津軽野有情

 

筆者プロフィル

2009/11/16 月曜日

 

 村田孝嗣(むらた・たかつぐ)=1949年、旧尾上町(現平川市)生まれ。60歳。明徳中学校、小国中学校、黒石中学校、厚目内中学校などで教壇に立つ傍ら、弘前市のだんぶり池開設に尽力するなど、環境問題に積極的にかかわる。明徳中学校教諭を最後に2008年退職。現在、ひろさき環境パートナーシップ21副代表を務める。近年はヒマラヤ環境調査トレッキングなどにも参加している。

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落ち葉錦=1

 

 桜は美しい木だ。
 花は言うに及ばず、葉も幹もなかなかきれいだ。
 雨に洗われた若葉の緑と、濡れて黒々とした幹のコントラストも、はっとするほどきれいに見える。
 花色をわずかに残して地面に敷き詰められた花びら。秋の深まりとともに変わる紅葉の趣。
 弘前公園の濠(ほり)に浮いた落ち葉の錦。刻々と色あせる落ち葉が見せる一(ひと)時(とき)の妙。どんなものにも、輝く時がある。
 思いがけず見つけた「美」は、この上なく新鮮でひときわ心を動かす。

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栗茸=2

2009/11/24 火曜日

 

 津軽では、「あがつぶれ」とか「あがきのこ」と呼ばれて親しまれている。秋遅くに出る。その名の通り、クリやナラなどブナ科の木につく。
 シメジ類のような高級感はないが、まとまって生えることや、独特の素朴な風味もまた魅力である。
 キノコ採りを目的に山に入ることはあまりない。しかし、キノコとの偶然の出会いは嬉(うれ)しい。
 まず腰を下ろしてキノコの記念写真を撮る。それから一礼して採らせてもらう。帰宅して味わい、後々写真を眺めて再び楽しむ。贅沢(ぜいたく)な気分だ。

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秋の陽射し=3

2009/11/30 月曜日

 

 私は何に惹(ひ)かれたのだろう。「なんときれいな」と思って足を止めた。
 長年、雨風や陽(ひ)にさらされて色のくすんだ板。そしてむき出しの土壁。おそらく、ついさっき皮をむかれて吊(つ)るされた柿。洗って間もなく掛けられた大根。
 干からびた板や土壁の素朴さと、柿や大根の新鮮さが何かを感じさせたのか。
 いや、秋の陽射しそのものが、反射して目に飛び込んだだけなのか。確かに、陽射しに秋の匂(にお)いを感じた気がする。

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薄足袋蛾=4

2009/12/7 月曜日

 

 木々がすっかり葉を落とし、明るくなった初冬の雑木林で出会った。黄緑色で、不思議な形をしている。上の片方の端に細い柄があり、それで木の枝に下がっている。
 ウスタビガのマユである。魅力的な形をしている。秋遅くに羽化し、交尾後産卵して死んでしまう。サナギが羽化した直後のマユは、黄緑色も鮮やかで、時とともに色が褪(あ)せていく。
 卵で冬を越し、春にふ化する。幼虫は脱皮を繰り返し、6月から7月にかけてサナギになる。
 山で出会った蛾(が)のマユに、生命の一年を思う。

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霜化粧=5

2009/12/21 月曜日

 

 放射冷却で冷え込んだ朝、自然は様(さま)々(ざま)な造形美を見せてくれる。
 早朝、自然の無邪気な遊びのあとを探すのも楽しい。
 10センチも赤土を持ち上げてのびた霜柱。タンポポの綿毛をそのまま凍らせてできた球状の氷。裁断され田んぼにまかれた稲わらも、霜が降りて白いストローのようだ。
 透明なはずの水が、純白の微細な結晶と化し、畦(あぜ)の野草の葉を飾っている。陽(ひ)が高くなる前の小さく短いショーである。

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野兎=6

2009/12/28 月曜日

 

 岩木川の土手を歩くと、雪の上に野(の)兎(うさぎ)の足跡が意外に多いので驚く。
 いつか足跡の主(あるじ)に会えるだろうと、朝のウォークに楽しみが増える。
 いきなり飛び出した野兎。凄(すさ)まじい勢いであっという間に走り去る。一瞬のことだった。
 いつかゆっくり向かい合いたいという思いが残った。
 川の近くの小さな小屋の陰に、朝の光を浴びてうとうとしている野兎を見つけた。きっとこの前の野兎だろう。走り去ろうとしたが、今度は立ち止まってくれた。思いが伝わった気がした。

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柄長=7

2010/1/11 月曜日

 

 野鳥たちは、人間のような言葉は持たない。しかし、確かに互いに伝え合っている。
 さえずりと地鳴き、警戒音、鳴き声の調子、体の姿勢、しぐさ、要素はいろいろある。
 冬の林でよく会うカラ類やエナガの群れは、互いに鳴き方はちがうものの、声の調子が危険がないのどかさを醸しだしている。
 「ジュリ、ジュリ」と互いに鳴き交わして群れで移動するエナガたちは、あたりの雰囲気を確かに伝え合っている。
 そうした雰囲気を伝え合うことは、危険から身を守るための大きな手段なのである。

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津軽家=8

2010/1/18 月曜日

 

 萱(かや)葺(ぶ)きの家が、知らず知らずに少なくなっていくのが寂しい。
 囲(い)炉(ろ)裏(り)に薪(まき)を焚(た)き、家ごと煙でいぶさなければ萱葺きを維持できないのも、現代生活から取り残される原因かもしれない。
 縄文時代の竪穴式住居はまさに萱葺きそのものだから、萱葺きという文化は、縄文時代からずうっと続いてきたものにちがいない。それが今、次第に姿を消しつつある。
 萱葺き屋根が姿を消し、近代家屋に変わっても、自然と向かい合い、巡る季節に心を向け、旬を大切にする暮らしは無くしたくない。
 それは、縄文時代以前から続いてきた、暮らしの基本だから。

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鶫=9

2010/1/25 月曜日

 

 野に生きるものにとって、冬という季節は厳しい。寒いからではなく、食べ物が得がたいからだ。
 極北の野鳥たちは、すべてが凍てつく冬をさけて南へ渡る。凍てついた世界は、液体の水が存在しない乾燥した世界を意味する。
 冬に日本に渡ってくるツグミも、代表的な冬鳥だ。群れで海を越え、日本に着いてから分散するらしい。
 苦くてとても食べられない木の実も、寒さに当たって苦みが分解されると、多くの野鳥たちが集まるようになる。
 雪国の街路樹は、冬に野鳥たちが食べる実のなる木が望ましい。自然に優しいとは、そういうことだ。

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