日曜随想

 

「名前があるよ」ひとからげとは違う個として

2017/8/6 日曜日

 

 いま、弘前のまちは、ねぷた祭りシフトである。昼でも、どこからかねぷたの笛が聞こえ、子どもたちが「ヤーヤドー」と叫びながら遊んでいるのを見かける。職場でも、夕方になると「今日は□□町のねぷたに出るからごめん」と言い置いてそそくさと帰る同僚があるかと思えば、揃いの浴衣に着替えて出陣の準備にかかる同僚たちが走りまわって、祭り独特のわさわさした空気があふれる。
 昔、観光客として弘前に来て、初めてねぷたの合同運行を見た感激は忘れられない。街路に続くねぷたの列は夜に浮かぶ光の波のようで、繰り返されるねぷた囃子とヤーヤドーの掛け声を聞いていると、別世界に誘われるような不思議な気分になる。同行していた留学生の友人も「ここは現世じゃない!」と訳のわからん感動の仕方をしていたっけ。しかしいかんせん、何も知らない観光客のこと。しばらくすると通るねぷたが皆同じように見えてきて、最後を待たず近くの居酒屋に入って痛飲してしまった。「現世」に戻るにもほどがあるというものだ。
 しかし、弘前の住民になってから、一つひとつのねぷたにそれぞれの町や団体の名前がついて回り、違う個性をもっていることを知った。前ねぷたに工夫を凝らす□□町、子どもたちがかわいい○△幼稚園、△□町の囃子がどうの、絵師の○○□さんの扇ねぷたがどうのと楽しむポイントが大きく違ってきた。名前を意識すると、それぞれの違いに眼を向けることになる。世界の見え方もずいぶん変わりそこに生きる人の姿が見えてくる
 タンザニア在住の金山麻美さんが「タンザニア徒然草」というブログに、「チナ(中国人)」と呼びかけられたできごとを描いていた。タンザニアだけでなくアジア地域の外では「中国人!」と呼びかけられることがしばしばある。それは同じような外見をした「外国人」の総称として使われているのだろうが、一からげにされ自分の存在が無視されているようで、気持ちの良いものではない。「日本人」と呼びかけられても同じことだ。彼女は、そう呼びかけた女性に「わたしはチナじゃないし、名前があるのよ」と答えたそうだ。それを聞いた別のタンザニア女性が「いいこと言うわね~」と言い「みんな、それぞれに名前があるものね。…わたしたちだってよその国に行ってアフリカ人って呼びかけられたらいやだよね。…これって肌の色による差別だよ」と呼びかけた女性を諭したという
 金山さんは、この一コマをこんなふうに結んでいる。「わたしのような肌の色の人が皆、中国人ではないし、黒い肌の人が皆アフリカ人でもないし、そうだったとしても、一人ひとり違うんだってこと。」名前を意識するとしないとが、こんなことにもつながっている。
(弘前大学人文社会科学部教授 杉山祐子)

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「見たい明治の侫武多」百十年前に東宮殿下が台覧

2017/7/30 日曜日

 

 市内随所にねぷたの小屋掛けがされ、紙面トップを飾って絵師の活躍が載るのも、津軽では見慣れた光景のひとつ。
 明後日には、弘前ねぷたまつりが開幕するので、多くの観光客の心は勿論ながら、地元の津軽人の魂を揺さぶるねぷたの出陣を、大いに期待したいものです。
 ねぷたには、江戸時代の史料もありますが、写真では明治三十九年の扇ねぷたが最古級。扇ねぷたとともに、多彩な組ねぷたが撮影されたのは、その二年後。
ちょうど百十年も前の明治四十一年九月に東宮、のちの大正天皇が東北行啓で、弘前宿泊のお慰みにと気合い充分の作。
 お宿となったのは、新築したての弘前偕行社。侫武多をご披露申し上げたいと願う弘前人に、当時の県庁では、わずか一夜のご滞在が雨になれば、それまでの準備が無駄になろうと諭したのですが、まったく意に介さない津軽衆の心意気。
 四つの町道場の侫武多が、東宮殿下の台覧に向け富田へ集合。最大の組ねぷたは鷹匠町の明治舘が製作した、日本武尊が熊襲を刺さんとする場面で、剣を手に翻った袂は高さ三丈九尺と、約十二メートル。
 六人ほどが乗り込んだこのねぷたを、左下から撮影した写真が知られますが、偕行社前に出陣し、ちゃんと正面や背面の見送りも撮影されていた写真を見て、本当にビックリ。こんな巨大な組ねぷたが街中を動いたら、必ず電線を切るし、相当の重さがあるでしょうから、実際の移動は無理だと思い込んでいたのです。
 神話の挿絵では、熊襲の強者は胸を刺されて、仰向けに倒れる構図が多いのですが、組ねぷたではその表情が見えにくいので、俯せになり、両足を跳ね上げた形で表現されているのですねぇ。
 次に大きな組ねぷたは、城陽会の中大兄皇子が蘇我入鹿と戦うもので、三丈。もう一台は、その半分の大きさでした。陽明館のスサノオ尊のオロチ退治は二丈五尺、村上義光の勇戦の場でも二丈一尺と、軽く六メートル超え。大きさは確認できないものの、仲町の北辰堂が出した日本一の桃太郎の鬼退治、もう一台繰り出した平維茂と山婆も、ほぼ同程度でしょう。
 ほかに百石町で据え置きや、鞍馬山の牛若丸と天狗があったようですが、実は誉れのねぷた八台すべての写真があるわけではない。また同様に気合いの入ったねぷたであろうと思うのが、昭和十一年の秩父宮両殿下へのご披露。運行は新聞や記念誌でわかりますが、肝心の写真は不思議にわずかしか知られていません。
 いまのように自在に曲がる針金ではなく、割り竹を使用した造形の妙や苦労の全容をちゃんと知りたいし、資料を見付けたら、陸奥新報にお知らせください。
 ねぷたの歴史を見直す本が編纂されるらしいから、新資料の発掘や既存の再吟味も併せて行い、市民参加で立派なものにしたいですねっ。期待しちゃいます!
(元弘前図書館長 宮川慎一郎)

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「石の上にも三年」三年長いか短いか

2017/7/23 日曜日

 

 十七日の本紙で、今年三十周年を迎える「津軽弁の日」が、一般の人々からの日常を読んだ川柳や短歌の募集を今年限りとし、ひと区切りとなることを知った。記事によれば、来年からは内容を変更して継続するとある。選者・スタッフの皆さまの、これまでのご苦労に敬意を表したい。
 何かを続けていくためには、努力や情熱だけでは持ちこたえられず、経済的な裏付けや人脈、組織が必要である。そのため、優れていても、多くのイベントや集まりが継続できずに消えていってしまうことが多い。学問の世界でもご他聞に漏れず、高邁な理想を掲げ、志を一にする仲間が集まって作った雑誌でも、三冊くらい発行するうちに事情が変わり、情熱も尽きて、それっきりになってしまうという「三号雑誌」なる表現がある。津軽弁の日はその十倍だ。これまでのご苦労は想像に難くない。
 しかし、三(年)というのは、人間にとってひとつの単位であるようだ。例えば有名なことわざに「石の上にも三年」というのがある。冷たい石の上でもじっと三年座っていれば温まるというところから、辛い辛抱も報われる日が来るという教訓を表している。三年というのは、実質的には「長い時間」と考えられ、厳密に三年とは限らないのだが、世の中では「就職したら三年は頑張りなさい。」のような言い方を耳にすることもある。
 私も赴任する前、「一年めは職場の状況をよく見て、二年めに準備をして、収穫できるのは三年めつまり自分のやりたいことがあったら、周りに理解者や協力者を得る努力や準備をしてから、やっと三年めにできると心得ておきなさい。」と言われたものだ。同じようなことわざに「火の中にも三年」や「茨(いばら)の中にも三年」というものもある。どれをとっても苦しいことに違いない。
 若年者の雇用状況は、四割ほどがいわゆる非正規雇用であり、新卒で就職しても三年後までに離職する率は三割ほどである。ただでさえ少子化の世の中で働き手を得るために企業は苦労している。さらに現在は、空前の売り手市場と言われる(選ばなければ)就職しやすい状況にある。終身雇用制が崩れ超氷河期があり、ブラック企業や非正規雇用も当たり前に聞く世となってから、だめならもっと自分にあった職を求めて転職すればいいという考えは、若年層にも親世代にも日常化されつつあるのではないだろうか? 一方で、長い時間をかけないと身につかないことも多々ある。一人前の仕事ができるまでに時間がかかるのも本当だ。
 「三年」は現代社会において長いのか短いのか、辛抱するのかしないのか、ことわざのとらえ方にも影響を与えそうだ。
(弘前学院大学文学部教授 今村かほる)

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「健康心理学」幸福感と長寿の関係

2017/7/16 日曜日

 

 今回は、自分の専門分野である、心理学分野の話題にしてみた。
 それまでとても疲れていたり、体調が思わしくなかったりしていたのに、楽しみにしている行事が近づくと、急に元気になるということを、皆さんも、一度は経験したことがあるだろう。逆に、嫌なことや悲しいことがあると、体調をくずしてしまうこともある。心と身体の関係は、複雑で実に不思議なものである。
 【楽しい】【嬉しい】【幸せ】という感情と、【元気】【健康】は、どうも深い関係があるらしい。
 幸福研究の第一人者で、「幸せ博士」の異名をとる、イリノイ大学心理学部名誉教授のエド・ディナー博士の、興味深い研究結果をご紹介しよう。
 健康診断や病院にいったとき、問診票というものを書いたことがあると思う。それには、「煙草を吸いますか」「お酒はどのくらい飲みますか」「定期的に運動していますか」などの、健康に関する質問が並んでいただろう。エド博士は、そこに「あなたは幸せですか」という項目を加え、「はい」と答えたとき、どのくらい寿命に差がでるのかという研究をした。その結果「幸せである」ことが、平均して9・4年の長生きにつながる、という興味深い結果が得られている。
 省略して簡単に説明したが、この結果は大学生を40年追跡調査した研究や、9万人近い40から69歳の男女を対象にした研究等、106の調査研究から分析して導き出した結論だということである。エド博士の他にも幸福感・喜び・感謝等の感情と健康・長寿との関係について研究をしている研究者は世界中に大勢いる。
 しかし、「幸福感」が健康にいいらしいとわかっても、ではどうしたら「幸福感」を増やすことができるのだろう。いくつか紹介しよう。
(1)家族や友人と一緒にいる時間を作る。(長い人ほど幸福感が強い。)
(2)他人に親切にする。
(3)他人に感謝の気持ちを伝える。
(4)他人に多くを与える。
(5)他人と自分を比較しない。
(6)一日の終わりに、その日良かったことを三つ思い起こしてみる。
(7)週に一回、自分の幸福について考える時間を持つ。(毎日だと効果が薄れるので、週一くらいがよい。)
 この他にも、自分がどんなことで幸せを感じるのか、一度考えてみてはどうだろう。日常の些細な事が「幸福感」につながっているかもしれない。
 長生きしたい人は、禁煙し、塩分を控えるとともに、家族や友人を大事にしよう。他人に望むより、他人のためにできることを考えよう。また、誰かと喧嘩している人がいたら、今日中に仲直りすることをお勧めしたい。
 さて、あなたは幸せですか。
(弘前医療福祉大学教授 小玉有子)

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「県土強靭化を急ごう」市町村も策定し対策を

2017/7/9 日曜日

 

 「コクドキョウジンカ〈国土強靭化〉」って一体何なのだと言う声が未だに聞かれるし、ましてや各自治体では強靭化計画の策定が義務付けられているにも拘わらず、都道府県はほとんどが策定しているものの、市町村になると、極めて少ないのが現状だ。青森県は今年3月に策定したが、市町村はむつ市だけである。都道府県で最も多くの市町村が計画を策定しているのは和歌山県であるが、その理由はおおよそ見当が付くだろう。「国土強靭化基本法」の成立に尽力したのは自民党・現幹事長の二階俊博氏だが、和歌山県は彼のお膝元であること、南海トラフや東南海トラフが引き起こす巨大地震と大津波が真っ先に襲来するのも和歌山県であることなどが背景にあるだろう。
 ところで、この法律は、東日本大震災を受け、大規模な災害の被害の拡大を防ぐため、広く社会資本整備を進めることとし、具体的には老朽化などで損壊の恐れのある道路や橋などを点検し、補修などを行うことを目的として、2013年12月に成立した。こうしてみると、法律制定以前に主張された「所詮は巨大な土木事業を行うための法律ではないか」との批判も当たりそうな気もするが、決してそうではない。迅速な避難や人命救助のための体制を確保し、地域での防災教育の充実を図るという、いわばソフト対策にも力点が置かれていることにも注意すべきなのだ。ハードとソフトの両面から「強くしなやかな国民生活の実現を図るための防災・減災に資する」ものでこの法律に基づく「大綱」では、国民が互いに助け合う地域ネットワーク形成の重要性が訴えられている。
 さて、こうした中で前述のとおり、青森県は「人命の保護が最大限図られること」「県及び社会の重要な機能が致命的な障害を受けずに維持されること」「県民の財産及び公共施設に係る被害の最小化」「迅速な復旧・復興」を基本目標とする「青森県国土強靭化地域計画」を策定した。そこでは34項目の「リスクシナリオ」を設定し、問題の所在を明らかにするための「脆弱性評価」を行い、青森県の特性を踏まえた基本的な方針が示されている。特にリスクは、単体ではなく複合的に発生する可能性があるとして、それへの対応の重要性が謳われ、またハード対策とソフト対策の適切な組み合わせ、「自助・共助・公助」の役割分担と連携などが強調されている点は重要であろう。一方で、むつ市を除く県内市町村では未だに策定の動きはほとんどみられない。市町村の特性に合わせた計画策定が待たれよう。もちろんどこかのコンサル任せの計画では実行性に疑問があり、計画は策定して終わりではない。防災・減災に係る計画では尚更であり、日常的な備えと定期的な訓練などが強く求められることは言うまでもない。
 (青森大学名誉教授 末永洋一)

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