日曜随想

 

「断捨離できない」価値のないものあるもの

2019/1/27 日曜日

 

 子どもが小さい頃、「○○って何?」とか、「○○って、どうして?」とよく聞かれた。その当時は、仕事と子育ての両立に必死で、なかなか子どもの質問を楽しむ余裕がなかったが、今になっては、そうしたひと言ずつが宝物だったと思える。
 そうした思い出も心に残っているが、実際に物が取ってあるという思い出も多い。初めて切った子ども髪の毛、初めて履いた靴、初めて描いてくれた親の顔の絵などなど、数えればきりがない。お雛様などはトイレットペーパーの芯でできたものから紙粘土のもの、折り紙のものなど複数あって、毎年、飾っている。
 思い出は心の中にあるし、どうしても取っておきたかったら写真に撮っておけばいいのかもしれない。しかし、それでもなかなか捨てられない。逆に今、世の中は断捨離ブームだ。「断捨離」は2009年にやましたひでこ氏が著した『新・片づけ術「断捨離」』(マガジンハウス刊)で示された、モノへの執着を捨て不要なモノを減らすことで生活の質の向上や心の平穏などを得ようとする考え方だ。執着するものがなかったら、確かに楽なのだろう。その点で「就活」ならぬ人生の最後を準備・整理する「終活」という考え方も広まってきている中、子どものものを捨てることに罪悪感や痛みすら感じて捨てられない自分がいる。子離れしていない親なのではないかと、落ち込むこともある。場所を取るので結局自分のものを捨てることになっている。
 しかしだ、実は他人から見れば何の価値もないもののように思えるものを、ものすごい価値のように感じて蒐集する人がいる。私の周りにも、趣味の領域を越え、第二の研究のようになっている研究者もいる。例えば高名な日本語史の研究者が集めた箸袋、使用済み切符などの例だ。同じ路線、同じ駅の切符であっても、ひとつとして同じではないのだそうだ。それをまとめた書籍も作ったほどだから尊敬する。
 それとは比べ物にならないが、自分のものを捨ててでも子どものものを残したい私の価値観が役に立ったこともある。私の研究する方言や社会とことばについて考える社会言語学について、実は子どもの質問に答えるところから着想したことも多い。日本に方言っていくつあるの? なんて質問の答えは、教科書には書いていない。子どもの無限の想像力、恐るべしだ。そこではたと考えた。では、教科書に方言って、これまでどんなものだと書いてきたのか、また、どういうものだと書いてほしいのだろう? それを調べるために教科書研究を始めた。しかし、全ての教科書を集めた図書館はないことがすぐにわかった。捨てられるものにこそ真実が隠されていたのにもったいない。
(弘前学院大学文学部教授 今村かほる)

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「タムラファーム」世界が認める日本のシードル

2019/1/20 日曜日

 

 きっかけは前職での商談中の一言であった。〝長野のリンゴのほうがおいしい〟と。収穫の時期、熟度の違いが味の違いの要因と考えられるが、この言葉が癇に障り、〝よし、いっちょ自分で日本一おいしいリンゴを作ってみせる〟と思い起業した。タムラファーム代表取締役田村昌司、30歳の時である。いきなり3ヘクタールからのスタートであった。借金をして自分を追い込んだ。田村氏はこれを自然体という。取材中何度か自然体という言葉を口にした。そして次に述べる商品作りにまでこの思いは通じている。
 田村氏が大切にしていることは、リンゴの持つ自然な力を導き出すこと。自社農園では、土作りに力を入れており、肥料は天然ミネラル豊富な自家特製有機質肥料。更に、採光空間を限りなく贅沢にとるなど、リンゴに日光が十分当たるよう、木と木の間隔を広くとって植えている。そして最大のこだわりは、完熟する一歩手前の段階まで収穫しないこと。こうすることで果肉が緻密で糖度の高いリンゴができ、そのこだわりが認められた結果が、数々の受賞に繋がった。シードル分野では、国際コンクールでポムドール賞(最高賞)を2度連続受賞、日本のシードルが初めて世界に認められた。また、紅玉をふんだんに使用したアップルパイは、各メディアで取り上げられ、日経新聞におけるアップルパイランキングでベストテンに選ばれている。まさに自然な力がなした業と言えるだろう。
 さて、この会社の凄いと思われる特徴はリンゴ作りから、加工食品の製造、そして販売まで自社で完結していること。これにはここまで成功に導いた社長の粘り強い性格が一因する。起業3年目の1991年、いわゆる「りんご台風」で、収穫前にほぼ全て落果した。ようやく売れる体制ができた時だった。田村氏はこのとき嘆くことはせず、「ピンチはチャンス!」と思い、いち早く加工品ルートを確保。落ちたリンゴをジュースにして販売した。このことで何とか生計がたてられた。今でこそ生産から加工、販売することを、6次産業というが、実際の話は、必死に生活していくための手段であった。これも自然体ということか。
 アップルパイの話であるが、リンゴの酸味と自然の甘味を味わっていただきたいという思いからシナモンを使わず、着色料も使わず、しっかりした歯ごたえを残し、香りとジューシーな食感を最大限に引き出したという。ここにおいても自然体。素材そのものの味わいを前面に出している。2013年に発売。そして前述のベストテンに選ばれた。取材最後に6次化での成功の秘訣は、と聞くと、「人との出会いを大切にして、築いた信頼、そして消費者を裏切らないこと」取材の最後に社長はきっぱりと結ばれた。
(弘前医療福祉大学短期大学部教授 牛田泰正)

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「住民参加で対策を」灯油問題からみえるもの

2019/1/13 日曜日

 

 昨年11月下旬、東北経産局主催の灯油問題懇談会があった。消費者と供給側が意見交換するもので、私も「学識経験者」という立場で参加している。会の中心課題は、可能な限り安価で安定的に灯油を消費者に供給できるかであるが、この時点では、原油価格が高止まりで、灯油価格も高い水準にあったので、消費者は大変懸念していた。もっとも、その後、米中「貿易摩擦」に端を発した世界経済の先行き不安などで原油需要が減少し、随分と安くなっているのは確かである。
 こうした課題とともに議論されたのが供給体制である。灯油を購買する場所でもあるサービスステーション(SS)の数が全国的に減少し、「SS過疎」(1自治体にSSが3カ所以下しかない状態)が深刻化しているため、ガソリンや灯油の供給が懸念されているのだ。資源エネルギー庁は昨年11月、大規模災害時の製油所機能の維持や、給油所(SS)が非常時でも給油を継続できる体制の整備などを急ぐことにしたが、平時でも、石油製品の供給が容易ではない事態が顕在化していると言えよう。
 SSの減少(SS過疎の進行)は、少子高齢化と自動車の燃費向上などの構造的要因と、商品の差別化が困難で価格競争が激化し、収益率が低下していることが要因で、1994年度には6千余あったSSが、2017年度にはほぼ半数にまで減少し、今後はさらに減少していくことは必至の状況だ。灯油などを扱う揮発油販売業者数も同様な傾向にある。
 こうした中で、ガソリンや灯油を消費者に日常的に確実に届けるためのいくつかの方策が提案されている。一つは、過疎地は都市部に比べ人口や家屋の密度が低いことから、安全水準を都市部より低くすることで設備コストを下げ、収益性を向上させるというもの、二つ目は、IT技術を積極的に活用し、人手不足を克服するとともに業務の効率化を実現しようというもの、三つ目は、SSを「地域のサービス拠点・総合エネルギー拠点」として再編する計画で、LPガス・スタンド、自動車整備場、簡易郵便局や宅配ボックスの設置、地域の物産販売・観光サービス提供の場など、日常生活に関わる物販とサービスを総合的に行うとともに、災害時の拠点化も図るものである。また、これとは別に、タンクローリー車を派遣して給油する「どこでもスタンド」の実証実験も一部地域で開始された。
 これらは依然として構想や実証実験の段階に過ぎない。しかし、SS過疎が我々の日常生活を脅かす懸念がある時、我々は予め何らかの方策を講じておく必要があろう。その際、自治体、地域住民、供給業者などが課題解決のための協議体を構成し、地域の実情に適した方策を可能なところから実践していくことが求められているのは言うまでもなかろう。
(青森大学名誉教授 末永洋一)

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「りんご娘」20年目のご当地アイドル

2019/1/6 日曜日

 

 2019年の初頭に当たり、ぜひ話題に挙げておきたいのは、ご当地アイドルグループ「りんご娘」だ。今年で結成から20年目を迎えるそうで、いまや青森県での認知度はほぼ100%だという。
 2000年にボランティアで始まった弘前アクターズスクールプロジェクトから誕生。同年、2人のメンバーによるシングル曲をリリースし、これまでに19枚のシングルを世に出した。まもなく3枚目のアルバムがリリース予定である。県内での活躍はもとより、近年は全国メディアに登場する機会も増えている。
 20歳前後のメンバーの顔ぶれをみると分かるとおり、りんご娘は世代交代を重ねて、そのグループ名と楽曲が受け継がれてきたものだ。スポーツのクラブチームのようでもあり、後継を担う世代の「アルプスおとめ」などのグループのメンバーも控えている。
 全国ではこの20年ほどで、1000組を超えるご当地アイドルグループが誕生したとされるが、そのほとんどはメンバーの入れ替えなどを経たとしても、短期間で解散あるいは活動を休止している。こうしたなかりんご娘は、あのAKB48をも凌ぐ、息の長い活動を続けている。全国のご当地アイドルグループのなかでは、まさにトップランナーなのだ。
 中央に進出し、メジャーでヒットすれば、莫大な利益と名声がもたらされるアイドルの世界。そうしたなかで、あえて地元への強いこだわりを貫いてきたリンゴミュージックの代表・樋川新一さんらの慧眼があってこその20年。まさに大切に手をかけ育てられるリンゴのように、メンバーたちは才能を開花させてきた。もちろん活動の継続を後押ししてきたのは多くのファンや協力者に他ならない。しかもそれは、中央でのアイドル展開の縮小版とは異なる、経済の論理だけでは語り尽くせない、街の底力に支えられてきたものとも思える。それゆえに簡単に真似のできるものではないのだ。
 音楽性についての論評は、他に機会を譲るが、もはや当初より掲げる農業活性化アイドルに留まらず、地域全体を元気づける役割をも担っていることは間違いない。無料動画サイトで見られるりんご娘のミュージックビデオは、街をアピールする格好の素材である。と同時に、地元の人たちにこそ見て欲しいもの。さらに弘前を離れて暮らす人にもぜひ薦めて欲しいのだ。洗練された楽曲やダンスが展開する舞台は、街並みや桜の美しい情景。。それはいろいろな世代の人たちに対して、率直にこの街の魅力を訴えかけてくれる。長年の経験やノウハウの蓄積が生んだ集大成ともいえるクオリティーだ。
 今年は初の全国ツアーもあるそうで、20年目のりんご娘に注目し、ますますの活躍を願っている。
(オフィス「オリゾンテ」代表 田村昌弘)

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「日本アニメ百年(11)」テレビアニメの台頭(4)

2018/12/30 日曜日

 

 今回は、三つのスタジオをご紹介します。まず1980年代初頭、関西で当時学生だった数人の仲間が、あるイベントのオープニングアニメを制作したことから、そのままアニメの制作を続けることになりました。その後、プロになることを決めたことから、最初の企画を制作することになります。それは劇場用長編アニメ「王立宇宙軍 オネアミスの翼」87年公開です。このアニメの制作のために制作会社として「ガイナックス」というスタジオを設立します。出資はバンダイに頼んだようです。このアニメの完成と同時にガイナックスは解散するはずでしたが、諸般の事情で継続することとなり、その後、1990年放送開始のTVアニメ「ふしぎの海のナディア」をグループ・タック、世映動画と共同制作して大ヒットさせます。
 力をつけたガイナックスは、次に社会現象にまでなったTVアニメの「新世紀エヴァンゲリオン」を竜の子プロダクションと共同制作します。この95年放送開始のTVアニメはご存じの方も多いでしょう。各種メディアに登場しました。難解な内容だったので科学的考察を含めて解説するための書籍まで出版されました。後に劇場版も制作され、主題曲の「残酷な天使のテーゼ」は今でもカラオケで歌い継がれています。
 その後のガイナックスは2015年頃まで盛んにアニメの制作に関わりますが、最近では目立った活動はありません。金銭的なトラブルもあったようです。07年には新世紀エヴァンゲリオンの監督であった庵野秀明が退社し、自身のスタジオ「カラー」を設立します。この後、庵野はTVアニメのリメイクとして完全劇場用アニメの「ヱヴァンゲリヲン新劇場版‥序」を制作し、さらにその後2作の続編を作ります。これらも大ヒットしました。実写映画の「シン・ゴジラ」も制作しています。これからますます活躍が期待されます。
 ここで少しさかのぼって1992年にガイナックスから数人が退社し、新しいスタジオが誕生しました。「株式会社GONZO」です。98年にはフルデジタルアニメである「青の6号」を制作し、大変な評判となります。新しい表現の3次元表現と2次元表現の融合を行って制作されました非常に先進的な表現でした
 GONZOはこの後、「HELLSING」や「フルメタル・パニック!」「カレイドスター」「巌窟王」「アフロサムライ」などの制作を行います。特に2011年の「ラストエグザイルー銀翼のファム」などは3次元と2次元の融合表現がかなり洗練されています。しかし、現在ではこのGONZOも社員が次々と独立して一部の制作人員が残っている縮小状態です。是非復活を期待したいところです。以下、次回に続く
(弘前大学教育学部教授 石川善朗)

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