日曜随想

 

「長寿の国日本」感謝と願いを込め長寿を祝う

2022/5/29 日曜日

 

 世界保健機構が2021年に発表した世界の平均寿命ランキング(データは19年)で、日本は堂々の第1位で、84・3歳となっています。第2位がスイスで83・4歳、第3位が韓国で83・3歳です。183カ国のうち、平均寿命が80歳以上の国は、31カ国しかありません。最下位はアフリカのレソト王国で50・7歳となっています。アフリカ地方の平均は64・5歳と、まだまだ低いです。
 日本では、江戸時代に入って、平均寿命が40歳を超えました。1900年で44歳、50年で61歳でしたから、昭和から平成にかけて、平均寿命が延びていることがわかります。
 長寿のお祝いは、儒教の長寿を尊ぶ考え方と、敬老の思想に根差したものと言われ、鎌倉時代には現在のように還暦を節目として祝う習慣が広まったと言われています。しかし今では60歳で現役の方が多く、まだまだ高齢者という感じはしません。80歳近くまで、現役の方もいるくらいです。しかし、その年まで健康で、家族のために頑張ってくれたことへの感謝の気持ちと、いつまでも長生きしてほしいと願って、節目にはお祝いしてあげたいものですね。本来は数え年の誕生日に祝うものでしたが、最近は満年齢で祝う人が多くなっています。長寿を祝う節目の年齢、名前と由来をご紹介します。
・還暦:60年で十干(じっかん)十二支(じゅうにし)が一巡してもとの暦に還ることに由来。赤いちゃんちゃんこは赤子に戻り、もう一度生まれ変わって出直すという意味。
・古希:70歳。中国の詩人、杜甫の詩の一節「人生七十古来稀なり」に由来。
・喜寿:77歳。喜の草書を楷書にすると「㐂」と書き、字を分解すると十七の上に七が付いたような文字となることに由来。
・傘寿:80歳。傘の字の略字「仐」を分解すると八十となることに由来。
・米寿:88歳。米の字を分解すると八十八となることに由来。
・卒寿:90歳。卒の字の略字「卆」が九十と読めることに由来。
・白寿:99歳。百の字から一を引くと「白」になることに由来。
・百寿:100歳。100歳であることから百寿。紀寿とも。紀は一世紀を表すことから。
・茶寿:108歳。茶の字を分解すると八十八、十、十となり、すべて合わせると108になることに由来。
・皇寿:111歳。皇の字を分解すると白(99)、一、十、一となり、すべて合わせると111になることに由来。
・大還暦:120歳。2回目の還暦。
 令和3年度、青森県内の百歳以上の高齢者は、750人を超えました。百寿や茶寿のお祝いをする方が、身近にいらっしゃるかもしれませんね。我が家も、今日は母の卒寿のお祝いで、盛り上がる予定です。
(弘前医療福祉大学教授 小玉有子)

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「若者の未来は」格差とアンダークラス化

2022/5/22 日曜日

 

 経済的格差を示す指標として、私たちの世代は「エンゲル係数」を習い、その後、イタリアの数理統計学者コッラド・ジニが考案した「ジニ係数」を教えられた。近年、前者はほとんど耳にしないが、後者は一国内の経済格差や国際的な比較などで今日でもよく使用されている。
 「ジニ係数」には、純粋に前年の所得を対象に計算して求められる「当初所得ジニ係数」と、税や社会保障などで所得を再分配した結果を計算して求められる「再分配所得ジニ係数」がある。両者とも「1」に近づくほど格差が大きいことになり、「0・5」を超えると、国民生活の安定のために何らかの対策をとらなければならないとされる。わが国では、前者は「0・5」を超えているが、後者は「0・4」を超えたことはない。このことは、わが国では所得の格差は極端に大きいものではなく、税制や社会保障制度が機能することで、国民生活を不安にさせるほどの「格差」は生じていないということになるかもしれない。しかし、本当のところはどうなのか、特にわが国を担っていく若者の実態はどうなのだろうか。
 今年3月に中央紙が行った「世論調査」では、性別、世代を問わず、日本の経済格差を「深刻だ」と捉える人が9割に上り、「今後も拡大する」との回答が50%、「縮小する」はわずか7%にとどまった。日本財団が行った18歳意識調査でも、「格差を是正できる」と思う若者は23%にすぎなかった。さらに、今年2月に内閣府が公表した調査では、25~35歳の若年層の間では「係数」が上昇していることが指摘されている。いささか感覚的な判断にはなるが、「ジニ係数」が示すものとは違い、国民の多くが経済格差を感じており、若年層ではより深刻であるものの、格差解消に希望をもっている人は極めて少数だということになる。
 わが国が高度成長の中にあった1970年代には「一億総中流」と言われたが、先の世論調査では、「中の中」(中流)と感じている人は30%で、「中の下」以下が47%にもなっている。こうした中、近年、若者の「アンダークラス」化とその深刻さが指摘されている。
 アンダークラスは、有期契約の非正規雇用者で、低所得で、結婚して家庭を築くこともできない階層を指し、わが国の若者の2割に達しているとされる。韓国では、恋愛、結婚、出産、就職、マイホーム、人間関係、夢を諦めた「7放世代」や、最近では人生のすべてを諦めた「N放世代」が急増しているとされるが、わが国における若者のアンダークラス化も全く同様であろう。こうした事態を生じさせた要因はいくつかあるが、いずれにしろ、この問題の解決なしにはわが国の将来は極めて不安定なものとなるのは確かで、官民挙げて取り組むことが求められているのは言うまでもない。
(青森大学名誉教授 末永洋一)

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「アート悶々23」池田亮司展

2022/5/15 日曜日

 

 弘前れんが倉庫美術館で池田亮司展を観(み)た。会期(8月28日まで)が残っており、内容について書くのはネタバレになってしまうから避けたほうが良いと通常は考えるところであるが、こういったちっぽけな考え方など意味を成さないと感じさせるほど圧巻の展示であった。
 美術館に入ると、受付の所からピカピカと点滅し強弱の光を放っているものが見えた。光を放っていたのは「point of no return」という作品だ。光の量に圧倒された。例えとしてはどうかと思うが、綿菓子製造器にザラメ砂糖を入れると放射状に砂糖の糸が出てくるように、この作品から光が質量を持って飛び出してくるのである。光は粒であり波でもあるそうだが、この作品の光は粒であった。以前観たことのある彫刻家アニッシュ・カプーアの作品のことも思い出した。その作品は、穴に光を吸収する塗料が塗ってあって、そこを覗(のぞ)くと闇に吸い込まれるような感覚になるのであるが、「point of no return」は光を放出しているのでこれとは対照的である。にもかかわらず、しばらく観ているとなぜか吸い込まれるような感覚になった。不思議でかっこいい作品だと思った。
 展示室1から展示室2へ向かう途中の細長い通路には「date flux[n。1]」があった。というより、空間自体が作品となっていた。天井のプロジェクターに次々と映し出される数字やアルファベットなどのデジタル的なイメージと音に囲まれた空間の中を通り抜け、次の部屋に着いた。
 吹き抜けの大空間、展示室3には本展示のメインであろう「date-verse3」があった。大きな画面と音の大迫力に圧倒された。具体的な数字、記号や実写の映像など様々(さまざま)なイメージが目まぐるしく次から次に現れてきた。「原子核の内部から宇宙まで、ミクロとマクロの視点を行き来する壮大な旅」(解説文より)に引き込まれた。この美術館の大空間と一体化した、ここでしか観られないまさにサイト・スペシフィックな作品となっていた。
 この後もレーザーで空間にドローイングする「exp#1~4」や、作家の思考がストレートかつシンプルに現れている平面作品「grid system[n。2-a~d]」(この作品が展覧会に深みをもたらしたのではないか。個人的にはこの展覧会の出品作品の中では特にこの作品と「point of no return」が好きだ)など、充実した内容の展覧会であったし、とにかく楽しめた。
 池田氏は雑誌のインタビューで、自身の職業をコンポーザーだと語っている。様々な科学的データを収集し、それらを素材に音や映像を制作し、空間と時間のコンポジションを行っているのだという。また、本展について池田氏は「意味や答えを求めないで自由に楽しんで欲しい」と語っている。潔いではないか。
(弘前大学教育学部教授 塚本悦雄)

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「報道の使命」権力に懐柔されることなかれ

2022/5/8 日曜日

 

 ロシアによるウクライナ侵攻が止まらない。当世、侵略戦争はいかなる理由を並べても人道的に許されるものではない。現代の戦争はネットを駆使し、無人機による爆撃なども多用するハイテク戦だ。一方で、ロシア国内で自国民に対しては、情報統制などを伴う旧来のプロパガンダ(政治宣伝)によって戦争を正当化する。為政者が報道や言論を制することで、意のままに戦争をも成し遂げられるということだ。
 翻って現在の日本はどうか?「国境なき記者団」という団体が行う世界報道自由度ランキングで、日本は安倍政権以来、順位下落の一途。先頃発表された本年の結果は180カ国中71位とまた順位を下げた。G7のなかではダントツの最下位である。順位の数字はあくまで参考程度に考えるべきだが、11年前には先進各国を押しのけ、11位だったことを顧みれば、相当に危機的な状況だ。自身の経験でも、空虚な首相会見や国政に対する論説の希薄さなどを考えれば合点がいき、報道側の責任によるところも大いにあろう。
 こうしたなか、ウクライナ侵攻を追い風に、政権与党が「憲法改正」を声高に唱え、大手紙や放送メディアが好意的に乗じる。それどころか首相経験者が軽々に核兵器の保有を口にするほどで、ロシア情勢を他人事(ひとごと)としてはいられない。
 近頃、憲法改正に関する世論調査がよく報じられる。必要が不要をわずかに上回る、と大々的に報じるものの、本来はどこをどう変えるのかという各々の詳細な案を示すことなく問われても回答は難しいはずであり、多数派はもちろん「どちらともいえない」となる。そもそも、まず国民が政権に望むことを問えば、経済対策や社会保障、政治と金の疑惑解明などが上位となり、改憲の要望は極めて少数であるといえる。
 憲法は、第99条で為政者に対して憲法を尊重し擁護する義務を課している。権力の暴走を防ぐことが憲法の大きな役割だからだ。第二次大戦での苦い経験を受けての条文であろう。つまり、為政者による恣意(しい)的な改正を許してしまえば、権力を縛っていた足かせが取り払われる改悪が危惧される。
 いま衆議院の憲法審査会で議論されているのは、憲法改正の国民投票に伴うCM広告規制の是非だ。大手紙にとっては系列放送局の広告料収入という甘いアメに関わることでもある。アメとムチによる大手紙の懐柔は東京オリパラで図らずも露見したが、憲法改正は多くの国民にとって、それどころではない。
 甘いアメの後には、必ずやムチが飛ぶ。これは先の大戦で先輩記者たちが実体験したことではないか。
 だからこそ今、報道に携わる人間たちには、権力としっかり対峙(たいじ)すべきことを肝に銘じて欲しいと思う。
(オフィス「オリゾンテ」代表 田村昌弘)

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「折々の思い」一寸先は闇である

2022/5/1 日曜日

 

 目指すべき目標が持てる時代は幸せである。なぜなら、それが達成できなければ、反省して再挑戦したり方法を工夫したり、志と努力次第で前へ進んでいける可能性があるからだ。失敗しても立ち上がってやり直す。こうした統一感の下で国は威信を、人々は尊厳をかけて自由を謳歌(おうか)してきた。背景には、平和や経済の安定がもたらす安全、安心があった。
 だが時代は変化した。ただ単に目標を実現するだけでは評価されなくなった。実現する内容の新しさや便利性、スピードなどの付加価値を求めるようになったからだ。さらにいえば、実現しても利益が見込めない目標は、評価が得られない。費用対効果の良いことが前提で、それが万事に幅をきかせる。他方で少子・高齢化の現象が社会を縮小させ、国力を削(そ)ぎ続ける。未来投資という必要なムダを担保する余裕が失われている。
 こうした状況に追い討ちをかけたのが、コロナ禍とウクライナ侵攻である。この二大事件は世界中を震撼(しんかん)させ、人々の恐怖と不安を増幅した。二つの事件の共通項は、突然起こり急速に拡大していること、多くの人命が奪われ健康が阻害され続けていること、未(いま)だに出口が見えないことである。特に2月24日が起点のウクライナ侵攻について、メディアは、罪のない民間人が攻撃を受けて犠牲になったニュースを連日報じている。
 もちろん編集された報道が、全て正しく伝えられているわけではないだろう。そうだとしても、それを見聞きするたびに悲しみや寂しさ、行き場のない怒りや恐怖の感情で胸が締め付けられる。地下シェルターに身を隠し、毎日を送る老若男女。ずっと太陽を見ていない。一日も早く戦争が終わってほしい。そう話す少女。こうした映像を見ると息が詰まる。耐えがたい拷問のように思う。どんな理由にせよ、他人の命や自由、幸せを不当に奪う戦争が、許されていいはずがない。
 新世紀になって20年あまり。この間、天変地異をはじめ原発事故、疫病や戦争など、物事の見方や考え方を一変させる衝撃度の強い事象が続出した。それまでは既存の秩序が機能し、多少問題が起きても想定内に収まっていた。安全神話が生まれた所以(ゆえん)である。それが幻想であり、微妙なバランスで保たれていた事実を20年の歴史は如実に物語っている。
 小林秀雄は「鏡としての歴史」を信じ、鏡に自分の姿が映るように、歴史を読んで自己を発見する大切さを説いた(『学生との対話』新潮社)。小林の顰(ひそ)みに倣えば、歴史には変化し消滅する事象と人間が絡み合っている。鏡に映るごとく自己を発見するには、自分で歴史事象を調べ、想像し認識するしか手はない。予測不可能な時代は傍観者的立場ではなく、常に自分の問題として思考を進めたい。昔の人も知っていた、一寸先は闇である。
(柴田学園大学特任教授 船水周)

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