日曜随想

 

「紛争鉱物」の話 豊かな天然資源が苦難の源?

2017/2/19 日曜日

 

 私たちの日常に電子機器は欠かせない。これらの機器を作るのにはコルタンという鉱物が使われる。でもそれがどこから来るのかを考えたことがあるだろうか。そしてコルタン・スズ・タングステン・金の4つの鉱物が「紛争鉱物」という名でよばれることを知っているだろうか。
 先月末に弘前大学で上映したドキュメンタリー映画『女を修理する男』は、20年にわたって「紛争状態」が続くコンゴ民主共和国東部の実態を描きつつ、日本にいる私たちの日常が「紛争鉱物」を通じて、その地域の状況と強く結びついていることを静かに訴えかけていた。
 この映画は、紛争が終結したとされる2003年以降も、複数の武装勢力が活動を続け大規模な性暴力が繰り返されるコンゴ東部で、性暴力の生存者を献身的に治療してきた婦人科医デニ・ムクウェゲ医師の活動を追ったものである(「コンゴの紛争下における性暴力、紛争鉱物とグローバル経済」米川正子・華井和代、2016年9月9日、ウェブサイトSYNODOS http://synodos.jp/international/17778)。ムクウェゲ医師は性暴力を受けた人々を治療し支えるだけでない。ここでの性暴力を性的テロリズムと呼び、それを生み出す構造そのもの、つまり軍や武装勢力が資金源を確保するために、鉱物の略奪と鉱山の支配を目的にして組織的に性暴力を手段化してきたことやそれを可能にするグローバル経済のありようを強く非難し、その状況を変えるための国際社会の対応を訴えるのである。映画の中で描かれるのは、コンゴ東部の起伏に富んだ美しい風景とそこで起きたあまりに残虐な性暴力の経験を語る女性たち、治療場面、後遺症に苦しみながらも自立にむけて集まりを組織した女性たちの姿、そして暗殺未遂にあいながらも国連などで性暴力の実態を告発するムクウェゲ医師の姿である。
 上映会には大学生を中心に多くの市民の来場があった。この映画が来場者にどう受け止められるだろうかという懸念もあった。だが「怖かった」「強い怒りを覚えた」という正直な感想に加え、紛争鉱物の利用に国際的な規制ができたことで武装勢力が7割の鉱山から撤退したという成果に注目した意見や「国や政治家の役割が重要」「資源の流通に関心をもちたい」「もっと知りたい、考えたい」という率直な意見に触れて深く考えさせられた。
 本来、豊かな天然資源をもつ地域では、そこに住む人々こそがその恵みを享受して良いはずだ。それを「紛争鉱物」に変えるのは何なのだろうか。安いものや新しいものが良い、材料がどのように来るかを考えたことがないという私たちの態度を少し変えるだけでも、状況が大きく変わることを知っておきたい。
(弘前大学人文社会科学部教授 杉山祐子)

∆ページの先頭へ

「津軽の中世を楽しむ」乳井地区の古跡を契機に

2017/2/12 日曜日

 

 昨年の師走に、石川出張所長さんからご連絡をいただき、乳井地区で行われている、歴史勉強会の存在を知りました。
 すでに市教育委員会の文化財担当者を数度迎え、地域の埋蔵文化財や乳井神社に代表される中世以来のことも、町おこし協力会を中心に学んできたそうです。
 乳井のネタ話でまず思い浮かぶのは、じょっぱり殿様で有名な三代藩主の信義公のこと。ここは白河天皇のむかしから、津軽一郡往古殺生禁断の地に定められた場所で、毘沙門様を祀る嘉承山福王寺の大福院がありました。
 ある日、参詣した信義公が、こともあろうに境内で鉄砲を撃ち放ったところ、天罰とばかりに突然に雨が降り出した。
 家臣は祟りだと騒ぐが、「自分はこの地の太守であり、そこに住まいさせて貰いながら、領主に対してなんたる不届きな仕打ち」と天に向かい一喝。すると、六百年以上も家賃を払わずにいたことに恐縮したのか、雨も止みましたとさっ。
 そんなお殿様、友好都市の盟約を結んでいる群馬県太田市、旧弘前藩領の飛び地があった尾島でのお誕生。二代藩主の信枚公と、石田三成の姫君の辰子姫との間にお生まれになられたお方ですから、その血筋はなかなかのもの。このご縁も何かにたいせつに活かしたい話題です。
 乳井神社の社殿は県の文化財に指定され、昨年から保存修理工事が実施されていますが、是非ご覧いただきたいのが、かつて屋根の棟をまたぐように載っていた、鬼板と呼ばれる部材。拝殿の縁に置かれたその大きさは、実にデカイ。
 地元では茶臼館への道を整備したり、いろいろ域内の美化にも努めているというから、春になったら出掛けたいもの。
 ここの散策には、歩きやすい服装と、近郊でハイキングを楽しむって気持ちで探訪いただきましょう。
 原始古代の遺跡や、江戸時代以降の社寺が多い津軽地方で、少ないのが中世の遺物。でも、乳井神社の周辺には、板碑と呼ばれる中世の石造の供養塔や、古式の五輪塔まであるのです。これらには、ご本尊として梵字という、奇妙で摩訶不思議な文字が彫り込まれているのですから、「これが金剛界大日如来様」とでも語れば、周囲は尊敬の眼差し疑いなし。
 更に足を伸ばして、中別所の公卿塚や石仏と呼ばれる場所の板碑を見比べて、深浦町の関の古碑群を押さえれば、もう陸奥板碑おべ博士ってもんです。
 そういえば、来週には滝の結氷で農作物の豊凶を占う、西目屋村の乳穂ヶ滝氷祭が開催されましょう。いまでは稲穂を積み上げた形の氷と言われますが、江戸時代の紀行には「乳井瀧氷圖」と掲載。ちょうど乳房の間から滝水が流れ落ちており、結氷は「陶の形」の姿でした。
 春の計画を秘めながら、もうちょっと冬を楽しんでみましょうよっ。
(元弘前図書館長 宮川慎一郎)

∆ページの先頭へ

「歳取り・正月・節分」大人の責任

2017/2/5 日曜日

 

 20年ぶりくらいにお正月を郷里で迎えた。今でも私の郷里では歳取り・正月は何回かあり、その都度、食べなければならないものも決まっている。年末31日にはもちろん年取り行事があり、出世魚であるブリをはじめ、田作り・数の子・なます・黒豆・かりんが添えられる。かりんは「金を借りん」と掛けられており、西日本的な方言でこその縁起担ぎだとわかったのは、大きくなってからのことだった。他に貝ひもや蓮根・人参・昆布・生姜を煮た「しぐれ」や、肉や魚を一切使わず、野菜と昆布、開運のためのはまぐりで作る「お平」、絶対に残してはいけない(残すと来年に仕事が残ると言われている)「大汁」などである。
 年が改まると6日年を取り、7日の七草を迎える。七草を刻むときの歌も決まっていて「七草ナズナ唐土の鳥が日本の土地に渡らぬ先にあわせてバタバタ」なる不思議な歌だ。意味は全くわからなくても、とにかくそう言うものだと教わって唱えてきた。お鏡開き、小正月にも年取りがあった。それなりの準備が必要なため、小正月に作る「餅花」などは作らなくなって久しい。
 2月4日は立春、季節が変わり春になった。その前日が変わり目の節分、今回は冬から春への変わり目である。しかし、津軽では雪の季節の真っ最中だ。
 私の出身地では、節分には戸や窓を大きく開け放ち、「鬼は外、福は内福は内」と唱えながら「鬼は外」の時だけ豆をまく。そして「蟹柊」と書いた小さな紙(お札)を、玄関や蔵の入り口などに貼って回る。それが子供の役目とされていたので、一升枡に豆を入れて大きな声でまいて回ったものだ。「蟹柊」は、蟹の爪と柊の葉っぱというとがったもので鬼を払うと聞いたが、他の家では「かにかや」と書いているところもあり、それは雷・雷様を避けるための「蚊帳」のことだとも聞いた。幼い頃は雷様も鬼なんだな、などと納得した覚えがある。
 その後、無病息災のため、年の数だけ豆を食べることになっていた。子供はすぐに食べられるので気にならなかったが、今思うに大人、特に祖父母はちゃんと食べてはいなかっただろう。私は煎った豆で出す豆茶が好きだった。何とも言えない香ばしいお茶で、お茶を出した後のふっくらした豆を食べるのも楽しかった。
 こうした伝統行事が簡素化され、さらには引き継がれなくなってきている。それは社会変化ということもあるが、自分自身「大人の責任」を感じる。子供がわからなくても続けることの大切さはある。今の時代の理屈というのは、ある意味、今の時代に生きる人間にわかる限界を示しているだろう。実は、自分たちに都合のいい理屈にはなっていないだろうか?
(弘前学院大学文学部教授 今村かほる)

∆ページの先頭へ

「沖縄から帰った飯盒」戦後70年も残る戦争の爪痕

2017/1/29 日曜日

 

 反戦を唱えるボブ・ディランがノーベル文学賞をとった翌日、私は戦争の取材をしていた。場所は青森県南津軽郡六郷村高舘(現黒石市)である。遺品は飯盒(はんごう)のふたに大きくカタカナで「キダチ」と書かれていたことから判明し、空白の70年が一気に解決した。
 大正9年、木立家に待望の長男が無事誕生し、寛藏(かんぞう)と名付けた。両親の期待に応え順調に成長し、180センチを超える父と同じような体格で、地域でも評判のイケメン青年であった。彼の成長とともに日本も発展した。何時しか大政翼賛会は成立し徴兵令が実施された。
 20才の若さで寛藏は入隊した。戦果が見事であったことは薄い紙の軍事葉書(はがき)の内容から十分読み取れる。筆跡の几帳面で丁寧な文字、両親を思う孝行息子の姿、軍部の二人の検閲印から当時の世相や緊張感が伝わってくる。戦争の5年間で状況が急展開したのは昭和19、20年の後半2年間に絞られ、日本人の人生を変えた。軍部は本土決戦を避け、各地の部隊を沖縄那覇に集結させた。
 飯盒発見の1週間前、私は沖縄県糸満市の「ひめゆりの塔」を訪問した。小雨の中、慰霊碑に献花した際、自然と涙がこぼれ胸が詰まった。その後、野戦病院に入るのだが付近に建物は見当たらない。入り口こそ立派だが、中の再現場面は地下の洞窟である。「細る体と太る蛆(うじ)」と言う言葉が残酷さ、過酷さを伝える。岩手県にも鍾乳洞の龍泉洞があるが極めて似ている。ここで最後の夜、当時の指揮官は「あとは自分の好きなようにしていい」と言ったという。自決か殺されるかである。同時期、那覇も攻撃され、飯盒はそこで発見されたという。死亡は通知だけで、遺骨遺品は一切無い。祭壇に寛蔵の写真は無く、肖像画であった。父親が亡くなるまで肌身離さず持っていた昭和20年正月に届いた元気な知らせの葉書からは、半年後に死亡通知が届くことは考えられなかった。
 70年の歳月は寛藏の記憶を薄れさせていた。しかし、飯盒はどうしても家に帰り伝えたかったのであろう。妹が新聞記事を見て連絡し、戸籍抄本、一枚の葉書などから本人確認が取れ、ようやく70年ぶりに飯盒は自宅に戻った。
 「飯盒は遺骨と同じです。無事自宅に帰れるのは極めて稀(まれ)です」沖縄の使者が持参した飯盒は、帰省しお墓に入ることができた。親族一同、子や孫まで墓を忘れることの無いよう配慮したのである。
 ものには心は無いという。しかし、戦争の危機が再び危惧される現在、今この時期に見つかった飯盒には大きな意義を感じる。この事実を重く受け止め、戦争の犠牲者は市民そのものであり、戦争が本人や家族の人生を変えてしまうことを忘れてはならない。
(元黒石幼稚園園長 山内孝行)

∆ページの先頭へ

「危険なトランプ演説」オバマ氏は有終の美飾る

2017/1/22 日曜日

 

 原稿を書いているのが15日、5日後にはトランプ氏が第45代アメリカ大統領に就任する。共和党の大統領候補選の時から何かと物議を醸し、大統領選挙ではよもやの勝利、アメリカ社会を分断へ導き世界をあ然とさせたトランプ氏だが当選直後の「勝利演説」では「団結」を訴えたはずだ。それ以降、米国民に公に所信を表明することもなかったが、12日、初めて演説し記者会見に臨んだ。
 米国民のみならず多くの人が、この演説は大統領就任直前のことであり風格、態度、内容とも次期大統領に相応しいものを期待したことだろう。もっとも2日前の10日、女優のメルリ・ストリープさんが受賞演説の中で「一国の尊敬を集める元首たらんとする人物が、障害のある記者を真似て笑いものにした」とし「権力者が公の場で本能の赴くまま人を侮辱する見本を示したら国民はどう思うでしょうか」とトランプ氏の態度を批判したが、トランプ氏は釈明どころか、ツィッターで「デマだ。過大評価の女優め!」と罵るだけだったので、期待はしなかったが。案の定、演説は超大国の指導者とは思われない高圧的態度で言いたいことだけをまくし立てる演説であり、説明や理由もなく結論じみた言葉を一方的に発信するツィッターと変わらないものだった。
 私が最も聞きたかったのはトランプ氏の経済政策である。ツィッターでは極めて単純に「国内の雇用を拡大する」とし、自由経済・貿易、WTO協定を無視する態度に終始し、無理解を恥じることなくトヨタ自動車にも難癖を付けていたからである。しかし、政策といえるようなものは全く語られず、しかも、自分に都合の悪いメディアの質問は封じたのである。こうした態度はストリープさんが言う通り、権力者のやるべきことではないのは言うまでもなく、こうした態度が罷り通る政治世界は独裁へと通じるものであることは歴史が雄弁に語っている。
 こうした時、トランプ演説の前日に行われたオバマ氏の「お別れ演説」は歴代アメリカ大統領の演説の中でも特筆に値する名演説と言えるのではなかろうか。
 首都ワシントンではなく、自身が30年前に政治家としてデビューし、9年前に大統領選出馬声明を行ったシカゴで行ったこと自体が印象的だったが、「毎日あなた達から学び、あなた達が私を優れた大統領、優れた人間にしてくれた」と、国民への感謝の言葉に始まり、「変化をもたらすあなた達の力を信じてほしい。私たちはできる」と呼びかけて終わる58分の演説に、オバマ氏の人生観や政治哲学が凝縮されていると言えよう。また、演説の後半で、「民主主義を当然のものだと思ったときが民主主義の危機だ」と警鐘を鳴らす時、全アメリカ人、そして「民主主義」国家に生きる人類への警鐘として受け止めるべきだろう。
(青森大学名誉教授 末永洋一)

∆ページの先頭へ

Page: 1 2 3 4 5 ... 54

当サイトでは一部、Adobe Flash・PDFファイルを使用しております。閲覧にはAdobe Flash Player・Adobe Acrobat Readerが必要です。最新のプラグインはアドビ社のサイトより無料でダウンロード可能です。

  • Adobe Flash Player ダウンロードセンター
  • Adobe - Adobe Reader ダウンロード