津軽野有情

 

マーガレット富士=30

2010/7/5 月曜日

 

 岩木山の残雪が見せる雪形は、季節や農作業の時期を知るものとして、古くから様(さま)々(ざま)な思いで眺められてきた。
 最近は話題にのぼることも少なくなったが、ツバメ、下りウサギ、種まきジッコ、苗モッコなど、沢(たく)山(さん)の雪形が知られている。
 雪形は単なる農事暦だったわけではなく、自然と向かい合って生きる一つの生活感覚だったと思う。
 田植えが終わってまもなくの頃(ころ)、里の田んぼには誰が植えたのか、ツバメの雪形を見せる岩木山を背景に、マーガレットが咲き乱れていた。

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熊啄木=31

2010/7/12 月曜日

 

 クマゲラとの出会いは、いつも感動的だ。 何と言っても、大きい。他のキツツキ類にくらべて、格段に大きい。カラスほどの大きさがある。
 そして美しい。体はカラスのように黒一色なのに、雄の頭頂の赤、黄色の目、嘴(くちばし)つけねの白というわずかな配色の妙が、気品と優雅さを醸し出している。
 夕暮れ時のブナの森に、「コロコロ…」と声が響き渡る。ねぐらに向かって飛びながら鳴いている声だ。そして「クィーン、クィーン」という大きな声がすぐ近くから聞こえる。「来た!」と緊張と興奮。黒々とした大きな鳥が、ブナの幹に飛びついた。

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安寿姫の簪=32

2010/7/19 月曜日

 

 弘前市から見る岩木山のシルエットは、安寿姫の横顔だと聞いたのは、高校に入学して間もなくのことだった。
 向かって右の巌鬼山が額、中央の岩木山が鼻、左側の鳥海山が顎(あご)になる。巌鬼山側の裾野は長い髪、噴火口の鳥の海のあたりが口である。
 その岩木山にだけ自生しているミチノクコザクラは、いつの頃(ころ)からか安寿姫のかんざしと呼ばれている。
 雪形や安寿姫の横顔とともに、安寿姫のかんざしという呼び方も、若い人たちに受け継いでいきたい文化である。

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稚児車=33

2010/7/26 月曜日

 

 津軽に暮らすことは、最上質の自然が間近にあるという意味で贅(ぜい)沢(たく)なことだ。
 白神山地、岩木山、八甲田、十和田湖、いずれも世界に誇れる一級の自然環境である。しかも、車で1時間くらいでたどり着く。
 特に裕福な暮らしはできなくても、せめて四季折々の上質な自然、安全で新鮮な食べ物は楽しみたい。
 季節を追って、山のお花畑を訪ねるのは本当に楽しい。チングルマの群落がマット状に広がり、横岳、櫛ケ峰と南八甲田の山々が背景となって引き立ててくれる。魔法瓶のコーヒーをすすり、至福の一(ひと)時(とき)を楽しむ。

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源氏蛍=34

2010/8/2 月曜日

 

 山際の流れに住むゲンジボタルは、初夏の訪れを教えてくれる。
七夕が近い頃(ころ)、ゲンジボタルたちが土(つち)繭(まゆ)から羽化する。
 日が暮れる前から足を運び、夕(ゆう)時(どき)に賑(にぎ)やかになる野鳥のさえずりや空の色の変化を楽しみながら、一番ボタルの光を待つ。
 目が暗さに馴(な)染(じ)んだ頃、ゲンジボタルたちも光り始める。広葉樹の茂みから、光りながら飛び立ち、目の中に光の軌跡を残す。
 いよいよ光の数が増し盛況に達すると、ゲンジボタルたちは一斉明滅を繰り返す。見事な集団プレーに、子ども達は「花火みたい」と、思わず歓声を上げる。

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盛夏=35

2010/8/16 月曜日

 

 夏の盛り、じりじり容赦なく照りつける陽(ひ)射(ざ)しは、トンボたちにとっても大変なことだ。
 枝や杭(くい)に止まった後、次第にしっぽの角度を上げ、逆立ちポーズをとる。正確に言うと、太陽の方向にしっぽを向けているのである。
 光のエネルギーは、物に直角に当たる時に最大になり、鋭角になるにつれ、受けるエネルギーが少なくなる。
 トンボたちはしっぽの向きを変えて強い陽射しを受け流し、体温が上がりすぎないようにしているのだ。
 こんな時のしっぽは、太陽の位置を指していることになる。

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八丁蜻蛉=36

2010/8/23 月曜日

 

 初めてハッチョウトンボに出会った時、ただの羽虫にしか見えなかった。しっかり見据えて、確かに紛れもなくトンボだとニンマリした。
 最も小型のトンボとして有名だが、生息地は少ない。岩木青少年スポーツセンターの建っている場所こそ、県内有数の生息地だった。
 現在は、あちらこちらの限られた山の湿原に分散して生活している。
 ところが、意外な場所で発見されることが多い。人工的な環境であっても、ちょうど適した湿原環境ができると、どこからともなく現れる。しかし、そういう場所は、生息地として長続きしない。

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優雅な産卵=37

2010/8/30 月曜日

 

 屏風山地域には、国内でも有数の砂丘と湖沼の織りなす自然が残っている。
 しかし、耕作地化が進み、部分的にしかそうした環境が残っていなくなったというのが現状だ。
 オオセスジイトトンボは、環境省の生物多様性調査でも、1都5県に生息記録があるだけの希少なトンボである。その内の1県が青森県で、県内では屏風山地域の限られた場所だけとなっている。
 小さく美しいジュンサイの花につかまり、オオセスジイトトンボは産卵していた。住み続けられる自然環境を維持したいものだ。

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蟻吸=38

2010/9/6 月曜日

 

 以前から、なぜこの鳥がキツツキの仲間なんだろうと不思議に思っていた。
 アカゲラやアオゲラなどとは、体型、体の模様、色具合、木に止まる姿勢が全く似ていない。嘴(くちばし)の形も、木に穴を彫るノミらしくない。
 岩木川の川縁を散歩していて、私の疑問が一瞬で解決する劇的な瞬間に出くわした。
 甲高い「クィクィクィ」という鳴き声を頼りに、近くの木の枝にいるのを見つけた。
 見上げている私の前で、スルスルスルと何かが嘴から伸び出た。「あっ、長い舌!」。まさに、長い舌はアリを食べるキツツキの象徴だった。

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深山川蜻蛉=39

2010/9/20 月曜日

 

 ミヤマカワトンボは里山あたりの流れに住んでいる。焦げ茶色の翅(はね)がトレードマークだ。
 トンボがハート形に繋(つな)がっているのは、交尾している時だ。上の雄がしっぽの先で雌の頭をつかみ、雌はしっぽの先を雄のしっぽの付け根にくっつけている。精液のタンクが雄のしっぽのつけ根にあるからだ。
 雄はあらかじめ、しっぽの先近くにある精巣から、精液をつけ根にあるタンクに移して貯(た)めておく。
 こんな複雑な交尾が行われるのは、雌をしっかりしっぽの先で捕まえなければならないからだろう。
 神様も手の込んだことを考えるものだ。

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