日曜随想

 

「心のしるべ」言葉のニュアンスを知る

2021/4/11 日曜日

 

 新聞や週刊誌の記事を読むと使い分けに迷う言葉、類義語に出合う。一例を挙げる。意図、意向、意思、(意志)、思惑、つもり…。基本の意味は心に抱く思いであり、一つ一つの言葉は掛け替えのないニュアンス(意味やイメージの微妙な差違)を持つ。今、頻繁に使われる「ヤバイ」という言葉とは対極にある。
 三省堂・『新明解類語辞典』、小学館・『類語例解辞典』『類語使い分け辞典』を使って、それぞれの言葉の差違を比較・検討してみると、以下の特性に気付く。意図―何かをしようと考えることやその考え。意向―どうしたいかについての大まかな考えや方向性。意思(意志)―そうしたい/したくないという気持ちや考え(意志は積極性に重点が置かれる)。思惑―ひそかに抱く期待や狙い。つもり―何かをする予定や気持ち。
 つまり、類義語の意味を大ざっぱに捉えるだけでは、個々の言葉の特性、持ち味を捨てることになる。的確に理解し表現するには、言葉の陰影、ニュアンスを知っている必要がある。国語学者・岩淵悦太郎は言葉(言語)の機能を、(1)認識、(2)伝達、(3)思考、(4)創造―の四つに区別する。こうした言葉の機能はニュアンスの裏打ちがあって発揮される。
 言葉のニュアンスを無視、軽視することは誤解や失敗につながり、当事者の教養や品格まで疑われてしまう。だが考えすぎるのも禁物。強迫観念から先へ進めなくなってしまう。要は適度な気配り。同時に、表現するときは、言葉の辞書的な意味(曖昧性)を自分で定義する意識が欠かせない。「○○の言葉はこの意味で使う」と明確に限定する。漠然と表現しても真意は相手に伝わらない。
 若者の語彙(ごい)不足が指摘されて久しい。新学習指導要領の国語科は小・中・高一貫して語彙指導の改善・充実を求めた。背景には児童・生徒の語彙を量的、質的に充実させる狙いがある。文脈や状況に即して、自分が分かる言葉に変換できる能力がますます重視される。
 例えば、自覚する=気付く、趣旨=狙い、顕在意識=意識、潜在意識=無意識、フェーズ=段階(区切り)、プロセス=過程(流れ)、建て付け=仕組みなど、言い換えを適切に行えば、理解が進み、主体的表現がしやすくなる。もちろん、簡明な言葉の言い換えだけで済むわけではない。言葉のニュアンスを知る努力と一体化している点に留意したい。
 語彙の充実には言葉の用例を模倣する練習が効果的だ。物事を自分の眼や心で捉え自分の言葉で紡ぐ。理解の際は、「なぜこう表現したのか」というふうに、相手の立場を想定して分析する。言葉のニュアンスを知る行為はその大前提だ。気になる言葉は国語辞典や漢和辞典、類語辞典を引いて確かめる。このような習慣をぜひ身に付けておきたい。
(柴田学園大学特任教授 船水周)

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「富士山はどっち」搭乗時の気になること

2021/4/4 日曜日

 

 新年度を迎えても航空業界は大変な苦境のようである。国内外ともに人の移動が1年以上にわたって制限されているからである。
 就職したての頃は今のように格安航空チケットや格安航空会社がなかったばかりでなく、1000キロを超えないと職務命令が出なかった時代でした。この理屈だと昨年開通した青森―神戸線でも無理なことになります。
 その頃から搭乗し着席すると非常用機内設備の説明をするのは今も変わりません。飛行機って危ないものだとか、預けた荷物が無事に目的地で受け取れるだろうかとか心配事だらけでした。酸素マスクは自動的に出てくるだとか、救命胴衣は着水する際に素早く頭からかぶってウエストストラップを締めてとか、膨らみが足りない場合は息を入れてとか心配事ばかりなのに、最後には実際に取り出さないでくださいである。これが一向に改善されないまま、ん十年経過しました。詳しくは備え付けの説明書を読んでくださいということなので読むと、羽田着の大きめの飛行機ではゴムボートに多数の乗客が乗って少し水面にぷかぷかのイラストが、羽田から青森の飛行機では、全員水面にぷかぷかのイラストでした。青森近辺の海は冷たいのでゴムボートが必要ではとの問いに、CAはこの飛行機には備え付けていませんとの返事でした。ゴムボートに乗れるのはきっとお手伝いの必要な方ではなくて、前列の優先搭乗のお客さまだろうとのやっかみも生まれてきます。機長からの指示だとCAがジャンプシートに座って締めたのは肩からクロスのシートベルトでした。うーん。
 機内での愉(たの)しみは、窓からの景色ですがWi―Fiを使って位置情報を確かめないと下の景色がどこなのかさっぱり分かりません。近くを通る路線だと雲が多くても、大抵富士山は見ることができます。富士山どっちで検索するとJALでもANAでも確認できますが、天候や気流によって機長判断で航路変更もありますので確実なわけではありません。
 他の愉しみはオーディオプログラムで落語を聞くことですが、これがまた1時間と持ちません。乗り換えで往復となると4回同じプログラムを聞かされます。JALは4月から機内エンターテインメントが大幅に変わるようなので期待していますが。個人用画面ありの便に乗らないとスマホやタブレットが必要です。貸し出しもしないとのことなので、Wi―Fi環境だけでいいのではと思ってしまいます。
 以前、鹿児島から奄美大島までJACのATR機へ搭乗した際に座席が3Cとかだったので、そんなに前の席に座れるのと思ったら搭乗口が後方の機種でした。ビジネスクラスの若者を見なくて済みました。
(弘前学院大学看護学部教授 三上聖治)

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「卒業式の思い出」卒業の歌

2021/3/28 日曜日

 

 3月は、卒業の季節です。しかし、新型コロナウイルス感染症の影響もあり、今年の卒業式も、かなり簡素化されました。私が勤務する大学の学位授与式も、呼名に返事をしないとか、国歌や校歌は斉唱しないという制約つきでした。会場には保護者も入れず、ライブ配信で見ていただいただけです。先週テレビに、有名私立大学の学位授与式が放映されていましたが、式は15分で終了したということでした。
 小中学校や高校の卒業式も、様変わりしたと聞きました。呼び掛けや歌がなくなったり、来賓や地域の方をお招きしなくなったり、在校生を式場に入れない学校もあったということでした。このご時勢、仕方がないことなのですが、寂しいですね。
 私は、27年間小学校教員をしていたので、卒業式には、たくさんの思い出があります。子どもたちは、当日の感動がなくなるんじゃないかと心配になるほど、歌や呼び掛け、登壇の練習を何度も何度も繰り返し行っていました。今思えば、そうやって、卒業に向けて気持ちを引き締めていったのでしょう。式当日は、一張羅を着て、緊張の中にも少し誇らしげで、大人びた子どもたちの表情が、とてもうれしかったのを覚えています。卒業の歌を歌いながら涙する子どもたちを見て、保護者と共に、毎年もらい泣きしていました。今も、卒業の歌を聴くと、そのときの光景がよみがえります。
 皆さんは、卒業の歌と言われて、どんな歌を思い出しますか。私が子どもの頃は「仰げば尊し」や「蛍の光」が定番でした。教員になってからは、「旅立ちの日に」「はばたこう明日へ」「ビリーブ」「大地讃頌」など、さまざまな合唱曲が歌われるようになり、次第に「3月9日」「手紙~拝啓十五の君へ~」など、歌手がヒットさせた曲も歌われるようになりました。卒業の歌はどれも心に残っています。
 埼玉県の中学校の校長先生と音楽教諭が作った「旅立ちの日に」の出だしの歌詞は、卒業式の朝のとても美しい情景を思い起こさせます。
白い光の中に山並みは萌えて
はるかな空の果てまでも
君は飛び立つ
 小学校の先生になりたかった弓削田健介氏が、小中学生のために作った合唱曲「ビリーブ」の歌詞は、いつも優しい気持ちになれます。
たとえば君が傷ついて
くじけそうになった時は
かならず僕がそばにいて
ささえてあげるよその肩を
 歌詞を見ただけで、歌える方も多いはずです。私はこの時期、つい卒業の歌を口ずさんでしまいます。
 コロナ禍で卒業式に参加した子どもたちは、大人になったとき、どんな歌とともに、今年の春のことを思い出すのでしょう。
(弘前医療福祉大学教授 小玉有子)

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「コロナ禍1年を想う」収束後見据えた準備を

2021/3/21 日曜日

 

 わが国で新型コロナウイルス感染者が出てから1年余。当時、欧州各国ではすでに多数の感染者や死者が出ていたが、わが国では発生源を特定して感染拡大を防止する「クラスター潰し」が功を奏し、あるいは、日本人は何かしらの抗体を持っているのではないかとする「ファクターX」説もあり、これほどまでに感染が拡大するとは思われなかった。しかし、欧米諸国に比べれば依然として少ないものの、感染者は確実に増加し、2度にわたって「緊急事態宣言」が発出され、対象地域のみならず、国民は「自粛」を余儀なくされた。「自粛」は強制されたものではなく、個人に決定権があるが、国民の多くは粛々としてこれに従っており、このことが欧米のような「ロックダウン」を必要としなかった要因であり、誇るべきことであろう。ただ、われわれがコロナ禍にさいなまれている間に、わが国の経済産業や社会などの分野で様々な矛盾が顕在化してきており、この矛盾が、コロナ収束後においても固定化されるとしたら、極めて残念なことである。私が最も危惧するのは、経済的格差と矛盾、社会的矛盾の激化と固定化である。
 最近、景気の「K字回復」という用語を耳にする人も多かろう。コロナ禍で落ち込んだ景気が回復する際、業績を伸ばすものと落ち込んでいくものとの差が拡大し二極化する状況を指し示すものであるが、こうした状況はすでに顕在化しており、ICT企業などが上昇する一方で、既存の産業が下降し続けている。これを産業構造の変化だと切り捨てることは容易だが、結局は、富を一部の人間に集中させ、社会的矛盾を拡大することにつながりかねない。零細事業者をいかに持続化させるかを、今こそ真剣に問われなければならないだろう。零細企業が多く、それが地域住民の雇用を守っている地方ではなおさらであろう。
 外出を「自粛」し、「3密」を避けることは、感染拡大防止には有効であることは間違いない。しかし、人間社会は本来、人と人が触れ合うことにより成り立ってきたものだ。他者との触れ合いこそが、自らの存在を確認し、他者に対する思いやりを育んできたことは疑い得ない。「テレワーク」「リモート会議」「リモート授業」では決して代替できないものだ。孤立した人が精神を病み、エゴイズムに陥る危険性が指摘されている。コロナ後を見据えた対策を今から構築しなければならないだろう。
 特効薬がなく、ワクチン接種が遅れている(わが国でワクチンが製造できないかも問題であるが)中で、ウイルスが私たちの将来を決めるかの如(ごと)くに振る舞っているが、人類が必ずウイルスに打ち勝つのは歴史が証明している。コロナ後の世界の在り方は、今私たちがどのように決定し行動するかにかかっているのだ。
(青森大学名誉教授 末永洋一)

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「アート悶々13」ACACの野外彫刻

2021/3/14 日曜日

 

 ACAC(国際芸術センター青森)では2021年度にいろいろな角度から野外彫刻を考えるプロジェクト「表層/地層としての野外彫刻」が企画されている。現在それに先立ち準備講座「ここにたつ」が3回にわたり開催されているところである。その2回目となる2月6日に行われた講座「森の中の野外彫刻」に参加した。
 講師は椎敬氏であった。椎さんはACAC開館準備の段階から16年まで主任技術員を務められ、さまざまな作家の制作・展示に関わってこられた。また今回の講演で触れられていたが、青森県立図書館の広場に音の出る彫刻を設置したり、1997年から集団即興のためのプロジェクト「マージナル・コンソート」のメンバーとして海外公演も多数行ったりと、アーティストとしても活躍されている。固定メンバーで定期的に集団即興演奏を行なうグループは世界的に見ても「マージナル・コンソート」だけだという。
 講演は、主にACACの敷地内にある野外彫刻の制作現場の話であった。それぞれの作品の設置場所はどうやって決まったのかという話、森の中に材料を運ぶ苦労話や作品に蜂が巣を作るので困った話、水を循環させる作品では配管に枯れ葉がすぐ詰まること、さらには予算が年々縮小されていったことなど、当時のエピソードの数々は椎さんでしか語れない興味深いものだった。
 その中でも2003年に設置された村岡三郎作「SALT」についての話は印象的であった。この作品は、簡単に言えば巨大な鉄の箱に塩が詰まっていて、その箱の1面がアクリル板で透明になっており、中に塩が入っているのが見えるというものだ。長い時間をかけて塩が鉄を錆(さ)びさせ、徐々に侵食していくようなイメージであろうか。壮大な時間スケールを持つ重厚な作品だ。しかし椎さんによると、実際には箱は塩で満たされていないという。当初、塩の重量と鉄の強度など物理的な問題や安全面への考慮から、アクリル板から30センチの厚みだけ塩を入れることになったが、しばらくして塩が水分を含み、その重さでアクリル板が膨らんできて、塩が入っているところの上に隙間ができた。そこで発泡スチロールを奥に仕込むことで塩の厚みをさらに薄くした。塩は10センチの厚みになった。
 村岡三郎氏は塩で箱の中を満たしたかったに違いない。透明な面もアクリルではなくガラスを使いたかったであろう。とはいっても「この作品は鉄製の箱の中に塩が詰まっています」と言われるとそのようにしか見えないし、たたずまいも巨大で迫力があり質感も重厚だ。物理的な問題および安全性の問題はベストな状態で解決されていると思う。鉄と塩という素材と、作家の思考・精神が見事に一体化した芸術。私はこの作品が好きだ。
(弘前大学教育学部教授 塚本悦雄)

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