日曜随想

 

「戦争と国際交流」インバウンドってなんだんづ

2019/8/25 日曜日

 

 例年8月になると、マスコミは決まって戦後の話として、被災の話に終始します。何せ戦後の教育はポツダム宣言受諾を公表した日を終戦の日、連合国を国際連合と教えていますから、独立の日なんかはありません。
 30年ほど前にミクロネシア連邦ポンペイ島で調査した際、病院長や長老がきちんとした日本語を話すことに驚いた。日本は1914年から敗戦まで現地人を超える日本人を滞在させ、週10時間の日本語教育を実施していました。
 現在、現地の公用語は英語ですが、ポンペイ語が共通語です。
 ポンペイの大学の売店でポンペイ語―英語の辞書を見つけたので購入し、調べてみたら、日本語由来は227語ありました。issohping(一升瓶)、kadorsingko(蚊取り線香)、umepwosi(梅干し)等々。
 現地の人は優しく、調査時の昼食には自宅を開放し、若い者に木登りをさせてヤシの実を振る舞ってくれました。(土間に豚が…)
 当時の調査で大活躍したのが、インスタントカメラです。今では考えられませんが一方的に撮影して親切を押し付けるのである。相手は当然親切に応えなければいけないので、農作物とか思いのままでした。
 日本に対する印象を長老に聞くと、アメリカは、金はくれるが、仕事はくれない。日本は、仕事をくれた…と。
 namaiki、pakehro、pakking等の言葉もあるので信じていいかどうか悩むところです。
 戦争をしないために、国際交流は欠かせません。
 さて、政府は金も、人もないのか外国人に来てもらって、お金を落としてもらい、働いてもらう都合のいいことを考えたようです。黙々と働く東北の若い者は必要ないと言って海外へ労働力を求め、イギリスがEU離脱を決めたとたん、見切りをつけた有能な企業がどうしたんでしょうか。単純労働は、老人も、外国人も。ロボットが肩代わりするまでの、その場しのぎです。
 外国人との交流にどうしても必要なのは、相手に対するリスペクトと自分のかだくらさ(アイデンティティー)だと考えます。業者に乗せられて優しさと笑顔なんてことを真に受けてはいけません。笑顔は相手の社会や意見を確認しリスペクトしてからです。
 ディープな東北を売り出したいなら、かだくらさは欠かせません。怖そうな親父(おやじ)に恐る恐る話しかけて、にこっとされるとたまりません。せめて、相手の挨拶(あいさつ)と感謝の言葉を、できればブンガワンソロのような歌を一つ。それにしてもポンペイの学生たちの“蛍の光”は元気で哀愁は一つも感じなかった。
(弘前学院大学看護学部教授 三上聖治)

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「盂蘭盆会」お盆の帰省に思う

2019/8/18 日曜日

 

 今年も、お盆に合わせて息子が帰省し、家族全員で、夫の実家と私の実家にお墓参りに行って来ました。結婚以来欠かしたことがない年中行事です。若い頃は、面倒だと思ったり、お盆休みに旅行に行く友人がうらやましかったりしたものですが、年を重ねるうちに、お盆という行事は、生きている人のためでもあるのだと考えるようになりました。いつもはなかなか会えない家族親族が集まり、近況を語り、無事を喜び合い、故人の思い出話をする。核家族、独居老人が増えた現在だからこそ、大事にしたい時間だと思います。
 お盆は、正式には盂蘭盆会(うらぼんえ)と言い、夏に祖先の霊を祀(まつ)る行事です。しかし、仏教発祥のインドにこの行事はありません。インドでは輪廻(りんね)転生の考えが浸透しているため、先祖を供養する習慣がないのだそうです。お盆とは、仏教古来の考え方ではなく、日本に仏教が渡って来た際に、仏教の考え方と日本古来の祖先崇拝の考え方が混じり合って、日本独自の民俗行事となったと考えられています。
 元々は旧暦の7月15日を中心としたものだったそうですが、現在は8月15日が一般的になっています。13日の朝には盆棚を作り、盆花や季節の果物、野菜などの供物をお供えし、夕方には、先祖や亡くなった人たちの霊が道に迷わず帰って来ることができるように、盆提灯(ちょうちん)を灯(とも)し、庭先に迎え火として麻幹(おがら)を焚(た)きます。霊をお迎えするまでに、お墓参りをしておいた方が良いとされています。14、15日は霊が家にとどまり、16日の夜帰って行きます。今度は送り火を焚き、霊を送り出します。京都の大文字焼きは、「五山の送り火」といい、これも、お迎えした先祖の霊を送る送り火です。(20日までお盆という方もいます)
 家族が亡くなって初めて迎える盆を、新盆または初盆といい、通常よりも早く、1~7日に盆棚を作ったり、故人と親しかった人や親類を招いて、僧侶に棚経をあげてもらって、盛大に供養したりする地方もあるようです。家族を亡くして寂しくなった方を、元気づける良い機会にもなっていると思います。
 また、私の幼少期には、お盆の間は精進料理を添え、家族も同じものを食べる習慣がありましたが、近年はたまに帰省する息子・娘・孫のために、ご馳走(ちそう)が並ぶ家が多いようです。
 今日、長い盆休みを終え、息子は仕事に戻り、私たちも日常に戻ります。次会えるのは正月休みです。両親・祖父母も同じ思いで、私たちや孫の来訪を待ちわびていたのだと思います。
 お盆同様、仏教の法事法要、神道の式年祭、キリスト教の追悼ミサ等、さまざまな行事は、故人を偲(しの)ぶとともに、生きている人同士の繋(つな)がりを、確認する場でもあるのかもしれません。
 (弘前医療福祉大学教授 小玉有子)

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「ホルムズ危機」エネルギー自給の向上を

2019/8/11 日曜日

 

 「ホルムズ海峡はわが国の生命線である」(菅義偉官房長官)。わが国の産業や国民生活を支えている原油や液化天然ガス(LNG)のほとんど全てが輸入であり、原油の80%、LNGの20%が、年間1800隻に及ぶタンカーで、中東諸国からこのホルムズ海峡を通航して運ばれてきているという事実を語ったものである。わが国のみならず、日量1800万の原油と年間8000万トンを超えるLNGがこの海峡を通過して世界各地に運ばれており、世界の「生命線」といっても過言ではない。
 地政学的に極めて重要な位置にあるこの海峡で、昨年来、アメリカがイランに政治的・軍事的圧力を強化している中で、わが国のタンカーを含む6隻の船舶が何者かに攻撃され、米国の無人偵察機をイランが撃墜するなど、「一触即発」の危機が急速に高まっている。。いつ何時、「わが国の生命線」が途絶されてもおかしくない状態が続いていると言えよう。
 1973年、第4次中東戦争をきっかけに、中東諸国が原油価格を大幅に引き上げたことで世界経済が大混乱に陥った「石油危機」が起こった。わが国では「トイレットペーパー騒動」や「洗剤パニック」などが起きたことを記憶している人もいるだろうが、当時のわが国は石炭から石油へのエネルギー転換を図っていた時であり、産業・経済に与えた打撃は極めて大きく、多くの失業者が出るなど極めて深刻な事態となった。
 その後も、この地域の政情不安が原油供給を途絶させる事態が起こっているが、わが国ではこの経験を踏まえ、エネルギー、特に電力については、省エネや節電とともに、燃料備蓄の強化やエネルギーの多様化と調達先の多極化を行ってきた。その中で選択されたのが、火力発電の効率化と原子力発電だった。また、8年前の原発事故以降は、再生可能エネルギーの拡大もされてきた。しかし、電力は僅(わず)かに9%程度の自給でしかなく、輸入燃料に頼る火力発電が80%以上を占めているのが現状だ。ホルムズ海峡の危機は直ちにわが国に重大な危機をもたらすことは火を見るよりも明らかだろう。
 こうした時、わが国が実行しなければならないのは、エネルギーの自給率を向上させることであろう。そのためには、再生可能エネルギーの普及拡大は勿(もち)論(ろん)であるが、この自然任せの不安定なエネルギーを補うためにはベースロード電源としての原子力はやはり必要である。再生可能エネルギーと原子力を組み合わせることでエネルギー自給率の向上を図ることがホルムズ海峡危機への備えではなかろうか。その場合、再生可能エネルギーは、国民に巨額な負担を負わせている賦課金に頼らず、技術力を向上させること、原子力は「福島事故」を教訓とし、安全性の向上が大前提であるのは当然である。
(青森大学名誉教授 末永洋一)

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「DMOへの期待」人づくりこそが究極の使命

2019/8/4 日曜日

 

 つい先週、弘前市など津軽圏域14市町村が連携し観光振興に向けた新たな組織づくりが始動、とのニュースに触れた。これがちょうど前回、日曜随想で私が取り上げた「日本版DMO」という組織づくりに向けたものであり、津軽での取り組みは、これまで培ってきた市町村を跨(また)いだ担い手同士の連携が実を結んだものとみた。そればかりか今回は、西北地域も含むこれまで以上に多くの自治体を巻き込んだ広域連携と聞き、関係者たちのただならぬやる気も感じたところだ。
 観光のトレンドが劇的に変化していることは、経験的にもよくご存じのことだろう。旅のスタイルは団体から個人へ。旅行手配や情報入手はネットが主流に。また、よく知られた景勝地の壊滅的衰退なども心当たりがあろう。他人とは違う自分だけの特別な体験を追い求める、というのが現在の観光のトレンドであり、それはこれからも当分続くことだろう。
 津軽圏域をはじめ青森県は「スロウ」な観光が似合う場所だ。「スロウ」とは遅れているという意味ではなく、じっくりと堪能できる良さがあるという意味である。私の住む函館は、もう長らく観光で名を馳(は)せているが、どちらかといえばその逆の「ファスト」な観光地であり、誰にでもすぐに馴染(なじ)みやすいことが持ち味で、津軽とはその色合いがまるで異なる。こうした「スロウ」な津軽は、むしろ函館よりも今日の旅行者の希求に適(かな)っている。そればかりか、まだ見ぬ魅力的な要素が限りなくあることだろう。
 「スロウ」な観光の特徴を挙げれば、まずは人の顔が見えること。人の声が聞こえること。そして人々の営みが感じられることだ。今般、青森県内の重要な観光コンテンツに成長した「まちあるき」は、人を介して地域の人々の営みを紹介するという「スロウ」の代表格である。
 さて、14もの自治体が参加する広域のDMOに何を求めるのか。それぞれの市町村にはあり余るほどのパンフレットがあり、ネットを紐(ひも)解けば、観光名所の情報は個人の感想も含めて山ほどアクセスできる。こうしたものの再編集だけなら容易(たやす)いことだ。新たな観光資源を創造するには「人」をキーワードに、もうひと工夫が必要になる。いまDMO組織に求められているのは、こうした将来にわたる「資源創造の担い手」を育成することであろう。どの自治体も人口減に伴い、その機能は縮小の一途だ。こうした中で小さな町や村の中だけで業務を完結させない、地域と世代を橋渡しできる人づくりこそが、この組織に求められる究極の使命ではなかろうか。さらにまた「地域文化の護り手」ともいえる博物館や資料館の学芸員も、こうしたオール津軽での連携のなかで、育まれることが望ましいのではないだろうか。
(オフィス「オリゾンテ」代表 田村昌弘)

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「日本アニメ百年(16)」テレビアニメの台頭(9)

2019/7/28 日曜日

 

 先日は大変不幸な事件が起こりました。連日の報道などでご存じの方も多いでしょう「京都アニメーション」放火事件です。ちょうど、本稿でも2回前の通算14回で書かせていただいたスタジオです。大変驚きました。いまだ容疑者が入院中で事件の詳細が判明していませんが、これから事件解明に向かって前進していくでしょう。たくさんの若い命や貴重な人材が理不尽な行為で失われてしまいました。亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。
 さて本稿もそろそろ終了に近づいてきました。そこで今回は、地元の弘前市に存在し、1986年から30年以上続くアニメスタジオを2回に分けてご紹介いたします。代表の方とお目にかかってお話をお伺いすることができました。なんと東北地方にはアニメスタジオが三つしかないようで、その中の一つになります。青森県にアニメ制作に関係した会社が、長い間存在していることをご存じの方はあまりいないと思います。有限会社「イーゲルネスト」と言います。アニメ制作は分業体制が確立していて、このスタジオの業務は「仕上げ」作業となります。アニメ制作における「仕上げ」作業とは、ほとんどのアニメでキャラクターや、物体の輪郭線の中を単色で塗りつぶす作業です。最初に書きました「京都アニメーション」もこの作業から会社を興しました。
 アニメ制作には、全体の色彩をイメージに合わせて統一する専門の方がいて、各作業における色彩を決定します。その指示に従って各場面に着色していくわけです非常に丁寧な作業が求められます初期の頃は手作業で、透明なセルロイドの薄いシートの裏から専用の絵の具を使って筆で塗っていくわけです。この部分が動画となります。作業が丁寧に行われないと最終的に色むらが見えてしまいます。作画クオリティーの善し悪しを決定する仕事です。スタジオジブリの「もののけ姫」でも、冒頭の場面で主人公が村を出て行く原因となった、イノシシが悪霊に変わり暴走する場面で2カットお手伝いしたそうですが、この場面だけで200枚ほどの仕上げ作業を行ったそうです。大きな段ボール箱に特注の彩色絵の具が詰まった物が何箱もいっぺんに届いて驚いたと代表の方から伺いました。
 現在ではすべてデジタル作業に変わってしまい、コンピューター作業です。絵の具の時代は職人仕事を求められましたが、今ではそれほど熟練作業ではなくなったと伺いました。それでもこの作業の丁寧な仕事で動画画面などの精度が決定します。あの庵野秀明監督からも仕事の丁寧さを褒められているそうです。「機動戦士ガンダムTHE ORIGIN」劇場版でもクレジットされています。
(弘前大学教育学部教授 石川 善朗)

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