津軽野有情

 

雁立(がんだ)ち=20

2010/4/19 月曜日

 

 春3月、津軽野には北へ帰る渡り鳥たちが大群となって現れる。日本列島に分散して越冬していた冬鳥たちが、北上するにつれて群れがふくらむからだ。
 津軽野に点在する溜(た)め池のいくつかが、北帰行の渡り鳥たちのねぐらとなる。
 ガンやハクチョウたちは、ねぐらとなっている溜め池から朝に飛びたち、津軽平野に散らばり餌をとる。そして夕方に再びねぐらに帰ってくる。
 こうした日を何日か過ごし、天気と雪の消え具合をみて、一気に津軽海峡を越える。ガンの旅立ち。即(すなわ)ち雁立ちである。

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名残雪=21

2010/4/26 月曜日

 

 雪国に住む者にとって、どんなかすかな春の兆しも嬉(うれ)しい。
 福寿草の花は、正(まさ)に春の証しと言える。茎や葉が伸びないまま花をつけている福寿草は、雪解けを待ちに待って、競って春の到来を謳(おう)歌(か)しているようだ。
 陽(ひ)を受けて金色に輝く花びらは、風がまだ冷たい中、太陽エネルギーを集めようとするパラボラアンテナのようにさえ見える。
 しかし、春が後戻りしたかと思うような悪天候になり、がっかりすることも珍しくない。
 そんな天気の後、真新しい雪に埋もれて咲く福寿草と出会った。

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瑠璃鶲=22

2010/5/3 月曜日

 

 もう間もなく津軽野にも梅が咲くという頃(ころ)、夏鳥の先発隊がやって来る。
 まださえずることをしないこの季節は、やって来ていることに気づかないことが多い。
 さらに、ルリビタキは開けた野原を好まず、林の中の暗がりにいるから、なおさら目につきにくい。
 林の枝をくぐって歩いていて、目の前に小さなルリビタキの姿を見つけたときは、思わずその美しさに息をのむ。
 ルリビタキは岩木山や八甲田の亜高山帯に上がり、ヒナをかえす。夏に「ヒョリヒリヒョリ」と聞こえる優しいさえずりを耳にすると、春の出会いを思い出す。

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堅香子=23

2010/5/10 月曜日

 

 堅香子はカタクリの古語である。
 カタクリのファンは多い。春早くに咲くこともそうだが、うなじを垂れてうつむき加減に咲く可(か)憐(れん)さに心ひかれるのだと思う。 
 私は、そんな恥じらう乙女のようなカタクリの花を、顔をのぞきこむように下から眺めるのが好きだ。
 カタクリは、赤紫の透き通るような瑞(みず)々(みず)しい花びらを、春の光の中に跳ね上げ、頬(ほお)を赤らめながらすましている。
 春の野辺に腹ばい、かすかに揺れるカタクリの花を眺めていると、少し酔ったような気分になる。花に酔ったのか、それとも春に酔ったのか。

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梅園=24

2010/5/17 月曜日

 

 車を走らせていて、はっと目を惹(ひ)く光景がある。しかし、なかなかそこで車を止めて、という風にはできないものだ。後続の車のこともあろうし、車を止めるスペースもままならない。
 そんな時は、少しばかり遠ざかっても、適当な場所を見つけて車を止め、歩いて引き返す。この梅の花は、そうして撮影した1枚だ。
 だが、残念なことにこの梅の木は、何年もたたないうちに、なぜか伐(き)られてしまった。
 ゴッホの絵をイメージして眺められたのに、幻となってしまった。

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水芭蕉=25

2010/5/24 月曜日

 

 湯段の水芭蕉群落は、毎年訪ねるのを楽しみにしている場所の一つだ。雪の様子で花の時期が多少ずれるから、本当に盛りだという時に巡り会うのは難しい。
 白い仏(ふつ)炎(えん)苞(ほう)に、少しも褐変したところが無いことが望ましい。それだけでは群落として美しく見えない。遅れて開く葉の緑と仏炎苞の白のバランスが大切だ。
 また、陽(ひ)射(ざ)しが強すぎても、木々の影が明暗にばらつきを作ってしまうし、光の角度や色も選ばなければならない。
 その花の一番美しい時を撮してあげようと思うと、こちらの努力と工夫が必要になる。

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春蘭=26

2010/5/31 月曜日

 

 野生ランにはたくさん種類があるが、私は素朴なシュンランが好きだ。
 ホクロとも呼ばれ、古くから愛好家が多い。様(さま)々(ざま)な品種が作られ、鉢植えにして愛(め)でられていると聞く。
 しかし、私は鉢植えのシュンランを眺めようとは思わない。どんなに希少な品種であっても、私には意味がない。
 雑木林の下に、ひっそりと咲いているシュンランを、木漏れ日の中で眺めるのがいい。 野の花は、野に在(あ)って咲くのがもっとも美しい。その花の住む環境が、その花の美しさを育ててきたのだから。

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菜の花畑の朝=27

2010/6/14 月曜日

 

 横浜町の菜の花畑は有名だが、岩木山(さん)麓(ろく)に広がる菜の花畑も見事だ。津軽富士岩木山の均整のとれた姿が、背景に見られるのも大きな魅力だ。
 はじめは菜種を採るために栽培しているのかと思っていたら、そうではないらしい。花時期が過ぎるとすぐ、トラクターで土に鋤(すき)込んで緑(りょく)肥(ひ)にするのだと聞いた。
 だから、畑の作物を輪番に回すローテーションの一つに菜の花が入っているという。
 菜の花の黄色で埋め尽くされた畑が、毎年場所が変わるのはそのためらしい。
 朝の菜の花畑に残雪の岩木山がよく似合う。

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鷺苔=28

2010/6/21 月曜日

 

 田んぼの畦(あぜ)に咲いている野草の名前を子どもたちに教えると、「こんな草にも名前があるんだ」と驚く。
 トキワハゼやムラサキサギゴケ、チドメグサなどは、そんな野草だ。農作業の人たちも、ごく普通に踏んで歩いているし、踏まれたから消えるという草でもない。
 ほとんどだれの気にもとめられず、脚光を浴びることもない野草たちだが、少し心を向けてやると、驚くほど美しい花なのに気づく。
 雪形を見せる岩木山を背景に、サギゴケはひときわ輝いて見えた。

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津軽野夕暮れ=29

2010/6/28 月曜日

 

 津軽平野を見下ろす高台から、夕暮れ時の岩木山を眺めた。田には水が入れられ、いよいよ田植えが始まるという頃(ころ)である。
 夕暮れ時の西の空は刻々と明るさが衰え、雲は色を変えていく。
 水をはった田は夕空を映し、何枚もの田んぼがつながって大きな湖のように見えた。
 有史以前、現在の津軽平野は、十三湖あたりから続く大きな入り江だったと聞く。その入り江に火山活動が起こり、現在の岩木山になった。
 まさに眼下に広がる光景は、太古の津軽を連想させた。

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