日曜随想

 

「今こそ民間レベルで」真価問われる国際交流

2017/8/20 日曜日

 

 ある人物の紹介で(公財)青森県国際交流協会の理事を仰せつかってから早や5年。理事と言っても、年2回ほどの会議に出て事業報告や事業計画案・予算案などを審議するだけだが、しかし、同協会の活動が財政難のため、年々、厳しくなっていることは容易に理解できる。協会の活動や事業を行うための収入は、賛助会員会費、受託事業収入、補助金などだが残念ながら、賛助会員数は団体、個人ともに減少傾向にあり、受託事業費、補助金もまた減少しているのだ。受託事業や補助金は「ひも付き」で、費用の用途は限定されており、財源を安定させるためには賛助会員の増加が最も望ましいが、これが減少傾向にあるのでは事業展開も甚だ厳しいことになる。これは県内のいくつかの地域に存在する協会でも同様で、ほとんどが有志によるボランティア活動に頼っているようである。ちなみに付け加えると、地域で組織されている協会だが、どういう訳か、県南地方に多く(それほどの数ではないが)、津軽地方にはほとんど存在していないのが現状だ。
 ところで、青森県国際交流協会はいかなる目的で組織され、役割を果たすことが求められているのだろうか。その定款には「県民の国際交流・国際協力・地域多文化共生に関する幅広い分野での活動を促進することにより、県民と世界の人々との相互理解と友好親善を深め、もって県民の福祉及び文化の向上に寄与する」ことが目的と定められている。すなわち、政治、経済、社会、文化などが国境(ナショナル)を越えて国際的な(インターナショナル)接触と交流を拡大し、さらには「地球が一体となる」(グローバル化)の急激な進展の中で、相互理解、多文化共生などを、民間レベルにおいて進化させることが目的なのである。県国際協会もこうした目的を果たすために努力を傾けているが、如何せん、財政難が立ちはだかっているのだ。しかし、今こそ、新たな視点から同協会の活動が求められていると私は思っている。それは、取りも直さず、グローバリゼーションの負の側面のみが強調され(負の側面の是正は喫緊の課題であるが)、その結果、「自国第1主義」「孤立主義」さらには「排外主義」が忍び寄ってきているからだ。こうした状況を受け、国家間や政治の世界では、異文化共生や理解などが後方に追いやられ、排他的に自己の文化や在り方に「誇り」(「自惚れ」だが)を持つことが絶対だとする誤解が生じやすい状況が拡大しつつあるのは憂うべきことだ。
 こうした時にあってこそ、民間レベルの国際交流・理解の深化と、それに基づく他者への畏敬の念こそが重要であり、その役割と使命を果たすことができる組織が県国際交流協会であることは言うまでもない。財源問題を解決し、激動する世界の中で新たな展開を期待したい。
(青森大学名誉教授 末永洋一)

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「ねぷたの縁」離れていても弘前が好きだ

2017/8/13 日曜日

 

 今週もまた本欄の書き出しが「ねぷた」になってしまった。なにぶんご勘弁いただきたい。函館に住んでいながら私はねぷたが大好きなのだ。まつり期間中はインターネットでねぷた中継に釘付けだった。審査結果もリアルタイムで知り、ひいきのねぷた会の本賞受賞に小躍りして喜んだほどだ。県外在住かつ県外出身者では、誰にも負けない「ねぷた馬鹿」なのだ。私のねぷたとの出会いは二十五年ほど前に遡る。弘大在学中、調査のためにねぷた会へ出向いたものの「ミイラ取りがミイラになる」が如く、すっかりねぷたの虜になってしまったのだ。
 当時、私は弘大の人文学科で「人間行動論コース」に所属した。ここは文化人類学、社会学、心理学という三つの視点から人々の暮らしや地域のさまざまな事象を総合的に捉えようというもの。当時の学科拡充の新機軸だったそうだが、異色の存在でもあった。理工系ならいざ知らず、文系の学科ながら「実験演習」という時間無制限でのグループ研究が毎週あり、夜討ち朝駆けで学外へ調査に出向くことをコースの信条としていた。当時の私たちは、それをどこか誇らしげに「フィールドワーク」と呼び、調査先で見聞きしたことをつぶさにノートに記録し、研究課題を探り、考えを発表するという日々を送っていた。いま思えば、地域連携研究の先駆けともいえそうだ。
 私たちのグループ研究は旧市街地と新興住宅地とのねぷた会の比較調査。私の担当は旧市街地のほうの禅林街門前にあるねぷた会だった。毎夜ねぷた小屋に出かけては、製作を手伝いながらねぷた会の人たちとの信頼関係を築く。製作が終われば、「まぁ、いっぱい飲まなかぁ」となり、お酌に与りつつ記録を取る。そんなふうにして幾日も通っては、前灯籠を作り、鏡絵を貼り、小屋に寝泊まりもした。運行では綱を引いたり、ねぷたを回したり、会員やその家族の人たちとも打ち解けてひと夏が終わる。疲れとほどよい開放感、そして人々が日常に戻る寂しさを感じ、ちょうどいま頃はいつも蝉の抜け殻のようになっていた。そんな夏が何度か巡り、すっかりねぷた会に惚れ込んでしまい、周囲からは研究そっちのけに見えていたようだ。
 私は研究をきっかけに知り合い、受け入れてくれた弘前の人たちに育てられた感がある。いまもって彼らが人生のなかの財産だ。だからこそ、いまでも弘前に大いに親しみが持て大好きなのだ。
 時代は巡り、いまは私自身が地元で大学生らを受け入れる側になった。そうしたときには当時の経験をもとに、わが街との縁を長く繋いでもらえるよう接することをモットーにしている。これこそが弘前の人達から託された私のバトンなのだと感じている。
(オフィス「オリゾンテ」代表 田村昌弘)

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「名前があるよ」ひとからげとは違う個として

2017/8/6 日曜日

 

 いま、弘前のまちは、ねぷた祭りシフトである。昼でも、どこからかねぷたの笛が聞こえ、子どもたちが「ヤーヤドー」と叫びながら遊んでいるのを見かける。職場でも、夕方になると「今日は□□町のねぷたに出るからごめん」と言い置いてそそくさと帰る同僚があるかと思えば、揃いの浴衣に着替えて出陣の準備にかかる同僚たちが走りまわって、祭り独特のわさわさした空気があふれる。
 昔、観光客として弘前に来て、初めてねぷたの合同運行を見た感激は忘れられない。街路に続くねぷたの列は夜に浮かぶ光の波のようで、繰り返されるねぷた囃子とヤーヤドーの掛け声を聞いていると、別世界に誘われるような不思議な気分になる。同行していた留学生の友人も「ここは現世じゃない!」と訳のわからん感動の仕方をしていたっけ。しかしいかんせん、何も知らない観光客のこと。しばらくすると通るねぷたが皆同じように見えてきて、最後を待たず近くの居酒屋に入って痛飲してしまった。「現世」に戻るにもほどがあるというものだ。
 しかし、弘前の住民になってから、一つひとつのねぷたにそれぞれの町や団体の名前がついて回り、違う個性をもっていることを知った。前ねぷたに工夫を凝らす□□町、子どもたちがかわいい○△幼稚園、△□町の囃子がどうの、絵師の○○□さんの扇ねぷたがどうのと楽しむポイントが大きく違ってきた。名前を意識すると、それぞれの違いに眼を向けることになる。世界の見え方もずいぶん変わりそこに生きる人の姿が見えてくる
 タンザニア在住の金山麻美さんが「タンザニア徒然草」というブログに、「チナ(中国人)」と呼びかけられたできごとを描いていた。タンザニアだけでなくアジア地域の外では「中国人!」と呼びかけられることがしばしばある。それは同じような外見をした「外国人」の総称として使われているのだろうが、一からげにされ自分の存在が無視されているようで、気持ちの良いものではない。「日本人」と呼びかけられても同じことだ。彼女は、そう呼びかけた女性に「わたしはチナじゃないし、名前があるのよ」と答えたそうだ。それを聞いた別のタンザニア女性が「いいこと言うわね~」と言い「みんな、それぞれに名前があるものね。…わたしたちだってよその国に行ってアフリカ人って呼びかけられたらいやだよね。…これって肌の色による差別だよ」と呼びかけた女性を諭したという
 金山さんは、この一コマをこんなふうに結んでいる。「わたしのような肌の色の人が皆、中国人ではないし、黒い肌の人が皆アフリカ人でもないし、そうだったとしても、一人ひとり違うんだってこと。」名前を意識するとしないとが、こんなことにもつながっている。
(弘前大学人文社会科学部教授 杉山祐子)

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「見たい明治の侫武多」百十年前に東宮殿下が台覧

2017/7/30 日曜日

 

 市内随所にねぷたの小屋掛けがされ、紙面トップを飾って絵師の活躍が載るのも、津軽では見慣れた光景のひとつ。
 明後日には、弘前ねぷたまつりが開幕するので、多くの観光客の心は勿論ながら、地元の津軽人の魂を揺さぶるねぷたの出陣を、大いに期待したいものです。
 ねぷたには、江戸時代の史料もありますが、写真では明治三十九年の扇ねぷたが最古級。扇ねぷたとともに、多彩な組ねぷたが撮影されたのは、その二年後。
ちょうど百十年も前の明治四十一年九月に東宮、のちの大正天皇が東北行啓で、弘前宿泊のお慰みにと気合い充分の作。
 お宿となったのは、新築したての弘前偕行社。侫武多をご披露申し上げたいと願う弘前人に、当時の県庁では、わずか一夜のご滞在が雨になれば、それまでの準備が無駄になろうと諭したのですが、まったく意に介さない津軽衆の心意気。
 四つの町道場の侫武多が、東宮殿下の台覧に向け富田へ集合。最大の組ねぷたは鷹匠町の明治舘が製作した、日本武尊が熊襲を刺さんとする場面で、剣を手に翻った袂は高さ三丈九尺と、約十二メートル。
 六人ほどが乗り込んだこのねぷたを、左下から撮影した写真が知られますが、偕行社前に出陣し、ちゃんと正面や背面の見送りも撮影されていた写真を見て、本当にビックリ。こんな巨大な組ねぷたが街中を動いたら、必ず電線を切るし、相当の重さがあるでしょうから、実際の移動は無理だと思い込んでいたのです。
 神話の挿絵では、熊襲の強者は胸を刺されて、仰向けに倒れる構図が多いのですが、組ねぷたではその表情が見えにくいので、俯せになり、両足を跳ね上げた形で表現されているのですねぇ。
 次に大きな組ねぷたは、城陽会の中大兄皇子が蘇我入鹿と戦うもので、三丈。もう一台は、その半分の大きさでした。陽明館のスサノオ尊のオロチ退治は二丈五尺、村上義光の勇戦の場でも二丈一尺と、軽く六メートル超え。大きさは確認できないものの、仲町の北辰堂が出した日本一の桃太郎の鬼退治、もう一台繰り出した平維茂と山婆も、ほぼ同程度でしょう。
 ほかに百石町で据え置きや、鞍馬山の牛若丸と天狗があったようですが、実は誉れのねぷた八台すべての写真があるわけではない。また同様に気合いの入ったねぷたであろうと思うのが、昭和十一年の秩父宮両殿下へのご披露。運行は新聞や記念誌でわかりますが、肝心の写真は不思議にわずかしか知られていません。
 いまのように自在に曲がる針金ではなく、割り竹を使用した造形の妙や苦労の全容をちゃんと知りたいし、資料を見付けたら、陸奥新報にお知らせください。
 ねぷたの歴史を見直す本が編纂されるらしいから、新資料の発掘や既存の再吟味も併せて行い、市民参加で立派なものにしたいですねっ。期待しちゃいます!
(元弘前図書館長 宮川慎一郎)

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「石の上にも三年」三年長いか短いか

2017/7/23 日曜日

 

 十七日の本紙で、今年三十周年を迎える「津軽弁の日」が、一般の人々からの日常を読んだ川柳や短歌の募集を今年限りとし、ひと区切りとなることを知った。記事によれば、来年からは内容を変更して継続するとある。選者・スタッフの皆さまの、これまでのご苦労に敬意を表したい。
 何かを続けていくためには、努力や情熱だけでは持ちこたえられず、経済的な裏付けや人脈、組織が必要である。そのため、優れていても、多くのイベントや集まりが継続できずに消えていってしまうことが多い。学問の世界でもご他聞に漏れず、高邁な理想を掲げ、志を一にする仲間が集まって作った雑誌でも、三冊くらい発行するうちに事情が変わり、情熱も尽きて、それっきりになってしまうという「三号雑誌」なる表現がある。津軽弁の日はその十倍だ。これまでのご苦労は想像に難くない。
 しかし、三(年)というのは、人間にとってひとつの単位であるようだ。例えば有名なことわざに「石の上にも三年」というのがある。冷たい石の上でもじっと三年座っていれば温まるというところから、辛い辛抱も報われる日が来るという教訓を表している。三年というのは、実質的には「長い時間」と考えられ、厳密に三年とは限らないのだが、世の中では「就職したら三年は頑張りなさい。」のような言い方を耳にすることもある。
 私も赴任する前、「一年めは職場の状況をよく見て、二年めに準備をして、収穫できるのは三年めつまり自分のやりたいことがあったら、周りに理解者や協力者を得る努力や準備をしてから、やっと三年めにできると心得ておきなさい。」と言われたものだ。同じようなことわざに「火の中にも三年」や「茨(いばら)の中にも三年」というものもある。どれをとっても苦しいことに違いない。
 若年者の雇用状況は、四割ほどがいわゆる非正規雇用であり、新卒で就職しても三年後までに離職する率は三割ほどである。ただでさえ少子化の世の中で働き手を得るために企業は苦労している。さらに現在は、空前の売り手市場と言われる(選ばなければ)就職しやすい状況にある。終身雇用制が崩れ超氷河期があり、ブラック企業や非正規雇用も当たり前に聞く世となってから、だめならもっと自分にあった職を求めて転職すればいいという考えは、若年層にも親世代にも日常化されつつあるのではないだろうか? 一方で、長い時間をかけないと身につかないことも多々ある。一人前の仕事ができるまでに時間がかかるのも本当だ。
 「三年」は現代社会において長いのか短いのか、辛抱するのかしないのか、ことわざのとらえ方にも影響を与えそうだ。
(弘前学院大学文学部教授 今村かほる)

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