日曜随想

 

「バル街」飲み歩きで街を再認識

2017/7/2 日曜日

 

 弘前で開催される「バル街」をご存じだろうか。ひとことでいえば、昔ながらの「はしご酒」イベントなのだが今から14年前、函館でスペインのバル(立ち飲み)文化を参考に「西部地区で一夜のバル街を」と題して開催したのがその名の始まりだ。街を意識し少しだけオシャレに、皆で楽しむ飲み歩きなのだ。
 弘前では、函館の主催者と親交が深い弘前フランス料理研究会が中心となり、2011年から毎年二回開催される。
 五枚綴りのチケットを事前に求め、参加店が記されたマップを片手に好みの店を巡り、おつまみ料理と酒を楽しむというもの。一夜限りのイベントゆえ、街なかには多くの人々が行き交い、店の前には長い行列ができる。隣り合えば見知らぬ者どうしでも仲良く会話が弾み、随所で生演奏などの賑わいも加わる。参加者のほとんどは地元の人々でリピーターも非常に多い。ある人は「オトナの遠足」と形容するほど、その日を心待ちにしているそうだ。楽しむためのコツは、ケータイやスマホに頼らぬこと。行きたい先や訪ねたお店のことを出会った誰かと情報交換してみるのがオススメだ。
 私は発祥となった「函館西部地区バル街」の裏方を務めるが、実行委員の我々こそがバル街を一番楽しんでいるという自負がある。運営の仕組みがシンプルなので、そのぶん遊び心豊かに新企画を考える。当日はふだん会えない知人たちも数多く駆けつけ、笑顔を見せてくれる。それが何よりの楽しみなのだ。また、公的なお金に頼らずに思う存分楽しもうというのも、大切にしているポリシーだ。
 ちょうど弘前で始まった頃から、我々のもとには全国から視察や問い合わせが相次ぎ、バル街は全国各地に拡がった。中心市街地活性化の「三種の神器」とも呼ばれたが、決して大儲けできるビジネスモデルではない。年二回、一日限り、あるものを最大限活かし無理をしない運営こそが、楽しみを導き出すいい塩梅のようだ。何よりも参加者、参加店そして運営する側が共に楽しみを分かち合い、賑わいを喚起することが大事なこと。
 思わぬ副産物もある。函館では皆でバル街を楽しみ、認知度が高まる中で、それまで「観光客だけが行く場所」と思われていた旧市街地を、市民があらためて自慢のわが街と気づき始めたようだ。弘前でも皆が共に楽しんでこそ、街の魅力をあらためて知る機会になるはずだ。
 昨夏の弘前バル街当日、ふと立ち寄った馴染みの店で隣り合った常連客がこう呟いた。「鍛冶町さ、こったにひと出っ
ちゅうの久しぶりで見だな!」。素知らぬ顔でニヤリと返してみたが、この日の酒は実に美味かった。
 今週末は13回目の「弘前バル街」開催である。
(オフィス「オリゾンテ」代表 田村昌弘)

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「季節の楽しみ」ショーケースに広がる宇宙

2017/6/25 日曜日

 

 このごろずいぶん日が長いなあと思っていたら、6月21日は夏至だった。新緑も深い緑に変わり空き地にはいつのまにか、ねぷた小屋が設営されている。ほんに、この弘前は、季節によってずいぶんちがう顔をみせる街である。季節ごとに同じ場所で写真を撮って比べてみると、その違いがよくわかる。道の広さも彩りも、光のかげんさえも違っている
 時間をすこしだけ先取りしながら、季節感をもりあげてくれるのが、和菓子屋さんだ新年には蓬莱山や花びら餅春はうぐいす餅椿餅に桜餅ときていまは、若鮎、水羊羹、わらび餅など気軽な和菓子のほか、ほんのりと色づいた紫陽花やすずしげな清流や金魚鉢を模した生菓子など、ショーケースのなかに季節の風物詩がつまった宇宙がひろがっている。
 暑すぎず、寒すぎず、なんとなく外歩きしたくなるこの季節、和菓子屋さんの店頭を見て歩くのはとても楽しいのだが、ひとつ困るのは、買わずに帰るのがほぼ不可能ということだ。しかも、1、2個だけは買いにくいので、つい、あれもこれもと頼んでしまう。家に帰って紙箱の蓋をあけると、そこにも季節の小宇宙がひろがっていて、しばしうっとり。これがあるからやめられない。お茶を入れて、一緒に食べる友だちを呼ばなければなりません。
 子どものころ、近所にあった和菓子屋さんは、お赤飯や豆大福を置いているような庶民的なお店だったが、若い店主さんは、いつもかならず、こまかな細工の季節の生菓子をいくつか並べていた。お使いに出された私がショーケースに見入っていたからだろう、いまはこのお菓子だけど、もう少しするとこれこれのお菓子を作るから、また見においでと教えてくれたものだった。子どもだった私は生菓子が苦手だったのだが、ショーケースに並べられた和菓子がつくる宇宙の美しさは印象深く、いまでも私の季節感の一部をつくっている。
 季節感をもりあげるといえば、弘前では、地物の食材を使う居酒屋さんも、いましか食べられない食材をふんだんに使った料理を出してくれる。西弘でなじみの居酒屋さんでは、旬のものを使ったメニューが、いつも小さな黒板いっぱいに細かな字で書きこまれていて、そこにも季節の宇宙がひろがっている。かんがえてみれば、「季節限定」の料理なのに、もったいぶらず、手ごろな値段で出している居酒屋さんが身近にあるのは、この地域ならではの贅沢だ。
 今日は、よさこい津軽も開催されるはず。夏至がすぎたとはいえ、まだまだ日も長いから、週末はそぞろ歩きを楽しんで、いろいろなお店の中にある季節の小宇宙をめぐってみるのも、弘前人らしくていいかなあ。
(弘前大学人文社会科学部教授 杉山祐子)

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「地元の歴史に注目を」周年で魅力を際立たせよう

2017/6/18 日曜日

 

 この地に生まれ育った私が、間違いなく嬉しいと感じるひとつは、よそ様から弘前公園やその桜を誉められること。
 古城と老松、更に残雪の岩木山を背景とした桜花は、先人の不断の努力によってのみ支えられてきた至宝。つまりは、津軽人の心根が賞賛されたのも同然。
 ですから、百年という節目を意識して開催されたさくらまつりは、地元でも意義を再認識する良い契機となったはず。カビ臭い懐古趣味ではなく、繰り返しながら過去を振り返ることは、物事の羅列ではなく、先達の心情にも触れられる。激動する昨今では、十年刻みの周年も、一度見逃されてしまえば、振り返る機会を逸してしまいそうで、それがコワイ。
 たとえば、陸奥新報は昭和二十一年に創刊されて七十周年。もうちょっとで、めでたく紙齢二万五千号を迎えますね。
 八十年前の昭和十二年には「奇蹟の三重苦の聖女」ヘレン・ケラー女史が来弘し、聖愛高校で講演。弘前のお土産に、津軽塗を求めたという話もありますぞ。
 津島修治が弘前高校に入学し、藤田家に下宿したのが昭和二年で九十年前。金木の実家、斜陽館と呼ばれる津島源右衛門邸の上棟式が行われたのが、百十年前の明治四十年で、棟梁はこの年の八月に亡くなった堀江佐吉。弘前偕行社とともに、最期に手掛けていた建物といえる。
 同月は絶世の米国美人、ヘツウツト嬢が岩木山登山を果たし、富士登山より苦しいとコメント。陸羯南や、第八師団の初代師団長の立見尚文中将が没したのもこの年でした。その一年前には斎藤主や堀江佐吉が、市に図書館を寄附しているし、弘前聖公会の女性信者が岩木山登山に挑戦。こちらは天候の悪化で、残念ながら登頂できなかったけれど、まぁ似た出来事があるものですねぇ。
 のちの大正天皇、東宮殿下が明治四十一年に本市を訪れて百十年目ということは、弘前公園への鷹揚園、弘前偕行社の雅名、遑止園の命名、外崎嘉七の向陽園に出向かれたのを記念した、りんごの日も同じ周年ですよね。先行して火力発電で事業を開始の弘前電燈が、当時の山形村板留に水力発電所を完成させ、殿下に試験点灯を披露。これが十年後、弘前観桜会のイルミネーションの原動力に。
 更に遡ってみれば、百四十年前の明治十年には、旧藩士族の山野茂樹宅で西洋リンゴが初めて実ったなど、いろいろに繋がりが増えてこようというもの。
 歴史を人々の営みの足跡と思えば、わたしたちの身近に、なんと多くの周年が満ち溢れていると、今更ながらに驚く。
 多彩で豊富な郷土の魅力、さまざまな智恵や工夫を取り入れて、どうにか活用できないものかなぁ。他所から持ち込む目新しさも人目を惹きましょうが、有るものを活かさないのは、なんとも勿体ない気がする、貧乏性なのでありました。
(元弘前図書館長 宮川慎一郎)

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「たんだでね」方言でなければ言えないこと

2017/6/11 日曜日

 毎日、仕事にぼっかけられながら、かちゃくちゃね部屋で気持ちがかつくつとしている。これが理解できる人は、大笑いするか、かわいそうにと同情していただけるだろうか?
 こうしたオノマトペと呼ばれる人や動物の声やものの音をことばで表す擬音語(例:犬がワンワンと鳴く、風がビュービュー吹く)や、実際に音は出ていないけれど様子や状態をことばで表す擬態語(例:星がきらきら光っている、頭がズキズキする)のような表現が多いことは、津軽弁はもちろん、東北方言全体に特徴的だ。擬音語や擬態語は、それがわかれば「ああ!」と納得できるが、わからなければ「???」と全く理解不能なことばである。しかし、不思議なことにこれでなければ伝わらないという表現であることも事実なので、無視することができないのである。
 医療や看護、福祉の現場で、余所から来た人だけでなく、津軽生まれの若者にも方言が通じないという相談を受けてから十二年が経つ。実はそうした現場でも、オノマトペは大事な情報なのだ。例えば、めくめくする:身体の違和感があり、力が入らない、つーつーする:めまいがするなどという表現は、知らないと全くわからないが、患者さんの訴えとしては重要な情報だろう。また、物がなく、ことばでしか表現できないことであり、しかも共通語では表しきれないニュアンスが含まれていることも多い。にもかかわらず、地域ごとの違いが認識されていることはあまりなく、研究も進んでいるとは言えない状態である。
 私が好きな津軽弁のオノマトペのひとつが「なこなこ」である。互いに仲のいい様を表すことばで、学生達が「なこなこしくお弁当を一緒に食べたり、席を譲りあってなこなこしく座ったり」という様子を見かける。そこに含まれているのは、表面上の仲の良さではなく、「ゆったりとした」とか「信頼関係に基づく」とかいうニュアンスが大事なのだと思う。
 方言でしか言えない言い方に「たんだでねがったねは」という表現がある。直訳すると「ただではなかったでしょう」となるだろうか。意味としては「並大抵なことではなく、大変でしたね。とか大変な思いや経験をなさいましたね」のような深い共感を表すことばだ。とても辛い体験をした人に対して「たんだでねがったねは」と語りかける場面に接したことがある。何と温かい、他人事ではない深い共感を表す言葉なのかと感じ入った。共通語では表せない深いニュアンスに感動した。豊かな表現とはこうしたものを言うのだと思った。豊かな心がある地域だから豊かな表現・方言が生まれるのだろう。大切にしたい。
(弘前学院大学文学部教授 今村かほる)

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「素材のうまさで勝負」じょっぱりを売る戸田のお餅

2017/6/4 日曜日

 

 津軽は、周りを山々に囲まれ、それらの山々からミネラル分などを多く含んだ豊かな水が流れ込む。朝晩の寒暖の差が激しいため米作りに適している。それゆえにいいお餅がつくられる。
 弘前市銅屋町に店を構える「戸田うちわ餅店」(戸田しのぶ社長)は昔から弘前市民に、子供から年配まで幅広く愛されてきた。1日200個限定。舟形の紙の入れ物に入れられているうちわ餅は、午前中にはなくなる。その人気の理由を戸田氏は昔ながらの手作りにこだわってきたからではないかという。お餅は、米の下準備から串に刺すまで時間をかけ、形にしておく。黒ゴマは滑らかで濃厚な高級国産品を使用する。その蜜入りの胡麻ダレが秘伝のたれであり、作りたての柔らかなお餅と胡麻ダレがからまり、それゆえに「うちわ餅」はとても美味しい。餅そのものに一切の添加物を入れてない。だからその日のうちに食べないと固くなる。それが反面、まじめに作っている証拠でもある。次の日になると餅が固くなってしまうので、作りおきができない。売り切れたらそこで店じまいというお店ゆえに、朝早くに行かないと買うことができない。そして噂が噂を呼び行列が絶えることがないのである。
 噂を聞き、俳優の梅沢冨美男が取材にくることになった。RAB特別番組「北海道新幹線開業記念 青函圏周遊☆4都市物語(函館・青森・弘前・八戸)」の中で梅沢冨美男が土地の名物料理を食べ歩くという番組である。弘前では三忠食堂の後に来る予定であった「戸田のお餅」はすべてのお客に並んで購入していただいている。どうしたものかと気を病んでいたが、事前の打ち合わせでプロデューサーが「うちのスタッフを並ばせて買わせます。特別な配慮は求めません」との快諾を得たという。「戸田のお餅」には、冠を得たテレビ番組も並んでまで取材したいと思わせる魅力がある。残念なことにその日、1台しかない製造機械が故障となり取材は急きょ取りやめとなった。
 弘前はローカルに徹してほしい。「戸田のお餅」のあり方は弘前の進むべき方向を示唆している。あくまでナチュラルであること。都会の真似をしないこと。そして「じょっぱり」であること。これが弘前のうりであり、地方の生き方だ。素材にこだわる本物主義は素材のおいしさを出せるからおいしい。以前、日曜随想で紹介したが「料理の良し悪しは80%が食材で決まる」とまで言われている。例えば物産展は、お客が本物を求めて買いに行くが添加物で作ったいい加減なものがある。本物を作りウエブで全国へ郵送できればいい。納品は何日でというシステムを作ればいいのだ。本物主義のこだわりがきっと「まちおこし」の鍵になると思われる。
(弘前医療福祉大学短期大学部教授 牛田泰正)

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