日曜随想

 

「六曜の意味」仏滅の結婚式って大丈夫?

2019/11/10 日曜日

 

 先週の日曜日に、身内の結婚式に参加し、「仏滅なのに、結婚式やって大丈夫なの」と、ちょっと気になったので、今回は六曜について調べてみました。
 暦には日付以外にも、曜日・祝日・節季・月の満ち欠けなど、主に天文学に関する様々(さまざま)な事項が記載されていますが、これらを総称して暦注といいます。六曜はこの暦注の一つで、占い的な性格の暦注と言われています。。六曜はもともと中国で「時間」を区切る際に使われていた考え方で、「先勝」「友引」「先負」「仏滅」「大安」「赤口」があり、現代の日本では、日にちの吉凶を占う指標として利用されています。
 【先勝】(せんしょう・せんがち・さきがち等)「先んずれば即ち勝つ」早いほうがいいという意味で、やるべき仕事は後回しにせず、さっさと片付けてしまったほうがいいと午前は吉、午後は凶とされています。
 【友引】(ともびき)「凶事に友を引く」の意で、災いが友にも及ぶとされていますが、本来は「共引」と書かれており、意味も「勝負なき日」、つまりは引き分けになる日という意味でした。現在のような意味は後世に作り出され根拠がないとしながらも、現在は、友引の日には、葬儀はあまり行われません。これには葬儀業界全体の、休暇事情なども絡んでいるようです。
 【先負】(せんぶ・せんまけ・さきまけ等)「先んずれば即ち負ける」の意で、急がば回れ、急いては事をし損じるということです。午前は凶、午後は吉とされています。
 【仏滅】大凶日。仏陀(ぶっだ)も滅するほどの凶日とよく解釈されますが、本当は仏教とはまったく無関係で、もともとは「空亡」や「虚亡」と記したものが、意味の上で「すべてが滅ぶ」と解釈され「物滅」と表記されるようになり、明治時代に暦学者が「物」に「仏」の字を当てたことから仏滅と表記されるようになったそうです。物滅の面白い解釈としては、何事も新しく始まる前に古いものは一度滅びるということから、物事を始める際には良い日だという解釈もあるそうです。
 【大安】(たいあん)「大いに安し」大吉日。そのため結婚式などの慶事の多くは、大安を選んで行われます。ただし昔は「泰安」と書かれていました。
 【赤口】(しゃっこう・しゃっく・せきぐち等)一説には仏滅を超えるとすら言われる凶日。陰陽道(おんみょうどう)の「赤舌日」という凶日に由来すると考えられています。「赤」の字が付いていることから、火や刃物(血)に気を付ける日と解釈されています。基本的に凶日でも、正午前後のみは吉とされています。
 仏滅は、今までの嫌なことをすべて終わらせリセットし、新しい生活を築き上げるスタートの日と考えれば、けっこう良き日なのかもしれませんね。
 (弘前医療福祉大学教授 小玉有子)

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「台風と国土強靭化」異常の常態化の中で

2019/11/3 日曜日

 

 台風15号、同19号、そして同21号は、広範囲にわたって強風や豪雨被害をもたらした。全容は明らかでないものの、すでに100名以上の死者・行方不明と1千億円以上の農林水産業の損害が発生している。特に、河川の堤防の決壊による氾濫は甚大な被害をもたらし、地域によっては復旧の見通しすら立っていない。今回の台風に止まらず、一昨年の「北部九州豪雨」や昨年の「西日本豪雨」などで、全国各地で大きな被害が発生している。線状降水帯が長時間にわたり局所的な豪雨を発生させ、台風も日本列島に近づくにつれ勢力を増すなど、従来では考えられないような状態が起こっている。地球温暖化に伴う海水温の上昇などが原因であるとの指摘もあるが、その正否は兎(と)も角(かく)、これまでとは異なる気象状況を目の当たりにしている。近年は気象観測精度が深化しており、気象庁などは比較的早い段階で豪雨や台風への備えを呼び掛けることが可能で、被害も一定程度は抑えることができるようになった。しかし、いずれにしろ、「異常気象」とされたものが「常態化」しているのは確かであり、今後も巨大台風や集中豪雨が日本列島を襲うことは確実だとされている。
 ところで、台風19号の豪雨により各地で河川が氾濫し、甚大な被害が発生していることを知った時、「コンクリートから人へ」というキャッチコピーを思い出した人も多いだろう。当時の政権党の幹部だった人物は、これは、「コンクリート」、すなわち防災・減災のための公共事業も大事であるが、「人」、すなわち国民の福祉や生活に重点を置くことを意味したのであるなどと弁解しているが、果たしてそうだろうか。今回の被害状況を思う時、「コンクリート」の重要性を改めて考え直すべきではないだろうか。台風15号に際し、伊豆地方では、死者・行方不明1200人余を出した「狩野川台風」の教訓から建設された放水路の早期開放により被害を最小限に止め、あの「八ツ場ダム」の建設により、利根川水系では大規模な氾濫が起きなかったとされている。
 「コンクリート」による防災・減災に限界があるのは確かで、さらに、常態化した異常気象の下では従来の建設方法ではもはや十分ではないかも知れない。ハードとソフトの両面から「21世紀型」の備えを考えなければならないが、まずは、人命と生活基盤(なりわい)に甚大な被害と損害を及ぼすことを最小限に食い止めることが重要であり、「コンクリート」=ハード面の整備、すなわち国土の強靭(きょうじん)化こそが急務であろう。巨額の費用を必要とするが、被害・損害が巨額になることを考えれば、人命となりわいを守ることこそ最優先課題で、マイナス金利の今こそ、いわゆる建設国債を発行してでも、全力で「21世紀型」インフラの整備を急ぐべき時ではなかろうか。
(青森大学名誉教授 末永洋一)

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「アート悶々1」美術って?

2019/10/27 日曜日

 

 美術というとまず絵画や彫刻をイメージするという時代はもう過去のものとなった。現在では表現様式・概念はますます広がりを見せている。空間を丸ごと作品とするインスタレーション、パフォーマンスなどの身体表現はもちろん、デジタルアート、参加型アートなど表現も多種多様となり、例えばインスタレーションと音楽の複合的なものなど作品を既存のカテゴリーに分類するのが難しいものが出てきた。それらを表す言葉としては「美術」より「アート」の方がしっくりくる。つまり美術がその上位概念であるアート(芸術)として、より広い意味で捉えられるようになったといってもいいだろう。
 「美術」という言葉は読んで字のごとく「美」をつくりだす「術」である。したがって美に関わる人間の創造的な営みはすべて美術と捉えてもいいのではないか。ドイツのアーティストで社会活動家のヨーゼフ・ボイスは、誰でも未来に向けて社会そのものを創造性によって“彫刻”できるという「社会彫刻」という概念を説いた。1970年代のことである。その考え方は、アートの役割が社会と関わって人々を刺激することがトレンドとなっている今の状況にフィットしていることもあって、アーティストへの影響力がますます大きくなってきている。そして「社会彫刻」は現代のアートに通底する理念としてあるように思われる。
 現在、青森県立美術館で開催中の「青森EARTH 2019:いのち耕す場所―農業がひらくアートの未来」も、コンセプトの根底には「社会彫刻」があるように思う。アートと農業をキーワードに、美術館を耕すことから生まれる新たな創造の場と捉え、さまざまな時代・分野の「美術」が物語として描き出されているような展示となっている。大変素晴らしい展覧会である(実は私も出展している)。オープニングレセプションでアーティストたちと話す機会に恵まれた。何より印象に残ったのは、彼・彼女らからアートと真剣に対峙(たいじ)する姿勢が伝わってきたことだ。もちろんアーティストとして生き残ることも切実な問題だが、それよりもアートを介して社会とどう関わり、自身もどういう態度で生きていくのかということを真面目に考えているということが伝わってきた。ボイスは人間の行う活動は労働であれ何であれすべて芸術であり、「すべての人間は芸術家である」と語った。彼・彼女らは、それを体現しているように見えた。
 1872(明治5)年のウィーン万国博覧会「出展差出歓請書」添付の出展規定に「美術(西洋ニテ音楽、画学、像ヲ作ル術、詩学等ヲ美術ト云フ)」という文言がある。これが日本において美術という言葉が使われた最初だということである。今、美術の概念は、期せずして当時のそれに近づいてきているといえよう。
(弘前大学教育学部教授 塚本悦雄)

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「手作りで継続」10周年の世界料理学会

2019/10/20 日曜日

 

 10月28日、29日に「世界料理学会」という催しを函館で開催する。筆者たちが運営を手掛けるイベントで、2009年から1年半に1度ずつ開催し、もう8回目となる。国内各地さらに海外からも気鋭の料理人たちを函館に招き、自身の料理論や哲学、風土や食材、最新の調理技法などを壇上で披露してもらう。今では食に関するさまざまなプロや美食家たちも、これを見るために函館を訪れてくれるようになった。世界各国で同様の催しが行われているが、国内で継続開催しているものは函館の他にはない。
 運営は、潤沢な資金があるわけではなく、われわれ自身による手作りそのもの。大きなスポンサーを持たないことが信条の一つでもある。高名なシェフを招く際も、用意するのは最低限の旅費と滞在費だけ。誰もがノーギャラで特別扱いしないことがわれわれのルールだ。ゲストシェフたちは、誰に気兼ねすることなく自身の考えを述べ、かつまたジャンルや世代を超えて、夜通しの膝詰めで議論ができる合宿のような機会にもなっている。
 世界料理学会というネーミングゆえ、オリンピックのように「次の開催地はどこですか?」と尋ねられることがある。しかしわれわれの催しは外から誘致してきたものではない。こう名付けて、われわれ自身がこの街で始めたものだ。だから毎回、函館での開催なのだ。
 開催に向けては、小口の協賛を募り、楽しんでもらえるよう催しの段取りや発表の人選を考える。制作物の編集やデザインなどは多くが手弁当によるものだ。ゲストたちのもてなしには、いっそう力を尽くし、手を抜くことはない。皆がそれぞれ仕事の合間を縫って準備に奔走する。ちょうど今時期、ドタバタ感は最高潮に達し、そのまま本番となる。こうして世界料理学会は10周年を迎えた。
 長く継続できた理由を振り返れば、わざわざ函館に集ってくれるスターシェフたちが、この催しを支持してくれたことだ。一度来ると、次の機会には新たな誰かを連れて来てくれる。運営側にとっては、それが喜びでもある。そして何より、われわれ自身が開催までのプロセスを大いに楽しんできた。大都市で開催のスターシェフが登場するイベントは、どれもきらびやかなものばかり。それらと比べられ、気恥ずかしさを感じたこともある。しかし、手作りのものと割り切ってきたので、いい具合に継続できたと思う。われわれを手本にして、佐賀や東京、岩手など各地で新たな料理学会も始まっている。
 いよいよ来週、本番を迎える。今回のテーマは「きのこ」。青森県からは、弘前市石川地区の「津軽あかつきの会」に地域の伝承料理について話してもらう。食のプロのみならず、一般の方の聴講も大歓迎である。ぜひこの機会に函館へ。
(オフィス「オリゾンテ」代表 田村昌弘)

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「気ままな旅」函館市・土方歳三を想う

2019/10/13 日曜日

 

 2019年9月28日(土)、新青森7時56分発はやて93号に乗車、函館へ向かう。8時58分新函館北斗着。はこだてライナーに乗り換え、9時34分函館到着。
 函館の旅は30回を超える。この地に惹(ひ)かれるのは函館が函館山を中核にしたコンパクトでエキゾチックな港町であり、幕末・維新最後の戦い(戊辰(ぼしん)戦争・箱館(はこだて)戦争)の舞台になっていたからだ。観光スポットは函館山~元町・ベイエリア、立待岬~函館公園エリア、函館駅~ベイエリア、五稜郭(ごりょうかく)・湯の川エリアに分けられ、その間をレトロな路面電車で効率よく自由に行き来できるのも魅力である。
 この日は新選組副長、蝦夷(えぞ)共和国陸軍奉行並(なみ)として幾多の戦いを指揮した土方歳三への距離感を縮めるのが目的。まずは土方歳三記念館(日乃出町)を目指す。函館駅から国道278号を大森浜へ15分(1キロ)ほど歩くと大森稲荷前の信号が見える。左折し278号(漁(火通(いさりびどおり))を20分進むと、啄木小公園に隣接する土方歳三函館記念館(土方・啄木浪漫館)に着く。
 記念館の入り口には「一本木関門」(1869年5月11日、五稜郭から出動した歳三が狙撃され死亡した場所とされる。諸説あり)の看板が掲げられている。一歩入れば幕末、明治にかけた動乱期(日本の未来を巡る幕府・旧幕府派と尊攘(そんじょう)・倒幕派との戦い)へタイムスリップする。
 受け付けを済ませ、狭い通路を抜けると薄暗い小さな展示室がある。そこには農民の子から武士になる夢を果たし、幕府警護・旧幕府軍となって、幕末志士・新政府軍との戦いに活躍した土方歳三の世界観が漂う。幕府により武士に採用された恩義を忘れず、義に生き義に殉じた歳三は武士を超える義士になった。限られたスペースに歳三(美男子・出で立ち・生き方・考え方・価値観等)を象徴する多くの資料が分かりやすく展示されている。
 土方歳三、享年35歳。その生涯は波瀾万丈(はらんばんじょう)だったが、近藤勇、榎本武揚との出会いと信頼が歳三の人間的成長に大きな影響を与えた。幕末の京都で鬼の新選組副長として組織を率い辣腕(らつわん)をふるった頃、維新の箱館で思慮深く冷静で温和な指揮官として活躍し人望を得ていた頃とを比べれば、その変化が分かる。出で立ちも羽織から洋に、戦い方も刀・槍(やり)から大砲・銃に変わった。数多(あまた)の仲間を失い、幕藩諸侯の裏切りによる辛酸を嘗(な)めたせいであろうか。心が分かる歳三は歌や句にも思いを詠み込む。「たとひ身は蝦夷の島根に朽ちるとも魂(たま)は東の君(徳川)やまもらん」
 この後、幕末・維新の夢と戦いの象徴・五稜郭へ歩く。湯の川を眺め記念館の300メートル先の信号を左折。自衛隊通~市電通(深堀・柏木)と進み、1時間で五稜郭タワーに到着。展望2階は五稜郭の歴史が年表や絵図、模型で学べる回廊になっていて、全景が鳥瞰(ちょうかん)できる。土方歳三を知る上では、ここも必須アイテムである。
(東北女子大学家政学部教授 船水周)

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