日曜随想

 

「日本アニメ百年④」戦後のアニメ①

2018/3/11 日曜日

 長かった戦争も終わり、いよいよ戦後復興が始まります。まず、山本、政岡らが昭和22年「日本動画株式会社」を立ち上げます。これは後に、「日動映画株式会社」となり、昭和31年当時、実写映画を主に制作していた「東映」がこれを吸収合併し、「東映動画株式会社」が誕生します。ついに日本に大規模なアニメーションスタジオが誕生します。
 昭和32年、東映動画株式会社は先の山本次長を筆頭に、東京の大泉にある東映撮影所の中に新社屋を建設します。鉄筋コンクリート3階建で、初めて近代的なアニメスタジオが生まれました。数年後には108名のスタッフに増員されて、機材として日本で最初の本格的なマルチプレーンカメラ装置を導入しました。ディズニースタジオに近いようなスタジオが完成します。
 ここでいくつかの短編アニメやCMアニメを制作していましたが、いよいよ「日動」時代から暖めていた国産初のフルカラー長編劇場用アニメ「白蛇伝」1958年が公開されました。元々香港からの制作依頼でしたので、題材を中国の四大民間伝説からとりました。3年間の制作期間で作られ、実際の俳優がアニメと同じ服装で演技したフィルムを参考にし、アニメーションを描画しました。ライブアクション技法です。なお、ヒロインは若き日の佐久間良子が演じていました。当然アニメーションですから誰だかわかりません。また作画の中にはパンダが描かれていますが、当時パンダは非常に珍しく、日本の動物図鑑にも掲載されていなかったようです。やっとの思いで手に入れた一枚の写真から原画を描いたらしいです。ちょっと違ったパンダです。声優はたった二人で老若男性役を森繁久弥、老若女性役を宮城まり子が演じました。その後は年に一作のペースで制作が行われていきました。そして「太陽の王子ホルスの大冒険」1968が、東映動画屈指の名作として、制作されることになります。高畑勲演出、大塚康生作画、美術設計と作画に宮崎駿の名がクレジットされています。内容は年少の子供には難解で、営業的には失敗でしたが、日本のアニメーションが世界的レベルに達した記念すべき作品です。宮崎さんの名前も初めてクレジットされています。
 ここでちょっと東映動画から離れて、昭和35年にある会が発足します「アニメーション3人の会」と呼称しメンバーは久里洋二柳原良平真鍋博の3人でした。この3人はアニメーションが即子供用との理解を破るべく、アート・アニメーションの道を日本に開いた輝ける先駆者です。ちなみに柳原さんはトリス(酒)のアニメCMで有名です久里さんは当時有名なTV番組「ゲバゲバ90分」のオープニングを担当していました。
以下、次回に続く
(弘前大学教育学部教授 石川 善朗)

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「就活スタートの時に」狭き門より入れ

2018/2/25 日曜日

 

 万葉の昔から、雪は豊年の瑞(しるし)というが今年もよく降る。まだ春は遠そうだが、3月1日には早くも、来年度卒業する学生たちの就職活動がスタートする。巷ではOBやOG訪問のように、卒業生をたずねることで実質的な就職活動は始まっており、喫茶店などで面接・面談している姿を見る機会があるが、企業説明会が認められるのがこの日だ。
 就職活動は学生にとって大きな経験だ。進路を決めるという人生の重大事であることはもちろんだが、そこに至る前に、自分が大切にしている価値観や、気づかなかった価値観などが顕在化する「自分発見」の経験でもある。自分が仕事に求めるのはやりがいか?安定か?それとも、家から近くて転勤がないことや残業がないことか?、もっと言えば、生きていくのに足りるだけの給料が得られれば、自分の好きなことをするための時間がほしいのか?などと、自分と向き合うのだ。もっとも、働かなくてもお金がもらえれば、文句を言わないのかもしれないが…。
 同じ業種でも会社の理念の違いを見極めるために、企業を研究する。何だか大学受験の時にも、同じように大学選びをしたことと通じるかもしれないが、会社にはその会社ごとの物差しがあり、またその物差しは明らかにされていないことも多い。就職試験に模範解答があるわけではないところも受験と異なるところだろう。学生に、「面接のとき、うちの会社以外にどこを受けていますか?と聞かれたら、正直に言った方がいいのか?」と意見を求められることがある。模範解答はあるのか、難しい問題である。私は、「正直に答えた方がいい」と助言してきた。合格できなくても正直に答えてダメだった場合と、合格しても思ってもいない答え・嘘をついて合格したのと、どっちが後悔しないか比べてみればいいと思う。それでだめなら仕方がないと自分で思える答えをする方が、どんな結果に終わっても諦めがつく。何より人として誠実だと思うからだ。この疑問を、出会った人事担当者の方々におたずねしたところ、意外にも、多くの方から同じ答えをいただいた。
 今どきの情報社会の中で、みんな似たようなスーツに身を包み、面接の際の質問例や受け答えのマニュアル化が進む中、自分をアピールするのは簡単なことではないだろう。また何が正しい選択なのか、実は働いてみなければわからないことも多いのが実態だろう。「狭き門より入れ」とは聖書の教えだが、ただ単に困難な道を目指すというのではなく、本来の意味は、楽な道よりも困難な道を選べば、大きな報いがあることになっている。
 まだ何者でもない自由さと不安定さに揺れる若者たち、けっぱれ!
(弘前学院大学文学部教授 今村かほる)

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「笑顔が笑顔を生む」ESが明日の介護を照らす!

2018/2/18 日曜日

 

 昨年10月、青森県福祉・介護人材確保対策事業の一環として弘前医療福祉大学短期大学部が企画したつがる市での「介護フェスタ」は内容のあるものであった。異なる施設3人の介護士が仕事の辛さはさておいて、仕事を通じて得られた自己成長する喜び、利用者から感謝される喜び、そして何よりも「介護は天職」、という介護士としての誇りと自信に満ちたトークに感動を覚えた。会場は笑顔と喜びの声に溢れていた。
 3Kといわれる労働環境でなぜゆえに彼らは明るいのか?特に印象に残ったのは褥瘡(床ずれ)の話であった。ご家族に綺麗な体でお返ししたい、それはどんなことにも譲れない、と思い周囲に決意表明してチャレンジした話であった。自分がそのことにこだわり懸命に取り組むと周囲の仲間も理解して気にかけてくれて、その結果、ご家族に感謝されるケアができた、という内容であった。家族がきれいな体を見て喜ぶ姿に自分自身が感動したという。自分の思いが達成された瞬間に充実感を覚えたという。
 平成26年度の「介護労働実態調査」によれば、介護職の離職理由の上位は以下の通り。(1)職場の人間関係(2)法人や施設・事業所の理念や運営のあり方に不満(3)他に良い仕事・職場があった。そして「収入が少なかったため」という理由は4位であった。何よりも注目してほしいのは、法人の理念や運営への不満が2位に入っていること。また、1位の人間関係も多くはこのことに起因していると思われる。昨年、弘前の某介護施設を辞めた元幹部職員によると、処遇改善加算金が施設の内情で満額社員にいっていないところもあるという。
 さて、昨年倒産した介護事業者は過去最多のペースで増えていることが分かった。倒産の主な原因では、「経営不振」が56件と半数以上を占めたほか、事業の失敗などの「放漫経営」が22件などとなっていたという。効率、利益中心の運営に力を入れると、トップダウンでの指示系統になりがちになる。介護は自立支援が目的であり介護する者には、その場で臨機応変に利用者に寄り添い、利用者の立場に立った判断が求められる。
 前述の事例のように介護する者が主体的に、仕事に取り組めば、もともと人のために尽くしたいという熱き思いを持って、介護という仕事に取り組んでいる介護職員が多いわけであるから、自然と笑顔になれる。介護する者が笑顔になれば介護されるものも笑顔になる。
 日本ではようやくES(従業員満足)を高めることが利益向上につながるということが理解されてきた。いかにESを取り入れるのか、人材不足の解消にヒントがここにある。そしてまた一方で政府には給与の更なる是正化を期待したい。
(弘前医療福祉大学短期大学部教授 牛田泰正)

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「一帯一路構想と日本」シーレーン堅持の外交を

2018/2/11 日曜日

 

 中国の習近平国家主席が一帯一路構想を正式に提唱してから3年余が経過した。同構想は、中国西部から中央アジアを経由してヨーロッパにつながる、現代版シルクロード(一帯)と、中国沿岸部から東南アジア、スリランカ、アラビア半島、アフリカ東岸を結ぶ「21世紀海のシルクロード」(一路)の両地域で、インフラ整備、貿易促進、資金往来の促進などを行うものとされる。グローバリゼーションの進行の中、経済大国に成長した中国が、アジア・欧州諸国を巻き込んで経済発展を追求する構想である。
 しかしこの構想は世界経済・貿易構想という側面とともに、中国の政治的・外交的・軍事的思惑とも密接に絡んでいることに注意しなければならない特に「一路」はわが国と東南・南アジア、中東などを結ぶ「シーレーン」と重なり、世界貿易、なかんずく、中東諸国から原油・天然ガスを輸送する大動脈となっているからだ。原油・天然ガスのほとんどを輸入に依存するわが国は、万が一に備えた備蓄を増強し、輸入先も多角化・分散化しているが、依然として中東諸国からの輸入が圧倒的に多い。中東の政変や紛争・混乱などで輸入が途絶する危険は指摘されてきたが、今後は中国の「一路」政策にも注意していかなければならない。
 中国は「一路」政策を極めて積極的に展開している。一つは東南・南アジア諸国への潜水艦の供与・輸出であり、もう一つは港湾・空港などインフラ建設「支援」である潜水艦の供与・輸出を受けた国は防衛力強化という目的もあろうが、中国はこれを通じて海域の海底や航路などの情報を受け取ることが可能となる。インフラ整備も資金力に乏しい国にとっては恩恵となろうが、中国の援助で建設された施設がその国の経済・産業、貿易などの発展に役立つかは疑問である。
 その典型がスリランカ南部のハンバントタに建設された港湾である。ハンバントタは「シーレーン」上に位置しており、ここに巨大な貿易港を建築することは妥当性を有するものにみえる。しかしスリランカの財政力では建設は困難であり、中国がそこに付け込み巨額融資を行い建設した。さらにスリランカが利息払いをできないことを理由に、99カ年間の運営権を獲得したのである。まさに帝国主義時代の租借であり植民地支配である。中国は当初からこの港を事実上の支配下に置くことを狙っていたのは明らかで、「シーレーン」支配の一環である。
 こうした事例には事欠かない中、河野外相は南アジアを歴訪した。最大の目的はわが国にとって死活問題である「シーレーン」を平和裏に確保していくことであり、そのための協力関係の強化にあった。軍事的進出ではなく、外交努力を通じて「シーレーン」を確保することがわが国には求められていると言えよう。
(青森大学名誉教授 末永洋一)

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「日本酒事情」身近に蔵元がある贅沢

2018/2/4 日曜日

 

 函館にはなく、津軽にあるものといえば、まず挙がるのが日本酒の蔵元だ。私自身が酒飲みだからでもあるが、国税庁の統計で青森県と北海道を比較してもそれは歴然だ。津軽地方だけで九つある蔵元が、広大な北海道ではその数はわずかに11(共に各酒造組合の加盟数)。生産量では北海道は青森県の4分の3程しかない。しかも函館・道南には蔵元が一つもない。直近の蔵元は、スキーのメッカ、ニセコの近く倶知安町にある「二世古(にせこ)酒造」だ。県内最北・むつ市の蔵元「関乃井」からだと250キロもの距離が空白なのだ。かつて函館でも「五稜正宗」といった酒が造られていたが、いまは姿を消している。外から入る酒に押されたことは間違いないのだが、全国津々浦々にある蔵元が、ここにだけないのは不自然で、もう少し探るべき事情がありそうで興味は尽きない。
 日本酒の都道府県ごとでの「製成数量」を「販売数量」で割って得られる数値を「自給率」とすれば、青森県は63%だが、北海道ではわずか15%だ。お隣の秋田県は222%にもなる。日本酒の生産においては、米作が盛んであるのはもちろんだが、ご当地ごとの産業施策への力の入れ様も影響しているようだ。
 酒造りを営む友人に県産酒の地元でのシェアを尋ねてみたところ「ほぼスーパーや量販店の陳列棚の割合そのもの」との答え。感覚的には3~4割程度なのだろう。残りの大半は灘や伏見などで造られる全国ブランドのお酒だという。それでも北海道に比べれば、はるかに地元の酒に触れる機会は多い。私たち北海道の人間とりわけ函館人にとって、酒造りは今ではどこか遠いところのものなのだ。
 飲酒人口の減少、嗜好の変化などを背景に日本酒の需要は下降の一途。この20年で出荷総量では半減したそうだ。観桜会でのお酒の「かまりっこ」もかつてに比べて和らいだ気もする。そうかと思えば、実はいま日本酒は空前のブーム。純米酒や吟醸酒といった特定名称酒は出荷量を伸ばしている。酒選びでは地方の希少なものを求める傾向も強まり、大都市圏はもちろん、海外などへのセールス活動も盛んだ。つまり自給率と地元シェアが符合しない部分がこれである。
 私自身の反省にもなるのだが、情報重視でわざわざ遠くから取り寄せる酒は、おいしく飲むというよりも、とかく味わいの確認に終始してしまうことが多い。
 それとは逆に、身近にあるおいしい酒を自分で見つけ出す喜びは、何ものにも代え難い。そういった意味で、津軽地方にいまだ多くの蔵元が根付いて、脈々と酒造りが続いていることは、非常に魅力的で実に贅沢(ぜいたく)なものだと思うのだ。
 今宵、地元で醸された良き酒を求め、味わってみてはいかがだろうか。
(オフィス「オリゾンテ」代表 田村昌弘)

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