津軽野有情

 

山栗=50

2010/12/20 月曜日

 

 

 里山よりさらに入った雑木林の中で、沢(たく)山(さん)の毬(いが)栗(ぐり)が落ちているのを見た。あまり虫に食われた跡もなく、艶(つや)やかできれいな栗だった。
 だれに拾われることもなく、このまま虫たちや野生動物たちの餌になるのだろう。そして、また土にかえるのもいい。
 山の栗の木が太陽の光を受けて作ったデンプンが、栗の木自体も含めて、多くの生命をつなぐために使われていく。
 地球に生きるあらゆる生命こそ、太陽エネルギーの化身なのだと思う。私自身の体も体温も、そして心もである。

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日本猿=51

2010/12/27 月曜日

 

 

 三十数年前、最後の目屋マタギと言われた人の家を訪ねたことがある。昔の白神の山の話を聞きたかったからだ。ストーブに薪(まき)を足しながら、穏やかな声でとても謙虚に猟の話をしてくれた。
 弘西林道(現白神ライン)の建設が始まる前、サルが人里に出てくることはなかったという。奥山の開発で人里に追われたサルたちは畑の作物の味を覚え、それからは、山にもどらないサルも出てきたと聞いた。
 野生のものと人間の間の結界。いま一度結界の重要性を見直したい。
 先に結界を越えたのは人間に間違いない。それが人里に依存するサルを育ててしまった。

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孤独な散歩=52

2011/1/10 月曜日

 

 

 雪の弘前公園もなかなか趣がある。観光客が少なく、城(しろ)跡(あと)の落ち着きを取り戻しているのもいい。
 石垣や松に降り積もった雪、凍(い)てついた堀に立つ枯れハスの妙。すっかり葉を落とし太い幹をあらわにしている大イチョウ。黒く荒々しい桜の幹と、白くふんわりした雪との対比。
 気持ちを優雅にさせる冬の弘前公園の散歩で、一つだけ気分を重くさせたのが孤独なコブハクチョウの散歩だ。
 かつてはヒナもかえして家族で過ごしていたコブハクチョウなのに、1羽だけの足跡が幾筋にもなって、凍った堀の上に続いていた。

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尾白鷲=53

2011/1/17 月曜日

 

 

 地吹雪の舞う鳥井野あたりの雪原に、ぼつんと黒く目立つ大型の鳥を見つけた。オジロワシだった。
 数羽のカラスに取り囲まれていたものの、カラスがとても小さく見えた。宙に舞い上がったオジロワシは一段と大きく、羽ばたきもゆっくりと実に雄大だった。
 地吹雪が一瞬おさまった冬空に、わずかばかりの青空が顔をのぞかせた。オジロワシはその小さな青空を横切って飛んだ。鋭い目と湾曲したくちばしがはっきり見てとれた。
 羽ばたきは力強く、翼が巻き起こしている空気の乱れが見える気がした。

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雪の朝=54

2011/1/24 月曜日

 

 

 弘前の人たちが「土手ブラ」と言えば、土手町の気ままな散策を思い浮かべるにちがいない。しかし、私の土手ブラは、岩木川の土手の散策である。
 冬の土手ブラは、季節風の強い日は気が重いが、わずかに新雪が積もった風のない日などはこの上なく楽しい。
 まず、景色が前日と一変している。木々の細い枝も、枯れた草の茎や葉も、すっかり真っ白な雪に包まれ、白一色の不思議なテーマパークに迷い込んだようだ。
 そして、夜の間に残された動物の足跡や、飛び立つ鳥が打ち付けた翼の跡など、果たして誰のものかと思いを巡らしながら歩く。

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深山頬白=55

2011/1/31 月曜日

 

 

 ミヤマホオジロは、冬を越すため極東から日本に渡ってくる冬鳥である。部分染めの黄色の冠(かん)毛(もう)がおしゃれで美しい。冬に出会うと嬉(うれ)しい野鳥の一種だ。
 平成21年の冬、弘前の岩木川河川敷のあたりで、小さな群れをよく見かけた。雪の上に出ている枯れたヨモギに飛びついて、体重で茎を引き下げ、こぼれる種子をついばんでいた。
 うららかに晴れた日、信じられない光景に出会った。目の前の枝にいるミヤマホオジロが、突然歌を歌い出したのである。カシラダカの歌によく似ていた。アムール川の南のあたりでなければ耳にできない貴重な歌だった。

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微睡み=56

2011/2/7 月曜日

 

 

 雪原の枯れたススキの中に野ウサギは隠れていた。いつもはあんなに敏感で逃げ足の速い野ウサギだが、その日はちがっていた。
 私の姿が目に入っているはずなのに、ピョコタン、ピョコタンと
ゆっくり走っていく。どこか体具合が悪いのかと、一瞬案じた。
 野ウサギは土手の斜面を斜めに下り、岩木川の河(か)畔(はん)林(りん)の中に姿を消した。しっかりした足跡が残っている以上、足跡をたどればまた見つけられると散策を続けた。
 意外にもすぐに野ウサギは見つかった。ヤナギの下で目を細め耳を寝せてまどろんでいる。単に眠かっただけなのか。不思議な出会いだった。

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枯れ野の精=57

2011/2/21 月曜日

 

 

 野歩きの途中、何気なく視線を向けた枝に顔を見つけた。王冠をかぶり、品のある顔でどこかを静かに見つめている。ススキの穂がよく似合っている。不思議な微(ほほ)笑(え)みを浮かべているようにも、すましているようにも見える。
 よく手に取ってみると、枝のように見えたのはクズの蔓(つる)で、所々に同じような顔がみつかる。しかし、どれ一つとして同じ表情のものがない。顔をしかめているもの、あどけない顔のもの、物憂げなもの、悲しげなもの。
 葉が落ちた後に現れた維(い)管(かん)束(そく)という養分や水分を通わせていた管の痕跡である。無作為のなせる妙としか言いようがない。まさに枯れ野の精である。

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雨返し=58

2011/2/28 月曜日

 

 

 冬に雪ではなく雨が降り、少し春めいてきたのかなと期待した矢先、雨が吹雪になることがある。こんな日の吹雪を「雨返し」と呼んでいる。
 温暖前線と寒冷前線を伴った温帯低気圧が冬の津軽地方を通過する時の気象の特徴をうまく言い当てている。
 はじめ温かい空気のかたまりが接近し雨になる。通過後、冷たい空気のかたまりがやってくる。低気圧が西から東に移動することで、津軽地方は西高東低の冬型の気圧配置になり吹雪になる。
 れっきとした気象用語かと思っていたら、どうも津軽の言葉らしい。実にうまく状況を表した言葉でにくい。

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霜=59

2011/3/7 月曜日

 

 

 3月も下旬になると、三寒四温と言われるように、移動性高気圧が次々と日本付近を西から東に通り抜けていく。
 夜間に高気圧が覆い晴れ渡った時は、地球の熱が逃げるのを遮る雲がないから冷え込むことになる。放射冷却と言われている。
 こうした放射冷却のあった日の朝、空気の中の水蒸気が霜となって無作為の様(さま)々(ざま)な造形美を見せてくれる。特に水蒸気をたくさん出して流れている川の近くに傑作が多い。
 冷たい朝の空気の中、放射冷却の作品を鑑賞しながら、大きく口を開けて太陽のエネルギーを胸いっぱいに吸い込む。これが元気の源だと教わった。晴れた日の朝は面白い。

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