世界の宝 縄文 17遺跡を巡る

 

2021/7/29 木曜日

 

  世界文化遺産に登録された「北海道・北東北の縄文遺跡群」を構成する青森、北海道、岩手、秋田4道県の17遺跡を紹介する。

∆ページの先頭へ

大森勝山遺跡=1

 

環状列石が復元され、縄文時代を想起させる場所に位置する大森勝山遺跡

 岩木山麓の標高140メートルの台地に位置し、縄文時代晩期(約3000年前)の環状列石と大型竪穴建物跡を有する縄文人の祭祀(さいし)遺跡として国の史跡に指定されている。
 環状列石は、台地上を整地し土手状に盛土した後、その縁辺部に77基の組石を配置しており、長径48・5メートル、短径39・1メートルの楕円(だえん)形に作られている。定住成熟期に当たる時代で、かつ全体を把握できる形で残る唯一の遺跡だ。
 組石には、遺跡の南北を流れる大森川、大石川から運ばれた輝石安山岩(きせきあんざんがん)が主に使われ、同じものを加工した直径5~10センチの円盤状石製品も多数見つかっており、何らかの祭祀・儀礼用と考えられている。捨て場や屋外炉などが確認されているが、墓域は別の場所に形成されたとみられている。
 遺跡南西側に岩木山を眺望でき、後背地にはかつて落葉広葉樹の森が広がっており、現在も空と緑と岩木山に囲まれた縄文時代を想起させるパワースポットのような場所だ。冬至に太陽が岩木山頂へと沈む地点に位置し、環状列石と岩木山の直線上に大型竪穴建物跡があり、高い精神性を示す重要な遺跡と位置付けられている。
 現在は、約1200個で構成される環状列石を形、大きさ、岩質も同じ石を使用して復元。出土品は近くの裾野地区体育文化交流センターに展示されている。市教委文化財課の東海林心主事(33)は「復元した環状列石は触れることができるので、縄文時代を体感しに来てほしい」と話している。
(陸奥新報、函館新聞、室蘭民報共同企画)

∆ページの先頭へ

亀ケ岡石器時代遺跡(つがる市)=2

2021/7/30 金曜日

 

石像モニュメントがあるしゃこちゃん広場。遮光器土偶は後方約3~4メートルの地点から出土したとされ

 つがる市の中央部、岩木川左岸の標高7~18メートルの丘陵上に位置し、台地とその南北の低湿地から成る縄文時代晩期(3000~2400年前)の遺跡。大規模な共同墓地と考えられ、副葬品とみられる土偶や玉類など多くの遺物が出土している。
 江戸時代から造形的に優れた土器や土偶が出土することで知られており、縄文時代晩期の「亀ケ岡文化」の名称の由来ともなった。「しゃこちゃん」の愛称で親しまれている国重要文化財の遮光器土偶が出土したことでも有名だ。
 明治時代以降、多くの組織が発掘調査を行っており、台地上からはこれまでに110基もの土坑墓が見つかっている。
 一方で竪穴住居跡は1基しか確認されておらず、周辺に広がる複数の集落が共同で墓地の維持、管理を行っていたと考えられる。
 低湿地からは遮光器土偶のほか、漆塗りの土器や漆器などが数多く見つかっており、祭祀(さいし)行為後の捨て場とされている。
 遮光器土偶の大きな石像がある、遺跡入り口付近のしゃこちゃん広場の隣に簡易な案内所があり、土日祝日はボランティアガイドが常駐している。出土品は遺跡から車で約10分の木造亀ケ岡考古資料室などで見学できる。
 遺跡ボランティアガイド「つがる縄文遺跡案内人」の花岡トキさん(83)は「亀ケ岡遺跡の周辺に暮らした縄文人はどれほど文化的、芸術的なところを持ち合わせていたのかと思う」とその高度な技術や魅力を語る。
(陸奥新報、函館新聞、室蘭民報共同企画)

∆ページの先頭へ

田小屋野貝塚(つがる市)=3

2021/7/31 土曜日

 

女性の人骨が見つかった地点。説明版が設置されている付近から出土した

 つがる市の屏風山砂丘地帯に位置する史跡で、標高5~15メートル程度の台地上に位置する縄文時代前期~中期(6000~4000年前)の集落遺跡。日本海側では数少ない貝塚が点在しており、地球温暖化の影響で当時の「古十三湖」(現在の十三湖)の汽水域が内陸部に広がっていた「縄文海進」時の環境やなりわい、暮らしぶりなどを知る上でも貴重な遺跡とされる。
 集落は竪穴建物、土坑墓、貝塚、捨て場、貯蔵穴などが分かれて配置されている。貝塚は主にヤマトシジミが中心で、貝層からは円筒土器や石器、イルカやクジラなどの海獣骨、骨角器も出土。このほかベンケイガイ製の貝輪(ブレスレット)の未完成品が約60点見つかっており、いずれも製作途中で失敗し、捨てられたものとみられる。北海道産の黒曜石で作られた石器が出土しており、同時期のベンケイガイ製の貝輪の完成品が北海道南部の遺跡から見つかっていることなどから、田小屋野貝塚では貝輪が作られ、交易が行われていたと考えられている。
 つがる市教委が2012年に調査を行った際には、土坑墓から埋葬された人骨が出土した。出産歴がある女性で、壮年期から熟年期と推定される。人骨出土地点など3カ所に説明板が設置されており、出土品は市役所隣の縄文住居展示資料館カルコなどに展示している。
(陸奥新報、函館新聞、室蘭民報共同企画)

∆ページの先頭へ

Page: 1 2 3 4 5

当サイトでは一部、Adobe Flash・PDFファイルを使用しております。閲覧にはAdobe Flash Player・Adobe Acrobat Readerが必要です。最新のプラグインはアドビ社のサイトより無料でダウンロード可能です。

  • Adobe Flash Player ダウンロードセンター
  • Adobe - Adobe Reader ダウンロード