里の自然学(竹内健悟)

 

人の生活関わる空間=1

2009/4/6 月曜日

 

はるかかなたまで続く緑のヨシ原。津軽大橋からの眺望
草原に広がる炎。ミズバショウに火が迫る

 「青森県は自然が豊かだ」と聞くと、白神山地や八甲田のような大自然を思い浮かべる人が多いと思う。また、「自然」という言葉からは、人の干渉を受けない「原生的自然」のイメージを連想しがちである。しかし、近年、「自然」は人と関(かか)わりを持ってきたものという認識が持たれるようになってきた。白神山地も八甲田も、人に利用されてきた歴史がある。ただ、本県を代表するこの2つの自然は多くの人が暮らす地域から離れた「遠い自然」である。本稿で扱うのは、大自然というよりは、人の居住空間の隣にあってより頻繁に人に利用されてきた「近い自然」である。身近な自然、小さな自然に焦点を当てて、その現状を報告するとともに、共存に向けての課題を考えていきたい。
 自然と人の生活が関わってきた空間を里地・里山と呼ぶことがある。本稿では水辺環境も含め、まとめて「里」と呼ぶことにした。里の自然は、人の干渉を受けてきた自然であり、二次的自然、半自然と呼ばれることもある。つまり、「自然」とは人との相互作用によって時間をかけてできあがったもので、関わってきた人や地域社会をぬきには語れないというのが、本稿の立ち位置である。
 人の利用によって維持される自然環境の代表的なものに「草原」がある。ここで、2枚の写真をご覧いただきたい。1つは緑一色に広がる広大なヨシ原の写真である。津軽地方でこのような景観が見られることは意外にも知られていないようだ。もう1つは、ミズバショウの花に炎と黒煙が迫っているものだ。これは、可(か)憐(れん)な花が咲く湿原に起こった火災のように見える。実はこの2枚とも岩木川のヨシ原で撮影したものである。
 緑一色のヨシ原は夏の風景である。岩木川の河口付近では約10キロにわたってヨシ原が広がっている。広いところでは300メートルを超す河川敷いっぱいに広がっている。
 炎が上がっている写真は春のヨシ原の風景である。よく見ると、ミズバショウが生育しているところにヨシの刈り跡があるのがわかる。つまり、ミズバショウはヨシを刈った場所に出現しているのである。そして、炎の正体は火災ではなく、人為的な火入れである。これは、良質のヨシを採取するために、刈り残したヨシに火入れを行って古い枯れヨシを除去しているのである。
 このような刈りとりと火入れという人の利用によって、夏には緑一色の美しいヨシ原に成長する。ヨシ原は水を浄化する機能を持つほか、貴重な生きものの生息地にもなる恵み豊かな自然である。しかし、人の手入れがなくなれば、乾燥した草原や樹林に変化し、ヨシ原は荒れ、失われていく。人為によって維持される二次的自然とは、このような仕組みになっている。岩木川のヨシ原の生態については現在も研究が進行中なので、連載の後半で詳しくお伝えしたい。
 なお、ヨシの刈り跡に広がるミズバショウの大群落は、4月中下旬から見られるようになる。

 

◇筆者プロフィル 
竹内健悟(たけうち・けんご)=1959年弘前市生まれ。弘前大学大学院地域社会研究科修了。博士(学術)。環境社会学会・野生生物保護学会会員。河川生態学術研究会岩木川研究委員。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート。青森市立浪岡北小学校教諭。

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人間活動縮小で変化=2

2009/4/27 月曜日

 

遷移が進むヨシ原。ニセアカシアやブタナ(黄色い花)が侵入
ヨシの群落構造の調査風景

 里の自然が危機的状況にあることを強く印象づけたのは、メダカの絶滅危(き)惧(ぐ)種指定(99年)であろう。今では、自然再生やビオトープ作りが盛んに行われるようになったが、身近な自然環境を保全する動きはその前から始まっていた。環境基本法の制定(93年)、治水と利水に加えて「環境」が柱として加わった河川法の改正(97年)。そして、土地改良法(01年)、自然再生推進法(02年)、食料・農業・農村基本法(03年)など、環境への配慮を盛り込んだ法が次々と整備されていった。自然とのふれあいも推奨されるようになり、最近改正された教育基本法でも環境の保全という文言が教育の目標の一つとして盛り込まれた。身近な自然とのふれあいはますます大切になってきたといえる。
 そのような流れの中で、特に重要なものとして「新・生物多様性国家戦略」(02年)をあげたい。これは、国際条約である「生物多様性条約」を遂行する具体案で、注目したいのは第1章に述べられた日本の自然の3つの危機である。
 まず、第1の危機は「人間活動に伴うインパクト」である。これは人間活動に伴う負の影響要因によって引き起こされる生物多様性への影響である。開発による自然破壊や、観光地でのオーバーユースなどのことで、従来から言われてきた「自然破壊」はこのイメージである。
 第2の危機は「人間活動の縮小に伴うインパクト」である。これは、前者と逆に人為の働きかけが縮小撤退することによって出る影響のことを指している。この対象となるのが里山的自然で、人間が利用して維持管理してきた自然環境が、利用の減少によって植生遷移が進行するなどして変化してしまう場合である。人間による利用とは、遷移を止める定期的な攪(かく)乱(らん)ととらえることができる。岩木川下流部のヨシ原でも、乾燥化が進んでヤナギが生えたり、写真のように外来種のニセアカシアやブタナが侵入している場所がある。
 第3の危機は「移入種等によるインパクト」で、侵略的外来種による生態系の攪乱のことを述べている。アライグマやブラックバスの影響は、自然界のみならず産業界をも巻き込む社会問題となっていることは周知の通りである。以上は、自然の危機としての単なる警鐘にとどまらず、自然をどうとらえるかという点でも示唆を与えてくれる。
 さて、冒頭に述べたメダカに限らず、身近な生きものが姿を消している例は多い。メダカがいなくなったために、私たちの生活に何か影響が出てくるとは実感できない。しかし、ある生物が消滅したということは、その生物の生息環境が消滅したということであり、生態系に変化が起こったということである。人間の生活は、遠いにせよ近いにせよ「生態系サービス」といわれる自然生態系の恵みを享受して成り立っている。そのため、一つの生物の消滅は、「風が吹けば桶(おけ)屋が儲(もう)かる」式に時間をかけて巡り巡って人間生活に跳ね返ってくるおそれを持っている。特に、生態系の指標種となる生物の消滅であったなら、導火線に火がついた状態ととらえるべきで、見逃してはいけない。
 そこで、今必要なのは、長期的な視点をもって自然環境の状態を記録し、危機的状況を回避すること、恵みを享受できる生態系を維持すること、再生、復元をすることである。そのためには、かつて里山を管理してきたような地域の力、人々のネットワークが重要になってくる。
(環境社会学会会員・竹内健悟)

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ため池は生物の宝庫=3

2009/5/11 月曜日

 

上空から見た屏風山地域
津軽地方最大のため池である廻堰大溜池

 津軽の「里の自然」を具体的に取り上げていくにあたって、まずは「ため池」から話を始めることとする。
 ため池とは、農業用に作られた人造の池である。水田の潅(かん)漑(がい)が主たる目的で、農作業に合わせて貯水と取水が行われるため、自然の池沼とは異なって水位は大きく変動する。
 ため池は、大きい河川がなかったり降水量が少ない地域に多く造られる。「ため池の自然」(信山社サイテック)によると、全国でため池が1番多いのは兵庫県で4万4207カ所、2番目は広島県で2万1010カ所、3番目は香川県で1万4619カ所となっていて、青森県は29番目、1737カ所となっている。
 ここで、頭の中に津軽平野の地図を思いうかべてもらいたい。津軽地方では、平野を囲むように東・南・西の三方にため池群が分布している。
 まず東側は、津軽半島の脊(せき)梁(りょう)をなす中山山脈の麓(ふもと)のため池群で、旧金木町から五所川原市の東部を経て、旧浪岡町の銀地区まで南北に連なっている。このため池群には、山(さん)麓(ろく)のくぼみを利用して水をせき止めているような形のものが多い。
 南側は岩木山麓で、津軽地方最大の廻堰大溜池(津軽富士見湖)や狄(えぞ)ケ(が)館(たて)溜池など、大型で多くの水鳥が利用するため池が分布している。
 そして、西側は屏風山地域で、大小の池沼が数多く分布している。ため池台帳を調べたところ、148もの名前を見ることができた。この地域は、もともと砂丘と湿地からなる環境だったため、砂丘湖等の自然の池沼、それをため池にしたもの、人為的に築造したものが混在しているほか、農地整備等で消失したものもあり、今となっては成立をさぐるのは難しくなってきている。写真は、国土交通省の防災ヘリから撮影したもので、画面の左が南側で中央部に見えるのは、平滝沼、ベンセ沼、大滝沼などである。
 冒頭に述べたように、ため池は農業用として築造されたため「水利権」が設定され、水利組合や土地改良関係機関によって「水」や「池」は厳重に管理されてきた。また、かつては水を放流し終わってから底の泥さらいをしてため池が埋まっていくのを防いだり、堤防の補強や除草作業など、こまめに手入れがされていた。しかし、近年、農業の用排水施設の整備・充実によって、灌漑の役割を失ったため池が増加してきた。そのようなため池は、放置されてしまうので植物が繁茂したり、土砂が埋まっていって陸化が進んでいく。中には、埋め立てられて公園などに造り変えられていくものもあり、特に弘前市周辺ではそのような改変がすすんでいる。
 ところが、水辺の自然環境が減少している現在、ため池は水辺の生物のハビタットとして重要な存在となってきた。それも、頻繁に使用されて水位変動が激しいため池より、放置されて植物が豊富に生育しているようなため池が多くの生きものをはぐくんでいる。
 本県のため池は数では全国で29番目というものの、津軽地方のため池の大きさや、構成している植物環境の多様さ、周辺部の自然環境との組み合わせなど、自然環境としての質的な面を考えると、全国に誇れる水辺環境ということができる。また、単独ではなく、いくつもが連なって存在していることも水辺の動物にとって重要な意味を持っている。
(環境社会学会会員・竹内健悟)

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津軽一帯に水鳥生息=4

2009/5/25 月曜日

 

巣材を運ぶオオバン
減少が気になるバン(アムステルダム郊外で撮影)

 オオバンという水鳥がいる。嘴(くちばし)の上部から額にかけて白く、あとは全身が黒というクイナの仲間だ。野鳥観察を始めた30年ほど前は、この鳥が見たくて稲垣にある田(たっ)光(ぴ)沼(ぬま)まで出掛けたものだ。それが、15年くらい前になると、浪岡や五所川原のため池でも見られるようになってきた。同じように、カンムリカイツブリもいつの頃(ころ)からかため池での観察記録が増えていった。これは、これらの鳥が分布を広げ、個体数が増えたせいなのだろうか。それとも、もともと分布していたものの、野鳥観察がさかんに行われるようになったために記録が増えていったせいなのだろうか。野鳥の会の記録を調べてみたが、時間・空間的な変化の全体像まではつかめなかった。そこで、今後の基準ともなる広域的な一斉調査の必要を感じた。
 1999年夏、地形図からため池89カ所を選び、水面(すいめん)を利用する主な水鳥7種について分布を調査することにした。いわばため池に棲(す)む水鳥の戸籍作りである。水鳥によるため池の利用としては、春や秋の渡りの時期が最大となるが、この調査は繁殖期に行い、津軽のため池でどのような種類がどのくらい生息しているのか、また、水鳥のハビタットとしてのため池の実態を把握することを目的とした。
 その結果、水鳥が見られたため池は68カ所で、いずれも岸辺に植物が繁茂していることが共通していた。特に、陸生植物から水辺の抽水植物、沈水植物へと植物群落が連なるエコトーン(移行帯)は重要である。水鳥にとっては、営巣場所、隠れ場所となる植物群落があること、餌があることが欠かせない条件である。反対に水鳥が見られなかった21カ所は、工事をしている、水位が低く岸辺の土がむき出しになっている、公園のように整備されて岸がかためられている、バス釣りが入り込んでいるという池であった。
 調査対象とした7種の鳥の分布状況を見ると、最も多かったのが50カ所で観察されたカイツブリであった。この鳥は全国的には減少が心配されているが、津軽では大型の池から小型の池まで広く分布していた。また、魚食性であることから、カイツブリがいることは、餌となる魚類や水生動物が生息していることにもなる。次には、カルガモが44カ所、注目していたオオバンは34カ所で、分布はほぼ津軽全域に及んでいた。オオバンについては、県の報告書などの文献資料とも合わせてみたところ、分布を広げたのは確実といえた。ついで、アオサギが20カ所、カンムリカイツブリとオシドリが17カ所、バンが13カ所であった。オシドリがこれほど見られるとは予想しなかったが、観察されたため池は、いずれも近くにりんご園や林があり、樹洞(じゅどう)で営巣し、ふ化後にため池に移動していると思われた。それにしても気になるのはバンの少なさである。この鳥は弘前公園でも見られたが、92年以降は観察されていない。バンは警戒心が強く岸辺の植物に隠れることが多い。写真のバンはオランダで撮影したものであるが、人前にも堂々と出てきてくれた。所変われば鳥の性格も変わるのであろうか。
 さて、調査では対象とした7種以外にもゴイサギ、ヨシゴイ、カワウ、カワセミ等も見られ、津軽平野は水鳥の里であることを実感した。そして、今年はこの調査からちょうど10年目にあたる。その間、バスが放流されたり、整備や放置によって環境が変わったため池があると思う。この夏、もう一度ため池巡りをして、10年前との比較をする予定である。
(環境社会学会会員・竹内健悟)

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津軽で繁殖、分布拡大=5

2009/6/8 月曜日

 

抱卵中のカンムリカイツブリ(長橋ため池)
ヒナをおんぶして泳ぐ(狄ケ館ため池)

 カンムリカイツブリは、環境省のレッドデータブックでは「絶滅のおそれのある地域個体群」の項に「青森県のカンムリカイツブリ繁殖個体群」として記載されている。この鳥は、日本で冬を越していく「冬鳥」である。それが1972年に小川原湖沼群で繁殖が発見され、注目されることになった。2002年発行の前掲書では繁殖場所については「青森県東部」、また「分布が拡がる様子は認められない」と記されているしかし、この鳥は津軽地方で繁殖し分布を拡大しているのである。
 カンムリカイツブリはカルガモよりやや小さいカイツブリ科の鳥である。雌雄とも同色で名前の由来となった派手な飾り羽をもっている。この目立つ出で立ちで堂々と泳いでくれるので、ため池では容易に発見できる。
 弘前野鳥の会の記録によると、この鳥の繁殖行動が津軽平野で初めて観察されたのは1991年の廻堰大溜池(鶴田町)で、続いて93年には、清久ため池(旧金木町)、砂沢ため池(弘前市)、狄(えぞ)ケ(が)館(たて)ため池(旧森田村)でも繁殖が確認された。そして、98年には繁殖場所が8カ所に増えている。筆者による99年の調査では、17カ所で生息を、そのうち10カ所で繁殖を確認している。その後、2002年には15カ所(繁殖は14カ所)、03年には16カ所(繁殖は14カ所)、04年には18カ所(繁殖は15カ所)で確認した。この鳥は大型の池沼での確認が多く、先述した4つのため池のほか、屏風山地域の冷(ひや)水(みず)沼(ぬま)、大滝沼、ベンセ沼、五所川原の長橋ため池などでは毎年繁殖している。中でも、清久ため池は、多い年には4番もの繁殖を確認したこれまでこの鳥が一度でも確認された池沼は25カ所にも及んでいる。
 カンムリカイツブリは、93年以降個体数を少しずつ増やし、今や津軽平野に完全に定着したと言ってもよい。生きものが姿を消したときは、環境の変化等何らかの理由が見つかるものであるが、逆にこのように定着した理由を探るのはなかなか難しいものである。本来の繁殖地である北国を捨て、越冬地である日本にすみつく一群が現れたのは、安全なすみ場所と餌があるために危険の伴う「渡り」を止めたのではないかと予想している。現在、この鳥は青森県の西部と東部、琵琶湖周辺、2004年からは八郎潟でも繁殖している。この不連続な分布、繁殖地選択については興味がもたれるところである。
 さて、カンムリカイツブリは見た目の美しさに加えて、大変魅力ある行動を見せてくれる。春先の雌雄の求愛の儀式的行動、そして雛(ひな)が孵(かえ)った6月ころの両親が協力して子育てをする姿である。とりわけ、足を差し出して雛を背中におんぶし、もう片方の親が雛に小魚を与える姿からは、番(つがい)の仲のよさと親子の愛情を感じとることができる。
 この鳥の分布拡大からは次の二つの意味を見いだせる。まずは、魚食性であることから、この鳥が生息するため池は小魚や小動物がいる恵み豊かな池ということができる。そして、その多くの命を育むため池の水で津軽の稲は育っている。つまり、この鳥は津軽の農産物の安全の象徴と見ることができる。もう一つは、自然再生をして生きものを呼び込もうという動きが盛んな今、ため池の食物網の頂点に立つこの鳥が自ら増えてくれたことは、津軽平野の水辺環境が豊かになった証といえることである。カンムリカイツブリは、今や津軽平野を代表する水鳥といってもよい。この鳥を、地域をあげて温かく見守っていきたいものである。
(環境社会学会会員・竹内健悟)

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