弘前れんが倉庫美術館で池田亮司展を観(み)た。会期(8月28日まで)が残っており、内容について書くのはネタバレになってしまうから避けたほうが良いと通常は考えるところであるが、こういったちっぽけな考え方など意味を成さないと感じさせるほど圧巻の展示であった。
美術館に入ると、受付の所からピカピカと点滅し強弱の光を放っているものが見えた。光を放っていたのは「point of no return」という作品だ。光の量に圧倒された。例えとしてはどうかと思うが、綿菓子製造器にザラメ砂糖を入れると放射状に砂糖の糸が出てくるように、この作品から光が質量を持って飛び出してくるのである。光は粒であり波でもあるそうだが、この作品の光は粒であった。以前観たことのある彫刻家アニッシュ・カプーアの作品のことも思い出した。その作品は、穴に光を吸収する塗料が塗ってあって、そこを覗(のぞ)くと闇に吸い込まれるような感覚になるのであるが、「point of no return」は光を放出しているのでこれとは対照的である。にもかかわらず、しばらく観ているとなぜか吸い込まれるような感覚になった。不思議でかっこいい作品だと思った。
展示室1から展示室2へ向かう途中の細長い通路には「date flux[n。1]」があった。というより、空間自体が作品となっていた。天井のプロジェクターに次々と映し出される数字やアルファベットなどのデジタル的なイメージと音に囲まれた空間の中を通り抜け、次の部屋に着いた。
吹き抜けの大空間、展示室3には本展示のメインであろう「date-verse3」があった。大きな画面と音の大迫力に圧倒された。具体的な数字、記号や実写の映像など様々(さまざま)なイメージが目まぐるしく次から次に現れてきた。「原子核の内部から宇宙まで、ミクロとマクロの視点を行き来する壮大な旅」(解説文より)に引き込まれた。この美術館の大空間と一体化した、ここでしか観られないまさにサイト・スペシフィックな作品となっていた。
この後もレーザーで空間にドローイングする「exp#1~4」や、作家の思考がストレートかつシンプルに現れている平面作品「grid system[n。2-a~d]」(この作品が展覧会に深みをもたらしたのではないか。個人的にはこの展覧会の出品作品の中では特にこの作品と「point of no return」が好きだ)など、充実した内容の展覧会であったし、とにかく楽しめた。
池田氏は雑誌のインタビューで、自身の職業をコンポーザーだと語っている。様々な科学的データを収集し、それらを素材に音や映像を制作し、空間と時間のコンポジションを行っているのだという。また、本展について池田氏は「意味や答えを求めないで自由に楽しんで欲しい」と語っている。潔いではないか。
(弘前大学教育学部教授 塚本悦雄)