日曜随想

 

「気ままな旅」盛岡・原敬記念館を再訪する

2018/9/30 日曜日

 

 9月半ばをすぎた日曜の朝、久しぶりに大鰐ICから東北自動車道に入り、盛岡へ向かった。盛岡は何度行っても飽きない、不思議な魅力をもつ街である。
 その魅力を因数分解すると、次の5項目にまとめることができる。「日帰りできる適度な距離と時間」「お土産豊富なサービスエリア」「変化と起伏に富む車窓の風景」「整備された歴史・文化遺産(施設)とアクセスの利便性」「ご当地グルメが気軽に味わえる鉄板の食文化」。
 このうち、旅の共通項として、私は「歴史・文化遺産(施設)」の項目を必ず取り入れている。しかも、興味、関心が向く対象にだけ、限られた時間と意識を集中的に注ぎ込む。それが自分に思わぬ気付きや発見、躍動感をもたらすからだ。
 今回の盛岡行きは、原敬記念館を再訪し、原敬という人物を知るためである。今や幕末に生まれ、疾風怒濤(しっぷうどとう)の明治、大正時代を生き抜いた、平民宰相・原敬の生涯や功績を知る人は数少ない。歴史教科書、書籍等から窺い知ることも限られている。まして原のものの見方や考え方、生き方の真実は知る由もない。
 対して、世の中はフェイクニュース(虚偽発言)が飛び交い、混沌(こんとん)としている。何を信じてよいかわからぬ状況である。平成の世が終わりに近づく今こそ、原敬の真実の姿に心底学びたくなった。
 盛岡ICから車で約15分も走ると、原敬記念館(盛岡市本宮4丁目)に着く。正門に続く通路を真っ直ぐ進むと左手に生家、右手に記念館が見えてくる。まず生家(当時の5分の1程度)にあがる。続いて庭、池、東屋を巡る。程なく記念館の玄関が現れる。玄関の右横に建つ碑(岩手山をイメージした自然石)は、原が座右の銘にした「宝積(ほうじゃく)」の自筆文字が刻まれ、威風堂々の様相を呈する。
 碑文によれば、「宝積」には「人に尽くして見返りを求めない」「人を守りて己を守らず」の意味があるという。原の信念や行動にブレがなかったのは、「宝積」を己の生き方(実践)の指針にしていたからであろう。館内の4つのコーナー(「若き日の原敬」「官僚時代」「新聞界から総理」「原敬の遺品」)に展示されている、ゆかりの資料がどれもみな「宝積」に帰着するのが、その証左である。
 若き日の不如意な暮らし、苦学、流転の経験(辛酸)が原の類い希な人間性と才幹を磨き、総理大臣まで上り詰める原動力になったのは間違いない。藩閥と無縁の政党内閣を組織し高等教育機関の整備、選挙法改正等に尽力した原だが、現実的な政治姿勢や政党運営はジャーナリズムに批判されることが多かったという。時代の空気が許さなかったのだろう。
 原は一人の青年の凶行により、志半ばで突然亡くなった。理と情を調和させ、「宝積」の生き方を実践し続けた、平民宰相・原敬により一層畏敬の念を抱く。
(東北女子大学家政学部教授 船水周)

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「心のこもった言葉」お尻痛くなったべ?

2018/9/23 日曜日

 

 この夏、足を骨折して不自由で辛い生活を送っている。何が不自由かと言えば、とにかく普通にできていたことができなくなったことである。歩くことはもちろんだが、立ったり座ったりも簡単にはできないので、トイレに行くことさえもなるべくしないようにしたいと考えるほどだ。しかし、仕事はなかなか休めないので、痛いながら出勤したところ、学生たちの反応が様々で面白かった。「先生、何しちゃったの?」と大笑いする学生、ちょっと離れて立ち止まる学生、見ないふりをする学生、「大丈夫ですか?」と心配してくれる学生、何も言わずに車椅子を押してくれる学生、人それぞれに感じるところがあるのだろう。
 その中で、いかにも若者だと感じたのは、「先生、どうしたらいいかわからないから、何すればいいか言って」と言われたことだった。そう、経験しなければわからないことはたくさんあり、彼らにとって、助けようという気持ちはあっても、何をどうすればいいのかわからないから、具体的に教えてくれたらそれをしたいという、率直な気持ちだ。そこで、私は迷惑をかけるからという考えを捨て、なるべく「ちょっと助けてくれるかな?」と学生に声をかけることにした。
 ちょっと手助けしてもらうだけで、かなりできることに広がりができるものだ。例えば、車椅子や松葉杖では手前に引くドアを開けることや、ほんの少しの段差を越えることも難しい。こうしたお願いをしたことで、移動できるようになった。ドアを開ける、それだけのことだが、大きな助けになるのだ。目の前に助けを必要とする人がいて、それを自分と関係ないことのように片付けるような若者にはなってほしくない。
 そうした生活の中で、病院で学生と違い、さすがプロと思える出来事があった。整形外科がいつでも・どこの病院でも混んでいることはみなさん、よくご承知だろう。2時間待ちもざらだ。待ちくたびれて辟易としている高齢の患者さんに、その病院の看護師長さんが「お尻痛くなったベ? どこの病院さ行けばいいべな?」と声をかけたのだ。その場の空気がぱっと変わった。長く待たせている患者さんを心配し、かつユーモアたっぷりに気遣う様子に、周りの人たちも同じように看護師長さんの労りを感じた。たったひとことの声かけだが、心のこもったその言葉は、人を癒やす大きな力となった。
 津軽には、こどばなさけ(言葉情け)という言い方があるということを、『病む人の津軽ことば』の中で横浜礼子氏が紹介しているが、まさにそのことばによるケアだ。これは人間にしかできないケアなのだろうと感じた。若者がここまでになるにはまだまだ経験が必要だ!
(弘前学院大学文学部教授 今村かほる)

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「脳は不思議」「ボーッとすること」のすすめ

2018/9/16 日曜日

 

 「何ボーッとしているんだ」「ボーッとしてないで、さっさと仕事(勉強)しなさい」子どもや家族に対して、あるいは職場の同僚に対して、あなたも一度は言ったことがある言葉だと思います。「ボーッとしている」という言葉からは、ネガティブでやる気がないイメージを受けますが、はたしてそうなのでしょうか。今回は「ボーッとすること」について考えてみましょう。 
 医学や脳科学の進歩により、脳の働きについても、いろいろなことがわかってきました。ワシントン大学医学部のレイクル教授らの研究では、何か考えたり、仕事をしたりしているときと、ボーッとしているときの脳の働きを比較すると、ボーッとしている時の方が、記憶に関する部位や価値判断に関する部位が活発に働いていたという結果が出ています。
 脳血流シンチグラフィという検査では、脳のどこにたくさん血液が流れていて、どんな機能を司る部位が活発に働いているかがわかるそうです。そのため、多くの研究者が、大量のデータから脳の働きについて研究をしています。中には、意識的に活動しているときに比べて、ボーッとしているときの方が、脳は15倍も多くのエネルギーを使っているという報告もありました。でも、血液には限りがありますから、血流の総量は、何かしているときも、何もしていないときも、大きく変わることはありません。何かしているときは、そのために必要な部位に血流が集中して活発に働き、他の部位の働きは逆に鈍くなっている可能性があります。ご飯を食べた後、胃のあたりに血流が集中するので、眠くなってしまうのと同じです。
 ボーッとしているということは、脳のいたるところに満遍なく血流がいきわたり、普段あまり使ってない部分も働いているということです。ですから、ボーッとしているときに、「あっ、気が付いちゃった」「そういう手があったか」「これおもしろそう」というように、急にひらめいたりするわけです。そういえば、ビジネスマンの研修に、座禅や瞑想などのプログラムが組み込まれているのも、無になって、脳を元気にするためなのかもしれませんね。
 脳は不思議がいっぱいです。脳科学者によれば、そのほとんどが、まだ良くわかっていないとも言われています。科学でいろいろなことがわかってくると、今までのあたりまえが、覆ってしまうこともあるかもしれません。
 あなたも時々ボーッとする時間を作って、普段あまり使われていない脳の部分を元気にしてみませんか。子どもがボーッとしていたら、たまには見て見ぬふりをしてあげましょう。ちなみに、ボーッとすることは、寝ることではないので、ご注意ください。
 (弘前医療福祉大学教授 小玉有子)

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「民主主義の行方は?」フンセン氏と独裁政治

2018/9/9 日曜日

 8年ほど前、アンコールワットなどに代表されるクメール文化に触れるためにカンボジアに行った。クメール文化の荘厳さと威厳に圧倒される一方で、内戦などで破壊された遺跡も時々目にし、道端で民族楽器を奏でている人々―これらの多くは内戦で手足を失ったり、傷ついた人々であるが―が喜捨を願っている姿や、多くの裸足の子供が物売りをしている姿も時々見受けられた。だからこそ、平和を取り戻した今こそ、カンボジアが自由で民主的な国家として発展することを強く願ったものである。
 爾来8年余、カンボジアの経済的発展は目覚ましく、大きく様変わりしたようである。しかし、昨今のカンボジアを見ていると、経済発展とは裏腹に、自由や人権を基盤とする民主主義的な国家づくりが後退しているように思われてならない。特に7月末に実施された下院総選挙をみていると、そうした思いは一層強くなってしまう。
 当初から予想されたように、フンセン首相が率いる与党が全議席を独占した。上院も与党で占められていることで、事実上の「一党独裁」であり、フンセン「独裁」を完成させたのである。前回選挙では与党が大幅に議席を減らす一方で、野党が大きく前進し、地方選挙でも野党が勢力を伸長させた。野党の躍進は、フンセン氏による30年余の長期政権と、これに伴う利権集中や汚職蔓延などに対する批判だった。権力維持を図るフンセン氏は最大野党党首を逮捕するなど、野党を徹底的に弾圧し解党に追い込み、メディアへの弾圧も強化した。こうした状況下での選挙結果は明らかだったのである。
 こうして、「独裁」を完成させたフンセン氏であるが、氏はかって、あの恐怖政治を行ったポルポト政権に嫌気を差し、これを打倒する戦いに加わり、内戦終了後にはインドシナ和平に重要な役割を果たし、その後も副首相や首相としてカンボジアの平和と発展に尽力してきた人物でもある。このフンセン氏を「独裁者」へ「変貌」させたのは、権力への執着心・拘りであり、「中国マネー」であろう。権力への執着心は、政治世界では時々みられるもので、特に途上国などに多くみられる。その上で、民主主義や人権などを主張することなく、金をばらまいてくれる経済大国中国を後ろ盾にすれば「独裁」は完成するだろう。
 カンボジアに限らず、途上国ではしばしば「中国マネー」に席捲され、時として「独裁」色の強い政治家が権力を握っている状況が見受けられる。かつて、インドネシアやフィリピンでも「独裁」政治が行われたが、民主主義を求める民衆により打倒された。世界の世論は、民主主義を求める人とともに、民主主義と人権の擁護を常に発信し続けなければならいのは言うまでもない。
(青森大学名誉教授 末永洋一)

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「旅と写真」SNS時代のおもてなし

2018/9/2 日曜日

 

 「綺麗(きれい)だなぁ」、つい先日のこと、フェイスブックに掲載された弘前ねぷたの写真を見て、思わずそう呟(つぶや)いた。久々ねぷた時期の弘前に行ってみたいな、と私に思わせたのは、スマホの画面に映し出された数枚の写真だった。SNSの投稿に添えられる小さな写真が旅へと誘うきっかけになる時代なのだ。
 それにしても、近頃のスマホのカメラはよく撮れる。より正確にいえば、驚くほど綺麗な画像を「創り出す」。決してこれは写真に嘘があるという意味ではない。カメラの内部では、デジタル技術が働き、従来の写真表現の枠をはるかに越えたものを瞬時に作り、すぐに見せてくれる、ということだ。
 「写真を撮る」という行為は、ずいぶん様変わりした。携帯電話が全盛の頃、「写メ」が流行し、普通の人たちが日常を写真に撮るようになった。しかし、当時まだカメラ機能はおまけ程度のものだったが、スマホが登場し普及していくなかで状況が変わった。スマホに搭載されるカメラは、使い手が意識せずとも「記録」と「表現」その双方に足る高性能のものになった。しかもSNSなどへの情報発信ができ、さらにアプリを更新することで新機能が加わり、写真の仕上がりまで劇的に変わるほどだ。「インスタ映え」の語源となった「インスタグラム」もそうした革新的なアプリなのだ。さらにスマホ普及の後を追うように、高級一眼レフも再び息を吹き返して、今日ちょっとした写真ブームまで起きている。
 さて、これまで旅におけるカメラの役割は消極的な「記録」の道具に過ぎなかった。しかし今では、旅の経験を写真に「表現」したい人が劇的に増えている。おいしい食べ物や人との出会いなど、旅のなかでの楽しい体験を写真で表現し、SNSを介して、その地域の魅力が広く発信される時代になった。こうした表現を求める旅行者たちにとって、名所旧跡を巡り案内板をどうぞごらんください、という古いタイプの観光地は、もはや旅先として見向きもされないはずだ。
 近年、津軽地域ではまちあるき観光を盛んに売り出してきた。これまで気づかなかった地域の魅力を掘り起こし、旅行者に寄り添いながら案内するというスタイルの持てなしを提案し実践している。決して効率のよい手法とはいえないが、SNSが定着した今、旅のなかで表現を求める人たちとガイドの人たちとの出会いにより、これまでにない新しい地域の魅力発信に繋(つな)がるような気がしている。9月1日からは数多くのまちあるきメニューを一堂に集める「津軽まちあるき博覧会」が始まった。中南津軽七市町村と今回は板柳町と鶴田町も加わるそうだ。
 新しい津軽の魅力が発信されることを期待している。
(オフィス「オリゾンテ」代表 田村昌弘)

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