日曜随想

 

「えっ そこですか」オーディオマニアのこだわり

2020/10/18 日曜日

 

 21世紀に入って落ち着いたと思われるPCM録音に代わって、またぞろDSD音源に対応した再生機器が出現してきた。事の発端はおそらく人の耳の感度がデジタルで示されるような物理量に比例しないことが挙げられる。実際現在の騒音の単位はホンでもデシベルでもなくデシベル(A)である。
 多分に漏れず音楽との関わりは深夜放送の音楽番組でした。クリフ・リチャード、シルビー・バルタン、ジリオラ・チンクエッティなどなど。
 中学生の頃、中土手町の電気屋さんに100万円のステレオが展示されていた記憶があります。三菱ダイヤトーンの触れ込みでした。残念ながら音を聞いた記憶はありません。1960、70年代に入ると映画の音声技術の一環としてドルビーデジタルや、4チャンネルステレオが出現しました。自分がどこに居れば一番いい音響で聞くことができるか、イコライザなる装置まで出現しました。田舎に住んでて近所迷惑も考えず…ボンガボンガ騒音をまき散らしていました。もちろん4chのヘッドホンもあったのですが臨場感には欠けました。76年になると「ミッドウェイ」がセンサラウンドという鳴り物入りの音響でヒットしました。ウーハーという重低音が売りで、座席も空中に浮いているような感覚で、耳だけではない低周波を体感できました。当時の映画館にゆとりがあったのか、配給元が提供したのかは分かりませんがいい体験でした。
 逆に音がしない体験はミクロネシア連邦ポーンペイ島のナンマトル遺跡へ行ったとき、波の音、風の音、鳥の鳴き声以外の音がしません。妙に寂しさを感じました。生まれてこの方ずっと暗騒音に浸された結果でしょう。
 さて、私の周りのオーディオマニアといっても70年代後半のことですから、レコード針、アンプ、スピーカー等アナログの話です。内科医でもあった上司は、人づてに聞いた話によるとオーディオフェアがあると業者がアンプやスピーカーを借りに来るとかその方面では有名人のようでしたので、声をかけたら二つ返事で「聞きに来るか」でした。当時はちょうどアラベスクやアバのディスコブームさらに、ヘンリー・マンシーニやマントバーニのイージーリスニング。クラシックだと…フルトヴェングラー、トスカニーニ? 音楽しか考えてません。自宅に伺うと広い居間にオーディオ機器が並んでいました。「今、電源を入れたところなので安定するまで少し待ってください」。おもむろにレコードをターンテーブルに乗せ、ピックアップを持ち上げ、聞こえてきた音は…「ゴーン」「えっ何?」答えは京都知恩院の梵鐘でした。オーディオマニアのこだわりって、それなりの装置がないと再現できないものでした。
(弘前学院大学看護学部教授 三上聖治)

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「スポーツの秋」きょうはスポーツを楽しもう

2020/10/11 日曜日

 

 秋晴れの気持ちの良い日が続いています。秋はスポーツを楽しむには最適の季節です。昨年までは、10月に「体育の日」がありましたね。1964年10月10日に、東京でオリンピックが開催されたことを記念して、66年に、「国民がスポーツに親しみ、健康な心身を培う日」として、「体育の日」という国民の祝日が制定されました。2020年には、「スポーツの日」と名称変更され、その趣旨も、「スポーツを楽しみ、他者を尊重する精神を培うとともに、健康で活力ある社会の実現を願う」に改められました。さらに今年はオリンピックの影響もあり、7月に移動になりました。名称変更が検討されていた頃は、「体育」より「スポーツ」の方が広い意味があるとか、親しみやすいとか、自発的に楽しめるイメージだとか、いろいろ言われていたのですが、なんだか難しい趣旨になってしまった感じがします。
 少し興味が湧いたので、「体育」と「スポーツ」の言葉の意味について、辞典などで調べてみました。「体育」は、身体運動を通して行われる教育。知育・徳育に対して、適切な運動の実践を通して身体の健全な発達を促し、運動能力や健康な生活を営む態度などを養うことを目的とする教育。確かに、体育は教育なので、少し堅苦しいですね。
 一方、「スポーツ」は、競争と遊戯性をもつ広義の運動競技の総称。楽しみを求めたり、勝敗を競ったりする目的で行われる身体運動の総称。余暇活動・競技・体力づくりとして行う身体運動。どれを見ても、娯楽性とゲーム性に関する内容が含まれていて、親しみを感じます。また、スポーツは自分が行わなくても、観戦する楽しみもあり、生活の一部になっている方も多いことでしょう。最近はオンラインで行われるゲームも、「eスポーツ」と呼ばれ、24年パリオリンピックでは、正式種目になるかもしれないという報道もありました。ますますスポーツの定義が広まってきた印象を受けます。
 私もこの秋、20年ぶりに何か始めようと思ったのですが、長い間ほとんどスポーツらしきことをしていないので、急に始めて、アキレスけんを切るのも怖いので、今月から、ラジオ体操を始めることにしました。久々に行ってみて、体の硬さにびっくり。3分と短い時間ですが、真面目にやると、結構疲れます。でも、現在も行われているラジオ体操第一は、1951年に「子供からお年寄りまで一般の人が行うことを目的とした体操」として制定されたのですから、お年寄りに近い私にも無理なく実施できます。
 「スポーツの日」は、夏に移動してしまいましたが、過ごしやすいこの季節、難しいことは考えず、自分の年齢や体力に合わせて、単純に、スポーツを楽しんでみませんか。
(弘前医療福祉大学教授 小玉有子)

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「衆議院の解散とは」党利党略的解散はやめよ

2020/10/4 日曜日

 

 安倍晋三首相の突然の退陣表明により次期総裁選が行われ、臨時国会で第99代内閣総理大臣(首相)に菅義偉氏が選出された。時を同じくして野党の再編も進行し、国民民主党や無所属の国会議員の多くが立憲民主党に吸収された。もっとも、この野党再編劇は、2011年8月の総選挙で政権を奪取した民主党に「先祖帰り」したようなもので、選挙に備え「合併」し、候補を一本化しようというものにしか見えない。政党は本来、主義や主張を同じくする者によって組織されるものだが、そのための議論がなされたとは思えないのは残念だ。国民は、3年余の民主党政権の迷走を知っており、「先祖帰り」したような政党ではなく、明確な国家ビジョンと現実的な政策を掲げる健全野党であることを望んでいるはずだ。
 政局が目まぐるしく動く中で、内閣や政党に関する世論調査が幾度か行われたが、いずれも、内閣支持率は60%以上、自民党支持率も40%を超え、野党の支持率は極めて低調であった。こうしたことを背景に、これまでもくすぶり続けていた衆議院解散がにわかに現実味を帯びてきているのは周知のことだろう。幸い、菅首相は、「コロナ禍」の克服こそが最大の政治課題だとしており、よほどの大義名分がない限り解散しないだろう。目下の最大の政治課題は「コロナ禍」が引き起こし明らかにした社会的経済的諸問題・矛盾の緩和・解決にこそあることは明らかで、衆議院議員は来年10月の任期満了まで、国民の負託に応えて責務を果たすことが期待されているのだ。
 当然だが、衆議院議員の任期は4年で、選挙民は4年間は国政を担ってほしいとの思いで投票したはずだ。しかし、戦後、衆議院が任期満了した事例は一度で、多くは解散されている。もちろん憲法で定める通り、内閣不信任が可決されるか、信任決議が否決された場合には、衆議院の解散が選択されよう。あるいは「合理的」理由で解散が断行されたことも少数ある。1955年の鳩山内閣の「天の声解散」は、内閣の正当性をめぐり与野党が足並みをそろえて解散したもの、69年の佐藤内閣の「沖縄解散」は沖縄返還と日米安保再検討の是非を国民に問うもの、民主党野田政権が「消費増税」を国民に問う形で解散したものなどである。これらは各政党は政策を訴え、主権者たる国民の信を問うたものであろう。
 しかし、今ささやかれている解散は、何を国民に問うのかは明確でなく「合理性」がないのではないか。それどころか野党の支持率は低迷しており、統一候補擁立が困難だとみて、今なら「大勝」できるとの与党の「党利党略」が見え隠れするものでしかない。コロナ禍で国民が苦しんでいる時、打算のみでの解散は許されるはずはなく、菅首相はそうした途を選択しないことを期待したい。
(青森大学名誉教授 末永洋一)

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「アート悶々9」タコの彫刻

2020/9/27 日曜日

 

 私事で恐縮であるが、私は一時期タコをモチーフにした彫刻ばかりつくっていた。特に2001年から2年間ほどはタコしかつくらなかった。こういうもの(かたち)をつくりたいという漠然としたイメージがあって、それに近いかたちになりそうなものがタコだったというのがつくるきっかけだった。海の忍者といわれているように、タコは姿や色を自在に変える。傑作にも姿を変えてくれることを期待していたが、さすがのタコもそこまでの力はなかった。
 タコをつくるに当たり、アトリエの近くの図書館でタコに関する本を数冊借りて(何という本かは覚えていない)読んだ。興味深いエピソードがいくつもあった。タコの血液が赤くないのは、酸素を運ぶ血液中の媒体が鉄ではなく銅であり、銅は鉄に比べ酸素と結合する効率が良くないらしく、そのためすぐ息切れするということも初めて知った。鉄ではなく銅だということには、近代の鉄でできた抽象彫刻よりもギリシャの銅像の方が好きであった私にとっては何かうれしいものがあったし、すぐ息切れするのも私に似ている。
 またタコは力を出すためには何かにつかまっていなければならないということも書いてあった。これは過去の優れた作品にすがらないと成り立たない(私の)制作活動の例えではないか。これらのことでタコには親近感を覚え、その後タコの作品をしばらくつくり続けることになったのである。
 読んだ本の中に、タコの仏像(秘仏)があるという目黒の蛸薬師についての記述があった。毎年1月8日にご開帳があるというので友達と出掛けた。03年の冬のことである。檀家の方々と一緒に1時間ほど法要に参加し、それが終わるとご本尊の裏側にある秘仏を拝観することができた。拝観する前は、蓮華座の上で運慶の無著と百済観音を合わせたような佇(たたず)まいのタコの仏像を勝手にイメージしていたが、実際に目にすると、それは薬師如来を蓮華座(れんげざ)ごと3匹のタコが下から持ち上げている姿で、ユニークな小さな仏様であった。仏像を拝んでこういう言い方は不謹慎かと思うが、タコが火星人に見えて、薬師様が宇宙からやってきたようにも見えた。普賢菩薩は象に乗っているが、蛸薬師は火星人である。
 蛸薬師のホームページによれば、「遣唐使だった慈覚大師は、大暴風雨に遭った際、自ら刻んだ薬師像を海神に献じて危険を逃れた。後日、大師はその時の薬師像が瑠璃光を放ち、蛸に乗って浮かんでいるのを目にし、それをそのまま霊木に刻んだ」ということである。大師が実際にタコに乗った仏様を目にしたのかどうかは知る由もないが、この斬新な仏像を発想・制作した慈覚大師は前衛的なアーティストだったに違いない。
(弘前大学教育学部教授 塚本悦雄)

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「IT革命から20年」中央集権への逆行を懸念

2020/9/20 日曜日

 

 このたび新政権が発足して、その目玉施策が「デジタル庁」の新設とのことだが、残念ながら今さら感とともに、中央集権への逆行の懸念を禁じ得ない。
 IT革命という言葉が世に出たのは2000年。時の総理大臣がこれを「イット」と読み間違えて話題になり、この年の新語・流行語大賞にもなったが、実はこの頃から政府のデジタル施策には目覚ましいものがあった。情報通信ネットワークの整備をはじめ、教育の振興や人材の育成、電子商取引の推進、公共分野における情報技術の活用などが打ち出され、5年ほどの短期での目標達成や、もちろんその後も多種多様な施策が展開されてきた。
 その頃、IT革命で民間サイドに起こったことの一つは、インターネットの双方向性と開放性により、上意下達のピラミッド型構造だった従前の組織の在り方が、ボトムアップ型の逆ピラミッド型に姿を変えていった。情報共有などを前提に、多様なニーズにいち早く対応し行動するため、相当程度の判断を現場に委ねることになったと言ってもいい。一方、国と地方の関係においては、地方分権改革一括法により建前は分権自治の推進が望まれたが、電子自治体化はむしろ中央集権に傾いていた。ただし市役所や役場が、市民と対等な立場でまちづくりなどに取り組む「協働」という理念の定着には、このIT革命がその起爆剤として大きく作用した。
 あれから20年、圧倒的な勢いで、高性能のスマホが個人に普及した今、役所の中では、新型コロナの感染者数の集約で通信手段がいまだファクシミリだったことにはやはり驚く。また、10万円の特別定額給付金がすぐに手元に届かなかったことも改善の余地はあろう。しかしこうした因習や失策をことさら持ち出してまで、だから言わんこっちゃないとばかりに、マイナンバー推進やデジタル庁が不可欠といった議論になるのはいささか疑問が残る。
 デジタル庁がその中心施策に据えるのは、もちろんマイナンバーだ。国民一人ひとりのプライバシーに深く関わる情報までをあまねくデータ化し一元的に集約して、これを民間にも開放しながら利用していこうというものである。個人に関する情報を一手に握ることは強大な権力を手にすることでもある。究極の中央集権で、ともすれば独裁的な監視社会が到来する危惧さえある。
 こうした疑念を解き、個人情報の収集にかかる国民的理解を得るためには、その前提として、これまでの施策の積み上げを示すとともに、政府がうそをつかない、隠し事はしない、という信頼性が不可欠だ。
 公文書の改ざんや廃棄をしないことはもちろん、これまでのモリカケ桜の真相究明がその大前提である。
(オフィス「オリゾンテ」代表 田村昌弘)

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