日曜随想

 

「良い遺伝子をオン!」じょっぱりが幸運をつかむ

2018/10/28 日曜日

 

 人とのめぐり合いが運命を変えることは枚挙にいとまがない。この弘前においても平凡な出会いから、後の自分の仕事に大きな功績を残した人がいる。その人は、弘前市の造り酒屋「六花酒造」の代表取締役北村裕志社長。居酒屋で親しくなったサラリーマンとの出会いからビッグな話をものにした。
 「六花酒造」の代表銘柄は日本酒「じょっぱり」。“大吟醸じょっぱり”は2018年全国新酒鑑評会にて金賞を獲得している。また世界最大規模の市販酒のコンクールIWCで純米大吟醸華想いが3度目の金賞を受賞した。
 “じょっぱり”は津軽の方言で頑固者や意地っ張りを意味する。が、筆者が弘前に赴任して4度お会いしたが、社長である北村氏からは頑固者と言うよりは、人の話をじっくり聞かれ、感情豊かなメリハリの利いた話しぶりからは、むしろさわやかな印象が感じられた。
 さて北村社長によると、それは新宿駅ガード下の居酒屋で大手出版社の役員との偶然な出会いであったという。何度か飲み交わすだけの間柄だったということであるが、その人が後に北村氏の社長就任を大いに喜び、“刎頚の友”への贈り物ということで、まさに雲の上の存在思われた現代詩人、相田みつを氏とのコラボの話を実現した。青天の霹靂とはこのことか、北村社長はつくづく人間関係の大切さ、素晴しさを痛感したという。
 筑波大学名誉教授、村上和雄氏によると、いい出会いをしたとき、自身に化学反応が起こり、良い遺伝子がオフからオンに変わり、今までにない自分へと変わる。そして人間の思いや心の働きというものに、想像以上に大きな影響与える、ということである。村上教授はいい遺伝子を活発化するためには、強い志や使命感をもつこと。喜び、笑い、感動、前向きな気持ちが大切という。
 40歳の時、東京営業担当を任せられた北村社長は以後10年間、販路拡張の強い使命に燃え、北海道を除く日本中を1300シーシーのライトバンに乗って走り回った。誰に対しても屈託ないさわやかな笑顔で接し、刎頚の友へは臆することなく感動を顕わにされていたに違いない。そしてきっと刎頚の友も親近感を抱きアイスブレイク(※氷が解けるように緊張を和らげ話しやすい雰囲気を作ること)状態となってしまった。その結果、途轍もない果報へと結びついたと思われる。
 近年、お米とリンゴ果汁のリキュールをリニューアルした。このリンゴ果汁と米麹との不思議なマッチングが、若者や観光客の嗜好を引き寄せているときく。さて、ここにまたどんな新しい出会いが生まれることだろうか、マッチングによって作られるゆえ、アイスでなくホットな出会いを期待したい。
(弘前医療福祉大学短期大学部教授 牛田泰正)

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モルディブの意地か「他国支配を拒絶し自立へ」

2018/10/21 日曜日

 

 比較的詳しく世界の歴史や地理を学ぶわが国においても、地球温暖化問題に関心を有する人や、マリンスポーツ好きの人などを除けば、モルディブ(共和国)のことを知っている人は多くはないだろう。スリランカ西方のインド洋に位置し、200ほどの島からなる人口40万人弱の島国だが、この島国の平均海抜は2・4メートルで、地球温暖化による海面上昇とサンゴ礁の死滅で、南太平洋上の島国と同様に、国土の水没が危惧されている。また、常夏で遠浅のエメラルドグリーンの海が広がる島々には、多くの国から若者たちが訪れている。
 主要産業は観光で、GDPも世界160位程度の小さな島国が、昨今、世界的に関心を集めることとなったのは、アジアと中東を結ぶインド洋上の戦略的位置にあるからにほかならない。だからこそ、中国は「一帯一路」政策上の拠点として進出を図ってきたのだ。私は、中国の「一帯一路」政策全てを否定するわけではない。巨大な貿易経済圏を構築し、各国が相互に利益を享受できるものであれば批判は当たらないだろう。しかし、この構想は、実際には中国の軍事的進出を伴うものであり、以前、スリランカの事例で述べたように、経済的・財政的支援に名を借りた「新植民地主義」的な政策であることは疑い得ない。モルディブも過去数年にわたり、中国の「支援」でインフラ整備を行ってきたが、それは中国の軍事拠点化されることと表裏一体の関係だった。同時に汚職がはびこるのも他国同様であった。
 こうした中、先月23日、大統領選挙が行われ、親中国派の現職大統領が敗れ、野党候補が当選した。野党陣営を徹底的に弾圧し、批判的なメディアの締め付けが強化される中での選挙であり、与党大統領派の勝利は確実と思われたが、モルディブ民衆は中国の露骨な進出=支配を拒絶したのである。中国にハンバントタ港の99カ年租借といった事実上の植民地支配を認めたスリランカでも新大統領の下で「脱中国」が叫ばれ、マレーシアでも中国支配を拒否するマハティール氏が首相になった。モルディブもこうした動きの一つとして考えられよう。
 しかし、こうした途上国が経済的発展を目指そうとする時、必要なのはやはり金=マネーである。例えば、南太平洋の島国の多くが中国に頼るしか「選択肢」はないというのも現実だろう。だからこそ、日本など、自由・民主主義、自立を価値観とする国こそがこれらの国々を支援していく必要があるのは言うまでもない。日本政府は最近、スリランカ、バングラデシュ、ミャンマーのインド洋沿岸3国の港湾整備支援を決定した。ヒモ付きでない経済・財政支援こそがこれらの国々の民主主義の進展と自立を支援することとなり、その成果が期待される。
(青森大学名誉教授 末永洋一)

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「停電災害の教訓」 情報を『見える化』する

2018/10/14 日曜日

 

 9月6日未明に起きた北海道胆振東部地震では、私の住む函館でも震度5弱の揺れを感じた。地震の直後から北海道全域が停電となり、わが家に電気が戻るまで27時間、函館市の全域が復旧するまでには42時間近くを要した。長時間の停電は、弘前周辺でも東日本大震災の際、さらには27年前の台風19号による被災の時に経験した方も多いだろう。今回、あらためて電力に頼る社会の脆さを痛感するとともに、時代ごとのニーズに即した災害への備えや教訓が必要だと感じた。
 函館や札幌など都市部の観光地では、多くの外国人を含む旅行客が震災に遭遇した。交通機関や宿泊で難題を抱える旅行者にとって、連絡や情報収集のためにはSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)が頼みの綱だったが、スマートフォンの充電切れが彼らの差し迫った問題だった。しかしながらスマホをどこで充電できるか、という情報が不足していた。これは旅行者のみならず、この街で暮らす私たちにとっても同じで、今や家庭の電話は停電の際に使用できないものが多く、高齢者など災害弱者ほど、携帯やスマホが命綱になっていた。もちろん各所に避難所は設置したのだが、限られた自家発電の環境では、ここで充電できるとの広報はしなかったようだ。それゆえに断片的な情報を手がかりに、充電のため遠方まで赴いたという人もかなりいたようだ。コンビニ等でも買える充電アダプターさえあれば、自家用車のシガーソケットから簡単に充電できるので、本当はご近所同士で身近にもっと助け合うこともできたはずである。
 さて、誰もが一番欲しかった情報は、もちろん停電復旧の見通しである。しかし電力会社からの情報はほとんどなかった。こうしたなか発災当日の夕方、地域コミュニティーFM放送がリスナーからの情報で、ある地区で停電が復旧したことを伝えた。これを聞き、私は自分の所も復旧が近いと察した。だが土地勘のない人にとっては、それがどの場所なのかがわからない。このことに限らずいろいろな情報は、地図の上に示され見えるものにすることで、誰もがわかりやすく、より価値の高い情報になったはずだ。SNSにより積極的に情報収集し、自治体の持つマンパワーを活用して、停電復旧の状況を「情報が見える」状態にする努力が必要だったと感じる。地図情報システムといった過剰なものは全く必要ない。白地図に復旧状況を色鉛筆で塗り分け、それを時間毎にデジカメで撮り、SNSにアップしさえすればよい。何を示しているかを明確にすれば、多言語対応でなくとも外国人にも役立つはずだ。
 機転を利かせて「情報を見える化」すること。今回うまくいかなかったことこそ、ぜひ教訓にしたいものだ。
(オフィス「オリゾンテ」代表 田村昌弘)

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「日本アニメ百年(9)」テレビアニメの台頭(2)

2018/10/7 日曜日

 

 プロダクションアイジーは元々、1987年にテレビアニメ『赤い光弾ジリオン』をタツノコプロが制作した時のプロジェクト班に集合したスタッフ達を、制作完成後に解散させることを惜しみ、制作プロデューサーとしてプロジェクトを率いた石川光久が、後藤隆幸率いるアニメ集団「鐘夢」を合併して、京都アニメーションからの援助を受けて、「有限会社アイジータツノコ」を同年12月に設立したものです。出資者は、石川、後藤と京都アニメーションの代表、およびタツノコプロなどでした。そして「有限会社アイジータツノコ」を設立した後に93年、「有限会社プロダクション・アイジー」に変更しました。
 設立からしばらくは各種のアニメ関連の仕事を制作してきましたが、いよいよ押井守監督の劇場映画作品「攻殻機動隊/GHOST IN THE SHELL」を制作し、日本のみならずアメリカでもヒットし、全米のビデオレンタルのトップになることができました。このことにより日本国内だけでなく海外での知名度も高まり、企業としての規模も拡大します。なお、このアニメはこの後、アメリカで映画「マトリックス 3部作」設定の元として監督のウオシャウスキー兄弟が取り上げたことで、さらに知名度が上がりました。10年後に第2作「イノセンス」が制作され、相当難解な内容でしたが、制作にはスタジオジブリが資金提供からアニメーターの動員まで幅広く協力し、プロデューサーもスタジオジブリの鈴木敏夫が共同就任したようです。キャンペーンにも積極的に鈴木が参加し、宮崎監督の後押しもあったそうですが、同時期のスタジオジブリ作品のプロモーションにも良くない影響が出たそうです。衛星放送でも神山健治監督でテレビ版が制作されてシリーズ化されました。このテレビ版もまた日本のアニメの実力を発揮し、世界的に有名になりました。全米のCATVの視聴率1位を記録したようです。近年では「攻殻機動隊/GHOST IN THE SHELL」自体がハリウッドで実写化もされました。
 98年に増資して「株式会社プロダクション・アイジー」と変更されます。アイジーとは石川、後藤両名の頭文字です。テレビシリーズは主に子会社のジーベックが制作し、プロダクション・アイジーは劇場用アニメ映画の制作を主としていましたが、2001年より子会社が担っていたテレビシリーズの元請制作にも進出しました。制作したアニメには有名な作品が数多くあります。「精霊の守り人」「図書館戦争」などは実写化されていますし、「進撃の巨人」や「銀河英雄伝説」「新世紀エヴァンゲリオン」では制作協力で参加しています。「スカイ・クロラ」などもあります。
(弘前大学教育学部教授 石川善朗)

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「気ままな旅」盛岡・原敬記念館を再訪する

2018/9/30 日曜日

 

 9月半ばをすぎた日曜の朝、久しぶりに大鰐ICから東北自動車道に入り、盛岡へ向かった。盛岡は何度行っても飽きない、不思議な魅力をもつ街である。
 その魅力を因数分解すると、次の5項目にまとめることができる。「日帰りできる適度な距離と時間」「お土産豊富なサービスエリア」「変化と起伏に富む車窓の風景」「整備された歴史・文化遺産(施設)とアクセスの利便性」「ご当地グルメが気軽に味わえる鉄板の食文化」。
 このうち、旅の共通項として、私は「歴史・文化遺産(施設)」の項目を必ず取り入れている。しかも、興味、関心が向く対象にだけ、限られた時間と意識を集中的に注ぎ込む。それが自分に思わぬ気付きや発見、躍動感をもたらすからだ。
 今回の盛岡行きは、原敬記念館を再訪し、原敬という人物を知るためである。今や幕末に生まれ、疾風怒濤(しっぷうどとう)の明治、大正時代を生き抜いた、平民宰相・原敬の生涯や功績を知る人は数少ない。歴史教科書、書籍等から窺い知ることも限られている。まして原のものの見方や考え方、生き方の真実は知る由もない。
 対して、世の中はフェイクニュース(虚偽発言)が飛び交い、混沌(こんとん)としている。何を信じてよいかわからぬ状況である。平成の世が終わりに近づく今こそ、原敬の真実の姿に心底学びたくなった。
 盛岡ICから車で約15分も走ると、原敬記念館(盛岡市本宮4丁目)に着く。正門に続く通路を真っ直ぐ進むと左手に生家、右手に記念館が見えてくる。まず生家(当時の5分の1程度)にあがる。続いて庭、池、東屋を巡る。程なく記念館の玄関が現れる。玄関の右横に建つ碑(岩手山をイメージした自然石)は、原が座右の銘にした「宝積(ほうじゃく)」の自筆文字が刻まれ、威風堂々の様相を呈する。
 碑文によれば、「宝積」には「人に尽くして見返りを求めない」「人を守りて己を守らず」の意味があるという。原の信念や行動にブレがなかったのは、「宝積」を己の生き方(実践)の指針にしていたからであろう。館内の4つのコーナー(「若き日の原敬」「官僚時代」「新聞界から総理」「原敬の遺品」)に展示されている、ゆかりの資料がどれもみな「宝積」に帰着するのが、その証左である。
 若き日の不如意な暮らし、苦学、流転の経験(辛酸)が原の類い希な人間性と才幹を磨き、総理大臣まで上り詰める原動力になったのは間違いない。藩閥と無縁の政党内閣を組織し高等教育機関の整備、選挙法改正等に尽力した原だが、現実的な政治姿勢や政党運営はジャーナリズムに批判されることが多かったという。時代の空気が許さなかったのだろう。
 原は一人の青年の凶行により、志半ばで突然亡くなった。理と情を調和させ、「宝積」の生き方を実践し続けた、平民宰相・原敬により一層畏敬の念を抱く。
(東北女子大学家政学部教授 船水周)

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