日曜随想

 

「創業か、守成か」復活、京都老舗パン屋進々堂

2017/3/12 日曜日

 

 京都市に欧米人で一日中ごった返すベーカリーレストランがある。それは京都の老舗、進々堂三条河原町店(続木創社長)である。足しげく通う多くの常連たちのお目当てはクロワッサン。食べると自国を思い出すという。実は京都にはパン屋が多い。パンの消費量は「全国1位」。京都がいち早くパンを日常生活に取り入れたのは明治・大正のころ。そんな気風の中で創業者は本物のパンを目指して、今から100年も前に日本人のパン屋として初めてフランスに渡り堅焼きのバゲットを京都に持ち帰った。続木氏は四代目。本物のパンへのこだわりは筋金入りである。さて現在、進々堂は京都市内に12店舗の直営店と有名高級ホテルなどのパン委託製造販売を手掛けている。年商25億円。よくある老舗のサクセスストーリーに聞こえるが、その道のりは決して平たんなものではなかった。
 21世紀に入ると、多くの中小ローカルパンメーカーはコンビニ、スーパー攻勢によって倒産に追い込まれた。進々堂も例外ではない。大手商社に実質的な経営権を委ね17年間の出向社長による統治が続いた。それでも黒字化のめどが立たない進々堂を大手パンメーカーの傘下に入れることで存続を図ろうとした商社に対し続木氏は交渉を重ね、結果として工場と直営8店舗の資産と営業権を商社から買い戻すことに成功したのだ。これは商社が一度子会社としてグループ傘下に置いた会社を、再び創業家に返還した稀なケースであり、業界は大いなる驚きをもって注目した。
 続木氏を高校時代から知っている筆者が思うに、工場での修業時代、続木氏はいつも、ひたむきに、そして一生懸命に仕事に取り組んだに違いない。その時書いた報告ノートに接すると、今なお戒められ、迷いから救ってもらえるという。びっしり書かれたノートから推察できるが、修業時代はもちろん、商社統治の時代にも真摯に仕事に向かう四代目の姿にきっと周囲も心打たれ、それがこの大政奉還に結びついたのだと筆者は見る。
 2001年、続木氏が新社長となり新生進々堂がスタートした。目指すは原点回帰。毎年社員をフランスに派遣するなど本場フランスを凌ぐパン製造を目指し努力を続ける。2006年にはフランス産小麦を使ったバゲットコンクールで進々堂の「レトロバゲット1924」が日本中の有名シェフが出品した330本のバゲットの中、準グランプリを受賞した。今日進々堂のパンは、味にうるさい京都の消費者から高い評価を得て好調な業績を重ね、現在生産能力増強のため新工場の建設計画を進めている。
 創業は易く守成は難し、と言われるが二世、三世経営者には千金に値する学びがここにある。
(弘前医療福祉大学短期大学部教授 牛田泰正)

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「貧困・幸福・危機」数値が語る現代の問題

2017/3/5 日曜日

 

 最近、気になる数値が相次いで発表された。「世界の富豪トップ8人の資産、貧困層36億人分」「世界幸福度ランキング」そして「終末時計」である。
 「世界の富豪の資産」は、国際NGOオックスファムが発表したものであり、アメリカ人6人、メキシコ人1人、スペイン人1人、計8人の大富豪が所有する資産総額は4260億ドル(約48兆7千億円)に上り世界人口73億5千万人が所有する全資産の半分、経済的に恵まれない下位50%に当たる36億7500万人の資産額に相当するというものだ。ビル・ゲーツ氏M・ザッカーバーク氏J・ベゾス氏など、インターネット関係者が名を連ねており、世界のグローバリゼーション化の結果であろう。オックスファムは貧富の格差拡大は社会の分断を招き、貧困撲滅の取り組みを後退させるとして政府や大企業に「人道的な経済」の確立を求めるのは当然だろうが一方で経済成長の促進により世界の貧困層の状況は年々改善しているとの報告もあり、大富豪を単純に批判的に扱うのも間違いなのかも知れない。しかしユニセフが「彼らには時間がありません」と訴えるように貧困に喘ぎ明日をも知れない幼児も依然として多数存在しているのは確かな事実だ。
 同じように、考えさせられたのが「世界幸福度ランキング」である。この調査は過去3年間の平均を割り出して毎年公表されており、今回は2013~15年の平均値となる。評価対象となる指標は、国民一人当たりGDP、社会保障、健康寿命、人生選択の自由度、寛容度、汚職度、政治的自由度などで、約160ケ国・地域が調査対象で、上位は常に先進国や北欧諸国が占めており、わが国はほぼ毎年、中クラスで、今年は47位だった。
ちなみに、「幸福度」と言えば、6年ほど前、一部マスコミがブータンを「世界一幸せな国」として紹介したことがあったが、この調査では80位程度にある。先に上げた指標のみで幸福度を図ることは難しいのは当然である。しかし、一定程度の客観性も有しており、どの分野がランクを引き下げているのかを謙虚に反省することも必要だろう。
 「終末時計」は良く知られているように、世界的に著名な科学者が、人類による地球破滅までの残り時間を比喩的に示すものだ。その時計が今年初めに30秒進められ、残り2分30秒となり、過去最悪であった1953年の2分前に次ぐ危機的な状況となったのだ。1953年は米国が前年に水爆実験を行った結果だが、今回は北朝鮮の核実験地球温暖化不安定な国際情勢などとともに、トランプ政権の誕生が要因として上げられた。北朝鮮はさらに核実験を行う構えを見せ、米環境庁長官には温暖化「人為説」否定論者が就任した。来年はさらに時計の針が進むことになるのか気がかりである。
(青森大学名誉教授 末永洋一)

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「学力テストと健診」結果を見るのは怖い?

2017/2/26 日曜日

 

 「健診結果の封筒は開けません」、この発言に会議中の眠気が飛んだ。談笑の中に健康づくり活動のかかえる失敗の本質が見えた気がした。会社で働いていると健診は義務であり、もし事業者が健診の実施義務を怠ると罰金が科せられるそうである。しかし、健診を受けても結果の入った封筒を開けなければ…。まわりの人が笑っていたため、つられて笑ってしまったが、苦笑いであった。
 青森県の短命の理由として、タバコやお酒の飲みすぎだけでなく、健診受診率の低さが指摘されている。
 これまで私が聞いた“健診を受けない理由”として「面倒くさい」がトップである。さらに聞くと「病気(異常)がみつかるのが怖い」、「今は元気(健康)だから」、「症状があったら病院に行く」などがある。これらの裏側に問題の本質があるように思う。
 とくに「症状があったら病院に行く」には驚きだ。ほとんどの日本人が経験する生活習慣病は、悪くならないと症状が出ないのが特徴である。悪くなる前に治療をすれば元気でいられる。つまり、健診は症状がないときに受けるべきものであり、症状があったら健診ではなく病院に行くべきである。
 健診は学力テストと同じだと思う。誰にとってもテストは怖い。私も高校や大学の頃にそうであった。受けることも嫌だし、結果も見たくなかった。勉強嫌いに加えて、落ちたらどうしようと考えると不安であった。しかし、終わればすっきりしたものである。結果が出れば、同じ成績の仲間と一緒に笑ったり、勉強したり、いつの間にか次に向けて進んでいた。今考えると、テストを受けることで自分の出来ない箇所(弱点)がよくわかったし、一緒に勉強した仲間、特に同じような成績の仲間との絆が深まったように思う。
 学力テストは学力の診断であるが、健診は健康度の診断である。若者は健康である。だから若いうちから自分の健康度が高いことを確認しながら、いつまでも元気な体でいて欲しい。一方、年を取れば年の分だけ何かは引っかかるものである。しかし、一度受けてしまうと、不思議とその後は気が楽になるものである。自分の問題点が見え、対策も取りやすくなるからだ。健診を受けないと、うすぼんやりした正体不明の不安に駆られる。
 テストは何が間違っていたかだけでなく、なぜ正解が導き出せたか考えることも大事と考える。健診で「異常なし」でも、なぜそうであったかを考え、学ぶことも大切と思う。健診結果は、健康について学べる自分だけの優れた教材である。結果を見るだけではもったいない。健康づくりの第一歩として、結果通知が届いたらまず封筒を開けて欲しい。
(弘前大学大学院医学研究科准教授 高橋一平)

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「紛争鉱物」の話 豊かな天然資源が苦難の源?

2017/2/19 日曜日

 

 私たちの日常に電子機器は欠かせない。これらの機器を作るのにはコルタンという鉱物が使われる。でもそれがどこから来るのかを考えたことがあるだろうか。そしてコルタン・スズ・タングステン・金の4つの鉱物が「紛争鉱物」という名でよばれることを知っているだろうか。
 先月末に弘前大学で上映したドキュメンタリー映画『女を修理する男』は、20年にわたって「紛争状態」が続くコンゴ民主共和国東部の実態を描きつつ、日本にいる私たちの日常が「紛争鉱物」を通じて、その地域の状況と強く結びついていることを静かに訴えかけていた。
 この映画は、紛争が終結したとされる2003年以降も、複数の武装勢力が活動を続け大規模な性暴力が繰り返されるコンゴ東部で、性暴力の生存者を献身的に治療してきた婦人科医デニ・ムクウェゲ医師の活動を追ったものである(「コンゴの紛争下における性暴力、紛争鉱物とグローバル経済」米川正子・華井和代、2016年9月9日、ウェブサイトSYNODOS http://synodos.jp/international/17778)。ムクウェゲ医師は性暴力を受けた人々を治療し支えるだけでない。ここでの性暴力を性的テロリズムと呼び、それを生み出す構造そのもの、つまり軍や武装勢力が資金源を確保するために、鉱物の略奪と鉱山の支配を目的にして組織的に性暴力を手段化してきたことやそれを可能にするグローバル経済のありようを強く非難し、その状況を変えるための国際社会の対応を訴えるのである。映画の中で描かれるのは、コンゴ東部の起伏に富んだ美しい風景とそこで起きたあまりに残虐な性暴力の経験を語る女性たち、治療場面、後遺症に苦しみながらも自立にむけて集まりを組織した女性たちの姿、そして暗殺未遂にあいながらも国連などで性暴力の実態を告発するムクウェゲ医師の姿である。
 上映会には大学生を中心に多くの市民の来場があった。この映画が来場者にどう受け止められるだろうかという懸念もあった。だが「怖かった」「強い怒りを覚えた」という正直な感想に加え、紛争鉱物の利用に国際的な規制ができたことで武装勢力が7割の鉱山から撤退したという成果に注目した意見や「国や政治家の役割が重要」「資源の流通に関心をもちたい」「もっと知りたい、考えたい」という率直な意見に触れて深く考えさせられた。
 本来、豊かな天然資源をもつ地域では、そこに住む人々こそがその恵みを享受して良いはずだ。それを「紛争鉱物」に変えるのは何なのだろうか。安いものや新しいものが良い、材料がどのように来るかを考えたことがないという私たちの態度を少し変えるだけでも、状況が大きく変わることを知っておきたい。
(弘前大学人文社会科学部教授 杉山祐子)

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「津軽の中世を楽しむ」乳井地区の古跡を契機に

2017/2/12 日曜日

 

 昨年の師走に、石川出張所長さんからご連絡をいただき、乳井地区で行われている、歴史勉強会の存在を知りました。
 すでに市教育委員会の文化財担当者を数度迎え、地域の埋蔵文化財や乳井神社に代表される中世以来のことも、町おこし協力会を中心に学んできたそうです。
 乳井のネタ話でまず思い浮かぶのは、じょっぱり殿様で有名な三代藩主の信義公のこと。ここは白河天皇のむかしから、津軽一郡往古殺生禁断の地に定められた場所で、毘沙門様を祀る嘉承山福王寺の大福院がありました。
 ある日、参詣した信義公が、こともあろうに境内で鉄砲を撃ち放ったところ、天罰とばかりに突然に雨が降り出した。
 家臣は祟りだと騒ぐが、「自分はこの地の太守であり、そこに住まいさせて貰いながら、領主に対してなんたる不届きな仕打ち」と天に向かい一喝。すると、六百年以上も家賃を払わずにいたことに恐縮したのか、雨も止みましたとさっ。
 そんなお殿様、友好都市の盟約を結んでいる群馬県太田市、旧弘前藩領の飛び地があった尾島でのお誕生。二代藩主の信枚公と、石田三成の姫君の辰子姫との間にお生まれになられたお方ですから、その血筋はなかなかのもの。このご縁も何かにたいせつに活かしたい話題です。
 乳井神社の社殿は県の文化財に指定され、昨年から保存修理工事が実施されていますが、是非ご覧いただきたいのが、かつて屋根の棟をまたぐように載っていた、鬼板と呼ばれる部材。拝殿の縁に置かれたその大きさは、実にデカイ。
 地元では茶臼館への道を整備したり、いろいろ域内の美化にも努めているというから、春になったら出掛けたいもの。
 ここの散策には、歩きやすい服装と、近郊でハイキングを楽しむって気持ちで探訪いただきましょう。
 原始古代の遺跡や、江戸時代以降の社寺が多い津軽地方で、少ないのが中世の遺物。でも、乳井神社の周辺には、板碑と呼ばれる中世の石造の供養塔や、古式の五輪塔まであるのです。これらには、ご本尊として梵字という、奇妙で摩訶不思議な文字が彫り込まれているのですから、「これが金剛界大日如来様」とでも語れば、周囲は尊敬の眼差し疑いなし。
 更に足を伸ばして、中別所の公卿塚や石仏と呼ばれる場所の板碑を見比べて、深浦町の関の古碑群を押さえれば、もう陸奥板碑おべ博士ってもんです。
 そういえば、来週には滝の結氷で農作物の豊凶を占う、西目屋村の乳穂ヶ滝氷祭が開催されましょう。いまでは稲穂を積み上げた形の氷と言われますが、江戸時代の紀行には「乳井瀧氷圖」と掲載。ちょうど乳房の間から滝水が流れ落ちており、結氷は「陶の形」の姿でした。
 春の計画を秘めながら、もうちょっと冬を楽しんでみましょうよっ。
(元弘前図書館長 宮川慎一郎)

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