えを見せ、米環境庁長官には温暖化「人為説」否定論者が就任した。来年はさらに時計の針が進むことになるのか気がかりである。
(青森大学名誉教授 末永洋一)

∆ページの先頭へ

Page: 1 2 3 4 5 6 7 8 9 ... 59

当サイトでは一部、Adobe Flash・PDFファイルを使用しております。閲覧にはAdobe Flash Player・Adobe Acrobat Readerが必要です。最新のプラグインはアドビ社のサイトより無料でダウンロード可能です。

  • Adobe Flash Player ダウンロードセンター
  • Adobe - Adobe Reader ダウンロード